魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
「待て、アンタレス……っ!」
肺が焼けるような感覚を無視して、俺はひたすら地を蹴った。
視界の先、木漏れ日の隙間を縫うように逃げていく小さな背中を、俺の執念が、網膜の裏側に焼き付けて離さない。青みがかった黒髪に、一筋の不吉な赤いメッシュ。かつて俺を「懐柔」し、そして俺の命を「資源」として刈り取った少女の姿がそこにある。
「スバル、頑張って! あの子、本当に逃げ足が速いわ!」
「分かってる……! エミリアたん、レム、絶対に追い詰めるぞ!」
俺の隣を走るエミリアが氷の礫で逃走経路を牽制し、レムが鋭い眼光で死角を塞ぐ。
だが、その時だった。
『――スバル、聞こえるかい。僕だ』
突如として、頭蓋の奥に直接、清涼な、けれどひどく重々しい声が響き渡った。
「っ、ラインハルト……!?」
あまりに唐突な出来事に、俺の足が僅かに乱れる。エミリアとレムが不審そうにこちらを振り返るが、その声は俺の脳内にのみ響いていた。
『驚かせてすまない。先ほど授かった『遠信の加護』だ。親しい間柄の者に、距離を無視して言葉を伝えることができる。本当はこんな形で使いたくはなかったんだが……事態が、あまりに深刻だ』
ラインハルトの声は、いつもの余裕を完全に失い、鋼のような冷徹さと深い悲哀に震えていた。その響きだけで、心臓が嫌な音を立てて脈打ち始める。
『スバル、君が天幕で警告していたことは、正しかった……いや、それ以上だ』
「……なんだよ。何が起きてるんだ……っ」
走りながら、俺は歯を食いしばって問いかける。脳裏に不吉な予感が渦を巻く。
『アーラム村の住民たちが縄で縛られていたから、解放した。だが、僕の目に見えるものは変わらなかった。……アーラム村の全住民、一人残らずその心臓に、あの『糸』が刻まれている。王都で十人の騎士が受けたものと、全く同じ、命を掌握する呪いだ』
「……は?」
その言葉が脳に突き刺さった瞬間、俺の身体から一気に体温が引いていった。
『彼らは今、『傲慢』の大罪司教――アンタレスの命を繋ぎ止めるための『備蓄』として、その魂の根元を牙で押さえ込まれている。……スバル、君の言う通りだ。『傲慢』に刃を向ければ、その瞬間に、救うべき村人の命が代わりに消えることになる』
俺の足が、根が生えたようにピタリと止まった。勢い余って数メートル先まで進んだエミリアとレムが、慌ててこちらへ戻ってくる。
「スバル? どうしたの、急に……そんなに真っ青な顔をして」
「スバルくん! しっかりしてください!」
二人の心配そうな声が、今はひどく遠くから聞こえるようだった。視界がぐにゃりと歪む。
脳裏を過るのは、前々回のループで見た凄惨な景色。何の脈絡もなく、風船のように弾け飛んだ村人たちの頭蓋。
あんなことが起きないよう、俺はあの時よりも早く行動を起こし、ここに来た。
だが、現実はそれ以上に、救いようのないほどに完成された「詰み」を俺に突きつけていた。
数百人の村人が、あいつの「残機」にされている。俺たちがアンタレスを捕らえようと、傷つけようと、あるいは殺そうとすればするほど、俺が守ると誓ったペトラや村長、村の皆の命が、あいつの身代わりとして次々に消費されていく。
「……っ」
俺は、頭蓋の奥で響き続けるラインハルトの声を反芻し、喉の奥にこびりついた鉄の味を飲み込んだ。
「ねぇ、スバル! 何があったの!?」
エミリアの問いに、俺は震える声を絞り出した。
「……ラインハルトが加護で教えてくれたんだ。アーラム村の全員……一人残らず、『傲慢』の呪いが刻まれてるって。俺たちがあいつに刃を向けた瞬間、身代わりとして、村の誰かが死ぬ……!」
「なっ……!」
レムが絶句し、エミリアは悲鳴に近い吐息を漏らして口元を押さえた。
それでも、と俺は膝の震えを力ずくで押さえつけ、顔を上げた。
「それでも、やる事は変わらねぇ! あの子――アンタレスを捕まえるんだ。殺すんじゃなく、生け捕りにして、この最悪な呪いのネットワークを解除させる! あいつを捕まえなきゃ、村の皆に明日はないんだよ!」
俺の発破に、レムの瞳に冷徹な決意の火が戻り、エミリアもまた震える手を固く握った。だが、その決意を嘲笑うかのように、森の奥から悍ましい音が響き渡った。
「ヒッ、ヒハハハハハハハハハッ!!」
木々をなぎ倒し、空間そのものが歪むようなプレッシャーと共に、一人の男が姿を現した。
緑色のおかっぱをしており、痩せ細った体躯を奇怪な角度に折り曲げ、自らの指を噛み砕きながら悦悦と独り言ちる狂人が。
「ああ! なんと! なんとなんとなんと勤勉なことかぁぁあああッ!!」
男は、血走った眼球を剥き出しにして、俺たちを凝視した。
「アンタレスは実に、実に、実ィィに勤勉にその役目を果たしました! 自らを『囮』として晒し、目標を誘い出し、場を整える! なんという勤勉! 脳が、脳が震えるぅぅぅうううッ!!」
男は泡を吹く口を吊り上げ、俺とエミリアを交互に指差した。
突然姿を現した風貌と様子がおかしい男に、俺たちは警戒を最大に高める。
「寵愛の信徒たるナツキ・スバル! そして、魔女の器たる半魔の娘! 二人を同時に、この私の手で『試練』にかけられるとは! ああ、サテラァァアアッ! 貴女の愛が、貴女を愛する愛が、ワタシを斯様な場に運んだのデスね!!」
奇怪なダンスを踊りながら狂喜乱舞するその姿を、俺は一歩引いた目で、心底からの嫌悪と共に眺めていた。
その視線に気が付いたのか、狂人はピタっと動きを止め、思い出したかのように姿勢を正した。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は魔女教大罪司教『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!!」
(……マジかよ。こいつ、アンタレスと比べてキモすぎねぇか!?)
あまりの狂いっぷりと、アンタレスを「勤勉な囮」と呼んで憚らない独善的な論理に、俺の心は怒りを通り越して、完全にドン引きしていた。
「……お前、さてはあれだな? 悪の組織の中で一番狂ってるポジションの奴だな? アンタレスを操ってる黒幕的なキャラだろ」
「黒幕……デスか? ふむ………心外デスね」
彼は突如として、背中を直角に折り曲げる奇怪なポーズを取り、血走った眼球をギョロリと動かして絶叫した。
「ワタシが彼女を操る? そんな怠惰な真似、魔女の愛への冒涜デス! アンタレスは自らの意志で、自らの高潔なる『傲慢』に従って行動しているのデス! 見たでしょう、あの勤勉な姿を! 己が生存という至上命題のため、周囲の不純物すべてを『備蓄』へと変え、命の所有権を掌握する! あぁ、なんと、なんと素晴らしい自己愛! なんと尊大なる生への執着!!」
ペテルギウスは悦悦と独り言ち、よだれを垂らしながらアンタレスが逃げ去った方角を指差した。
「彼女は教えられずとも理解していたのデス! 世界は自らを生かすために存在すべきだと! 数百の村人の命を自らの盾とし、死を他者に押し付けるその決断! それこそが福音に選ばれし『傲慢』の形! ワタシはただ、彼女の勤勉な歩みを祝福し、見守り、補助しているに過ぎないのデス!!」
その狂気に満ちた熱弁を聞きながら、俺の背筋にはこれまで経験したことのないような、ドロリとした不快な汗が流れた。
アンタレスが村人を人質にしているのを、この狂人は「素晴らしい自己愛」だの「勤勉」だのと称えている。論理が破綻しすぎていて、怒りを通り越して吐き気がした。
「人の命を道具のように語り、幼い子供の歪みを肯定する……。あなたの言っていることは、愛じゃないわ。狂気よ」
エミリアが冷たい声を放った。
「エミリア様の仰る通りです」と隣のレムが、氷の彫像のような冷徹な眼差しをペテルギウスに向けた。彼女の手にある鉄球の鎖が、怒りに応えるようにジャラリと鳴る。
「今すぐ、レムが叩き潰して差し上げます。あなたは、存在しているだけで世界を汚す害悪です」
俺も、大きく一歩踏み出した。目の前の狂人のツラを、思い切りぶん殴ってやりたい衝動を必死に抑え込む。
「……おい、おかっぱ。お前の言う『勤勉』が、誰かの犠牲の上に成り立つ自分勝手な理屈だってんなら、そんなもんはゴミ箱にでも捨ててこい。アンタレスをそんな風にさせたのがお前だってんなら……俺は、お前を許さねぇ…!」
「嗚呼、罵倒! 罵倒デスね! それもまた試練! 愛が深まれば深まるほど、試練は過酷になるものデス!!」
ペテルギウスは俺たちの拒絶を、まるで最高のご馳走でも受け取るかのように全身で受け止め、さらに奇怪なダンスを踊り始めた。
その光景に、俺は心底から「キモすぎる……」と、ドン引きせずにはいられなかった。そして、こんな奴が傍に居続ける生活をしたであろうアンタレスに同情した。
―
巨木が乱立する森の喧騒から少し離れた岩陰。
僕は、荒い呼吸を整えながら、戦場の中心部を冷徹な目で見つめていた。
視界の先では、あの不潔でおかっぱの狂人、ペテルギウス・ロマネコンティが奇怪なダンスを踊りながら、スバルやエミリアたちの前に立ちはだかっている。
周囲では、カルステン陣営の騎士たちと、再び影から這い出してきた黒装束の魔女教徒たちが入り乱れ、怒号と剣戟の音が森の静寂を完全に塗り潰していた。
「……よしッ!」
僕は、思わず小さく、けれど力強いガッツポーズを繰り出した。
これ以上ない、完璧な展開だ。
スバルはペテルギウスの狂気に釘付けになり、エミリアやレムもその援護に回らざるを得ない。クルシュやヴィルヘルムといった脅威も、次々と湧き出す魔女教徒たちの「物量」によって足止めされている。
ラインハルトがアーラム村へ行ったことも僥倖だ。あれだけの人質を放置出来るような人間ではないし、仮に同行したフェルトに命じられたとしても、作戦通りなら他の魔女教徒がアーラム村へ攻撃を仕掛けて足止めをしているはずだ。
つまり、今の僕を追いかける者は、誰一人としていない。誰も、この岩陰で「か弱き少女」が逃走の機を窺っていることに気づいてさえいないのだ。
(ペテルギウスはこの機に乗じて奇襲を仕掛けて各個撃破しろとか言ってたけど、そんな恐ろしい真似をしてられるか! 僕はこの場から逃げさせてもらう!)
僕にとって、ペテルギウスが勝とうが負けようが、あるいは魔女教徒たちが全滅しようが、知ったことではない。僕にとって、最優先事項は常に「自分の生存」ただ一点のみだ。
今、スバルが何週目で、今回で攻略が完了するのかは分からないが、それでも僕のやる事は変わらない。ここからいち早く離脱し、スバルの『死に戻り』という名の不気味な網からも、ラインハルトという名の処刑台からも、永遠に逃げ切る。それが僕の描く唯一の生存戦略だ。
「『一名消費』」
僕は低く、誰にも聞こえない声で宣言する。
その瞬間、僕の脳裏にある『リスト』から、アーラム村の住民か、あるいは影に潜む魔女教徒の命の灯火が一つ、ぷつりと消滅した。
直後、幼女の細い身体に、凄まじい熱量を持った命のエネルギーが流れ込む。筋肉の繊維一本一本が強化され、肺に酸素が満ち、視界が異常なほどクリアに研ぎ澄まされていく。身体が、羽毛のように軽い。
「……今だけは、スバルの無事を祈ってるよ。巻き戻ったら嫌だし」
僕は最後にもう一度だけ、スバルの背中を見つめると、強化された脚力で地を蹴った。
爆発的な加速。
泥を跳ね上げ、風を切り裂き、僕は密林の闇へと消えていく。
僕は、背後で遠ざかる戦いと狂気の声を置き去りにし、ただひたすらに、自分だけの安全な未来を目指して走り続けた。
「はぁ…はぁ…っ! あはは!」
息を切らしていると、笑いがこみ上がってきた。
僕の心臓は、生存への期待と、背後に残してきた地獄への恐怖で、かつてないほど激しく鼓動していた。
逃げれる。逃げれるのだ、この地獄から。
誰も僕を邪魔できない。誰も僕の居場所を知らない。今こそが、僕にとって唯一無二の、そして最後かもしれない脱出のチャンスなのだ。
助かる。待ちに待った平穏に、また一歩近づける。
だが、その希望は、あまりに唐突に、そして暴力的な音と共に打ち砕かれた。
――ヒュンッ。
鼓膜を突き刺すような、空気を切り裂く高音が頭上を過ぎる。
「え……?」
あまりに速い。目で追うことすら叶わない『何か』が、青い空を一直線に横切っていった。
何が起きたのか確かめようと、僕が反射的に空を見上げた、次の瞬間。
爆発が起きた。
僕の進行方向、わずか数メートル先の地面に、隕石でも落ちたかのような衝撃と共に『何か』が着弾した。
激しい土煙が舞い上がり、衝撃波が僕の身体を木の葉のように吹き飛ばす。
「うわああああっ!?」
泥まみれになりながら地面を転がり、僕は咄嗟に受け身を取って立ち止まった。肺の中の空気が強制的に吐き出され、視界がチカチカと明滅する。
(な、なになに!? 砲撃? それともロズワールの魔法!?)
僕は激しく咳き込みながら、着弾地点を注視した。
立ち込める土砂と砂煙。その中心で、抉れたクレーターの中から、一人の男が静かに歩み出てきた。
燃えるような赤髪。空の青をそのまま閉じ込めたような、透き通った瞳。
汚れ一つない白い騎士服を纏い、ただそこに立っているだけで、森の不浄な空気が清められていくような、圧倒的なまでの正義の質量。
「嘘……だろ……」
僕の喉から、絶望に染まった掠れ声が漏れた。
そこにいたのは、今もっとも出会いたくなかった男。ルグニカ王国最強の切札、『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアだった。
「……見つけたよ、『傲慢』の大罪司教アンタレス」
ラインハルトの声は、どこまでも誠実で、そして逃げ場のないほど冷徹だった。
僕はガタガタと奥歯を鳴らし、一歩、後ずさりする。強化されたはずの脚が、まるで泥の中に埋まったかのように重い。
「な、なんで……っ。なんで、お前がここにいるんだよ!? アーラム村にいたはずだろ!? 人質を、村の人たちを助けに行ったはずじゃないのか!?」
叫ぶ僕の声は情けなく裏返っていた。
彼が、アーラム村にいるあの大勢の人質を放置してまで僕を追ってこられるはずがないと、僕はそう確信していたのに。
ラインハルトは僕を憐れむような、けれど一切の容赦を排した瞳で見つめ、静かに答えた。
「確かに、僕はアーラム村の人たちを解放した。……けれど、つい先ほど捉えたんだ。僕の『加護』の目が、彼らの魂に刻まれた呪いが、不自然に欠け落ちるのを」
「欠け……落ちる……?」
「ああ。村人たちに刻まれていたあの血の糸。その一本が、何の前触れもなくぷつりと途絶えた。……そして、一人の命が突然、終わったんだ」
ラインハルトが僕に向かって一歩、踏み出す。それだけで、森の空気が物理的な重圧となって僕を押し潰しにかかる。
「命は、消えて無くなるものじゃない。……僕はその消費された命が、どこへ向かうのかを辿った。遠くなるにつれて血の糸が薄くなっていったけれど……幸い、逃走中の君に辿り着くことが出来た」
「ひ、っ……あ……」
僕は、自分の愚かさに目眩がした。
逃走のために使った『一名消費』。村人の命を燃料にして得たその力が、最悪の追跡ビーコンとなって、死神をここまで導いてしまったのだ。
「君が自分の命を守るために、他人の命を使い潰した瞬間……僕にとって、君はもう見逃せない、討つべき完全な『災厄』となった。……さあ、アンタレス。これ以上の犠牲を出す前に、僕と一緒に来てもらおうか」
ラインハルトの長い指がこちらにゆっくりと向けられる。
彼の意識が、明確な決意を以て向けられる。それだけで、僕は魂を射抜かれたかのような感覚に陥った。
「ッ………『災厄』…」
脳裏をよぎるのは、前世で通り魔に刺されたあの日の記憶。焼けるような腹の痛み、アスファルトの絶望的な冷たさ、そして、救いようのない『死』の予感。
嫌だ。死にたくない。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。僕はただ、誰にも脅かされず、安全な場所で美味しいものを食べて眠るだけの、当たり前の平穏が欲しかっただけなのに。
初めてペテルギウスに会ったあの日から、何度も何度も思った事だ。この欲望のために、僕はここまで頑張った。頑張れたのだ。
「……教えてくれよ、ラインハルト」
僕は震える声を絞り出した。悔しさで視界が涙に滲み、ボロボロと零れ落ちる。それは演技でも何でもない、僕の魂の底からの叫びだった。
「生きるために必死で努力して、行動して、どうにかして『明日』を掴み取ろうとしている僕を……どうしてお前は、そんな『災厄』なんて言葉で片付けられるんだ……っ!」
僕は叫び、彼を、そしてこの理不尽な世界そのものを睨みつけた。
僕の問いに、ラインハルトは悲哀の混じった、けれど一切の揺らぎのない青い瞳を向けてきた。彼は拳を握り、騎士として、静かに、けれど断固とした声を響かせた。
「……アンタレス。君が生きようと願うこと、そのために力を尽くすこと自体を、僕は否定しない。……けれど、君の選んだ道は、他者の命を『資源』として使い潰し、その上に自らの安寧を築くものだ。それは努力ではない。ただの略奪であり、生命への冒涜だ」
「……はは。……そうだよね。わかってる。わかってるよ、そんなこと」
僕は深いため息を吐き出し、涙を乱暴に袖で拭った。ラインハルトの言うことは、この世界の正解なのだろう。
けれど、その正解は僕を救ってはくれない。
僕は、意識の奥底にある『リスト』に目を向けた。アーラム村で僕が魂の根元を咥え込んだ二百人以上の命。その鮮やかな赤色の灯火が、視界の中で整然と並んでいる。
「……お前がそれを『略奪』だと呼ぶなら、僕はそれを貫き通すまでだ。僕の『平穏』を、求める自由を、こんなところで諦めてたまるか……っ!」
出し惜しみは無しだ。この『正義の怪物』を相手に、中途半端な強化は何の意味もなさない。
僕は生存への執念を爆発させ、高らかに権能を宣言した。
「『百名消費』ッ!!」
「――ッ!」
その瞬間、僕の脳裏で百の灯火が一斉に吹き消された。
魔女教徒や村の誰かの命が、百人分。その莫大なエネルギーが濁流となって僕の細い身体に流れ込み、世界が加速していく。
先程まで僕を押さえつけていたラインハルトによるプレッシャーが霧散し、身体の重さが無くなったかに思える。全神経が研ぎ澄まされ、ラインハルトに従うマナの揺らぎさえもが、スローモーションのように鮮明に捉えられる。
僕は顔を上げ、自分を「災厄」と断じた眼前の正義を真っ向から睨みつける。明日を掴み取るためなら、最強の騎士の「正解」なんて知ったことか。
「ラインハルト。僕はお前から、絶対に逃げ切って見せるッ!!」
百の命を燃料にして燃え上がる昏い輝きを瞳に宿し、僕は僕だけの『平穏』を奪いに来た最強の騎士からの逃走を開始した。