魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第33話『選択』

 ラインハルトを消費して、それで得た力でクルシュたちを助けてあげる。そんなアンタレスの提案に、俺はただ息を飲むことしか出来なかった。

 これは彼女なりの善意なのだろう。それは分かる。彼女がクルシュたちを、俺たちを助けようとしているのは保身のためなのだろう。それも分かる。

 だが、俺の口から出たのは、提案を受けるものでも拒否するものでもなく、彼女の真意を問うものだった。

 

 「……なぁ、アンタレス。どうして、そこまでして俺たちに協力しようとするんだ?」

 

 アンタレスは、遠くを眺めて、ゆっくりと口を開いた。

 

 「……さっき、ペテルギウスに言われたんだ。『アナタの居場所は外の世界には存在しない』って。……それを聞いたとき、否定したいのに、どこか腑に落ちる自分がいたんだ」

 「……っ」

 「その理由は、正直僕でも分からない。分かりたくないだけかもしれない。ただ、王都やアーラム村で、ただ幸せに生きている自分が、上手く想像できないんだ。まだ数週間くらいしか経ってないのに、故郷の村での平穏な暮らしが、ずっと遠いことのように思える…」

 

 彼女の声は、乾いた風のように虚しかった。

 それはまるで、ペテルギウスが定義した孤独を、当然として受け入れようとしているように俺は思えた。

 

 「そんなわけねぇだろ……っ!」

 

 俺は、彼女の諦め混じりの言葉を否定しようと、身を乗り出した。大罪司教だとか、過去に何をしただとか、そんなことは関係ない。俺はあの日、彼女を「守る」と決めたんだ。

 

 「お前はただの子供だ。居場所なんて、俺が──」

 「……でもね、スバル」

 

 アンタレスが、俺の言葉を静かに遮った。

 彼女は俺の方を向き、ふっと、これまでに見せたどんな擬態よりも、ずっと人間らしい微かな笑みを浮かべた。

 

 「さっきスバルに、『居場所なら俺が作ってやる』って言われたとき………結構、嬉しかったんだ」

 

 その瞳に、再び熱い雫が溜まっていく。

 

 「……スバルが、ただただ真っすぐな目を向けて、僕に別の未来があるって言ってくれた。だから……僕は、自分のために、その手伝いがしたいんだ」

 

 アンタレスは涙を袖で拭うと、確かな意志を宿した瞳で俺を真っ直ぐに見据えた。

 

 「僕が『アンちゃん』として笑って、美味しいものを食べて、暖かい布団で眠れる場所。……それを手に入れるために、僕はスバルの力になりたい。それが今の僕の、一番の願いだよ」

 

 自分勝手で、どこまでも自己中心的。けれど、これほどまでに誠実な彼女の「本音」を、俺は笑うことなんてできなかった。

 

 「……お前の気持ちはよく分かった。だけど、ラインハルトを殺すのはダメだ。いくら『不死鳥の加護』だかなんだかで生き返れるとしてもダメだ。それは……殺人だ」

 『スバル、聞こえるかい? 僕だ』

 

 突如、スバルの脳内に聞きなれた英雄の声が響いた。

 その声に、俺は肩をびくりと震わせた。反射的に周囲を見渡すが、そこには怯える村人たちと、アンタレスの姿しかない。

 

 「ら、ラインハルト……!? お前、まさか……」

 『驚かせてすまない。先ほど授かった『遠信の加護』だ。親しい間柄の者に、距離を無視して言葉を伝えることができる』

 

 ラインハルトの声は、耳元で囁かれているかのように鮮明だった。俺は混乱する頭を強引に整理し、彼に問いかける。

 

 「村の皆は!? 森へ連れ去られた奴らはどうなった!?」

 『安心してほしい。森に取り残された村人たちの救出は順調だ。周囲の魔獣は掃討した。今、そちらに向かっている。疲弊した村人たちに無茶はさせたくないから、そちらに戻るのはまだかかりそうだ』

 

 ラインハルトの報告に、俺は肺から一気に空気を吐き出した。全身を支配していた焦燥が、わずかだけ凪いでいく。

 

 「……よかった。本当に、よかった……。ありがとう、ラインハルト。お前には、いつも助けられてばかりだな」

 

 礼を言いながら、俺の視線は隣にいる少女――アンタレスへと向いた。彼女は上目遣いで俺の様子を伺っている。

 先ほど彼女が口にした、おぞましくも合理的な「提案」がこびりついて離れない。俺はそれを強引に撥ね退け、脳内に響くラインハルトの声に意識を集中させた。

 

 「ラインハルト! 悪いが、のんびり戻ってくるのを待ってる余裕はなさそうだ。今すぐ伝えなきゃならないことがある!」

 

 俺は頭蓋の奥の声に向かって、心の中で叫ぶように言葉を叩きつけた。

 

 『スバル? 何があったんだい?』

 「ペテルギウスの狙いが分かったんだ! あいつは、最強のお前を村人の救出で森に釘付けにして、その隙に手薄になったクルシュたちを白鯨と一緒に挟み撃ちにする気だ!」

 

 俺がアンタレスの推測をそのまま伝えると、ラインハルトの声から鋭い緊張が走るのを感じた。

 

 『……なるほど。確かに、今の僕が戦線を離脱している状況は、彼らにとって絶好の機会だね。……スバル、君のその情報はどこから?』

 「……隣にいるアンタレスが教えてくれたんだ。あいつの性格を知り尽くしてるらしい」

 

 俺は隣でこちらをジッと見るアンタレスを一瞥した。彼女は俺の視線に気づくと、やや気まずそうに目を逸らした。

 

 「ラインハルト、お前は今、森のどのあたりにいる? 俺たちが今からそこへ向かう。お前が連れている村人たちは、俺たちが回収して安全な場所まで送り届ける。だからお前は、今すぐクルシュたちの援護に向かってくれ!」

 

 俺の提案は、今の状況で最も合理的なはずだった。最強の駒であるラインハルトを、白鯨と大罪司教が暴れる主戦場へと戻す。それができれば、勝利の確率は跳ね上がるはずだ。

 しかし、ラインハルトの返答は、俺の期待していたものとは違っていた。

 

 『……待ってくれ、スバル。君の言いたいことは分かるし、僕も今すぐにでもクルシュ様たちの元へ駆けつけたい。けれど、それをすれば、アーラム村の守りが手薄になってしまうのではないかい?』

 「え……?」

 『今、この森にはまだ魔女教徒の残党や魔獣が潜んでいる可能性が高い。僕が離脱し、君たちが村人の回収に時間を取られている間に、奴らが守りを無くした村を直接襲撃したら……』

 

 ラインハルトの声には、王国の守護者としての冷静な戦術的判断が宿っていた。

 

 『……もしかしたら、ペテルギウスの真の狙いはそれかもしれない。僕を主戦場へ誘い出し、その隙に守りの薄くなった村を、そして君たちを確実に仕留める……』

 

 ラインハルトの指摘に、俺の背筋をドロリとした嫌な汗が流れた。さらに彼は畳みかけるように、俺にとって無視出来ない予想を口にする。

 

 『…いや、もしかしたら、彼としてはどちらに転んでも良いのかもしれない。僕がこの場を離れてクルシュ様の元へ駆けつければアーラム村を襲い、離れなければクルシュ様たちを襲う。彼は邪精霊で、ある程度の距離を無視して他者に憑依できる。憑依可能な者をそれぞれの近場に配置して、疑似的な転移を可能にしていてもおかしくはない』

 

 敵の狙いはクルシュたちへの奇襲か、それとも手薄になった村への再襲撃か。どちらに転んでも、誰かの命が失われる未来しか見えない。

 

 「……だったら、その近場にいる『転移先』を、あらかじめ全部潰しておけばいいんじゃねぇか?」

 

 俺は絞り出すように提案した。ペテルギウスが他者に憑依して疑似的な転移を行うなら、その器となる『指先』や適合者を先に排除すれば、奴の機動力は削げるはずだ。

 だが、脳内に響くラインハルトの声は、残酷なまでに冷静だった。

 

 『……いや、スバル。残念ながら、それは現実的ではないよ。この広大な森の中から、巧妙に潜伏している魔女教徒を短時間ですべて見つけ出すのは至難の業だ。それに、僕たちが捜索のために動き出せば、それこそアーラム村が手薄になり、奴の思う壺だ』

 「……っ、クソ」

 

 ラインハルトの言うことは正しい。正しすぎて、反論の余地がない。

 最強の駒であるラインハルトが動きを封じられ、クルシュたちは白鯨とペテルギウスの挟み撃ちを食らおうとしている。

 どうすればいい。俺に何ができる。頭を抱え、地面を睨みつけていた俺の視界に、不意に小さな影が映り込んだ。

 

 顔を上げると、そこにはアンタレスがいた。

 少し青みがかった黒髪を風に揺らし、彼女は感情の読めない瞳でじっと俺を見つめていた。俺が彼女を「守る」と言ったときの涙はどこへ行ったのか、今の彼女の貌には、大罪司教としての冷徹な平熱が戻っているように見えた。

 

 「……どうするの?」

 

 アンタレスが、鈴を転がすような、けれどどこか他人事のような声で問いかけてきた。

 

 「こうやって悩んでるうちに、クルシュたちは殺されるかもしれないよ? そうなったら、スバルは『次』に行かざるを得なくなる。僕としては、それはやめてほしいなって」

 「…………」

 

 俺は言葉を失った。彼女は知っているのだ。俺の『死に戻り』を。そして、この詰みかけた盤面をリセットするためのコストを。

 アンタレスは、俺の顔色を伺うように首を傾げると、悪魔の囁きのように言葉を継いだ。

 

 「……折角なんだから、ラインハルトに聞いてみたら? 『みんなを助けるために死んでみないか』って」

 「な……っ」

 「だって、それをするだけでみんなが助かるし、一番良い解決法だと思うけど。……それに、あの人は死んだってすぐに生き返れる『不死鳥の加護』があるんだから。減るもんじゃないしね」

 

 彼女の言葉には、一切の悪意がなかった。

 ただ、それが生存のために最も効率的な手段であると、一点の曇りもなく確信している。むしろ、何故『やらない』のかが心底理解できないとでも言いたげな眼だった。

 

 「……そんなこと、できるわけねぇだろ。いくら生き返れるからって、仲間を殺して力を得るなんて……」

 「まぁ、とりあえず、聞くだけ聞いてみて。ダメだったら、一緒に別の方法を考えよう」

 

 俺は奥歯を噛み締めた。彼女の提案は、反吐が出るほどおぞましい。

 だが、今の俺の手元には、もう他に行き場のない絶望しか残されていない。

 

 「……なぁ、ラインハルト」

 

 俺は、頭蓋の奥の声に向かって、掠れた声を絞り出した。

 

 『また何かあったのかい?』

 「……いや、その……聞くだけ、聞くだけなんだが……」

 

 俺は、目の前でこちらを見てくるアンタレスから視線を逸らし、震える声で問いかけた。

 

 「……お前の命を一回だけ、アンタレスが『消費』すれば……そうすれば、あいつが全部終わらせられるって……言ってるんだ。……どう思う?」

 

 静寂が、俺の脳内を、そして戦場を支配した。

 俺は自分が吐いた言葉のあまりの醜悪さに、舌を噛み切りたいほどの自己嫌悪に襲われていた。

 

 『僕は構わないよ』

 「……は?」

 

 あまりにもあっけらかんとした答えに、俺は一瞬思考が真っ白になった。

 俺は、ラインハルトという男の器の大きさを知っている。だが、今の彼の言葉を聞いて、どうしても確認せずにはいられなかった。

 

 「なぁ、ラインハルト……。……お前、それがどういう意味か、分かって言ってるのか?」

 

 俺の問いに、頭蓋の奥でラインハルトが小さく、けれど穏やかに笑った気配がした。

 

 『ああ、わかっているとも』

 「分かってて、なんで……! お前、死ぬんだぞ!?』

 『そこは安心して良い。僕には『不死鳥の加護』があるからね。例え死んでも、すぐに生き返れる』

 「いくら生き返れるからって、そんな燃料みたいな扱いされて、いいわけねぇだろ!!」

 

 俺の叫びに、ラインハルトの声から微かな笑みが消え、代わりに、世界の守護者としての静かな、あまりにも重い決意が宿った。

 

 『……君の意見は正しいし、嬉しく思うよ。けれど、僕一人の命を使って、失われるはずだった他の多くの命が救われるというのなら、僕は本望だ。……それが、騎士としての僕の誇りであり、僕の役割なんだから』

 

 ラインハルトの言葉は、どこまでも純粋で、そして狂気的なまでに無私だった。

 他者の命を『資源』としか見なせないアンタレスの醜悪な生存本能と、己の命を『資源』として差し出すことに躊躇いのないラインハルトの崇高な自己犠牲。

 真逆のようでいて、どちらも人の理から逸脱したその二つの在り方に挟まれ、俺はただ、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。

 俺がそうしていると、隣で俺の様子を伺っていたアンタレスが、不安と期待が入り混じったような瞳で覗き込んできた。

 

 「……スバル? ラインハルトは何て言ってるの? 駄目だって、怒ってる?」

 

 彼女の問いに、俺は喉の奥に詰まった苦い塊を無理やり飲み込んだ。

 ラインハルトが提示した答えは、俺の倫理観では到底受け入れがたいものだったが、今の俺たちに残された唯一の『勝算』でもあった。

 

 「……構わない、だと」

 

 俺の声は、自分でも驚くほど低く、掠れていた。

 

 「あいつ……自分の命を使って他人の命が助かるのなら本望だって……。そう言ってやがる」

 

 それを聞いたアンタレスの瞳が、一瞬だけ驚愕に大きく見開かれた。けれど、次の瞬間には、彼女の中に住まう『傲慢』としての冷徹な合理性が、その驚きを塗りつぶしていった。

 

 「……そう。彼が自分でそう言うなら、何も問題ないよね」

 

 アンタレスは、まるで明日の献立が決まったと告げられたかのような、淡々とした口調で続けた。

 

 「じゃあ、やろう。スバル。ラインハルトを『消費』して、僕が全部終わらせてくる」

 「……本当に、やるのか」

 

 俺は彼女の細い肩を掴み、問い詰めるように見つめた。彼女がやろうとしていることは、たとえ生き返る保証があったとしても、紛れもない『殺人』だ。

 他者を消費して力を得る。前のループでもやっていたことを、またここで繰り返していいのか。

 

 『スバル、村人たちのことなら心配はいらないよ。なるべく早く生き返るつもりだ。とはいえ、これは君が選択することだ。僕は君の意思を尊重するよ』

 「……ッ!」

 

 再び、ラインハルトの声が頭の中に響く。その響きは、騎士としての重い責任を感じさせ、そして、恐ろしいほどに穏やかだった。

 

 「大丈夫だよ、スバル。僕だって、無駄死にするつもりはない。もしラインハルトの力を使ってもヤバそうだと思ったら、僕はすぐに逃げるし、ちゃんと君のところへ戻ってくるから。……自分の命が一番大事なのは、変わらないしね」

 「……それ、でも………ッ!」

 

 ラインハルトとアンタレスの主張を聞きながら、俺は、自分の内側で激しく揺れる天秤を見つめていた。

 一方の皿には、俺の『倫理観』が乗っている。友人を、それも自分を何度も救ってくれたラインハルトを『燃料』として消費させるなど、人としてあってはならないことだ。

 だが、もう一方の皿には、今この瞬間もペテルギウスの『見えざる手』や白鯨の暴威に晒されているクルシュたちの命、そしてアーラム村の皆が乗っていた。

 もしここで俺がラインハルトの死を拒めば、彼らが全滅するかもしれない。

 

 どちらも重い。どちらも正解じゃない。

 俺の心臓は早鐘を打ち、冷や汗が全身を伝う。

 

 (……クソ。クソッ!!)

 

 俺は奥歯が砕けるほど噛み締め、僅かに、本当に僅かの差で、天秤がクルシュたちの救済へと傾くのを感じた。

 

 「……ラインハルト。本当に、生き返れるんだな…?」

 

 俺の震える言葉は、半ば同意の合図だった。

 その問いかけに、脳内に響くラインハルトの声は、一点の曇りもない、どこまでも澄み渡った響きを返してきた。

 

 『ああ、約束するよ、スバル。僕は『不死鳥の加護』を授かっている。君との約束を違えるような真似はしない』

 

 その声には、死への恐怖など微塵も存在しなかった。世界最強の『剣聖』としての絶対的な自負と、友の願いを叶えるための狂気的なまでの無私。その自信に満ちた回答を耳にして、俺は肺に溜まっていた熱い空気を、一度だけ深く、重く吐き出した。

 覚悟を決める。俺は正面に立つ、アンタレスへと目線を向けた。

 彼女は俺の顔を、不安と期待が入り混じった瞳で、じっと見つめていた。だが、俺が頷くのを見た瞬間、その瞳の奥にある『傲慢』としての冷徹な合理性が、一気に熱を帯びて燃え上がった。

 アンタレスは、俺にしか聞こえないほど小さな声で、けれど静かに、確かに頷いた。

 

 「……分かった。それなら、遠慮なく使わせてもらうよ」

 

 彼女はそう呟くと、視線をラインハルトがいるであろう森の奥へと固定し、その小さな唇を冷酷な形に歪めた。そして、死の宣告を、祈りのように唱えた。

 

 「『一名消費』」

 

 その宣言が、静まり返った戦場に呪いのように落ちた。

 頭の奥で響いていたラインハルトの気配が、悲鳴すらなく、蝋燭の火を消すように唐突に消滅する。

 

 直後、世界が鳴動した。

 

 アンタレスの小さな身体を中心に、まるで天災が顕現したかのような、理不尽で圧倒的な『圧力』が爆発的に解き放たれたのだ。

 

 「――ッ!?」

 

 目の前に立つ少女から放たれるのは、もはや威圧感などという生ぬるいものではない。ラインハルトという『世界最強の命』を燃料にして燃え上がる、純粋で醜悪な暴力の塊だった。

 俺はその凄まじいプレッシャーに膝をつきそうになりながら、網膜の裏側にこびりついた、彼女の『暴虐』を思い出していた。

 前のループ、真っ白な霧の中で、白鯨をゴミでも払うかのように瞬殺したあの姿。狂気の大罪司教ペテルギウスを、紙細工のように真っ二つに引き裂いたあの冷徹な蹂躙。

 他者の命を『資源』と見なし、自分を生かすためだけに全能を振るう怪物。今、俺の目の前で、その怪物が再び目覚めようとしていた。

 

 「は、ぁ……は、ぁ……」

 

 呼吸すら困難な重圧の中、俺はただ、あいつの背中を見つめることしかできなかった。

 すると、嵐のような静寂の合間に、頭蓋の奥で再びラインハルトの声が響いた。

 

 『……無事に復活したよ、スバル。少しばかり奇妙な感覚だったけれど、体調に問題はない』

 

 その、いつもと変わらない、どこまでも穏やかで誠実な声。

 

 「……あ、あぁ……。もうなんか、すげぇよ、お前……」

 

 俺は泥にまみれた地面に顔を伏せ、心底からの安堵と共に、肺にあるすべての空気を吐き出した。

 ラインハルトは生きている。あいつの命は失われていなかった。その事実に縋るように、俺は何度も、何度も震える呼吸を繰り返した。

 だが、俺の目の前では、最強の燃料を得た『傲慢』の大罪司教が、絶望の盤面を塗り替えるために、ゆっくりと歩みを進め始めていた。

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