魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ 作:あのさぁBOT
廃村の広場。
何が起きてもすぐ引き抜けるよう突き立てられた『処刑人の大剣』の影で、僕の特訓が始まった。
目の前には、フリル付きのドレスを揺らし、不機嫌そうに、けれどどこか誇らしげに胸を張るベアトリスが立っている。その後ろでは、スバルが「頑張れよアンちゃん!」と能天気な声を上げ、エミリアとレムが少し離れた場所で僕たちの様子を見守っていた。
「いいかしら。陰魔法の本質は、対象の感覚を狂わせ、世界の理から切り離すことにあるのよ。まずは基本中の基本、『シャマク』を使ってみるかしら」
ベアトリスが小さな指を僕に向ける。その言葉には、講師としての厳格さと、人工精霊としての傲慢な自負が混ざっていた。
「分かった。やってみるよ」
僕は小さく頷き、目を閉じた。
あまり意識したことが無かったが、僕の体内にもしっかりとマナがあることが分かる。僕はそれを引っ張るようなイメージで、ゲートへと流し込んだ。
(……通った。これなら、いける)
普段から『エネルギー』を取り扱っているからか、僕はマナを己の手足のように扱うことが出来るようだ。
掌に意識を集中させる。そこにあるのは、光を拒絶し、すべてを闇に塗り潰すためのイメージ。
「『シャマク』」
僕がその名を唱えた瞬間、掌から「ボフッ」という低い音と共に、どす黒い煙のようなものが勢いよく噴き出した。それは瞬く間に広がり、僕の目の前にある空間を不自然な闇で覆い尽くす。
ベアトリスは、僕が放った黒い霧をじっと見つめ、鼻を鳴らした。
「……ふん。ゲートにマナを通す感覚も知らない素人だと思っていたけれど、初めてにしては上出来なのよ。どうやら、筋は悪くないかしら」
ベアトリスは少しだけ感心したように眉を上げたが、すぐに表情を引き締め、僕に次の指示を出した。
「けれど、形が歪なのよ。もっとイメージを鋭く、世界の影を切り取るように意識するかしら。引き続き、その感覚を忘れないように練習に励むのよ」
「……分かった」
僕はベアトリスの指導を聞きながら、内心では別のことを考えていた。
こんな目潰し程度の魔法を練習していても、効率が悪い。僕が本当に欲しいのは、自分自身の安全を完全に担保できる力だ。
「ねぇ、ベアトリス。質問していい?」
僕は顔を上げ、ドリル状の金髪を揺らす幼女の講師を見つめた。
「いつになったら、僕は『アル・シャマク』を使えるようになるの?」
『アル・シャマク』。かつてベアトリスが大兎の群れをまとめて異空間へ放り込んだ、陰属性の極致。それさえ習得できれば、僕は自身の生命線を誰にも届かないところに置くことが出来るし、命を脅かす存在をまるごと世界から追放することだってできるようになる。それは僕にとって、これ以上ない生存のカードになるはずだ。
僕の問いに、ベアトリスは少しだけ呆れたような顔をした。
「……気が早すぎるのよ。『アル・シャマク』は陰属性の最高位魔法。一朝一夕で身につくような代物ではないかしら」
ベアトリスは腕を組み、僕という器を品定めするように見つめた。
「けれど、見たところお前には稀有な才能があるなのよ。マナの量もゲートの出力も、その『権能』とかいう不吉な力でかさ増しできるというのなら……ベティーの指導に従って勤勉に励めば、数週間から数ヶ月で出来てもおかしくないかしら」
「数週間から、数ヶ月……」
僕はその期間を脳内で反芻した。思っていたより早い。その程度の時間で、より安全を保障する力が手に入るのなら、安い投資だ。
しかし、その時間、スバルたちの傍に居続けないといけないのは嬉しくない。
見たところ彼らは『聖域』編を突破したようで、僕の記憶が正しければそこから一年間はこれといったトラブルにぶつからないはずだ。
だが、それは僕という存在がいなければ、というのが前提だ。バタフライエフェクトやら何やらで、原作にはない不幸が舞い落ちる可能性も否定できない。数週間から数カ月の間、彼らの傍にいて良いのか悪いのか…。僕にはそれが判断できない。
それでも、大兎を『アル・シャマク』で封印し、その入り口を開け続け、外界からの干渉を極限まで減少させつつ『ストック』を確保するという方法と技術を得られるのは魅力的だ。
これがたとえ彼らによる罠でも問題ない。念のため、僕は『千命消費』の強化を維持している。スバル、ベアトリス、エミリア、レム。この場にいる戦力が一斉に襲い掛かって来たとしても、余裕をもって殲滅できるだろう。
なんてことを考えていると、スバルが焦った様子で詰め寄って来た。
「ベア子、もっとこう、ガッとやってババッとおぼえる方法はないのかよ? なんかこう、ショートカット的な何かさぁ!」
スバルがベアトリスのドリルのような縦ロールを揺らす。ベアトリスはそれを払い除けずに、ふんと鼻を鳴らした。
「無茶を言うなかしら。陰魔法の極致である『アル・シャマク』を、付け焼刃の練習でやろうものなら十中八九失敗して大惨事なのよ」
「そうは言うけどよ……。アンちゃんなら、ほら、才能の塊だしさ! 頑張れよアンちゃん、お前なら絶対いけるって!」
スバルがこちらを向き、無責任なまでの善意がこもった笑みを向けてくる。僕はその暑苦しい視線から逃れるように『処刑人の大剣』の影に身を潜めた。
正直、不気味だった。どうしてこの男は、僕をこれほどまでに必死になって鍛えようとしているのか。
「……ねぇ、スバル。一つ聞いてもいい?」
僕は大剣の柄を握る手に力を込めながら、彼を問い詰めた。
「どうして、そんなに急いでるの? 僕が一刻も早くこの魔法を覚えるのを望んでいるみたいだけど……。何か、僕に隠してることでもあるんじゃない?」
僕の疑念に満ちた問いに、スバルは一瞬だけ言葉を詰まらせた。代わりに口を開いたのは、少し離れた場所で控えていたエミリアだった。
「……それはね、アンタレス。あなたが世界中にばら撒いてしまったあの大兎たちが、今、すごーく大きな問題になっているからなのよ」
「……ああ、ね。それで?」
「いろいろなところで被害が出て、結構大騒ぎになってね。王都で賢人会や他の候補者たちを交えた大きな会議が開かれたの。そこで、あの大兎たちを一刻も早く駆除しなきゃいけないっていう依頼を、私たちが引き受けることになったのよ」
エミリアは何処かおかしそうに告げた。
僕は呆れたように溜息を吐いた。大兎は一匹でも残れば無限に増殖し続ける。世界中にばらまかれた大兎を一匹残らずすべて駆除するなんて、僕の権能による『掌握』がなければ不可能に近い難問だ。
「……どうしてそんな依頼を受けたの?」
僕が問いかけると、エミリアは困ったように、けれどどこか楽しそうに笑ってスバルを見た。
「それはね……会議の場で、スバルがいきなり立ち上がって、『大兎なんて俺たちがまとめて片付けてやる! 余裕だ!』って豪語しちゃったからなのよ」
「――っ! お、おい、エミリアたん! それは言わない約束だろ!?」
顔を真っ赤にして慌てるスバル。僕はその光景を見ながら、心底から乾いた笑いが漏れるのを止められなかった。
「なるほどね……。つまりスバルは、僕の力をあてにして、勝手に大きな顔をしてきたってことだ」
僕は冷めた瞳でスバルを射抜いた。
「……それでこうして、僕を便利な道具みたいに利用しようとしてるってことね」
「利用なんて人聞き悪いこと言うなよ! これは『協力』だ! 協力!」
スバルは必死に手を振って否定したが、その必死さが逆に僕には滑稽に映った。利用されるのは少し癪に障るが、今の僕には彼らの導きが必要なのもまた、事実だった。
―
廃村に落ちる影が長くなり、空が毒々しいほどの橙色に染まり始めた頃、僕の講師は短く息を吐いて手を止めた。
「今日はここまでにするかしら。初めてにしては上出来なのよ」
ベアトリスがそう告げると、僕はふぅっと息を吐いた。権能で強化しているとはいえ、慣れない魔法の練習は精神的に削られる。
僕は泥のついた服を払いながら、少し離れた場所にいるスバルたちを見た。
「ねぇ、スバル。特訓は分かったけど、今日はどこで寝るつもりなの? 言っとくけど、僕の家には上げないから」
僕がそう問いかけると、スバルは周囲の不気味な廃屋をぐるりと見渡した。
「うーん、ここは夜になるとマジで幽霊とか出そうだしな……。パトラッシュ、お前はどう思うよ?」
スバルは、僕から放たれる『千命消費』の威圧感にようやく慣れてきた様子のパトラッシュの鼻先を撫でた。
「地竜たちもこの場所に長居したくなさそうだし、今夜は車中泊かな。竜車の中なら、外で野宿するよりはマシだろ?」
「車中泊……。でも、ベアトリスは魔法を覚えるのに数ヶ月はかかるかもしれないって言ってたよ。その間ずっと車中泊? 食料とかどうするの?」
僕がそう問うと、スバルは「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑った。
「そこなんだよ、アンちゃん! 実は名案があるんだ」
スバルが僕を指差し、自信満々に提案してくる。
「どうせ特訓に時間がかかるなら、いっそのことロズワール邸に来ないか? あそこなら広い庭園で魔法の練習ができるし、何よりレムの絶品料理が毎日食える。ふかふかのベッドだって完備だぜ!」
「嫌だ」
「即答かよ!?」
スバルは漫画のようにのけぞって驚愕した。
「なんでだよ!? 美味い飯とふかふかのベッドだぞ? お前の大好きな『安全な居場所』そのものじゃねーか!」
「……理由は簡単だよ」
僕は冷めた瞳で、お人好しの塊のような男を射抜いた。
「特訓が終わった後も、君、僕のことを帰してくれなさそうだから。一度あの中に入ったら、今度は『保護』とか『監視』とか理由をつけて、一生あの屋敷に閉じ込めておくつもりなんじゃない?」
「うっ……見抜かれてたか…」
スバルは頭を掻きながら、バツが悪そうに苦笑いを浮かべた。僕が投げた疑念は、どうやら的を射ていたらしい。
「だって、お前を一人にしておくと何をしでかすか分からねーし、実際大兎を世界中にばら撒くっていうテロしてるし、何よりまた魔女教に捕まったら寝覚めが悪すぎるからな。……でもさ、別に帰らなくてもよくね? ぶっちゃけ、ここよりも遥かに住み心地が良いぜ、ロズワール邸は」
スバルは周囲の荒れ果てた廃村をもう一度ぐるりと見渡しながら、僕に言い聞かせてくる。
僕は間髪入れずに首を横に振った。
「さっきも言ったけれど、スバルの傍にいるのは心臓に悪い。大兎のおかげで死が訪れることは無くなったけど、それはそれとして危険な目には遭いたくないんだ」
それに、と僕は心の中で付け加えた。
せっかくあの廃屋を自分で掃除して、天井の蜘蛛の巣も払って、井戸から水も汲めるようにしたんだ。他の家から破れていない毛布や錆びていないナイフをかき集めて、色々整え始めたのに、それが全部無駄になるのも少し癪に障る。
スバルは僕の拒絶を聞いて、「あー……」と、何処か納得したような、それでいて情けないような声を漏らした。
「……まぁ、お前の言うことは一理あるな。俺の隣が危ない場所だってのは、俺自身が一番よく分かってる」
スバルは一度言葉を切り、真剣な眼差しで僕を見据えた。その三白眼の奥には、濁った執念ではなく、一点の曇りもない覚悟が宿っていた。
「じゃあ、約束だ。もし特訓中に、あるいは屋敷での生活の中で、少しでも危ないと思ったら……その時は、天井を突き破る勢いで俺たちを置いて逃げろ」
「え?」
「お前は逃げ足が速いだろ? だったら、自分の直感を信じて全力でトンズラこいていい。俺たちはそれを絶対に止めない。その後にしつこく追いかけるような真似もしない。なんなら、誰にも追わせたりしねぇ」
スバルは僕の目の前で力強く、拳を握ってみせた。
「一緒にロズワール邸に来てくれたら、美味い飯もふかふかなベッドも提供してやる。広い庭園で好きなだけ魔法の練習をしていい。やばいと思ったり、もう用が無いなと思ったら、無断で出てってもらっても構わない。俺たちはそれを邪魔しないし追いもしない。追う奴の邪魔をしてやる。その代わり、『アル・シャマク』を習得出来たら、必要な分を除いたすべての大兎を駆除してくれ。これが今の俺たちがお前に出せる条件だ。もう一度聞くぜ、アンタレス。俺たちと一緒に来てくれ」
僕は、差し出されたその条件に、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
どんな時でも逃げていい。誰も追わない。死を何よりも恐れる僕にとって、それは「居場所」という言葉よりもずっと、重みのある生存の保証だった。
僕は指先を弄りながら、脳内の天秤を激しく揺らしていた。
まず、提案に乗ってロズワール邸に行く場合。
メリットは分かりやすい。あそこなら、この埃っぽくて隙間風の吹く廃村よりかは遥かに住み心地が良いだろう。絶品の料理に、ふかふかのベッド。前世の記憶がある僕にとって、文化的な生活は喉から手が出るほど欲しい。
けれど、その代わり、危険が降りかかる可能性が高い。スバルはトラブルの塊だ。彼の側にいれば、いつ大罪司教や僕を『災厄』と見なす連中が襲ってくるか分かったもんじゃない。それに、あの変態ピエロのロズワールが何を企んでいるかも不透明だ。
ただ、スバルは言った。「逃げても追わない」と。もし命の危険を感じたら、直感を信じて全力でトンズラこいていい、誰も追わせたりしない、と。
この「逃げ道の保証」が本当なら、僕にとってこれ以上ないほど安心できる要素だ。
一方で、提案を断ってこの廃村に残る場合。
スバルたちは、僕が『アル・シャマク』を覚えるまで、長ければ数カ月ともに暮らすことになる。その代わり、人里離れたこの場所なら、危険が降りかかる可能性は低いはずだ。
しかし、スバルたちはここに居座り続ける。結局、危険なスバルが隣にいることに変わりはない。
それに、もし僕が隙を見てこの村から逃げ出したとしても、その時は追いかけられる可能性がある。スバルは今、僕を「教育」し「監視」する名目でここにいる。さっきの「追わない」という約束は、あくまで屋敷に来た場合の話だ。
(……詰まるところ、どっちを選んでもスバルのトラブルに巻き込まれるリスクは消えない。だったら、逃げ道が確約されている方を選ぶのが正解、かな)
僕は顔を上げ、スバルの三白眼をじっと見つめた。
「……スバル。本当に、約束守ってくれる? もし僕が『やばい』って思って逃げ出しても、君は僕を追いかけないし、ラインハルトや他の人たちにも追わせないって」
「ああ、約束だ。俺の命に代えても、お前の自由は保証してやるよ」
スバルの言葉に、少なくとも僕から見れば嘘の気配は無かった。
「……分かったよ。そこまで言うなら、ロズワール邸へ行くことにする。ただし、命の危険を感じたり、少しでも気に食わないことがあったら、その瞬間に逃げ出すからね」
僕が決意を告げると、スバルの顔がパァッと明るくなった。
「よしッ! そうこなくっちゃな!」
「……やれやれ、話がまとまったのかしら」
ベアトリスが呆れたように鼻を鳴らし、ドリルのような縦ロールを揺らした。
「だったら、さっさと準備を済ませるのよ。こんな場所で立ち話をしていても、陰魔法の深淵には一歩も近づけないかしら」
「分かってるってベア子! ほら、エミリアたん、レム! アンちゃんが屋敷に来てくれるってよ!」
「ええ、良かったわ。アンタレス、これからよろしくね」
エミリアが聖母のような微笑みを向けてくる。その後ろでレムが、未だに僕への警戒を解かない鋭い視線を送ってきたが、今は無視することにした。
僕は地面に突き立てていた『処刑人の大剣』を引き抜き、肩に担いだ。
そして、スバルの手招きを見ながら、ロズワール邸への一歩を踏み出した。