魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
あれから数日間、俺は半ば取り憑かれたようにロズワール邸の裏に広がる深い森へと足を運んでいた。
「アンちゃん……! いや、アンタレス……!」
茨をかき分け、不気味に静まり返る木々の隙間に向かって声を絞り出す。だが、返ってくるのは冷たい風の音と、俺を嘲笑うような葉擦れの音だけ。
あの日、俺の問いかけに顔を青ざめさせて逃げ去って以降、彼女が姿を現すことは二度となかった。
「スバルくん、もう戻りましょう。これ以上奥は本当に危険です。それに……あの子はもう、ここにはいません」
背後から俺の服の裾を引き、気遣わしげに青い瞳を見つめてくるレム。その表情には、俺の奇行に対する困惑と、それ以上に深い心配が滲んでいた。
俺は「ああ……分かってる」と力なく応じ、最後にもう一度だけ薄暗い森の奥を睨みつけてから、ゆっくりと引き返した。
彼女は逃げたのだ。俺という『自分の正体を知るイレギュラー』から。
アーラム村に無垢な子供として潜入し、俺を都合の良い盾として懐柔するはずだった彼女の初期計画は、俺の一言によって完全に崩壊した。今やあの村は、アンタレスにとって安全な擬態の場ではなくなってしまったのだ。
だけど、と俺は歩きながら泥まみれの手のひらを強く握りしめる。
(あいつがこのまま、どこか遠くの安全な場所へ高飛びした……なんて思えるほど、俺の脳みそはお気楽にできてねぇ)
脳裏に過るのは、二つ前のループ――あの凄惨極まりない、魔女教の襲撃を受けたアーラム村の光景だ。
あの時、理不尽に村人の頭が風船みたいに弾け飛んでいた。あの時は何が起きたのか分からず絶望するしかなかったが、今ならはっきりと分かる。
あれは、命を弄ぶ『傲慢』の大罪司教、アンタレスの仕業だ。
「……ってことは、あいつは村から逃げ出しただけで、メイザース領から完全に消え去ったわけじゃない」
そう、確実にアンタレスはまだこの土地のどこかに潜んでいる。あの凄惨な襲撃が起きるその瞬間まで、魔女教の戦力として牙を研いでいるはずだ。
状況は変わった。彼女が村にいない以上、事前に捕獲して引きずり回すことはできない。だが、彼女が魔女教に所属しているという前提がある以上、遅かれ早かれエミリアたちの命を狙う襲撃には確実に加担してくる。
「だったら、やるべきことは変わらねぇ」
俺は屋敷に戻り、王都へ向かうための荷物をまとめ始めた。
彼女が強大な大罪司教の仲間――おそらくは『怠惰』や『強欲』あたりと合流しているなら、俺一人の力でどうこうできるレベルじゃない。
戦力を集める。それも、あの化け物どもを根こそぎ叩き潰せるだけの、圧倒的な軍勢をだ。
頼みの綱はただ一人――クルシュ・カルステン公爵。
「前回のループの最後……あの応接室での交渉は、決して無駄じゃなかったはずだ」
思い出すのは、あの最悪の結末を迎える直前の光景。
俺は必死に、不格好に、けれど泥を舐めるような執念でクルシュに向き合っていた。エミリア陣営としての体面をかなぐり捨ててでも、村の危機を訴え、協力を仰ごうとしていた。
その時、クルシュの瞳に浮かんでいたのは、王選のライバルへの冷徹な品定めだけではなかった。俺の言葉にある種の「真実」を見出そうとする、確かな交渉の成功の兆し――あのアンタレスの『傲慢』の乱入によって、それどころではなくなってしまったが。
「今、俺の隣にアンタレスは居ねぇから同じことは起きない。…もう一度、やってみる価値はある」
俺は静かに拳を握った。
―
王都へ到着した俺は、賢人会との面会の邪魔をしないことを条件に王都を観光するとエミリアに伝え、宿を出た。
そして、真っ先にクルシュの屋敷へと向かいたい心を堪え、少しでも情報を集めるため、まずは市街の酒場や商人の集まるギルドへと足を運んだ。レムを伴い、不自然にならない程度に噂話に耳を傾ける。
その殆どは使えるかどうかも怪しいものだったが、一つだけ気になる話が耳に入った。
「カルステン公爵は最近、やけに武具や兵糧を買い込んでるらしいぜ」
「王選に向けた私兵の強化か?」
「おそらくな」
酒場の片隅、商人の会話から拾い上げたその情報は、俺にある確信を与えた。
クルシュはすでに動いている。彼女自身が掲げる大望、あるいは来る日の戦いを見据えて、着々と牙を研いでいるのだ。
(あの話が本当なら、クルシュには物資的な余裕があるってことだ。それなりの理由さえ提示できれば、マジで協力してくれるんじゃねぇか? まぁ、その『それなりの理由』が思いつかねぇんだけど…)
いくつか頭の中で作ってみようとしたが、すぐに思考がブレて霧散した。
やはり思いつかない。ルグニカの歴史も、カルステン公爵家の内情も、王選の裏で行われている政治的駆け引きも、俺にとっては所詮、教科書すら読んだことのない未知の領域だ。
「くそっ、考えてもさっぱり見えてこねぇな」
思わず頭をガシガシと掻きむしる。
前よりは冷静さを取り戻したとはいえ、俺の頭脳がキレ者になるわけじゃない。あのクルシュを動かす理由など、凡人の俺が一人でいくらウンウンと唸ったところで答えが出るはずもなかった。
だったら、だ。
「最強の助っ人を呼んでやるか」
「スバルくん……?」
レムが驚いたように目を丸くする。俺は彼女に笑いかけて言った。
「レム、ちょっと付き合ってくれ。王都の地理の確認を兼ねて、確かめたい場所があるんだ」
「はい。レムは何処へでも、スバルくんにお供します」
俺はレムの手を引き、前回のループでアンタレスと共に、あいつと劇的な再会を果たしたあの通りへと向かった。
タイミングが合うかは分からない。だけど、世界の強制力だか何だか知らないが、あの最強の騎士なら、このあたりをパトロールしている可能性は決して低くないはずだ。
雑踏の中、俺は目を皿のようにして周囲を見回した。
頼む、いてくれ。俺の薄暗い絶望を、その圧倒的な正義の光で払ってくれる男よ。
すると、視界の先、人混みの中でも一際目立つ、燃えるような赤髪の青年が、困ったような笑みを浮かべて老人の荷物運びを手伝っているのが見えた。
「――見つけたッ!!」
俺はレムの手を離し、全力で人混みを掻き分けながら突っ走った。
「おい! ラインハルト!!」
声を張り上げると、赤髪の青年――ラインハルトが、弾かれたようにこちらを振り返った。その澄んだ青い瞳に驚愕が走る。
「スバル……? 王都に来てたんだね。僕に何か用かい?」
荷物を下ろしたラインハルトのもとへ滑り込み、俺は彼の白い騎士服の袖をガシッと掴んだ。息を荒くしながら、その場に不釣り合いなほどの切迫感を全身から放つ。
「細かい説明は後だ! 頼むラインハルト、お前の力を貸してくれ!」
「……君が、僕に直接協力を乞うなんて、尋常じゃないね。何があったんだい?」
ラインハルトの表情からいつもの温和さが消え、一瞬にして『騎士』らしい冷徹な、けれど誠実な顔つきへと変わる。
俺は乾いた喉を鳴らし、最も重く、かつ奴に響くはずの真実を突きつけた。
「ロズワール邸が襲われる。……それも、一人じゃねぇ。魔女教の、複数の『大罪司教』が同時にあの地を血の海にしようと動いてるんだ」
「……! 大罪司教が、複数……?」
ラインハルトの息が止まる。さすがの『騎士の中の騎士』も、その最悪の単語の並びには動揺を隠せなかったようだ。
俺は手を離さず、さらに言葉をまくし立てる。
「ちなみにこれは質の悪い冗談なんかじゃない。俺の、俺たちの命を賭けて得た確実な情報だ! このまま放っておけば、エミリアたちは惨殺される上に、麓の村の連中にも被害が及ぶ。俺はそれを止めるために軍勢を集めたい。クルシュを説得してカルステン家の私兵を動かしたいんだ。だけど、俺一人の言葉じゃ軽すぎる。だから頼む、ラインハルト。お前の言葉で、クルシュを一緒に説得してくれ……っ!」
頭を下げようとする俺の肩を、ラインハルトの手が優しく、けれど拒絶の余地のない力で支えた。
彼は深く息を吐き、静かに思考を巡らせる。
世界のバランスを崩壊させかねない最強の男。彼が動くことの政治的意味の重さは、俺にも何となく分かる。カルステン陣営に肩入れするような真似は、現在の彼の立場――フェルト陣営からすれば綱渡りのはずだ。
しばらくの沈黙の後、ラインハルトは決意を秘めた目で俺を見つめ返した。
「……分かった。君の目に嘘がないことは、僕の加護が証明している。魔女教の脅威から人々を救うためなら、僕は君に力を貸そう。それに、もともとカルステン邸には用事があったしね」
「本当か……っ!? 助かる、お前がいてくれれば――」
「ただし、スバル。一つだけ条件がある」
ラインハルトは言葉を区切り、真剣な眼差しを崩さないまま言った。
「カルステン邸へ行くなら、僕の主であるフェルト様も連れて行く。それが条件だ」
「フェルトを……? いや、でもあいつはお前が守るべきお姫様だろ? そんな危険な話に巻き込むのは……」
「主を置いて、僕が独断で他陣営の交渉に介入することはできない。それに……」
ラインハルトは少しだけ視線を落とし、複雑な笑みを浮かべた。
「フェルト様は、君のことをとても気にかけている。危機とあれば、あの御方は間違いなく『自分も行く』と仰るはずだ。王選の候補者が一堂に会する場になれば、クルシュ様も君の言葉をただの平民の妄言として切り捨てることはできなくなる。交渉の席を公式なものにするためにも、フェルト様の同行は不可欠だよ」
「なるほどな…。あ、じゃあ、エミリアたんも連れてくるべきか?」
「スバルがエミリア様の陣営に所属しているのなら、そうすべきだね。……スバル。僕も出来る限りの協力はするけど、クルシュ様を説得するのは君だ。健闘を祈るよ」
「おう! 任せとけ! …って言いたいところなんだが、正直不安要素が多い。成功するかは五分五分……いや、そんな弱気なこと言ってられねぇな。俺の辞書にそんな日和った確率は載せるわけにはいかねぇ。勝率百パーセントまで、死に物狂いで泥を啜ってでも引き上げてやる」
自分で言っておきながら、胃の腑が雑巾のように絞られるような錯覚を覚える。
そうだ、引くわけにはいかない。ラインハルトという『世界最強の切札』がこうして俺の言葉を信じ、手を貸すと請け合ってくれたんだ。ここで俺がビビってどうする。
「条件は呑んだ。フェルトを連れていくのも大歓迎だ。あいつなら、この胡散臭い事態をむしろ面白がって『首突っ込ませろ!』って叫ぶだろうしな」
「はは、確かにフェルト様ならそう仰るかもしれないね。……よし、それじゃあまずは、僕たちの主のところへ挨拶に行こうか。幸い、フェルト様は近くの裏路地で僕の巡回に飽きて、暇を潰している最中なんだ」
ラインハルトはそう言って、いつもの爽やかな、見ているだけでこちらの荒んだ心が洗われるような微笑みを浮かべた。
俺はラインハルトの後を追い、王都の賑やかな大通りから一歩入った裏路地へと足を踏み入れた。薄暗い路地の片隅、果物の上限が詰まれた木箱の上に、不機嫌そうに足をぶらつかせている金髪の少女の姿があった。
「ちっ、遅ぇんだよラインハルト! アタシを放置して、一体どこのどいつと油売ってやがっ――」
愚痴をこぼしながら振り返ったフェルトの赤い瞳が、ラインハルトの隣にいる俺を捉えた瞬間、大きく見開かれた。
「……は? に、兄ちゃん!? なんでお前がここにいんだよ!?」
「よぉ、フェルト。久しぶりだな。相変わらずお姫様ドレスは似合ってねぇみたいで安心したわ」
「うるせぇ! アタシがこの格好したくてしてるわけねぇだろ! って、そんなことはどうでもいいんだよ! なんでお前が王都に……いや、なんでラインハルトと一緒にいるんだ?」
詰め寄ってくるフェルトを、ラインハルトが穏やかな手つきで制した。
「フェルト様、急なことで申し訳ありません。ですが、彼が所属するエミリア様の領地が、魔女教の大罪司教たちによって襲撃されるという情報が入ったのです。スバルはそれを阻止するため、カルステン公爵家に協力を仰ぎに行こうとしています」
「魔女教……大罪司教ぉ!?」
フェルトの顔が、一瞬にして険しいものへと変わる。貧民街出身の彼女にとっても、その名前がどれほど最悪な災害を意味するかは十分に理解しているようだった。
「兄ちゃん、お前……またそんなヤバいことに巻き込まれてんのかよ」
「巻き込まれてるんじゃねぇ、自分から突っ込んで叩き潰しに行くんだよ。エミリアや村の奴らを救うために、どうしても戦力が必要なんだ。そのためにも、クルシュの私兵を借りたい。だけど、俺一人の言葉じゃ信憑性が薄い。だから、ラインハルトの力を借りに来た」
俺が真っ直ぐにフェルトを見つめると、彼女はふいっと視線を逸らし、頭をガシガシと掻きむしった。
「ラインハルト、お前……スバルの言葉を信じて、カルステン家に行くって承諾したんだな?」
「はい。彼の目にある真実を、僕の加護が保証しています。それに、人々を脅威から救うのは、騎士としての僕の使命ですから。……ですが、僕の主はフェルト様です。あなたを置いて、他陣営の交渉に介入することはできません。ですから――」
「分かってる。アタシを連れていくのが条件、なんだろ?」
フェルトは木箱から飛び降りると、不敵な、けれどどこか嬉しそうな笑みを浮かべて俺の胸を小突いた。
「いいぜ、乗ってやるよその話! 兄ちゃんがそこまで必死になってるんだ、ただの嘘っぱちじゃねぇことくらい、アタシにだって分かる。あの頭の固そうなカルステン家の女に、アタシらの存在感を見せつけてやるのも悪くねぇしな! それに、もしあの女が断ったとしても、ウチのラインハルトぐらいなら貸してやるよ!」
「フェルト……ありがてぇ。恩にきる」
「へっ、水臭いこと言ってんじゃねぇよ。盗品蔵の件だって、元はお前が命張ってくれたおかげなんだからな。これで貸し借りなしだ!」
フェルトの快諾を得て、俺たちはすぐにカルステン邸……ではなく、一度エミリアたちが滞在している宿へと引き返すことにした。
ラインハルトとフェルトという、これ以上ない強力な布陣。だが、この交渉をエミリア陣営としての正式なものにするためにも、そして何より、俺の最愛の少女をメイザース領に一人で帰さないためにも、彼女自身の同行は不可欠だ。
「あー、その前に、少しいいか?」
「? どうしたフェルト?」
フェルトは鬱陶しそうな顔で己のドレスを持ち上げた。
「いつもの服に着替えてきていいか? 落ち着かねぇ」
「……ふっ、ははははははは!!」
「お、おい! 何笑ってんだよ兄ちゃん!! ラインハルトもなんだよその顔!!」
―
王都の宿の一室。
扉を開けると、そこには窓の外を眺めながら、不安そうに指先を絡めていた銀髪のハーフエルフ――エミリアの姿があった。
俺の足音に気づいた彼女が、弾かれたようにこちらを振り返る。その紫紺の瞳に、明らかな安堵の色が広がった。
「スバル……! お帰りなさい。王都の観光に行くって言ってたから、もっと遅くなるかと思って心配してたのよ?」
「ただいま、エミリアたん。いやぁ、ちょっと王都の風が心地よくてさ、予定より早く切り上げて戻ってきたんだ」
俺は出来る限りいつもの軽口を叩きながら、部屋の中へと入った。
だが、俺の背後に控えるレムの、どこか緊張した面持ちを見て、エミリアはすぐに空気が尋常ではないことを察したようだった。
「……スバル? 何か、あったの?」
「あー、うん。実はさ、観光の途中で、ちょっと驚くような大物とバッタリ再会しちゃってさ。ほら、入ってきてくれ」
俺が扉を引くと、部屋の外で待機していたラインハルトとフェルトが、ゆっくりと室内へと足を踏み入れた。
「ご無沙汰しております、エミリア様。急なお訪ねをしてしまい、申し訳ありません」
「よぉ、エミリア。お前の騎士様からお願いがあるってよ」
「ラインハルトに…フェルト!? どうして二人がここに……? それにお願いって…」
驚愕に目を丸くするエミリアに向き合い、俺は深く息を吸い込んだ。
ここからが、俺にとっての本当の戦いだ。嘘をつく必要はない。けれど、彼女を必要以上に怯えさせず、かつ事態の深刻さを正確に伝えなければならない。
「エミリアたん、落ち着いて聞いて欲しい。……ロズワール邸とアーラム村が、狙われてる」
「え……? 屋敷が? どういうこと、スバル」
「魔女教だ。それも、ただの末端の集団じゃねぇ。大罪司教とかいう、化け物クラスの奴らが複数、あの地を血の海にするために動いてる。これは、俺が独自のルートで掴んだ、間違いのない確実な情報だ」
エミリアの顔から、一瞬にして血の気が引いていくのが分かった。
『魔女教』。その三文字は、彼女にとって世界で最も忌むべき、そして彼女自身を縛り付ける呪いの言葉そのものだ。
「そんな……どうして……。ロズワールは今、挨拶回りをしているのよ? 屋敷にはラムや、村の人たちしか――」
「だから、今すぐ動かなきゃならねぇんだ。俺一人じゃあの化け物どもには敵わねぇ。だから、ラインハルトに声をかけた。こいつは俺の言葉を信じて、力を貸すと請け合ってくれた。だけど、ラインハルト一人が動くだけじゃ、軍勢としては足りねぇんだ」
俺はエミリアの前に進み出、彼女の震える両肩を優しく、けれどしっかりと掴んだ。
「クルシュ陣営を動かす。カルステン家の強力な私兵を借りて、魔女教を根こそぎ叩き潰す。そのために、これからクルシュのもとへ行って交渉をしたい。ラインハルトも、フェルトも、その交渉の席に同席してくれるって言ってくれた」
「クルシュのところに……?」
「ああ。だけど、俺たちの陣営のトップであるエミリアたんがいないと、この話はただの他陣営の横槍になっちまう。クルシュを完璧に説得するためにも、エミリアたんの力が、君の存在が必要なんだ。頼む……俺と一緒に、クルシュのもとへ来てくれないか?」
エミリアは小さく唇を震わせ、俺の目をじっと見つめ返した。
彼女の瞳の奥にあるのは、恐怖と、それ以上に「自分のせいでまた誰かが傷つくのではないか」という、痛々しいほど思いやりに溢れた心だ。
だが、今の俺にはラインハルトがいる。そして、アンタレスの正体を知っている。もう、あの惨劇をただ指を咥えて見ているだけの無力な平民じゃない。
「……分かったわ、スバル。あなたを信じる。私を、その交渉の席へ連れて行って」
エミリアは力強く頷き、その紫紺の瞳に確かな決意の光を宿した。
よし、と俺は心の中で小さく拳を握りしめる。
ひとまず、盤面は整った。
エミリア、レム、ラインハルト、フェルト。これ以上ない最強の布陣を背負い、俺は二度目の、けれど今度こそ勝利をもぎ取るための、カルステン邸への進軍を開始した。