魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第5話『愛に出来ることはまだあるかい』

 シリウスを大剣の「面」でぶっ叩いてから、数十分が経過した。

 村の広場は、僕とシリウスの権能で絶命した信徒たちの死体で埋め尽くされている。あの時、噴水のように吹き出した血は石畳をドロドロに染め、鉄臭い匂いが鼻をつく。

 

 僕は、広場に置かれた豪華な意匠の椅子――本来は村長か誰かの私物だったのだろう――に、深々と腰掛けていた。

 ……嘘。腰掛けているんじゃない。腰が抜けて立てないだけだ。ペテルギウスに『試練』が終わったと聞いて、つい力が抜けて、それ以降入らなくなった。あんな目に遭えば、誰だってこうなるだろう。

 でも、いつまでもこうしてはいられない。

 先の戦いでストックが尽きてしまった。ストックが無ければ、肉体の強化も、蘇生も出来ない。つまり、今の僕はただの無力な幼女なのだ。

 

 僕はそっと近くにいるペテルギウスに声をかけた。

 

 「そ、その、ペテルギウスさん…? 信徒ってまだいます?」

 「おや、おやおやおや? なんたる、なんたる勤勉な問いかけですか、アンタレス!!」

 

 ペテルギウスが、まるで壊れた玩具のような動きで僕の目の前に躍り出た。彼は、僕が座る椅子の背もたれに逆さまに張り付くと、その血走った眼を僕の至近距離まで近づけてくる。息が臭い。

 

 「信徒を、己の権能の行使に必要な『資源』を、この惨劇の直後だというのに即座に求めるその姿勢……! ああ、アナタは今、この瞬間も己の生存を盤石にするために、周囲の命を値踏みし、選別し、利用しようとしている!! その飽くなき渇望、その止まらぬ自己愛、正に正に正にィ! 『傲慢』デス!!」

 「いや、あの、値踏みとかじゃなくて、単純に不安で……」

 「ご安心を! 福音は告げていマシタ! この『試練』を見守るべく、別働隊を配置せよ、と! さぁ、来なさい。新たな『傲慢』の糧となる栄誉を授かりに、魔女への愛を証明するためにッ!!」

 

 ペテルギウスが奇声を上げながら指をパチンと鳴らすと、森の影から、あるいは建物の裏から、はたまた地面から、さらなる黒装束の集団が音もなく這い出してきた。その数、およそ五十。

 彼らは僕の前に立ち、まるで神像でも崇めるかのような沈黙を保っている。

 

 「……どうも。ありがとうございます」

 

 僕は喉の奥で小さく安堵の息を漏らす。

 まだ力が入りきらない腰を上げ、少しふらついた足取りで彼らの下に歩み寄る。その間も彼らは微動だにせず、そういう悪趣味な置物のように思えた。

 ある一人の信徒の前に立つ。

 

 「かがんでください」

 

 僕の指示に信徒は疑問を抱くことなく、機械的に従った。

 僕と殆ど同じかそれ以下の高さになった信徒に、僕は抱き着いた。ゆっくりと姿勢を低くして、信徒の胸――心臓近くに耳を当てる。

 

 どくん、どくん…

 

 心音が聞こえる。心拍に合わせ、耳の周りが震える。

 彼の心臓はここにある。これによって、彼は生きることが許されている。これがあるから、彼はここにいる。

 そう、()()する。

 

 「……よし。ありがとうございました」

 

 これでマーキング完了。この信徒の命は、もう僕の手のひらの上にある。

 信徒から離れ、僕は次々と「予備の命」を確保していく。

 一人、また一人。抱き着くたびに、僕の意識の隅にある『権能』のリストに、鮮やかな赤の光が灯っていく。それは同時に、僕という存在を死から遠ざける唯一の防壁だ。

 

 「ああ、自らの手で獲物の鼓動を確かめ、生を享受する資格があるかどうかを選別するその儀式! ああ、なんという美しき傲慢! ああ、なんという不遜なる愛の形!」

 

 ペテルギウスはもはや感動のあまり、自分の爪を噛み砕くことさえ忘れている。

 

 違うんだ、ペテルギウス。これはそんな大層な儀式なんかじゃないんだ。

 ただ、こうやって()()()()()()()()()()()()()ことが、マーキングの条件なだけなんだ。

 

 最後の一人に「抱擁」という名の死の宣告を終えた時、僕の脳内には五十の赤い灯火が整然と並んでいた。

 これだけあれば、不意に大罪司教クラスの奴が襲いに来たとしても、命からがら逃げきることが出来るだろう。……もちろん、そんな機会は一度も来ないでほしいけれど。

 

 「素晴らしい、実に素晴らしいデス、アンタレス! さぁ、舞台は整いマシタ! 汚れを清め、不純物を排し、新たな同胞を迎え……そして、シリウスもまた、アナタとの愛の語らいに満足し、今は微睡みの中にあるのデス!」

 

 ペテルギウスが指し示す先には、瓦礫の中で信徒たちに介抱されているシリウスの姿があった。

 彼女は全身に包帯を巻き直され、骨折した腕を吊りながらも、遠くから僕をじっと見つめている。その目は、先ほどよりも一層「湿り気」を帯びていて、見ているだけで背筋に冷たいものが走る。

 ……あ、目が合った。彼女、今、幸せそうに僕の名前を口パクで呼んだ気がする。やだ、怖い。

 

 「ところで、アンタレスよ。ワタシから一つ、アナタのその勤勉なる慈愛を、強欲で傲慢なる生存の力を、お借りしたいのデス!」

 

 ペテルギウスは、バネでも仕込まれているような動きで僕の眼前に着地した。

 その拍子に、彼の首がゴキリと真横に折れ、耳が肩に付く。ホラー映画のワンシーンか何かだろうか。ゾワっとするからやめてほしい。

 

 「見ての通り、シリウスはアナタとの『愛の語らい』によって、その身に幾分かの、少なからぬ、決して軽視できない損傷を負いマシタ。彼女もまた大罪司教、その身の強靭さは疑いようもありませんが……しかし、愛の深さに肉体が追いつかぬこともあるのです。それはそれは、怠惰デスね?」

 「は、はあ……。で、僕に何を?」

 「アナタの権能……先ほど、死さえも他者に押し付け、無に帰したあの力! あれは『負の事象の転嫁』! ならばならばならば、彼女の負った『傷』もまた、アナタが選別したその勤勉なる信徒たちに……分け与えることができるのではないデスか?」

 

 ペテルギウスの丸い目が僕をじっと見つめる。

 

 「えと、つまり……シリウスを治療しろってことですか?」

 「ええ、ええ。アナタのその尊大なる自己愛を、ほんの僅か、ほんの滴る露ほどで構いません……ワタシたちの親愛なる同胞に分け与えてはくれませんか? それは魔女への奉仕、信仰への貢献、そして何より――実に、勤勉な行為デス!!」

 

 ペテルギウスは期待に目を輝かせ、自身の指を噛み砕く勢いで僕の返答を待っている。

 

 正直に言いたい。「嫌だ」と。

 誰が喜んで自分を殺した相手を助けようと思うのか。生き返ったとはいえ、あの時に感じた恐怖は本物だ。

 

 「……あー、その、ええと」

 

 僕は視線を泳がせた。

 奥で、折れ曲がった腕をぶら下げながらも、僕に熱い目を向ける包帯女をチラリと見る。

 ……正直、このまま放っておいて弱ってくれた方が、僕の生存戦略的にはプラスな気がする。元気になられても、また「愛の共有(物理)」を仕掛けてこられたらたまったもんじゃない。

 しかし、僕の横ではペテルギウスが「さあ! さあ! さあッ!」と、壊れた蓄音機のように急かしてきている。ここで断って「貴方は愛を裏切った、怠惰デスね?」なんて判定を下されたら、今度は僕が物理的にミンチにされる番だ。

 『見えざる手』でぎゅっと潰され続けたら、蘇生も何もあったものじゃない。

 

 「……分かりました。シリウスの治療、勤勉にやってみせましょう」

 「ああ! なんたる寛大! なんたる慈悲! 己がリソースを、傷ついた同胞のために割くその『傲慢』なまでの余裕! 素晴らしい、デス!!」

 

 ペテルギウスのやかましい称賛を無視して、僕は重い足取りでシリウスの下へ歩み寄った。

 

 

 シリウスは、こちらに歩み寄ってくる傲慢なる幼い女の子をじっと見つめながら、彼女によって齎された「痛み」を噛み締めていた。

 折れた右腕の骨が肉を突き破りそうなほどに軋み、肺は呼吸のたびに焼けるような悲鳴を上げている。けれど、それ以上に彼女の心を震わせていたのは、今まさに自分へと歩み寄ってくる、小さな、あまりにも愛おしい存在だった。

 

「……あ、あぁ……。アンタレスちゃん。素敵。本当に……なんて素敵なの」

 

 包帯の隙間から覗く左目が、湿った熱を帯びてアンタレスを射抜く。

 シリウスにとって、この世界は愛の共鳴によってのみ形作られるべき理想郷だ。さきほど、彼女たちが全力で「愛を分かち合った」瞬間、シリウスは確かに感じたのだ。アンタレスの魂の奥底に澱んでいた、ドロドロとした真っ黒なエゴイズムを。

 

 自分を救うためなら、世界中の誰が死んでも構わないという、底なしの自己愛。

 それは誰にも理解されぬ、孤独で、高潔な、純粋すぎる『傲慢』。

 

 (私たちは、似ているわ。ねぇ、そうでしょう? アンタレスちゃん)

 

 シリウスがペテルギウスに向けるのが「献身の愛」だとするなら、目の前の少女が自分に向けるのは「収奪の愛」。ベクトルは違えど、どちらも理性を焼き切るほどに純化されている。

 アンタレスが自分の目の前で足を止めた時、シリウスは我慢できずに、折れていない方の左手を力なく伸ばした。

 

 「……治療、してくれるの? あなたのその、身勝手で尊大で、何よりも美しい力で……私を、繋ぎ止めてくれるのね?」

 

 その問いかけに、アンタレスは引き攣った笑みを浮かべ、あからさまに嫌そうな顔をした。

 本来なら、愛を知れと語らうだろう。しかし、シリウスの目には、その「他者への徹底した拒絶」さえも、自分を特別視している自己愛の証拠にしか見えない。

 

 「……シリウスさん、あまり動かないでください。一名…いや、これじゃ足りないか。『二名消費』」

 

 アンタレスがシリウスの肩に触れ、短く、冷徹な死の宣告を口にする。

 直後、周囲にいた新たな「資源(信徒)」のうち二人が、断末魔すら上げずに泥のように崩れ落ちた。

 

 「――っ!?」

 

 次の瞬間、シリウスの肉体に劇的な変化が訪れた。

 アンタレスの手のひらから流れてきた、かつて生き物だった濁流のようなエネルギー。それがシリウスの傷口へと流れ込み、不自然に曲がっていた右腕の骨が、嫌な音を立てて強引に接合されていく。内臓の損傷も、皮膚の裂傷も、まるで時間が巻き戻るかのように消え去った。

 

 同時にシリウスの心象風景に、ある感覚が逆流する。

 それは、今しがたアンタレスが消費した信徒たちの、一瞬にして生を刈り取られた虚無。そして、それを踏みつけにして何食わぬ顔で立つアンタレスの、氷のように冷たく、それでいて火傷するほど熱い生存への執念だ。

 

 「……ああ、ああああ! これ! これよ!!」

 

 シリウスは歓喜のあまり、完治したばかりの両手で自らの顔を覆った。

 共有される感覚。アンタレスが他者の命をただの燃料として扱い、自分という存在を繋ぎ止めるための対価として一方的に支払う、その徹底した価値基準。

 シリウスの権能が、その『傲慢』な選別を克明に捉え、彼女の全身を震わせる。

 

 「なんて……なんて独善的な救済なの! 私を生かすために、他の誰かを躊躇いなく殺す。あなたが私を必要だと言っているわけではない、ただ、あなたの都合で私を修復する……。その、自分勝手な、慈悲のない愛に、私は!!」

 

 シリウスは跳ねるように立ち上がった。

 先ほどまでの衰弱が嘘のように、彼女の全身には信徒の命から転換された活力がみなぎっている。

 彼女は眼前に立つ、自分より遥かに小さな、そして底知れぬ恐怖を瞳に宿した少女――アンタレスを、割れ物を扱うような手つきで抱き寄せた。

 

 「わぷっ!」

 「アンタレスちゃん。ああ、アンタレスちゃん。分かったわ、分かったのよ! あなたがどうして、そんなに震えているのか。どうして、私をあんなに傷付けておきながら、こんなに温かく私を癒してくれるのか!」

 

 シリウスの細い腕が、アンタレスの小さな体を壊さんばかりに抱きしめる。包帯越しに伝わるシリウスの体温は、狂熱に浮かされたように熱い。

 

 「あなたは寂しかったのね? 自分だけがこの世界の理の外にいて、誰とも分かり合えず、ただ独りで死の恐怖と戦い続けて……。だから、私という器を壊してでも、その中身を覗き込もうとした。そして今、自分の一部を削ってまで、私を繋ぎ止めてくれた……! 本当にっ、ありがとう! ありがとう!」

 「エ、その、使ったのは他人ので…」

 「ええ、ええ! そうよ! 他人の命なんて、私たちの愛の礎に過ぎないわ! あなたは、私を助けるために彼らを殺した。それはつまり、あなたが私を、自分と同じ『特別な存在』だと認めてくれたということでしょう?」

 「ゥゥ…」

 

 シリウスの思考は、もはや論理の彼方へと飛躍していた。

 彼女にとって、アンタレスの冷酷なリソース管理は、自分への執着に変換される。自分を生かすために他を排除するその身勝手さは、シリウスが夢想する「ペテルギウス、シリウス、アンタレスの三人だけの愛」そのものだった。

 

 「アンタレスちゃん……いいえ、アンタレス。私の可愛い、愛しい、傲慢な子」

 

 シリウスはアンタレスの頬を、包帯の巻かれた指で愛おしそうに撫でる。その手つきは、どこか保護欲に満ちた、湿り気のある母親の慈愛に近いものへと変質していた。

 

 「ワ、ワァ……!」

 「泣いちゃった! ごめんね? そんなに私たちの愛が繋がったのが嬉しかった? 嬉しいでしょう!? だって私たちは今、こうして、これほどまでに! 脈打つ命の鼓動を共有し、互いの存在を確認し合っているのですから!」

 

 シリウスの絶叫が広場に木霊する。

 彼女の権能が昂ぶるにつれ、アンタレスが抱く「逃げ出したい」という引き攣った感情さえも、シリウスの脳内では「運命に抗う少女の葛藤」として美しく脚色されていく。

 

 「見てください、ペテルギウス! 私たちの間に、新しい愛の形が生まれました! 私を修復するために捧げられた、あの者たちの命もまた、私たちの幸せの一部となったのです!」

 「ああ……! 実に、実に実に、勤勉デスねシリウス! アンタレス! 互いを高め合い、奪い合い、癒し合い、そして高慢に、貪欲に、愛を貪る……。これこそが、福音に導かれた我らの聖域なのデスッ!!」

 

 狂喜乱舞するペテルギウスの側で、シリウスはアンタレスの頭を自らの胸へと強く押し付けた。

 

 (ああ、可愛いアンタレス。もう大丈夫よ。これからは、私と彼が、あなたを死の恐怖から守ってあげる。あなたが望まなくても、あなたが拒絶しても、私たちがあなたの命を繋ぎ止めてあげる……。たとえ、この世界のすべてをあなたが『消費』したとしても)

 

 シリウスの独占欲は、今やアンタレスという新しい「宝物」を得たことで、底知れぬ狂気の母性へと昇華していた。

 彼女の指先が、アンタレスの背中を愛おしそうに這う。その動きは、獲物を絡め取る蜘蛛の糸のように静かで、逃げ場のない執着に満ちている。

 

 「さあ、帰りましょう? 私たちの『家』へ。そこでたっぷりと、時間をかけて、あなたの心の中を私で満たしてあげますから……。あはは、うふふふふっ!」

 

 シリウスの幸福に満ちた笑い声が、首の無い死体が並ぶ広場に響き渡る。

 彼女の抱擁から逃れようと、アンタレスの小さな体が微かに震える。しかし、シリウスにはその震えさえも、自分への甘え、そして共鳴による至高の愉悦として、この上なく心地よく感じられるのだった。

 

 地獄のような惨劇を越えてなお、シリウス・ロマネコンティの「愛」は、無慈悲なほどに輝きを増していた。

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