魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
「…………ふふ。……うふふふふっ」
返ってきたのは、予想だにしていたどの反応とも異なる、喉の奥を震わせるような小さな笑い声だった。
歪に響くその震えは、まるでひび割れた鐘の音のように不吉で、静まり返った森へ湿っぽく染み込んでいく。
シリウスは、うっとりと身をよじりながら、自らの両頬を包帯の巻かれた手で覆った。指先が包帯を擦る不快な衣擦れの音がやけに大きく鼓膜を叩く。その左目は、かつてないほどに湿った熱を帯び、ドロリとした恍惚とした光を湛えて僕を射抜いている。
「……何が、おかしい? 笑ってる場合じゃないでしょ。僕は今、お前の命を僕の『持ち物』にしたって言ったんだよ」
僕が苛立ち混じりに問い詰めると、シリウスは「ごめんね、アンタレス」と、愛おしそうに首を傾げた。限界まで見開かれた彼女の虹彩が、歓喜のあまり小さく痙攣しているのが分かる。
「嬉しいのです。ただ、あまりに嬉しくて、止められないのですよ。ありがとう、アンタレス! ああ、なんて! なんて素晴らしい福音なのでしょう!!」
「……嬉しい? 殺されるのに?」
僕の困惑を余所に、シリウスは喜びを爆発させるように、ジャラリと腕の鎖を鳴らした。鉄と鉄が噛み合う耳障りな金属音が激しく響き渡る。
その瞬間、彼女の『憤怒』の権能が引き金となり、津波のような「歓喜」の感情が濁流となって僕の精神に侵入してきた。脳髄が痺れ、内臓が不自然に熱を帯びる感覚に、僕は奥歯を噛み締めて耐える。
「ええ、ええ、そうですよ! 実はね、前からなんとなく予感はしていたのです。私の魂の根元に、あなたのその可愛らしくも尊大な『牙』が、ずっとずっと優しく突き刺さっているのを」
シリウスは一歩、また一歩と僕との距離を詰めてくる。
地面の枯れ葉を踏み潰す足音が、まるで死へのカウントダウンのように規則正しく迫る。
「けれど、確証には至っていなかったのです。……何故だか分かりますか? ごめんね、私の至らなさのせいなのですけれど。……あなたが、いつまで経っても、私を『消費』しようとしないからですよ」
「…………」
僕は絶句した。
分かりきっていたことではあるが、この女の思考回路は、すでに常人の理解の及ばない領域で固定され、完全に破綻している。
シリウスは、僕の顔のすぐ近くまで顔を寄せ、熱い吐息と共に言葉を継いだ。包帯の隙間から、錆びた鉄と薬品が混ざり合ったような異臭が漂い、僕の鼻腔を鋭く刺す。
「もしあなたが、私をただの『道具』として見ていたのなら、もっと早くに使い潰していたはず。……けれどあなたは、あの日からずっと、私の命を大切に、大切にその手の中に抱きしめ続けてくれた……。ねぇ、アンタレス。それはつまり、あなたが私という存在を、特別な『資源』として必要としてくれていた証拠でしょう?」
その論理の飛躍に、僕の思考は完全に停止した。
命を奪うための支配を、よりにもよって『大切に抱きしめられている』と解釈する狂気。この女の前では、あらゆる脅迫が都合のいい愛の言葉へ翻訳されてしまう。
「……じゃあ、なに。お前は、僕に『消費』されるのを待ってたってこと?」
あきれ返った僕の問いに、シリウスは深く、そして確信に満ちた様子で何度も頷いてみせた。包帯の隙間から覗く肌が、恍惚のあまり異常なほど赤潮んでいる。
「もちろんですとも! 愛する人のために、その身を捧げ、命という名の薪となって、あなたの明日を照らす光となる……。ああ、なんて、なんて至高の愛の形なのでしょう!」
彼女は僕の両肩を掴むと、その左目に狂気的なまでの陶酔を宿して言い放った。細い指先から伝わる体温は、まるで高熱を出した病人のように異常に熱い。
「愛する者のために命を捧げる……。そんな尊く、そして絶対的な愛の形を、私に教えてくれたのは、他でもないあなたではありませんか。アンタレス、私の愛しい子!」
シリウスの言葉が、かつて僕が彼女の傷を治すために信徒を殺し、『二名消費』を口にしたあの瞬間の記憶を呼び起こす。
あの救済。ペテルギウスに言われ、仕方なくストックを消費して彼女を治癒したあの時。彼女はそれを「究極の愛」として定義し、僕の手本として受け入れてしまっていたのだ。僕がただ自分の保身と、その場の状況を凌ぐためだけに機械的に行った命のロンダリングが、この狂人の胸中で『至高の愛』という名の巨大な怪物を育て上げていた。
「…………」
僕は、あまりの価値観の断絶に、反論する言葉さえ見つからなかった。
目の前の女は、僕に殺されることを『救済』だと呼び、僕の『資源』になることを『愛の証明』だと謳っている。
その時、シリウスの狂気じみた、けれどどこまでも純粋な『歓喜』を浴びながら、僕の内側で何かが音を立てて弾けた。
それは、死を何よりも忌むべき絶対悪とする、僕の魂の最奥からの強烈な拒絶反応だった。
「……ふざけるな」
僕の喉から漏れたのは、自分でも驚くほど低く、そして熱を帯びた声だった。激情が声帯を震わせ、張り詰めた大気を微かに揺らす。
「ごめんね、アンタレス。何か気に障ることを言いましたか? ああ、ありがとう、そうやって私を叱ってくれるのも、また一つの愛の形なのですね!」
シリウスは恍惚とした表情を崩さず、むしろ僕の怒りさえも養分にするように身をよじった。その救いようのない態度が、僕の逆鱗に触れる。
「……ふざけるな、って言ってるんだッ!!」
僕は、自分を抱きしめるシリウスの細い腕を、力任せに振り払った。大兎を燃料にした熱が、僕の小さな身体を強引に突き動かす。幼児のそれとは思えない爆発的な膂力が炸裂し、シリウスの身体がよろめいた。
「何が至高の愛だ! 何が命の薪だ! お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか!? 死ぬんだぞ!? 僕が『消費』すると言えば、お前の心臓は今この瞬間に止まって、お前という命はこの世から消えてなくなるんだッ!!」
僕はシリウスの胸ぐらをつかみ、無理やりその顔を近づけさせた。包帯の隙間から覗く彼女の左目を、僕は殺意すら孕んだ瞳で射抜く。
近すぎる距離の中、僕の荒い呼吸が彼女の顔を覆う包帯を湿らせていく。
「……いいか、よく聞け。命は、たった一つしかないんだ。やり直しなんてきかない。一度失ったら、もう二度と、温かいものを食べることも、柔らかい布団で眠ることも、明日の太陽を見ることもできないんだよ!!」
前世で通り魔に刺されたあの日の、アスファルトの絶望的な冷たさが脳裏をよぎる。
腹に突き立てられた刃の鋭い痛み。傷口からどくどくと流れ出す自身の血液が、体温を奪っていく感覚。あの救急車のサイレン、薄れゆく意識、そして底のない虚無の暗闇。世界が自分という存在を完全にシャットアウトし、永久に何も感じなくなるあの絶対的な『無』の恐怖。
あんな思いは、もう二度と御免だ。だからこそ、僕はこれほどまでに生きることに固執している。
だというのに、この女は、死を尊いものと言い張る。
「死ぬっていうのは、怖いことなんだ! 痛くて、寒くて、何もなくなって……自分という存在が永遠の静寂に溶けて消える、絶対的な恐怖なんだよ!! それを、そんな風に嬉々として差し出そうなんて……お前、本当に、頭がおかしいんじゃないのかッ!?」
僕の絶叫に対し、シリウスは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
けれど、次の瞬間、彼女の顔には慈母のような、ひどく歪んだ微笑みが戻っていた。その瞳には、僕の恐怖すら「愛おしい子供の我が儘」として包み込もうとする、底なしの暗黒が広がっていた。
「……ああ、ごめんね、アンタレス。怖かったのですね。けれど、大丈夫ですよ。愛の前では、死の虚無など、取るに足らない些事なのですから。私の命があなたの糧となり、あなたの中で永遠に生き続ける……。それは、死などという言葉では言い表せない、至高の融合です」
「……あ?」
僕は、心底理解不能なものを見る目で、彼女を凝視した。
「融合……? 何言ってんだよ……。お前が死んだら、そこでおしまいなんだよ。お前の言う『愛』も、思い出も、全部ゴミみたいに消えるんだよッ!!」
僕は吐き捨てるように言い放った。
「結局さぁ、お前の言う『愛』なんて、ただの自己満足だろ。愛してる自分に酔いしれて、勝手な解釈を他人に押し付けて……。そんなの、ただの独りよがりの、気持ち悪い押し付けでしかない」
「そんなことはありません!!」
シリウスが、初めて僕の言葉を激しく否定した。その金切声が鼓膜を鋭く引き裂く。
「愛は分かち合うもの! 心と心を繋ぎ、世界を一つに溶かし合わせる、絶対的な救済なのです! 私とペテルギウスが、そしてあなたが、こうして巡り合えたことこそが、愛が単なる自己満足ではない証拠ではありませんか!!」
「……ないよ」
僕は、シリウスの言葉を、冷徹な一言で断ち切った。
「そんな証拠、どこにもない。……お前の信じてる『愛の形』なんて、最初から存在しないんだよ」
僕は、彼女の魂の根元を咥え込んでいる僕の『牙』に、冷酷な意識を集中させた。
脳内のリストの中で、シリウスの命を示す巨大な灯火が、僕の意思一つでいつでも握りつぶせる状態で脈打っている。
「教えてあげるよ、シリウス。お前がずっと探し回ってる、愛しい夫の行方をさ」
シリウスの身体が、ピクリと硬直した。彼女の周囲を取り巻いていた『憤怒』の熱量が、一瞬にして氷点下へと叩き落とされる。
僕は彼女の耳元に顔を寄せ、凍てつくような平熱の声で、最悪の福音を囁いた。
「──ペテルギウスは、僕が殺した」
森の静寂が、一瞬にして凍りついた。
「最後の一片まで、僕の『資源』として、残さず全部喰らってあげた。……あいつ、死ぬ間際にサテラの名前を呼んで、僕に命を乞うてたよ。最高に『怠惰』で、無様な最期だった」
僕は、ラインハルトの命を薪にした時のような全能感とはまた違う、大兎の命を代償にした「冷静な熱さ」を全身に感じながら、言葉を繋いだ。
「いい? シリウス。愛なんて、暇だからできるんだ。心に余裕がある人たちの贅沢品なんだ。明日を生きられる保証があって、暖かいご飯が食べられる……そんな、満たされた奴らがもっと満たされるための遊戯に過ぎないんだよ」
シリウスの肩が、びくりと震えた。
彼女から流れ込んでくる感情は、今や濁った泥水のようにドロドロとしていて、正体がつかめない。あまりの衝撃に権能の制御が乱れ、憎悪と悲痛、そして言葉にならない絶叫の残響が、耳鳴りのように僕の脳内を引っ掻き回す。
「死の恐怖の前には、そんな綺麗なものは全部吹き飛ぶ。後に残るのは、自分だけが助かりたいっていう、醜くて独りよがりな欲望だけなんだ。自分が消えるかもしれないって時に、他人のことなんて考えていられるわけない。それが、生き物の本能であり、僕の……生き方だ」
僕はシリウスの目を見据えた。彼女の左目は、深い闇を湛えたまま僕を射抜いている。包帯の奥の眼球が、血走った赤に染まっていくのが見えた。
沈黙が、さらに深く森を浸食していく。
やがて、シリウスの唇が、震えながら動いた。その口元から、ヒタヒタと不気味な血の滴が溢れ出す。あまりの感情の激化に、自らの口内を噛み切ったのだろう。
「……何故? ごめんね、アンタレス。私の理解が『怠惰』なせいで、まだ分からないのです。……何故、あの方を、愛しいペテルギウスを殺さなければならなかったのですか?」
その問いは、悲鳴のようであり、同時に獲物を追い詰める罠のようでもあった。千切れた心の底から絞り出されたような、ひどく掠れた声。
だが、僕はためらうことなく、心臓の鼓動一つ変えずに答えた。
「邪魔だったから」
端的な、そして逃れようのない一言。
その瞬間、シリウスの権能が、僕の精神を暴力的に揺さぶった。
彼女から溢れ出したのは、これまでに経験したことのないほど、不協和音に満ちた感情の濁流だった。
はらわたを煮えくりかえるような、苛烈なまでの「怒り」。
愛する人が、自分の子供の手によって一つになったという、狂気的な「歓喜」。
そして、二度とあの方の声が聴けないという、底のない深淵のような「悲哀」。
それら相反する三つの大罪級の感情が、シリウスの権能を通じて僕の内側に無理やりねじ込まれ、僕の心臓を不快に握りつぶす。グチャグチャに混ざり合った感情のゲテモノ料理を無理やり喉の奥に突っ込まれたかのような感覚。吐き気がする。頭が割れそうだ。
シリウスは、うなだれたまま、しばらくの間、その場で小刻みに震え続けていた。ジャラジャラと、彼女の身体に巻き付いた鎖が悲鳴のような音を立てる。
やがて、彼女はゆっくりと、本当にゆっくりと顔を上げた。
包帯の隙間から覗くその左目は、先ほどまでの絶望ではなく、より一層深く、病的な熱を帯びた「慈愛」に塗りつぶされていた。目元からは、包帯を赤黒く染めながら、一筋の明らかな血の涙が伝い落ちている。
シリウスは、血の涙を流しながら、何処か美しさを感じる微笑みを浮かべて、静かに囁いた。
「……ありがとう、アンタレス。ごめんね、あなたの想いに気づいてあげられなくて」
その一言が、不気味に静まり返った森に、新たな呪いのように落ちた。
血の涙を流しながら微笑むシリウスの姿は、僕の目には正気の一片すら残っていない、完成された狂気にしか映らなかった。夫を殺した人間すら『愛の対象』として包括する、文字通りの怪物へと彼女は変貌していた。
「……それでも。それでも私は、愛を信じるのです」
シリウスはうっとりと身をよじり、僕に向けた左目に、濁った、けれど一点の曇りもない熱量を宿して言い放った。その瞳は、狂信者が神の祭壇を見つめる時の光そのものだった。
「分かち合う痛みも、注がれた憎しみも、すべては一つに溶け合うための旋律。たとえ愛しいペテルギウスがいなくなっても、私とあなたが一つであれば、世界は愛で満たされる……。ごめんね、ありがとう。私は、この絆を、この愛を信じ続けます」
僕は無言のまま、彼女の顔を見つめた。包帯の隙間から覗く、充血し、湿った熱を帯びたその瞳を、じっと、数秒、あるいは十数秒……ただ静かに見つめ続けた。
彼女の心臓の鼓動が、彼女の権能を通じて嫌なほど鮮明に響いている。ドクン、ドクンと、僕を狂おしいほどに求め、受け入れようとする悍ましい脈動。
しばらくの沈黙の後、僕は肺に溜まった冷たい空気を吐き出し、ゆっくりと、拒絶を込めて言葉を零した。
「…………理解できない」
僕の、突き放すような冷徹な一言。
だが、シリウスは傷ついた様子も見せず、慈母のような、ひどく歪んだ微笑みを深めた。彼女にとって、この拒絶すらも『いつか溶け合うための前奏曲』に過ぎないのだ。
「ええ、ええ。そうなのですね。ごめんね、まだ伝わりきっていないのでしょう。……けれど、それでいいのです。そういう、悲しい相互不理解をこの世から無くすために、私という『憤怒』は存在しているのですから。すべてを分かち合い、溶かし合い、誰もが一つになれる世界のために。……ねぇ、そうでしょう?」
彼女の細い指が、僕の頬に触れようと伸びてくる。包帯の擦れる微かな音が迫る。
その瞬間、僕の内側にある生存本能が、激しい不快感と共に警報を鳴らした。
この女は、死を「至高の融合」と呼び、僕に喰らわれることを「救済」だと言い切る。その価値観の断絶は、どんな言葉を尽くしても埋まることはない。
僕にとって、死は絶対的な恐怖であり、命は自分だけが助かるための『資源』でしかないのだから。生への執着という僕の根幹を、この女の狂った愛は内側から腐らせようとしてくる。これ以上、一秒たりとも生かしておくわけにはいかない。
「……救えない思想だよ」
僕は彼女の魂の根元を咥え込んでいる『牙』に、冷酷な意識を集中させた。
もう、このドロリとした「愛」という名の毒に晒されるのは御免だ。
僕は、祈るような、あるいは処刑を宣告するような、平熱の声で告げた。
「『一名消費』」
その瞬間、権能を通じて伝わっていたシリウスの熱い鼓動が、音もなく、呆気なく途絶えた。
彼女の胸の奥で、カチリとスイッチを切るように、生命の灯火が消滅する。
「──ぁ、ああ、あ…………」
シリウスの唇から、最後の吐息が漏れる。
彼女は苦痛に顔を歪めることすらなく、むしろ最愛の人の一部になれる悦びに身を震わせ、満足げな、どこまでも幸せそうな笑顔を僕に向けたまま、静かに息絶えた。糸の切れた人形のように、その身体が重力に従って崩れ落ちる。
直後、僕の身体の中に、巨大な、暴力的なまでの『命のエネルギー』が雪崩れ込んできた。
大兎のスカスカで軽量な命とは根底から異なる、大罪司教という『質の高すぎる命』の質量。ペテルギウスを消費した時と同様、いや、それ以上の全能感が、僕の血管を、細胞の一つ一つを焼き尽くさんばかりの勢いで駆け巡る。体内の全細胞が歓喜の産声を上げ、幼児の未発達な肉体が、至高の領域まで満たされていく。
視界は遠くまで見通せるほどに研ぎ澄まされ、森の葉の擦れる一枚一枚の動き、地中を這う虫まで克明に把握できる。指先一つ動かすだけで世界を壊せそうな錯覚すら覚えるほどの、圧倒的なエネルギーの暴圧。
僕は呼吸を整えながら、物言わぬ肉塊となったシリウスの死体を見下ろした。
エネルギーの濁流の中で、彼女から強制共有されていた「歓喜」の残滓が、不快な熱となって僕の胸を焼いている。死んでなお、彼女の狂った感情の染みが、僕の魂の端にこびりついて離れない。
「…………やっぱり、全然理解できてない」
僕は吐き捨てるようにそう呟くと、汚れた袖を乱ぼうに払い、その場を後にした。
背後で崩れ落ちるシリウスの骸にも、彼女が死の間際まで求めた「愛」という名の幻想にも、一度も振り返ることはなかった。
僕が求めているのは、そんな不確かな熱じゃない。誰にも脅かされない、僕だけの冷たく静かな平穏なのだ。
大兎の無限に等しい残機と、大罪司教の莫大なエネルギーをその身に宿し、僕は一歩、また一歩と、望んで止まない平穏な世界へと歩みを進めた。