魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
不本意にも、魔女教に入団してしまったあの日から、1週間の時が流れた。
今、僕は魔女教の隠れ家にいる。
今生の実家は潰れてしまったから、仕方なく雨風がしのげる場所としてここを使うことにした。いやまぁ、正確には使わせてもらうことになった、と言うべきだろう。
その理由は、僕が今まさに眠りから目を覚まし、その瞬間に飛び込んできた蒼白な男性にある。
「お目覚めになりましたかアンタレス! 今日も、この日も、アナタは変わらず、狂いなく、朝を告げる鐘の音と合わせて目覚められた!! アナタは今日と言う日を支配し統治し管理し制御し統制するために十全に万全に完全に健全に太陽よりも早く素早く迅速に即座に目を覚ました!! その傲慢を突き通し目指す姿勢は実に実に実に実に実に勤勉なことデス!!
ですがもし、再度眠りの深淵に意識を堕とそうというのなら、『怠惰』、デスね?」
「ア、アァ……はぃ、おはよう、ございます……」
目の前で自らの頭をガクガクと揺らし、指先を噛んで血を流しながら悦に浸るペテルギウス。彼の血がポタポタと僕の顔に滴り落ちてくる。誰か助けて。
本当は「朝からうるせぇよ! あっち行けよ!」と叫びたい。だが、そんなことを言えば彼の『怠惰』センサーに触れ、愛の鞭(物理)が飛んでくるのは目に見えている。
「素晴らしいデス! 朝の挨拶さえも淀みなく滞りなく支障なくつつがなく行う様! ワタシはアナタの挨拶を耳にするたびにワタシはアナタの親愛と友愛と敬愛と鍾愛と篤愛と恩愛と仁愛に満たされれれれれれれれ! 脳が、脳が震えるるるるえるるるるぅるぅう――のデス!!」
「はは。そ、それは、どうも……」
ただの寝起きで頭が回っていないだけなのだが、この男は好意的に解釈してくれたらしい。
それはそうと、ポタポタ、ポタポタ、と僕の顔がだんだんと彼の血に染まっていく。流石に我慢ならないのでやんわりと彼にお願いすることにした。
「ところで、その、血を拭きたいのでどいてもらえますか…?」
僕の言葉を聞いた彼は、ただでさえかっぴらいている目を飛び出てしまいそうな程に大きく見開いた。
「ああ、ああああ、ああああああ!! これはこれはこれは何たる不覚油断不注意怠惰!! ああ、あああ怠惰デス怠惰デス怠惰なのデス!! 魔女よ! サテラよ! アナタの寵愛をこの身に受けておきながらワタシは己が信念を無下にし幼き勤勉な信徒の道に干渉した挙句その後始末を懇願させるとは!! どうかどうかどうかどうか勤勉たろうと切実に誠実に忠実に結実に着実に篤実に精進したワタシを――ああ、だからこそ『怠惰』なのデスね」
ペテルギウスはこれ以上ないほどに体をのけぞらせ、バキバキと骨が鳴る音を響かせながら、さっと僕から距離を取った。彼は頭をガシガシと掻き、掴み、髪を力強く引き抜いた。かと思えば、何か悟りはじめた。
あまりの勢いに、僕は寝床の上で「ヒェッ」と短い悲鳴を漏らした。怖すぎる。漏れそう。
「彼女の顔を拭くのです」
ペテルギウスは冷静なトーンで周りの信徒たちに指示を出す。
すると、影のように控えていた黒装束の信徒たちが、音もなく僕のそばに寄り添った。彼らは恭しく、しかしどこか機械的な手つきで、僕の頬についたペテルギウスの血を温かい布で拭い去っていく。
「……あ、ありがとう」
消え入るような声で礼を言う。信徒たちに反応はない。
何か間違ったのか? ああ、そういえば、彼らの自我はかなり薄いのだった。それに、大罪司教が手下である信徒にお礼を言うなどおかしいのだろう。
原作に登場した大罪司教たちが礼を言っている場面など、想像すらできない。まぁ、それはあいつらの性格が終わってるからか。
そんなこと考えている間、ペテルギウスは優し気な眼差しで僕をじっと観察し、やがて満足したのか「向こうでお待ちしております」と言って踵を返して何処かへ歩き去っていった。
それと同時に周囲の信徒たちも陰に溶けるように消えて行った。
残されたのは僕一人。肩の力が抜けて、「ふぅ」っと息を吐いた。
相変わらず、彼らは心臓に悪い。
何故こんな狂人の傍に居るのか。それは、彼に僕の同行をお願いしたからだ。
もちろん、可能であれば彼からは距離を置きたい。今だって逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
しかし、僕には1人で生きるすべがない。外は魔獣と野盗だらけ。僕は力だけなら持っているが、それの振るい方を知らないし、知っていたとしても敵に立ち向かう勇気がない。
僕は死の恐怖に縛られている。それらと相対した時、”もしも”を想像してしまい足がすくんで動かなくなるのだ。気分としては、車が迫ってきていることに近い。誰もそれに立ち向かおうなんて思わないだろう。
こんな状態で1人旅をするなんて、サバンナの荒野にタヌキを放り出すようなものだ。
そこで僕は考えた。1人で生き残るための、この世界の生き方というやつをペテルギウスに教えてもらおうと。
そんな僕のお願いに、彼は笑顔で了承してくれた。
彼は色々なことを教えてくれる。森を歩くときに注意すべきこと、魔獣を相手にするときに心掛けること、村や町といった集落を襲うときに事前調査を怠らないこと、などなど。
僕が質問をすれば、「実に勤勉デスね!」と褒め称えた後、しっかりと答えてくれる。
彼の立ち振る舞いや語彙がやかましすぎて、ちょっと頭に入ってこない節があるけども。
しかし、こうして挙げてみると、やはりというか彼は真面目だ。
発狂し、魔女の愛に執着しているとはいえ、根っこの人格の良さが隠しきれていない。
正直、『憤怒』のシリウスが彼に恋情を抱くのも、わからなくもないかもしれない。彼女は「彼に名前をくれた」とか言っていたし、しばらく彼に世話されていたのは確かだ。もしかして、今の僕ってかつてのシリウスをなぞっているのでは…。
そこまで考えてぞっとした。もしも今の状況をシリウスに見つかってしまったら、泥棒猫だと勘違いして殺しにくるかもしれない。いや、流石に子供をそう考えることは無いか? でもシリウスだしなぁ…。
そんな不満を抱えながら、僕は寝床を立ち、魔女教のローブを被った。
―
時刻は昼。場所は広大な森の中。空で輝く太陽の光が、木の葉の隙間から降り注いでいる。
そんな場所を、ペテルギウスと僕含む魔女教徒たちが練り歩いていた。
この光景、はたから見れば、木陰の下でうねる魔獣のようにも見える完全なホラー。
実態は、魔女復活を目論み各地でテロ行為を行う宗教団体であるという完璧なホラー。
その先頭を行くのは、腰や首を不自然に曲げ、時にはまっすぐと伸ばし、時折「デス!」と鳴く緑髪の男ペテルギウス。その後ろを、死装束のようなローブを纏った集団が音もなく続く。
そしてその真ん中に、ちょこんと歩く肩まで伸びた黒髪に赤のメッシュが入った少女アンタレス――すなわち僕。
僕たちは今、とある村に向かっていた。
そこはペテルギウスの福音書に記された『試練の地』。
また、僕の福音書にも記述のある地であった。その記述とは「変化」。己にどのような変化が訪れるのかと、出来れば良い変化でありますようにと、僕は祈りながら歩を進めていた。しかし、漠然とした不安がしこりのように僕の胸から離れない。
やがてその不安に耐えきれなくなり、己を誤魔化すようにやや前方を歩くペテルギウスに声をかけた。
「そ、その、ペテルギウスさん? その村の『試練』って、具体的にどんなやつですか?」
ペテルギウスは歩を止め、身体を素早く90度仰け反らす。彼は逆さまの視界で僕を見つめた。それ背骨どうなってんの?
「福音は告げています。かの地にて、場を整えよ。さすれば『試練』は訪れる、と。ワタシたちの役割はその舞台を整えること。つまり、不純物を片付けるのデス! ああ、アンタレスよ、もちろん、アナタはアナタの福音が最優先デス!」
「僕の福音…。そこに行けば変化が齎される、しか書いてないんですけど」
「ええ、ええ。その曖昧さ、その不透明さ、その不確定要素こそが、魔女がアナタに与えた至高の試練であり、慈悲であり、愛愛愛愛愛愛愛、愛ッ……なのデス!!」
ペテルギウスは、バキバキと音を立てて身体を正面に戻すと、陶酔しきった表情で僕の顔を覗き込んできた。
「変化とは即ち、凡庸な殻を破るということ。今の幼く、儚く、死を恐れるばかりのその身から、真なる『傲慢』へと至るための脱皮! ああ……その瞬間に立ち会えるワタシは、なんと勤勉な喜びを享受しているのでしょう!!」
「は、はあ……」
適当に相槌を打ちながら、僕は心中で冷や汗を流す。
「不純物を片付ける」という物騒な言葉から察するに、これから向かう村で彼らがやることは略奪と虐殺、いわゆる「いつもの魔女教」だ。
僕としては、何の罪もなく、何も知らない村人たちが殺されるのは気が乗らない。しかし、ここで「やめましょう」なんて福音書に逆らうようなことを言えば、まず殺されるのは僕だ。まだ見ぬ村人たちには悪いが、僕の命の安全のため、今日息絶えてくれ。
やがて、森の木々が開け、眼下に長閑な村が見えてきた。
洗濯物を干す主婦、走り回る子供たち、農作業に励む男たち。そんな平和な日常を送る村人たちの姿が――見えなかった。
誰もいない。あまりにも静かだ。
それを見たペテルギウスが、慌てて福音書を取りだし、狂気に満ちた様子で捲りだす。
「こここんなことは、そんな記述はワタシの福音書には無かったのデス! そんな、記述は……まさか、ワタシの読み込みが、ワタシの信仰が、ワタシの勤勉さが足りなかったとでも言うのデスかァ!?」
ペテルギウスが発狂し、自身の指を噛み砕きながら絶叫する。
村は、まるでつい数分前まで誰かがいたかのように、干された洗濯物が風に揺れ、炊事の煙さえうっすらと立ち上っている。なのに、人の気配が一切ない。
不気味だ。
虐殺の痕跡があるならまだいい。リゼロの世界ならよくあることだ。だが、この「無」は、原作知識を総動員しても嫌な予感しかしない。
「ペ、ペテルギウスさん、落ち着い――
「ええ、そうですよペテルギウス! どうか落ち着いてください。ありがとう! これは私がやったことなんです! ごめんね? あなたのせいではありません!」
突如として響いた声のある方、村の奥へ目を向ける。
そこには、魔女教の黒いローブを来た女性がいた。その女性は全身を隙間なく包帯で巻かれており、唯一見えるのは頭の一部――幾らかの髪と口、そしてペテルギウスのようにかっぴらいた左目だけである。
ペテルギウスは彼女を見て、福音書を閉じて言った。
「『憤怒』担当、これは一体どういうことデスか? 説明を。答えるのデス。心して答えるのです」
「シリウスです! 愛しいペテルギウス! あなたが私に、私のために、私のためだけにくれた名前です! 『憤怒』もあなたがくれたけど、あなたには名前で呼ばれたいんです!!」
話聞けよ、と僕は内心でツッコミを入れた。
というか、これはまじでやばい。
大罪司教『憤怒』担当、シリウス・ロマネコンティ。
よりにもよって、リゼロ界でもトップクラスに会話が成立しない、狂った共感覚の持ち主が現れてしまった。
彼女はペテルギウスの家名を勝手に名乗るほど彼に心酔している。心酔するあまり、彼が執着している魔女を忌々しいものと思っているのだ。魔女教徒なのに。
それよりも、そんな彼女が、もしも、ありえないと思いたいが、僕という現幼女の存在を
僕は殺されるだろう。はは。
ウ、ゥゥ…。
誰か、助けて。