魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
どろりとした熱い感触が喉の奥から溢れ出し、意識が急速に書き換えられる。死の深淵へと突き落とされたはずの感覚が、激しい不快感と共に俺を現実へと引き戻した。
「――っ、が、はっ……!!」
肺に強引に流れ込んできたのは、平穏な村の空気ではない。鼻を突くのは、焦げた木材の臭いと、鉄錆に似た生々しい血の腐臭。耳に届くのは、負傷した地竜の悲鳴と、誰かの泣き声だった。
視界が激しく明滅し、焦点が定まらない。俺は自分の喉元を何度もなぞったが、そこにあるはずの致命傷は消え去っていた。
『死に戻り』した。その事実だけが、冷徹な現実として俺の脳に突き刺さる。
「……ここ、は……」
「スバル……しっかりして、スバル!」
隣で俺の肩を支えるように叫んだのは、エミリアだった。彼女の紫紺の瞳は恐怖と悲しみに潤んでおり、その服には返り血が飛び散っている。
周囲を見渡せば、そこはアーラム村ではない。凱旋の途上だったはずのリーファウス街道だ。横転した竜車の残骸、力なく横たわる騎士たち。そして、白く輝く騎士服を赤黒く染めて立ち尽くす、一人の男の背中があった。
「……ライン、ハルト……」
俺の掠れた声に、ラインハルトが、ゆっくりと振り返った。その青い双眸には、いつもの完璧な余裕など微塵もなく、ただただ深い自責と、耐え難いほどの苦渋の色が滲んでいた。
「スバル……。……すまない。僕がついていながら……魔女教の大罪司教たちの強襲を許し、多大な損害を出してしまった」
ラインハルトは震える拳を握りしめ、絞り出すような声で続けた。
「『強欲』、そして『暴食』……。僕が彼らの相手に手を取られている隙に、アンタレスが、あの子が……包帯を巻いた女――恐らくは別の大罪司教の手によって、連れ去られてしまったんだ」
その宣告が脳に届いた瞬間、俺の膝から力が抜けた。
「…………なんで……」
ガクガクと震える足が、自分の重みに耐えきれない。俺は泥にまみれた街道の地面に、そのまま膝から崩れ落ちた。
「なんで……なんで、ここなんだよ……っ!!」
俺の叫びは、虚しく風に掻き消された。
セーブポイントが更新されてしまった。
本来なら、俺が死ねばアンタレスが正体を明かす前、あるいは村を襲撃される前まで戻れるはずだった。
だが、今回の『死に戻り』の起点は、アンタレスが連れ去られた『後』――すなわち、事態が最悪の形で結了した瞬間に固定されてしまったのだ。
あいつの『白さ』を信じようとしたことも、あいつと向き合おうとしたことも、すべてがこの『詰み』の盤面で上書きされた。
「……不甲斐ない僕を、どうか責めてくれ。君がそれほどまでに案じていた彼女を……僕は、守りきることができなかった」
ラインハルトが俺の前に膝をつき、深々と頭を下げる。だが、その謝罪も、エミリアの心配そうな声も、今の俺の耳には一切届かなかった。
(俺がどれだけ死んでも……もう、あの子をあの絶望から引き戻すことはできねぇのか……?)
脳裏をよぎるのは、アンタレスが最後に見せた、あの冷徹な大罪司教としての微笑。そして、俺に言い放った呪いのような言葉。
『次はちゃんと、僕を助けてね』
あの言葉が、いつまでも頭から離れない。それこそ呪いのように俺の心を蝕んでいる。
「……。……ラインハルト」
俺は地面を掴んでいた手を震わせ、顔を上げた。三白眼の奥には、絶望の先にある、泥濘のような執念が宿っていた。
「あいつら……アンタレスを連れた包帯の女は、どっちへ行った」
俺の問いに、室内の……いや、戦場の空気が凍りついた。
「スバル……? 卿、まさか……」
クルシュが驚愕に声を震わせるが、俺はそれを無視して、ラインハルトを睨み据えた。
「どっちだ。あいつはどっちへ消えた。教えろ、ラインハルト」
「スバル、君の気持ちは痛いほど分かる。けれど、今の状況で追うのはあまりに危険だ。奴らは三人の大罪司教が揃っているんだよ」
ラインハルトの制止。正論だ。だが、今の俺にそんなブレーキは通用しない。
「――スバルくん、ダメです」
その時、俺の腕を強引に、けれど拒絶を許さない力強さで掴んだ者がいた。
レムだった。彼女の青い瞳には、慈愛ではなく、明らかな「拒絶」と「怒り」の光が宿っていた。
「スバルくん。ラインハルト様の言う通りです。『傲慢』の救出はあまりにも危険すぎます」
「レム、放せ……」
「放しません!」
レムは俺の行く手を遮るように立ち塞がった。
「結局、あの子供は魔女教だったということです! いくらでも抵抗のしようはあったのに、大人しく連れてかれているのがその証拠です!」
「……それでも、俺は……っ」
「ダメです、スバルくん! 戻りましょう。あれはもう、レムたちの……スバルくんの守るべき世界にはいないのです!」
レムの叫びが、夕闇の街道に響き渡る。
俺は掴まれた腕を振り払おうとしたが、彼女の涙ながらの訴えと、目の前に広がる絶望的な『固定された未来』に、ただ歯を食いしばって空を仰ぐことしかできなかった。
アンタレス。お前はこの結末に納得しているのか?
いや、そんなはずがない。
『次はちゃんと、僕を助けてね』
だって、そう言ってくれたじゃないか。
そうしろと、散々俺を頼ったじゃないか。
(……救ってやるよ。お前がどれだけ俺を裏切っても、俺がお前を『ただの子供』に戻してやるって決めたんだ……!)
俺の不遜な誓いを嘲笑うように、リーファウス街道にはただ、冷たい夜風が吹き抜けていった。
―
視界が不自然に揺れ、全身を包帯越しに伝わる異常な熱量が僕の思考を鈍らせていた。
僕は今、シリウスに、まるで宝物でも抱えるような手つきで抱きかかえられながら、メイザース領の深い森を移動していた。
「ああ……。アンタレス、私の可愛い子。ごめんね、揺れて苦しくはありませんか? でもありがとう、こうしてあなたの心臓の鼓動を近くで感じられる幸せを、私は噛み締めているのです」
シリウスの左目が、包帯の隙間から湿った熱を帯びて僕を覗き込んでいる。
彼女の権能を通じて流れ込んでくるのは、ドロリとした執着に近い慈愛だ。正直、気持ち悪くて吐き気がするけれど、今の僕には彼女の「愛」を拒絶する度胸なんて欠片もなかった。
「……あの、シリウスさん。そろそろ、降ろしてください。僕、もう自分で歩けますから…」
僕はわざとらしく、か弱い子供の声を絞り出した。
これ以上、彼女の狂った母性に晒され続ければ、僕の精神まで変な形に捻じ曲げられそうで怖かったのだ。
けれど、シリウスは僕を抱きしめる腕の力を緩めるどころか、むしろ壊さんばかりに強く引き寄せた。
「ダメ、ですよ。ごめんね、そんな悲しいことを言わないでください」
シリウスはうっとりと身をよじり、僕の髪を執拗になで回す。
「久しぶりに触れられた、あなたの温もり……。これを手放すなんて、私には到底耐えられそうにありません。今この瞬間、私たちの心は一つに重なり、愛を分かち合っているのですから。ねぇ、そうでしょう?」
(……全然、重なってないから。僕が感じてるのは純粋な『拒絶反応』だけだから!)
心の中で毒づくが、顔には「困ったような、けれど信頼を寄せる子供」の仮面を貼り付けたまま、僕は諦めて彼女の胸に顔を埋めた。
しばらく無言で森を進んでいたシリウスが、ふと、その左目に昏い悲哀を宿して僕を見つめた。
「……アンタレス。あなたは見てしまったのでしょう? あの『剣聖』が、私の、私たちの愛しいペテルギウスを壊してしまった、その残酷な瞬間を」
ラインハルトが放った嘘――「ペテルギウスを討ち取った」という宣告。それを真実だと信じ込んだ彼女の心から、煮え滾るような憎悪と、救いようのない空虚さが権能を通じて逆流してくる。
「あの人がいない世界なんて、なんて不完全で、なんて『憤怒』に満ちているのでしょう。……ごめんね、アンタレス。私、あなたに聞いておきたいのです。……何か、あなたの慰めになることはありますか? あの人が遺した宝物であるあなたのために、私にできることがあれば、何でも言ってちょうだい」
その問いかけに、僕の脳内にある生存計算機が瞬時に起動した。
慰め。救い。……いや、僕にとって今最も必要なのは、そんな形のないものではない。
「……そう、ですね。それなら、一つ、お願いがあります」
僕は彼女の包帯だらけの胸元をぎゅっと握りしめ、上目遣いに彼女の左目を射抜いた。
「僕が掌握していた『命』……。ラインハルトに、あいつにほとんど全部、斬られてしまいました。そのせいで、僕の手には、もう数えるくらいしか命が残ってない…」
二百人以上の村人の命。それを一本ずつ丁寧に断ち切られた時の、あの「髪を引き抜かれるような嫌な痛み」が脳裏をよぎり、不快な寒気が走る。
「今のままだと、もしまた誰かに襲われたら、僕は自分を守ることも、生き返ることもできない。……だから、補充がしたいんです。僕の命を繋ぎ止めるための、『資源』が欲しい。だから、その手伝いをお願いしても、いいですか…?」
僕の要求を聞いた瞬間、シリウスの瞳に歓喜の光が灯った。
「ああ……! なんて素晴らしい! 自分の生を繋ぎ止めるために、他者を喰らおうとするその意志! さすがは私たちの子供、実に勤勉で美しい『傲慢』です!」
シリウスは恍惚とした声を上げ、僕を抱き上げたままクルリと旋回した。
「いいですよ、アンタレス。あなたの望むままに。この世界にいる全ての人達を、片っ端からあなたの糧に捧げましょう。誰の心臓が欲しいですか? 私が今すぐ、あなたの元へ引きずってきてあげます!」
彼女の過剰なやる気を、僕は慌てて手で制した。
「ま、待ってください。補充はしたいですが……人は、やめましょう。王都の騎士とか、村の人間とか、そういうのは目立ちますし、また『剣聖』みたいなのが嗅ぎつけてきたら面倒ですから」
僕は補足として、僕の生存戦略における最も「効率的」で「目立たない」案を口にした。
「……魔獣です。この森にたくさんいる、犬とかの魔獣。あいつらなら命の質も良いし、数も多い。何より、魔獣を何百匹殺したところで、誰も僕を『災厄』なんて呼ばないでしょうし…」
僕の言葉を聞いたシリウスは、一瞬だけ不思議そうに首を傾げたが、すぐに深く納得したように頷いた。
「魔獣……。ええ、ええ、構いませんとも! あなたがそれを望むなら、私はこの世の全ての獣を導き、その鼓動をあなたの手のひらへと捧げましょう! さぁ、行きましょう、アンタレス。あなたの『平穏』のために、愛の収穫を始めるのです!」
シリウスの歪んだ笑い声が、不気味に静まり返った森の奥へと響き渡っていった。
僕は彼女の腕の中で、視界の端で明滅し始めた新しい『リスト』の予感に、昏い安堵を感じていた。
―
メイザース領の深い森に潜伏してから数日が経過した。
ストック不足という、僕にとっては死活問題であるそれは、劇的に改善しつつあった。
今の僕たちの日常は、ひどく歪で、けれど僕にとっては至福の「収穫」の時間に満ち溢れている。
「ああ、アンタレス……。見てください。この子たちも、私たちの愛に触れて、こんなにも穏やかな顔をしていますよ。ごめんね、怖がらせるつもりはなかったのですよ。ただ、一つになりたいだけなのですから」
シリウスがうっとりと身をよじりながら、捕らえた魔獣――ウルガルムの群れに向かって両手を広げる。
彼女の『憤怒』の権能が発動すると、本来なら凶暴なはずの魔獣たちは、まるで熱病に浮かされたように動きを止め、彼女が放つドロリとした「安らぎ」の強制共有によって完全に洗脳され、大人しくなった。
その隙に、僕は泥にまみれた膝をつき、無防備に横たわる魔獣の体に歩み寄る。
最初は苦戦した。相手は人間ではない。魔獣の心臓がどこにあり、どの位置に耳を押し当てれば「心臓の存在を実感」できるのかが分からなかったからだ。
一度、ウルガルムの喉元に顔を近づけすぎて、危うく噛み殺されそうになったこともあるけれど、生きることに執着する僕の学習能力は、自分でも驚くほど速かった。
胸の奥、肺のさらに裏側。種族によって微妙に異なる拍動の正解を、僕はあっという間にコツを掴んで見つけ出した。
どくん、どくん。
不浄なマナを孕んだ、重苦しい鼓動が鼓膜に届く。
「……よし」
僕の意識の隅にある『権能』のリストに、新しい紅い光が灯る。マーキングされた命は、今や完全に僕の『持ち物』であり、僕が生き残るための『資源』だ。
一匹、また一匹。シリウスが愛を注ぎ込み、僕がその命に牙を立てる。
そんな日を繰り返していたら、あっという間に、僕のストックは数百を超えていった。脳内に整然と並び、輝きを増していくリストの灯火を見て、僕は顔の筋肉を緩め、僅かに笑みを浮かべる。
(……ああ、いい。すごくいい気分だ)
この光の数だけ、僕は死から遠ざかることができる。この命のストックさえあれば、あのラインハルトが現れても、スバルが何を仕掛けてきても、僕は僕として生き延びることができるのだ。
けれど、数百という数字を見つめながらも、僕の胸の奥にある底知れない渇望は静まらなかった。
前世で味わったあの絶望的な冷たさを思い出せば、これっぽっちの数では到底足りない。いつか尽きるかもしれない、誰かに奪われるかもしれないという不安が、僕をさらに駆り立てる。
何より、魔獣は駆除対象だ。人間と違い、何年も『掌握』され続けてくれるという保証はない。
もっと、もっと欲しい。
世界中のすべての命をこのリストに詰め込んで、誰にも、死にさえも脅かされない絶対的な安全を手に入れたい。
そんな欲望が、心の源泉からふつふつと湧いてくるのを感じた。
視界の端で、新たに『リスト』に加わった数十の紅い灯火が、規則正しく明滅している。
森の奥に転がっているのは、シリウスの権能によって「安らぎ」を強制共有され、抵抗する意志を失ったウルガルムたちの成れの果てだ。
僕は泥のついた手を払い、深く、重い溜息を吐き出した。
(……はぁ。それにしても、人間にこだわってたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる)
かつて、僕は自分の生を繋ぎ止めるために、アーラム村の住民や王都の騎士たちの命を必死に掌握してきた。けれど、人間を『資源』にするのは、リスクがあまりにも高すぎるのだ。
人間を消せば、ラインハルトが「災厄」を断罪しにやってくる。他の騎士たちも、僕を見るなり討伐せんと剣を振るうだろう。
それに比べて、魔獣はどうだ。
こいつらをいくら『消費』したところで、誰一人として涙を流さないし、騎士団が動くこともない。それどころか、魔獣を間引けば「お掃除してくれてありがとう」と感謝されるかもしれない。こんなに効率的で、安全な『備蓄』が他にあるだろうか。
「アンタレス、どうしましたか? ごめんね、手が汚れてしまいましたね。さぁ、私が綺麗に、愛を込めて拭いてあげましょう」
シリウスがうっとりと身をよじりながら歩み寄り、僕の手を包帯だらけの手で優しく包み込んだ。
彼女の権能から流れ込んでくるドロリとした慈愛は相変わらず気持ち悪いけれど、今の僕には彼女の力が必要だった。
「……ありがとうございます、シリウスさん」
僕は「お母さんを頼る子」の仮面を貼り付けながら、彼女を見上げた。
「魔獣の命はとっても良いです。でも……このまま各地を回って一匹ずつ掌握していくのは、少し、効率が悪いと思いませんか…?」
「効率……? ああ、なんて勤勉な響き! さすがはペテルギウスの愛した子、素敵です!」
シリウスが歓喜に震える。僕はその熱に当てられないよう注意しながら、脳内で練り上げた『最善の生存戦略』を口にした。
「……その、シリウスさん。この世界には『大兎』っていう魔獣がいますよね」
『暴食』の魔女、ダフネによって生み出された三大魔獣の一角。一匹は小さく愛らしい姿だが、数千、数万という群れをなし、無限に増殖し続ける化け物。
「もし、あの増殖し続ける『大兎』を僕が掌握できたら……僕のリストは、一生消えない紅い光で埋め尽くされるかもしれない、そう思ったんです。ラインハルトに何度斬られても、スバルが何を仕掛けてきても、僕は無限の予備の命を手に入れられるかもしれない…」
無限の命。それは死を何よりも恐れる僕にとって、唯一無二の、絶対的な救済の形。
「シリウスさんの『憤怒』の力なら……あの大兎たちも、ウルガルムみたいに『愛』で洗脳して、大人しくさせられますか?」
僕の問いかけに、シリウスは包帯の隙間から覗く左目を、狂気的なまでの自信で輝かせた。
「もちろんですとも! 愛に境界などありません! 私の愛は、分かち合う心は、たとえ知能なき魔獣であっても、等しく一つに溶け合わせることができるのですから! 狂い、飢え、食らい合うあの兎たちにこそ、私たちの安らぎを与えてあげましょう!」
シリウスは僕を壊さんばかりの力で抱きしめ、恍惚とした声を上げた。
「素晴らしいわ、アンタレス! あなたが無限の生を得ることは、即ち、私たちの愛が永遠になるということ! 賛成です、全力で賛成します! さぁ、行きましょう。その可愛い手のひらに、無限の鼓動を捧げるために!」
「……そうですね。行きましょう、シリウスさん」
僕は彼女の胸に顔を埋め、暗い愉悦を噛み締めた。
ラインハルトも、スバルも、魔女教も。僕が『無限』を手に入れたとき、本当の意味で誰も僕を脅かせなくなる。
僕たちは不気味な静寂が漂う森を抜け、無限の増殖が待つ絶望の地へと歩みを進めた。