魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第3話『憤怒とか言ってるけど怒りたいのはこっち』

 僕はシリウスから逃げるようにペテルギウスの背後に身を潜めた。ゆっくりと覗き込むように彼女を見る。

 視界に入るシリウスは、ペテルギウスの冷たい問いかけなど一切耳に入っていない様子で、くねくねと身をよじりながら悦びに浸っている。彼女は何処かふらついた足取りでこちらに向かってきていた。

 

 「ああ! ああ! ペテルギウス! あなたの声、あなたの眼差し、あなたの存在そのものが私を、私たちを、世界を、愛で満たしていく! 私たちは今、一つです! 私たちの心は繋がっているんですから!」

 「ワタシは、説明を、求めてい、るのデス!!」

 「ああ、ペテルギウス! そんなかっかしないで。これは福音書に導かれてやったことなんですから。ほら!」

 

 シリウスは懐から福音書を取りだし、これみよがしに開いて見せた。

 ペテルギウスはその福音書を素早い手つきで受け取り、そこに綴られた内容を血だらけの指でなぞった。

 

 「…事実のようデスね」

 「当然でしょう? 私があなたに嘘をつくことなんてありません! 何故なら、私は、あなたのことが、す、すす、き、なんですから―――キャー! 言っちゃった! 恥ずかしー!!」

 

 「ァ」

 

 呼吸が荒くなる。やばい。シリウスめ、当然のように権能を行使している。このままじゃ彼女の狂気に呑まれて、僕まで「愛愛愛愛!」とか叫びだしかねない。

 僕は必死に、前世の記憶を……あの冷たいアスファルトの感触を思い出した。死。孤独。虚無。

 その強烈な「個」の恐怖を盾にして、シリウスの共感から強引に意識を切り離す。

 

 「……ん?」

 

 その時、シリウスの唯一露出している左目が、ペテルギウスの脇から覗く僕を捉えた。

 

 「…………誰、ですか。その子。ペテルギウス、あなたの隣にいる、その卑しくて汚らわしい、泥棒猫の幼いなりをしたものは、一体、誰、なんです、か?」

 

 空気が凍りついた。

 シリウスの声から、先程までの狂信的な歓喜が消え、底なしの殺意が滲み出す。彼女の袖から垂れる鎖が、じゃらり、と鳴った。

 

 「ァ、えと……その」

 

 僕は直感した。これ、僕が何を言っても「ペテルギウスをたぶらかしたメス」判定されるやつだ。見た目ロリなのに! 中身は男なのに!

 そんな僕の動揺なんて露知らず、ペテルギウスは「ああ」と思い出したかのように返事をして言った。

 

 「シリウス。彼女は、福音に選ばれし新たな同胞。空席であった『傲慢』を埋める、比類なき勤勉な信徒デス! アナタも、大罪司教の一端として彼女を歓迎すべきデス! 祝福すべきデス! 愛すべき、なのデス!!」

 

 ペテルギウスさん、ナイスフォロー。……と言いたいところだが、今の状況で「愛すべき」は火に油を注ぐどころではない。

 

 「……『傲慢』? ああ、そう。大罪司教。そう、なんですね」

 

 氷のように冷え切った眼光が僕を射貫く。

 冷や汗が止まらない。気が付けば、僕はローブの裾を拳が赤くなるほどに強く握っていた。

 

 すぅ、とシリウスの呼吸が耳に入る。

 

 「どうもこんにちは、お嬢ちゃん。私は魔女教大罪司教『憤怒』担当、シリウス・ロマネコンティ、とお申します」

 「え」

 

 シリウスの予想外の反応に、僕は一瞬言葉を失った。

 

 「は、はじめまして……。えと、魔女教大罪司教『傲慢』担当の、アンタレス・アンドロクトヌス、です……」

 

 急な態度の変化に戸惑いながらも、僕は蚊の鳴くような声で名前を口にした。

 シリウスはにこりと微笑み、まるでお淑やかな貴婦人のように膝を折って僕の目線に合わせる。

 

 「『傲慢』だなんて、凄いですね。私、嬉しいです。これからはあなたも、私とペテルギウスの、この世界を包む愛の一員になるんですから」

 「あ、はい……せ、精一杯、頑張ります」

 

 あれ? 意外と大丈夫……?

 シリウスの言葉には、先程のような刺々しさが消えていた。むしろ、親愛の情すら感じる。

 ホッと胸を撫で下ろし、僕が緊張を緩めたその瞬間――。

 

 ガシッ、と。

 万力のような力で、僕の両肩を彼女の手が掴んだ。

 

 「だから、分かってくれますよね? 愛し合っている私たちの間に、()()は良くないって。……ねぇ、さっきから何をそんなに()()()いるんですか?」

 

 シリウスの目が、爛々と輝く。

 彼女の権能は感情の共有。そして今、彼女は僕の心に干渉し、僕が必死に築き上げた「死への恐怖」という防壁の裏側に、何か異質なものが潜んでいることに気づいたのだ。

 

 「ァ……あ、あ……」

 

 マズい。彼女の共感覚が、僕の精神の深淵を覗き込もうとしている。

 僕が転生者であること。この世界を「物語」だと知っていること。そして何より、彼らを「狂人」だと蔑んでいる本心が、今にも暴かれそうになる。

 

 「見せて。見せてください。あなたが何を考え、何に怯え、何に『傲慢』を抱いているのか。私たちは一つにならなければならないのだからッ!!」

 

 シリウスの声が次第に熱を帯び、再び絶叫へと変わっていく。

 同時に、僕の視界が歪んだ。

 彼女の抱く強烈な「愛」が僕の意識を押し潰し、僕自身の「生きたい」という執念と混ざり合う。

 

 やばい、やばいヤバいヤバい――!!

 このままじゃ殺される!!! イヤだ死ぬのは嫌だあんな怖い思いはもうしたくない!!

 誰か、誰か!!

 そうだ! ペテルギウスに助けてもらおう!!

 

 ペテルギウスの方を見る。彼は、シリウスの福音書と自分の福音書を見比べて、何かをぶつぶつと呟いていた。

 僕は彼に向けて助けを求めるべく声を上げた。

 

 「ペテルギウスさん!」

 「はっ――!! なるほど!! そういうことだったのデスか!!」

 「ペテルギウスさん…!」

 「これは『試練』! これこそが『試練』だったのデスね!」

 「ペテルギウスさん…?」

 「ああ! なんということデスかッ!! 親愛なる敬虔な信徒を、手の届く距離で見捨てなければならないとは…ッ!」

 「ペテルギウスさん!?」

 

 彼の返事は、救いの言葉ではなく、無慈悲な勧告だった。

 彼は福音書を天に掲げ、自らの爪をガチガチと鳴らしながら、僕とシリウスを見下ろす。

 

 「福音は、福音は告げていまシタ! この地での『変化』! それは、既存の殻を破る痛みを伴うものだと! ワタシがここで手を貸しては、アナタの勤勉な成長を、魔女が与えた試練を台無しにしてしまう!! それこそが、サテラへの不敬! 不義! 怠惰なのデス!!」

 「ちょ、待っ……ペテルギウスさ……!」

 

 ダメだ、この男。話は通じるが、話にならない。

 彼は僕を見捨てたのではない。僕の「成長(笑)」を期待して、敢えてこの狂気の泥沼に放置することを選んだのだ。

 

 「ああ、理解してくれました! ありがとう! さすがはペテルギウス! あなたはいつでも正しい! 私たちが一つになるのを、あなたは優しく見守ってくれるのですね!」

 

 シリウスが歓喜の声を上げ、僕を掴む手にさらに力を込める。

 彼女の指が肩に食い込み、骨が軋む音が聞こえた。

 

 「さあ、アンタレスちゃん、曝け出して。あなたのすべてを。私たちの世界を汚すその『傲慢』な内側を! 共有しましょう、分かち合いましょう、溶け合いましょうッ!!」

 「アンタレスよ! 今こそ、その未熟で脆弱で哀れな殻を、勤勉な『傲慢』で突き破るのデス!!」

 

 味方がいない! いや、味方の頭がおかしい!!

 どうして大罪司教には頭がおかしい人しかいないんだ!!

 

 目の前には、嫉妬と独占欲に身を焦がす包帯女。

 背後には、狂気的な期待の眼差しを送るおかっぱ男。

 

 僕は、気が付けば走り出していた。あれらの恐怖から逃げるために。

 彼らに背を向けて、もしかしたら人がいるかもしれないという淡い希望をもとに、村の方角へ走った。仮にいたとしても、彼らの前ではゴミ同然だというのに。

 

 「はぁッ、はぁッ…!」

 

 無我夢中で走る。人が居るであろう、村の中心へ。

 そこに近づくにつれ、嫌な臭いがしてくる。その匂いは、今生の故郷が魔女教に襲われた時に嗅いだ、濃厚な「死」の残り香のようだ。

 嫌で、分かりきっていた予想が立つ。シリウスは村の方から来た。彼女の権能の性質上集団が相手でこそ強力な効力を発揮する。

 

 「うっ」

 

 案の定、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 村の中心に猛々しく佇んでいる巨木、その周りに、数十人の死体が転がっていた。おそらくこの村に居る全ての人が、皆一様に首筋を切られて死んでいた。

 僕はそれを呆然と見ていると、耳のすぐ隣を何かが通過した。シリウスの鎖だ。

 

 「素晴らしい光景でしょう? ここにいる方々は、この世界が愛に満たされていることを身をもって証明してくださいました。ご協力に感謝しなければいけませんね。ありがとう」

 「…ぼ、僕は、死にたくありません」

 「あら? 何を言っているんですか。死ぬだなんて、そんな悲しいこと。――皆さんは今、私と幸せを共有しているだけですよ?」

 

 シリウスは首を傾げ、うっとりと村の中心に横たわる死体の山を見つめた。

 死体。死体だ。さっきまで生きていたはずの人たちが、今はただの物言わぬ肉塊になっている。

 僕の全身がガタガタと音を立てて震え出す。前世で味わった、あの腹の底から冷えていく感覚。アスファルトの冷たさ、救急車のサイレン、そして、抗いようのない虚無の予感。

 

 「嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……ッ!!」

 「――ええ、それです! それこそが私が求めていた()()!」

 

 シリウスが歓喜に顔を歪め、鎖を蛇のようにうねらせた。

 僕は半ば反射的に身をかわした。重い風切り音が鳴る。確かな重量とスピードが乗った攻撃だ、当たればひとたまりもないだろう。

 

 「ひぃぃいいいいいいッ!!」

 

 飛び交う鎖の中を、悲鳴を出しながら駆け抜けていく。

 とにかく遠くへ。村を出て、森の奥へ行く。そこなら見つかりづらいし、万が一見つかっても入り組んだ森の中で鎖を扱うのは一苦労だろう。

 そう思い、外へ外へと駆けていると、ふと何かにぶつかってしまった。

 

 「うぎゃ!?」

 

 突然のことに尻餅をつき、そこにあるであろう壁を睨みつける。

 が、そこに壁など無かった。あるのは村の外へ続く道だけ。そう、僕は見えないナニカにぶつかったのだ。

 

 「まさか、み、『見えざる手』…!? どうして!?」

 

 お尻が痛い。けれどそんなことよりも、絶望が思考を支配する。

 僕の逃げ道を塞いだのは、ペテルギウスの権能である『見えざる手』だった。

 

 「あああああ! なんという、なんという逃避! なんという脆弱! なんという、怠惰怠惰怠惰…ッ!!」

 

 振り返れば、ペテルギウスが自らの顔を歪ませ、涙を流しながら叫んでいた。

 彼は狂ったように自らの首をバキバキと鳴らし、指先を噛み砕く。

 

 「アンタレスよ! 逃げることは許されません! 立ち向かうのデス! 恐怖を、死を、己の内に飼い慣らし、それを糧に高慢に立ち上がるのデス! それが、アナタに与えられた試練、変化の種なのデスからァ!!」

 

 そう言って彼は、近くの、民家にしては少し高さのある建物から『見えざる手』で何かを取りだし、それを勢いよく僕の目の前に突き刺さした。

 

 それは、剣だった。

 それも、僕の身長ほど、いや、それ以上はありそうな『大剣』だった。

 

 「さぁ、手に取るのデス! その鉄塊を! 己が生存を阻む全てを叩き伏せる、傲慢な意志の象徴としてッ!!」

 

 ペテルギウスの叫びと共に投げ込まれた大剣は、地面を砕いて僕の目の前で直立していた。

 ジャラジャラ、とシリウスの鎖の音が近づいてくる。

 

 「……クソ」

 

 大罪司教は皆、魔女の因子によってもたらされる権能を持っている。

 かくいう僕もそのうちの1人。『傲慢』の大罪司教として、この身には『傲慢』の因子が宿っている。当然、権能を持っている。

 だけど、正直言ってあまり使いたいものでは無い。これを使うということは、自分で自分の首を絞めているのと同義だからだ。

 

 気が付けば、僕の周り、村全体を囲うように信徒たちが連なっていた。「試練の場を用意せよ」というペテルギウスの指示だろう。

 僕は立ち上がり、大剣を手に取った。

 

 一呼吸置き、ゆっくりと、そしてはっきりと告げる。

 

 

 「『一名消費』」

 

 

 僕がそう告げると、連なっている信徒の内の1人が、胸を押さえて倒れ伏した。

 それだけで、幼女の細腕ではあり得ないほどの膂力がみなぎり、大木のように思えた大剣が羽毛のように軽くなった。

 

 「ああ……ッ! ああああああああああああああああ!! 見ましたかシリウス! 見ましたかッ!!」

 

 ペテルギウスが、自身の顔をこれでもかというほど引きつらせ、歓喜のダンスを踊り始める。

 

 「他者の命を! 己が生存のためだけに! 塵芥のごとく使い潰すその決断! なんという勤勉な『傲慢』! その冷酷さ、その徹底した生存本能! 素晴らしいデス! 実に、脳が、震えるぅうううううう!!」

 「……ああ、本当に素敵」

 

 シリウスが陶酔しきった声を漏らし、鎖を引いてその歩みを止めた。彼女の共有した感覚が、僕の中に流れ込んだ「他者の命を消費して得た力」の熱量に反応し、歓喜に震えている。

 

 あらかじめマーキングした者の命を消費してエネルギーに変換し、一時的に自分の力を底上げする。これこそが僕の権能の内の1つ『螢惑の対抗者』。

 死にたくない、そのためなら他人の命など知ったことかという、前世の末路から生まれた『傲慢』の形だ。

 

 「僕の邪魔を、しないでください。僕は……僕は、死ぬまで生きると決めたんだ」

 

 大剣を構えた僕の瞳にはもう涙はない。あるのは、一線を超えた者特有の、昏く濁った生存への執着だけだ。

 その姿を、ペテルギウスは涙を流して称え、シリウスは狂おしいほどの愛着を込めて見つめる。

 

 狂信者と狂愛者に囲まれた、この地獄の中心。

 僕は、最悪の力を振るいながら、一歩ずつ破滅的な『傲慢』への階段を登り始めていた。




オデ、大剣を扱う幼女、スキ
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