魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
視界の先で、うねるような白の濁流が森を削り取りながら進んでいく。
かつて雪のように白い毛並みと愛らしい瞳に騙されそうになったそれは、今や僕にとって世界で最も頼もしく、そして最もおぞましい『無限の貯蔵庫』だった。
「やっぱり、あっちに向かってる」
僕は木々の枝を飛び移りながら、大兎の群れを追っていた。
進む先にあるのは『聖域』。
前世の知識が、この先の展開を冷徹に告げている。あそこには今、強欲の魔女の試練に挑むエミリアや、ボロボロになったスバル、そして『叡智の書』に縛られたロズワールがいるはずだ。
空からは、場違いなほど美しい雪が舞い落ちてくる。
だが、この雪が問題だ。
ロズワールが膨大なマナを使って降らせているこの雪は、大兎を聖域へと誘い込むための道標に他ならない。あのペテルギウスとは別の意味で頭がおかしい辺境伯は、スバルを『完成』させるために、この最悪の魔獣を舞台に上げようとしているのだ。
「それよりも問題なのは……」
僕の脳裏を過ったのは、この後の解決策――ベアトリスによる封印だ。
原作通りなら、ベアトリスはスバルと契約し、大兎の群れをごっそりと『異空間』へ封印してしまうはずだ。
「……それだけは、絶対にダメだ」
僕の指先が、恐怖で細かく震える。
僕の権能の糸は、対象との『繋がり』があって初めて成立する。
もし、大兎たちがこの世界とは別の、物理的にもマナ的にも隔絶された異空間へ放り込まれてしまったらどうなる?
繋がっていた権能の糸が強制的に引きちぎられ、僕の脳内リストに並ぶ数万の紅い灯火が一瞬で消えてしまうかもしれない。
そうなれば、僕は再び、一回の死ですべてが終わる『ただの人間』に逆戻りだ。
折角得た無限に等しい命、彼らの都合で奪われるわけにはいかない。
「ベアトリスが余計なことをする前に、僕の保険を確保しないと」
僕はさらに速度を上げた。身体の中には、シリウスと数多の大兎を消費して得たエネルギーが渦巻いている。
瞬く間に、群れの末端に追いついた。
一匹一匹は両掌に収まりそうな程小さいが、人体を容易く食いちぎる咬合力があるので油断はできない。それが数万の塊となれば、ただの「災害」だ。
僕は躊躇なく、その白の渦の中へと飛び込んだ。
「――――ッ!!」
着地した瞬間、無数の大兎が僕に群がった。
大兎たちはマナに敏感だ。僕の身体から漏れ出る、上質なエネルギーに引き寄せられ、彼らは狂ったように僕の腕や足に噛み付いてきた。
小さな口に並ぶ鋭い牙が、僕の皮膚を食いちぎろうと激しく鳴る。
本来なら、一瞬で骨まで削り取られ、僕は蘇生と咀嚼のループに叩き落とされるはずだった。
だが――。
「……まぁ、効かないね」
僕は、自分の腕に鈴なりになってぶら下がる大兎たちを見下ろして、笑みを浮かべた。
今の僕の肉体は、すでに数百の大兎を『燃料』にして極限まで強化されている。鋼鉄よりも硬く、金剛石よりも強固になった僕の皮膚の前では、三大魔獣の牙といえども、ただの羽虫の羽ばたきと変わらない。
僕は、腕に噛みついたまま離れない大兎を数匹、むんずと掴み上げた。その一匹の心臓に意識を集中させる。
ドクン。
「掌握……完了」
脳内リストに、新しい灯火が点る。
僕は掴んだ大兎たちを、両手いっぱいに抱え込む。離せと腕を執拗に噛んでくるが、すぐに逃がしてやるつもりはない。
(聖域の群れが封印されて使えなくなっても、こいつらさえいればいい。こいつらをもとに増えてもらって、世界中にばら撒いてやるんだ)
もし一箇所で根絶やしにされそうになっても、別の場所に『予備』がいれば、僕のストックは無限に供給され続ける。
大兎を数匹ずつ、誰も近寄らないような僻地や、魔獣の楽園に放してやる。
そこでこいつらが増え、共食いを繰り返し、命を繋ぎ続ける限り、僕の平穏は永遠に保証されるのだ。
「スバルも、ベアトリスも、ロズワールも……。君たちが何をしようと勝手だけど、僕の邪魔だけはさせないよ」
僕は雪の降る『聖域』の方角を、冷めきった瞳で見据えた。
両腕いっぱいに抱え込んだ白く愛らしい毛玉たちは、僕の腕を食いちぎろうと執拗に牙を剥いている。強化された皮膚のおかげで痛みはないが、その不快な振動が伝わってくるたびに、僕の生存本能が「早くこいつらを安全な距離に置け」と警鐘を鳴らしていた。
僕は降りしきる雪を避けながら、聖域から十分に離れた、地図にも載っていないような人気のない洞窟へと辿り着いた。
「ここなら、誰にも邪魔されないかな」
僕は抱えていた大兎たちを、無造作に洞窟の奥へと放り出した。
地面に転がった彼らは、一瞬だけ困惑したように鼻を鳴らしたが、すぐにその赤い瞳に飢餓の狂気を宿し、互いを見つめ合った。
凄まじい咀嚼音が洞窟内に響き渡る。
空腹に耐えかねた大兎たちが、隣にいる同族を餌と見なし、共食いを始めたのだ。一匹が喰われ、そのエネルギーで生き残った一匹が身震いし、不自然に盛り上がった肉体が二つに分かれる。
増殖と共食いのサイクル。僕はその光景を、冷めきった瞳で眺めながら、意識の奥底にある『リスト』を確認した。
「……よし。増えた個体にも、ちゃんと僕と繋がってる」
大兎は群れ全体で一つの生き物のようなもの。一匹を掌握してしまえば、そこから分裂したすべての個体に僕の権能が引き継がれる。
脳内のリストに並ぶ紅い灯火が、雨後の筍のようにポツポツと増えていくのを見て、僕は胸の奥にドロリとした安堵を感じた。
だが、一箇所に固めておいては、もし聖域のようにまとめて封印されたら終わりだ。僕は再び、増殖した大兎の中から数匹をむんずと掴み上げた。
「もっと遠くへ、もっと誰も来ない場所へばら撒いてあげないと」
僕は強化された脚力で地を蹴り、別の僻地を目指して森を駆けた。
―
それから数週間、僕の日常は、この「命の分布」に費やされた。
メイザース領を離れ、国境近くの断崖絶壁や、魔獣さえ寄り付かない毒の沼地のほとり。僕は、掌握された大兎という名の『予備の命』を、世界中に配置していく作業を繰り返した。
当然、十歳の幼女の肉体には限界がある。腹は減り、喉は乾き、睡眠不足で視界はチカチカと点滅を始める。だが、僕は休むことを許さない。
「……『三命消費』」
低い宣言と共に、脳内のリストから大兎の灯火が三つ消滅する。
直後、全身に流れ込んでくる不浄なエネルギー。それは空腹感を強引に塗りつぶし、脳に溜まった疲労を焼き切るように活性化させた。
「食事も睡眠も、こいつらで打ち消せばいい。……人間らしい生活なんて、安全を手に入れた後でいくらでもできるんだから」
僕は、空腹による胃の痛みさえもエネルギーで無理やり黙らせながら、次の『備蓄場所』へと向かった。
ちなみに、聖域へ向かった大兎たちとの繋がりは断たれてしまった。どうやら、異空間までは、僕の掌握は届かないらしい。
だが、スバルやベアトリスが聖域で何を成し遂げようと、世界がどう変わろうと知ったことではない。僕の脳内リストを埋め尽くす、数万の紅い光。この絶対的な防壁がある限り、僕は誰にも、死にさえも脅かされることはないのだ。
僕は、冷たい月の下で、自分の指先に絡みつく無数の見えない糸をなぞりながら、完成しつつある『僕だけの安全な檻』を確信していた。
―
最後の一匹を、誰も来ないであろう沼地のほとりに放り投げた。その一匹は沼地に着地するなり、分裂を始める。
視界の端に浮かぶ『権能』のリストを意識すれば、そこには数万を超える紅い灯火が、夜空の星々よりも密に、そして眩しく瞬いている。
「……よし。これで、安全が手に入った」
僕は泥に汚れた袖で額の汗を拭い、誰に見せるでもない、本物の安堵に満ちた笑みを浮かべた。
このリストの数だけ、僕は死から遠ざかることができる。この無限のストックが尽きない限り、僕は僕として生き延びることができるのだ。
「保険」の確保は完遂した。ならば、次に僕がすべきことは決まっている。
「……次は、人間らしい、平穏な生活だ」
僕がずっと、前世で通り魔に刺されたあの日から、そしてこの狂った世界に転生してからずっと望んでいたもの。誰にも脅かされず、安全な場所で美味しいものを食べて、暖かい布団で眠るだけの当たり前の日々。
これまで僕は自分の生を繋ぎ止めるためだけに、泥を啜り、他人の命を削り、化け物じみた力を振るってきた。
けれど、もうそんな必要はない。これだけの「残機」があれば、人目に付かない街や村に紛れ込み、ただの非力な少女として暮らしていくことだって可能だ。
「どこか遠くの、平和な村にでも行こうかな。迷子か何かを装って匿ってもらって、そこで美味しいパンを食べて、静かに本でも読んで……」
明るい未来を想像し、僕は足取りも軽く歩き出そうとした。
だが、その瞬間。
脳裏に、どろりとした不浄な記憶が、焼けるような熱を伴って蘇った。
――赤。視界のすべてが、鮮血と火炎の赤に染まったあの光景。
不意に現れた、緑髪のおかっぱ頭の狂人。自らの指を噛み砕き、血の混じった涎を垂らしながら、愛と勤勉を説いて僕の故郷を蹂躙したペテルギウス。
僕がどれほど平穏を願い、静かな暮らしを築き上げようとしても、あんな狂った理不尽が一つ現れるだけで、すべては一瞬にして灰に帰してしまう。
さらに、僕の脳裏には、僕を『災厄』と呼び、青い瞳に冷徹な正義を宿して追い詰めてきた騎士たちの姿が浮かび上がる。王国最強のラインハルト、精霊騎士のユリウス、戦乙女のクルシュ。たとえ僕がどれほど大人しくしていようとも、その刃が容赦なく僕の首を狙ってくる。
そんな生活では、僕の周りには誰も残らなくなるだろう。
「……はは」
僕は小さく、自嘲気味な吐息を漏らした。
どんなに命を積み上げ、どれほど強固な檻を作ったとしても、僕が僕である限り、本当の意味での「平穏」なんてどこにも存在しないのかもしれない。
僕は、自分の指先に絡みつく無数の見えない糸を見つめた。
「……まぁ、いいか。一人は気楽でいい。どうせ、誰かと一緒にいても、いつか裏切られるか死なれるだけなんだから」
僕は少し強がるように肩をすくめ、自分自身に言い聞かせた。誰も信じない。誰にも期待しない。ただ、自分だけが生き残るためだけに、この孤独な安全地帯を守り抜く。
僕は夜の風に当たりながら、声を落として、誰にも届かない独り言を呟いた。
「……一人でも……生きていける。死ぬのは、もう御免だしね」
―
僕は、誰の目にも触れない、自分だけの「聖域」を探して草原を彷徨っていた。
視界の先に、なだらかな丘に守られるようにして佇む小さな集落が見えた。
そこは、かつては人々の営みがあったのだろうが、今は人っ子一人おらず、ただ乾いた風が建物をガタつかせているだけの廃村だった。
僕は周囲を探る。魔女教の腐臭も、騎士たちの清廉な気配もない。ただ、静かな死だけがそこにはあった。
「ここなら静かに暮らせそう」
僕は村の中央にある、古びた井戸へと歩み寄った。
木製の滑車は腐りかけていたが、石造りの囲いはまだしっかりとしている。僕は井戸のふたを開け、そこを覗き込んだ。
暗いが、底には確かに水があることが分かった。何度か汲めば、いくらか綺麗な水が得られそうだ。井戸は生きている。まぁ、もし枯れても問題ない。近くに川があるのは知っている。
僕は村の中を歩き、状態の良い家を探した。屋根が崩れかけている家や、壁に大きな穴が開いている家は除外する。
やがて、村の端にある、比較的小ぎれいな平屋の前に足を止めた。
「ここがいいかな?」
扉を開けると、ツンとした埃の匂いと、閉め切られた空間特有の重苦しい空気が鼻をついた。床は汚れだらけで、天井の隅には巨大な蜘蛛の巣がいくつも張っている。
本来の僕なら、こんな不潔な場所には一秒だって居たくない。けれど、外の世界にある理不尽な死に比べれば、この汚れなんて可愛いものだ。
「……掃除、しないとね」
僕は手近にあったボロ布を丸め、バケツ代わりの桶を井戸で満たした。そして、十歳の幼女の細い身体に、大兎の命から得た僅かなエネルギーを流し込む。
「『一命消費』」
身体が軽くなる。僕は踏み台に乗り、天井の蜘蛛の巣を払い、窓を全開にして風を通した。床の汚れを力任せに拭き取り、壁にこびりついた煤を落とす。作業に没頭している間だけは、あの冷たいアスファルトの感触も、魔女教の狂った笑い声も、一時的に忘れられる気がした。
一通りの掃除を終えると、僕は村の中を回り、使えそうな道具をかき集めた。
「これはまだ使えるかな……」
他の家から、破れていない毛布や、煤けてはいるが頑丈な鍋、そして錆びていないナイフを見つけ出した。それらを自分が選んだ家へと運び込む。
これらが実際に使えるかどうかは要検証だが、時間はたっぷりある。後日、ゆっくりと検証を重ねて行けばいいだろう。
部屋の中に積み上げられた道具たちの隙間に冷たい風が流れる。ふと外を見てみると、夜の気配が漂っていた。
「……平和だなぁ」
僕は寝転がって、適当な布にくるまり、溜息を吐いた。それは、あまりにも小さくか細いものだったが、僕だけがいる静かな空間では耳が痛くなるほど大きく響いた。
窓の外では夕闇が迫り、遠くで大兎たちの微かな拍動が、僕の生存を静かに証明し続けていた。
―
翌朝、僕は昨日の作業の続きを始めた。
そして、泥のついた手を腰のあたりで拭った時だった。ふと、街道へと続く地平線の彼方に、いくつかの小さな影が動いていることに僕は気づいた。
「……? 誰か来る」
この廃村を選んだのは、人目がなく、魔女教の残党や騎士たちの追跡から逃れられると思ったからだ。
もし、ただの旅人や行商人ならやり過ごせばいい。だが、もし僕を『災厄』として追ってきた討伐隊なら、話は別だ。
僕は、意識の奥底にある数万の紅い灯火――大兎のストックに意識を向ける。
「『五命消費』」
低い宣言と共に、五匹の大兎の命が僕の身体へと溶け込む。強化するのは、視覚。
ぼやけていた遠方の景色が、まるで高性能の望遠鏡を覗いたかのように、鮮明な情報として脳に叩きつけられた。
揺れる竜車の影。その上に跨る、見覚えのある三白眼の少年。
「……スバル」
その隣には、風に揺れる水色の前髪と、献身的な姿勢を崩さないメイドの少女――レム。そして、竜車の御者台の隣で、不機嫌そうにドリル状の金髪を揺らしている幼女――ベアトリスの姿もあった。
「はぁ……」
僕は、肺の底にあるすべての空気を吐き出すように、深い溜息を吐いた。
「もう来たのか」
スバルは、僕に「居場所を作ってやる」と言った。
その言葉に少しだけ期待した自分もいたけれど、大罪司教の襲来から守ってくれず、こうして平和を乱しにやってくる彼らを見ると、やっぱり僕の居場所は、僕が一人で守るしかないのだと再認識させられる。
僕は、地面に突き刺していた『処刑人の大剣』の柄に手をかけ、宣言する。
「『千命消費』」
権能の『リスト』から、千個の灯火が掻き消える。
同時に僕の身体に流れ込んできたのは、ラインハルトを消費した時のような莫大で絶対的なエネルギーの濁流。
沸き上がる抗えない万能感。全身の細胞一つ一つが強大なエネルギーに打ち震える。千里先まで見渡せそうな程目が冴える。虫の鼓動すら聞こえてしまいそうだ。
千の命を消費する。今までは考えもしなかった大量消費だが、大兎の無限の増殖にかかればこの程度数分もあれば埋まる。消費よりも増加のほうが圧倒的に多いのだ。状況によっては、さらにもう千命、二千命と消費するのも惜しくはない。
これほどまでに警戒しているのは、ラインハルトほどではないにせよ、スバルの背後に控える面々は、僕にとって十分に脅威だからだ。特にベアトリスの陰属性魔法は、僕の権能の糸を強制的に断ち切る危険性がある。
僕は大剣を引き抜き、肩に担ぐ。そして、遠方にいる何処か焦った様子の『正義の味方』たちを、品定めする目つきで見据えた。