魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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第6話『なんてことだ、もう助からないぞ』

 僕は今、馬車に揺られている。それも、あの村にあった、地竜が引く荷馬車だ。

 僕の記憶では地竜は主人を大切に想い忠誠を誓う生物だった気がするのだが、その主人を殺したであろう僕たちの馬車を大人しく引くとは。まぁ、シリウス辺りが何かしたのだろう、尊厳破壊もいいところである。

 そして件のシリウスといえば、さっきから僕の頭を膝に乗せ、熱っぽい手つきで髪を撫で続けている。

 

 「ああ、アンタレス。あなたの髪、少し乾燥していますね。帰ったら私が丁寧に、丁寧に、愛を込めて整えてあげますからね。楽しみにしていてください」

 「あ、あはは……。どうも」

 

 視線を逸らせば、ペテルギウスが御者台に立って地竜を「勤勉デスね」と褒めているのが見えた。

 地竜の鼻を鳴らす声と、車輪が不規則な石を噛む音だけが、この静寂の中で響いている。

 膝から伝わるシリウスの体温は、熱があるのかと思うほどに高い。彼女の指先が、僕の耳の裏からうなじにかけて、粘りつくように這い回る。

 それは慈しむような動作でありながら、少し力が入っており、いつでもその首を折れるのだと誇示されているような、本能的な恐怖を僕に植え付けていた。

 

 「……し、シリウスさん、少し、苦しいです」

 「あら、ごめんね。ほんとにごめんね? 私の愛が、またあなたを圧迫してしまったのね。でも仕方ないと思いませんか? 愛とは溢れ出すもの。せき止めようとすれば、それは淀み、腐ってしまう……。だから私は、あなたを私の愛で溺れさせてあげたいの」

 

 苦しいって言ってるんですが。

 僕の言葉は無視され、シリウスは愛でるのを止めない。

 

 「愛、愛デス!」

 

 ペテルギウスが御者台からこちらを振り返った。その首はやはり、生理的に不可能な角度まで捻じ切られ、血走った眼で僕たちを凝視している。

 

 「実に、実に素晴らしい光景デス! シリウス、アナタのその献身! そしてアンタレス、アナタのその受容! 互いが互いの役割を勤勉に全うし、愛という名の鎖で繋がり合う! これこそが福音に記された調和の形デス!!」

 「ええ、ペテルギウス! 分かってくれますか!? この子のこの、逃げ出したいのに逃げ出せない、微かな震え……これが私への最高の信頼の証なの!」

 

 勝手に納得しないでほしい。僕の震えは純粋な生物的拒絶であって、信頼の要素は一ミリも含まれていない。

 だが、この二人の狂人に正論を説くほど、僕は自分の命を安売りするつもりはなかった。

 

 馬車は深い森を抜け、切り立った崖沿いの道へと差し掛かる。

 ふと、前方から地竜の足音とは異なる、複数の蹄の音が聞こえてきた。

 

 「おや?」

 

 ペテルギウスが低く声を漏らした。僕は身体を起こして荷台から顔を出す。

 前方のカーブから姿を現したのは、銀色の甲冑を纏った一団――ルグニカ王国の騎士たちだった。その数は十名ほど。彼らのマントに刻まれた「親竜王国」の紋章が、夕闇の中で輝いている。

 

 「止まれ! そこの怪しい馬車……! っ!! 貴様、大罪司教のペテルギウスだな!?」

 

 先頭の騎士が剣を引き抜き、高らかに声を張り上げた。

 僕は心臓が止まるかと思った。騎士だ。正義の味方だ。本来なら、魔女教に拉致されたいたいけな幼女として、泣きながら助けを求めるべき場面だ。

 だが、僕の背後にはシリウスがいて、御者台にはペテルギウスがいる。

 

 「不純物デスね……」

 

 ペテルギウスの声から、先ほどまでの陽気な狂気が消え、冷徹な殺意が滲み出した。

 彼の背後から、大気に揺らぎが生じる。僕には見えないが、あの日のような『見えざる手』が解き放たれようとしているのが、肌を刺すプレッシャーで分かった。

 

 「待ってください、ペテルギウス」

 

 僕を抱きしめていたシリウスが、鈴を転がすような、しかし極寒の氷を思わせる声で遮った。

 彼女は僕の髪を最後の一撫でし、ゆっくりと立ち上がる。そして御者台へと上がり、ペテルギウスを一瞥した後、眼下の騎士団を見下ろした。

 

 「皆さん! 突然ですが、私から、皆さんにお伝えしたいことがございます! どうか貴重なお時間をいただきたくことをお許しください! 私は魔女教大罪司教『憤怒』担当、シリウス・ロマネコンティ、と申します」

 「なっ!? 『憤怒』の…大罪司教!?」

 

 騎士団にどよめきが広がる。

 まさか、二人の大罪司教に鉢合わせするとは思いもしていなかったのだろう。いや、僕も合わせたら三人か。僕は何もする気はないけど。

 

 「ああ、なんて素晴らしい巡り合わせなのでしょう! 耳を澄ませてください、運命の歯車が、私たちの出会いを祝福して鳴り響いています。愛です! 世界は今、この瞬間、至高の輝きに包まれようとしているのです!」

 

 シリウスが両手を広げ、舞台俳優のような仕草で騎士たちを仰ぎ見た。その声は、広場の惨劇を思い起こさせるような、不気味なほどの高揚感を帯びている。

 

 「狂人が……! 魔女教どもめ、貴様らの暴虐もここまでだ!」

 

 先頭の騎士が、嫌悪感を隠そうともせず吐き捨てる。

 しかし、彼の視線がシリウスの足元、その背後に隠れるように座り込んでいる僕を捉えた瞬間、鋭い怒りが驚愕へと変わった。

 

 「な……っ!? 子供!? おい、あそこに幼い少女が囚われているぞ!」

 「なんてことだ……あんな幼い子を人質にしているのか」

 「貴様ら、その子を解放しろ! 今すぐだ! さもなくば、王国騎士団の誇りにかけて、一人残らず切り伏せてくれる!」

 

 騎士たちの間に義憤の炎が燃え上がる。彼らは僕を、魔女教に村を焼かれ、拉致された可哀想な犠牲者だと確信したらしい。

 その認識は正解だ。実際に僕の故郷は魔女教に滅ぼされたし、大罪司教として拉致もされた。

 彼らに保護されれば、この狂人二人から離れ、文明社会に戻れるかもしれない。そんな淡い期待を持つ。

 けれど、僕の隣でシリウスが「うふふ」と、内臓を撫でるような湿った笑い声を漏らした。

 

 「人質? 解放? ああ、なんて酷い言い草かしら。皆さん、誤解しないで。この子は、アンタレス。私の、私たちの、大切な新しい同胞。空席だった『傲慢』の座を埋めるべくして現れた、愛の申し子なのですよ?」

 

 シリウスは僕の脇に手を入れて持ち上げ、自慢の宝物を見せびらかす子供のような無邪気さで、騎士たちへ僕を差し出した。

 

 「見てください! この純粋な瞳、死を恐れながらも生に執着するその『傲慢』なまでの魂! この子は自らの手で、私たちのための道を切り開いたのです。この小さな手は、すでに福音を刻むための力を得ている。ああ、愛しいアンタレス! あなたの素晴らしさを、この野暮な方々にも教えてあげなさい!」

 「あ、あの……僕は……」

 

 否定したい。僕はただ死ぬのが嫌なだけで、傲慢なんて大層なものじゃないと。騎士団の皆さん、どうかこの地獄から助けてくれ、と叫びたい。

 しかし、騎士たちの反応は僕の理想と程遠く、それでいて何となく予想していたものだった。

 

 「……傲慢、だと?」

 「何を言っている。あんな、震えるだけの子供が……」

 

 最初こそ困惑していた彼らの表情が、次第に虚ろなものへと変質していく。

 シリウスの権能、『憤怒』の力――感情の共感と共有が、静かに、しかし確実に彼らの精神を汚染し始めていた。

 

 「……待て。本当に、人質なのか?」

 

 一人の騎士が、独り言のように呟いた。その声には、先ほどまでの正義感はなく、どこか中毒者のような粘着質な熱が混じり始めている。

 

 「あの震え……。あれは、私たちを、馬鹿にしているのか? あんなに弱々しく見せて、内心では自分だけが助かろうと、私たちの剣を嘲笑っているのか……?」

 「そうだ……。あの子供の瞳、あれは傲慢だ。自分以外の全てを『資源』としか見ていない。ああ、なんて……なんて澄み渡った自己愛なんだぁ」

 「え……ちょ、ちょっと待ってください」

 

 僕は戦慄した。シリウスの権能によって、僕が抱く純粋な「逃避の恐怖」が、シリウスの脳内で「他人を見下す高慢な愉悦」として変換され、彼らに共有されている。

 騎士たちの頬が赤らみ、瞳孔が不自然に開いていく。彼らは剣を握る手に力を込めながら、僕を見つめてうっとりと溜息をついた。

 

 「分かる……分かるよ、お嬢ちゃん。君は、僕たちに守られる価値さえないと思っているんだ。僕たちの命なんて、君の『傲慢』を飾るための飾りに過ぎない……」

 「ああ、素晴らしい。これが愛……。自分勝手で、独善的で、全てを蹂躙する救済の形……」

 

 「見ましたか、アンタレス! ペテルギウス!」

 

 シリウスが狂喜の叫びを上げる。

 

 「言葉なんて必要ありません! 心と心が繋がれば、敵対していた不純物でさえ、こうして私たちの愛に跪く! ああ、なんて素敵な世界なのでしょう!!」

 「実に、実に実にッ!! 勤勉デス!!」

 

 ペテルギウスもまた、御者台を叩いて狂ったように踊り出す。

 眼前では、王国の騎士たちが武器を捨て、一心不乱に拍手をしていた。

 

 ああ、やはり、ただの騎士では相手にならない。

 助けが来たと思ったのに、助けに来た側が先に「完成」してしまった。

 僕が死を恐れ、全力で「弱者」だとアピールすればするほど、シリウスの権能がそれを「最高の傲慢」として周囲にデリバリーしてしまう。どういうコンボ技だよ。

 

 「さあ、アンタレス。彼らもあなたの一部になりたがっています。あなたの生存を支える、新しい糧として、その心臓を捧げたいと願っているのですよ!」

 

 シリウスの熱い抱擁が、僕の背後から迫る。

 

 「さあ……受け取ってあげてください。彼らのその、震えるほどに純真な愛を!」

 

 シリウスが僕の背中を優しく押し、騎士団の方へと促す。

 先ほどまで正義感に燃えていたはずの騎士たちは、今や跪き、恍惚とした表情で僕を見上げていた。その変貌に気味悪さを覚える。

 

 「…どうしよう」

 

 誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟く。

 僕は今まで魔女教徒だけをマーキングしていた。魔女教徒は社会的な地位が低い上に意思も薄いから、命を消費しても大した問題は発生しなかった。

 しかし、彼らのような騎士団は別だ。彼らをマーキングしてしまえば、世に『傲慢』の大罪司教の存在を知らしめることになる。それは、僕が望む平穏な生活から最もかけ離れたものだ。出来ることなら避けたい。

 ただ拒否しても、シリウスたちは話を聞かないだろう。ならばリスクを挙げるしかない。

 

 「…このあと、彼らをどうするんですか? ()()のであれば、彼らは生かしておかなければなりません。そうなれば、彼らは僕たちの情報を持ち帰ってしまいます。いつまでもシリウスさんの手を煩わせるわけにもいきませんし…」

 「……ああ! アンタレス、なんて……なんて勤勉な懸念でしょう!」

 

 御者台のペテルギウスが、ゴキっと音を立てて僕を覗き込む。

 

 「その通りデス! 実に、勤勉で尊大なる判断!! アナタは既に、彼らを『脅威』としてではなく、単なる情報の漏洩源という『不備』として見なしているのデスね。その傲慢で高慢な不遜さ! 脳が、震えるぅううううう!!」

 

 ペテルギウスの言葉に、跪いた騎士たちが「ああ……」と感涙に咽ぶ。馬鹿にされているというのに、彼らにとってはそれさえも至高の愛の鞭として変換されているらしい。

 

 「では、誓約を結ぶのデス。ワタシたちの存在、行為、目的、力、それらを今後一切他者に伝えない、と。怠惰な違反者には罰則として記憶を失うと。それこそが、アナタたちの愛を証明する勤勉なる唯一の方法デス!」

 

 ペテルギウスの宣言に、騎士たちが熱狂する。

 彼らは競うように自らの胸に剣を押し当て、沈黙の誓いを立て始めた。狂気に染まった集団心理は、もはや王国への忠誠など塵ほども残っていない。

 

 「でも、ペテルギウス。それだけでは、心を一つに出来たとは言い切れませんよ?」

 

 シリウスが僕の肩に顎を乗せ、囁くように言った。

 

 「情報の漏洩は、私たちの愛の時間を邪魔する不純物……。アンタレス、あなたが彼らを()()というのなら、それはとっても深い沈黙を持ってなされるべきだと思いませんか?」

 「え……あ、はい。そうですね……」

 

 僕が適当に合わせると、シリウスは満足げに頷き、跪く騎士たちに慈愛に満ちた眼差しを向けた。

 

 「皆さん、聞こえましたか? 私たちの愛しい子が、あなたたちを必要としています。けれど、あなたたちの口が、私たちの幸せを壊す毒になることを、この子は悲しんでいるのです……。ごめんね、でもありがとう。分かりますね? 愛のために、あなたがたが成すべき『勤勉』が何であるかを」

 「……はっ! 仰せのままに……!」

 

 先頭にいた騎士が、恍惚とした表情で自分の剣を拾い上げた。その目はもはや、正義の騎士のそれではない。完全に狂信者の色に染まりきっている。

 

 「ちょ、え!? 待って!?」

 

 僕の制止も虚しく、騎士たちは競い合うようにして自分の口内に指を突っ込み、あるいは剣の先を喉へと突き立てた。

 じゃらり、とシリウスの鎖が鳴る。彼女の権能が、彼らの「自傷の決意」を加速させ、痛みを愉悦へと、死への恐怖を忠誠心へと書き換えていく。

 

 「ワァ……!!」

 

 僕は思わず目を逸らした。

 自らの舌を切り裂き、あるいは喉を潰して声を失い、感覚の共有によって、彼らの喉は過剰なまでに傷付けられた。

 それでも騎士たちは嬉々として僕の馬車を取り囲むように整列した。

 

 「ほら、アンタレス。彼らの愛に答えてあげて」

 「アンタレス。勤勉に、為すべきことを為すのデス」

 

 ペテルギウスとシリウスの期待するような眼が僕を貫く。

 あれ、結局マーキングする流れになってない? 絶対何かしらバレると思うんだけど。そこらへん気にしそうなペテルギウスは変わらない笑みを浮かべているし、何か考えでもあるのだろうか。

 やはり、狂人の説得なんて僕には無理だったのだ。

 

 「………………………じゃあ、鎧脱いでください」

 

 騎士たちは恍惚とした表情のまま、一斉に甲冑を脱ぎ捨てた。

 金属が地面に落ちる音が重なり、無機質な静寂を破る。夕闇に晒された彼らの肌には、自傷によって流れた鮮血が滴り、シリウスの権能が生み出す「熱」が陽炎のように揺らめいていた。

 

 「……一人ずつ、来てください」

 

 僕は絶望的な気持ちで、馬車から身を乗り出した。

 跪く彼らの胸に、震える身体で耳を押し当てていく。ドク、ドクと、忠誠という名の狂気に支配された心音が鼓膜を揺らす。

 そのたびに、僕の脳内にあるリストには、新しい命の灯火が灯っていく。

 ルグニカ王国の誇り高き騎士団。その十名はこの瞬間、舌を失い、喉を潰し、ただ一人の少女の死を肩代わりするためだけの消耗品へと成り下がった。

 

 「ああ……! これぞ調和、これぞ勤勉! 騎士の矜持さえも、アナタの生存を彩るための『盾』へと変貌させたのデス!」

 

 ペテルギウスの絶叫が夜の森に木霊し、地竜が怯えたように鼻を鳴らす。

 シリウスは満足げに、僕を背後から包み込むように抱きしめた。

 

 「幸せですね、アンタレス。これであなたの命を狙う不純物は消え、代わりにあなたを支える新しい愛が加わりましたね。さあ、帰りましょう」

 

 馬車が再び動き出す。

 僕は荷台を這って、後方の出入り口から騎士団を見た。

 跪き、声を失ったまま、ただ熱狂に満ちた瞳で僕らを見送る騎士たち。彼らの存在は、王国騎士団に小さくない波紋を起こすだろう。

 僕はまた一つ、一線を越えてしまった。

 

 シリウスに引っ張られ、僕はふらりと彼女の膝に頭を堕とす。

 彼女の熱が、僕の思考を塗り潰す。地竜の足音は、もはや福音の序曲にしか聞こえなかった。

 暗い森の奥へ、狂気と死の熱を孕んだ馬車は進む。

 夕闇に溶けていく騎士たちの無言の臣従を背に、僕はただ、愛という名の逃げ場のない檻に深く沈んでいく。

 僕の平穏を願う心は、彼らの潰れた喉から漏れ出す音のない別れの言葉に、無慈悲に塗り潰されていった。

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