魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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しゃあっ 連日投稿


第8話『恐らくマシな地獄へ・狂人たちの尻尾』

 昨日の僕に言いたい。何が「もういいや」だ、と。

 

 現実逃避で眠りに逃げ込んだ僕を待っていたのは、安眠どころか、シリウスの権能によって増幅された「執着の悪夢」だった。夢の中で僕は、何万本もの包帯に絡め取られ、逃げようとするたびに誰かの心臓を踏み潰す感覚を味わわせられた。

 もう二度と見たくない。当然、朝は最悪の目覚めだった。

 

 そして今。

 洞窟の入り口から差し込む、目に痛いほどの朝日の下で、僕は究極の決断を突きつけられている。

 

 「さあ、アンタレス! 夢の中で愛の啓示はありましたか!? あなたのその尊大なる魂は、どちらの『勤勉』を選び取ったのデスか!!」

 

 ペテルギウスが、首を直角に曲げたまま、期待に満ちた眼球を剥き出しにしている。

 隣では、シリウスが僕の髪を愛おしそうに編み込みながら、重苦しい沈黙でプレッシャーをかけてくる。

 

 ……正直、どっちを選んでも死の匂いしかしない。

 けれど、ここで適当に「はい」と答えて適当な道を歩むのはごめんだ。僕の命は僕だけのもの。その命の行く先を他人に任せるなんてことはしない。

 だからせめて、自分がどんな地獄に首を突っ込むのかくらいは把握しておかなければ。

 

 僕は引き攣った喉を無理やり動かして、二人の狂人に問いかけた。

 

 「……その前に、教えてください。僕がついて行ったら、あなたたちは僕に何をさせるつもりなんですか?」

 

 僕の問いに、二人は一瞬だけ動きを止めた。そして、まるで示し合わせたかのように、同時に歪んだ笑みを浮かべた。

 

 「ああ! なんという、なんという勤勉な確認! 役割を! 責任を! 魔女への奉仕の内容を問うその姿勢! 素晴らしいデス、アンタレス!!」

 

 ペテルギウスが激しく床を叩き、躍るように語り始める。

 

 「ワタシと共に北東へ向かえば、アナタには『最後の審判』を担っていただきマス! 半魔の娘に試練を与え、魔女の器として相応しいかを見定める。もし、器が割れたならば……アナタのその『傲慢』な権能で、その場にいる不純物すべてを『資源』へと変換していただくのデス! アナタがいれば、ワタシの愛の計画は、もはや絶対不変の福音となるのデス!!」

 

 ……つまり、エミリアやスバル、挙句の果てにはパックやレムたちを、僕の「命の予備」にしろってことか。無理。死ぬ。そんなのラインハルトが来るどころか、その場でパックに氷漬けにされる。

 僕の権能の都合上、パックが生み出す氷雪のようなスリップダメージには弱いんだ。

 

 「私は……」

 

 隣で僕の髪を編んでいたシリウスが、耳元で熱い吐息を漏らした。

 

 「私と一緒に南へ来てくれるのなら、あなたには『愛』を広めるのを手伝ってもらいます。あそこには、愛を拒む冷酷な者たちが蔓延っています。なので、私が彼らを焼き尽くし、あなたがその灰の中から命を拾い上げてください……。そして、あなたが傷つくたびに、私が代わりに叫びましょう。私が傷つくたびに、あなたが誰かを殺して私を繋ぎ止めるのです……。ああ、なんて素敵な循環なのでしょう…!」

 

 こっちはこっちで、シリウスの永遠の奴隷になれと言っている。精神的に削り殺されるのは火を見るより明らかだ。

 

 僕は震える手で、もう一度自分の福音書を見た。

 

 『同胞と共に行動せよ。さすれば、友を得られる』

 

 北東に行けばスバルがいる。

 彼と戦えば、僕は確実に詰む。だが、彼は優しい人間だ。敵対しないように立ち回れば、穏便に接してくれる……かもしれない。

 それに、ペテルギウスの計画はスバルによって失敗することが約束されている。僕という存在がいるが、僕のモチベーションは地の底よりも低いところにあるので、大して影響はないだろう。

 

 対して南は、シリウスという暴走特急と二人きり。

 未知の脅威、未知の敵。逃げ場もなく、情報の優位性もない。

 

 ――生き残る確率が、コンマ一パーセントでも高いのは、どっちだ。

 

 「……決めました」

 

 僕はペテルギウスの方を向き、震える指を北東へと向けた。

 

 「僕は、ペテルギウスさんと一緒に行きます。メイザース領へ」

 「ああ……! あああああ!! 勤勉! 勤勉デス、アンタレス!! ワタシの愛を! 魔女の福音を! アナタは選び取ったのデスね!!」

 

 ペテルギウスが狂喜のあまり自分の顔を掻きむしり、歓喜の咆哮を上げる。

 一方で、シリウスの指がピタリと止まった。

 

 「……そう。北東を、選ぶのですね」

 

 彼女の声から感情が消え、洞窟内の温度が数度下がった気がした。シリウスはゆっくりと立ち上がり、包帯の隙間から、射抜くような視線を僕に投げかける。

 殺される。そう直感して身を強張らせたが、彼女は不意に、僕を壊れ物のように優しく抱きしめた。

 

 「…いいでしょう。あなたの『傲慢』がそう言うのなら、私は耐えてみせましょう。……けれど、忘れないで、アンタレス。もし、その地であなたが絶望に染まったなら……。私は地の果てまで、あなたを迎えに行きます。その時は、今この時のように、優しく抱きしめてあげます」

 「……は、はい……」

 

 解放された時、僕の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

 シリウスは「うふふ、あははっ」と不気味な笑い声を残し、自身の福音書に従い、一人で南へと消えていった。

 残されたのは、狂い踊るペテルギウスと、死に体のような僕、そして……。

 

 (行くしかないんだ。……ナツキ・スバルのいる、あの地獄へ)

 

 僕は、自分の脳内リストに並ぶ騎士たちの赤い灯火を、確認するように強く意識した。

 『友を得られる』という福音書の言葉が、どうかスバルとの和解、あるいは彼を利用した生存ルートへの鍵であることを願いながら。

 僕は、地獄の馬車へと再び足を踏み出した。

 

 

  ルグニカ王都、近衛騎士団の執務棟の一室。夕刻の陽光が差し込む部屋は、しかし窓の外の穏やかさとは裏腹に、心臓を鷲掴みにされるような重圧感に包まれていた。

 ルグニカ王国近衛騎士団において次席の地位に就くユリウス・ユークリウスは、一枚の報告書を握りしめたまま、彫像のように動けずにいた。白手袋に包まれた指先が、紙の端を微かに震わせている。

 

 「……これは、騎士の道に背く。いや、人の所業ですらない」

 

 絞り出された声は、戦慄きに掠れていた。

 ユリウスの端正な面貌は、怒りと困惑、そして深い苦渋に歪んでいる。彼の前の机には、近隣の村で起きた悲劇を克明に記した惨烈な地図と、辛うじて生還を果たした騎士十名の詳細な検診結果が並べられていた。

 

 今回の被害報告は、これまでの魔女教による襲撃事件のどれとも異なっていた。

 襲撃された村では、略奪や破壊といった「目的」以上に、その「過程」の異常性が際立っている。村人たちは逃げ惑う暇もなく一箇所に集められ、整然と並べられた状態で、その全てが鋭利な刃物で首を断たれていた。抵抗の痕跡はほとんど見られない。まるで、彼ら自身が自ら死を受け入れたかのような、不気味な静謐さが漂っていたという。

 

 物資や金品、家畜が根こそぎ奪われている点は、従来の魔女教の行動原理とも合致する。しかし、ユリウスの目を引いたのは現場に残された「身内」の死体だった。

 数十人の黒装束の集団――魔女教徒。その殆どは、鋭い刃物で断頭されて死んでいた。だが、ある数人は()()()()()()()状態で絶命していたのだ。

 毒殺の形跡もなく、魔力による攻撃の跡もない。ただ、そこにあったはずの「命」だけが、何かに吸い出されたかのように消え失せている。

 

 「……内輪揉め、にしてはあまりにも徹底されている。まるで、彼らを消耗品として扱われたかのようだ」

 

 ユリウスは独りごち、次いで、生還した騎士たちの記録に目を通した。そこには、騎士としての矜持を根底から揺るがすような事態が記されていた。

 帰還した十名の騎士たちは、誰一人として声を出すことができなかった。

 舌は根元から切断され、喉は鋭利な刃物、あるいは指のようなもので無残に潰されていた。それも、外部からの攻撃ではない。傷の角度、力の入り方から導き出された結論は「自傷行為」――彼ら自身が、自らの意思でその部位を損壊させたという事実だ。

 さらには、彼らのオドに何らかの誓約が刻まれており、事の顛末について一切語ろうとしないことから、口封じをさせられている可能性が挙げられていた。

 

 「……信じがたい。王国の誉れ高き騎士たちが、自ら声を捨てるなど。一体、どのような呪術が彼らをそこまで追い詰めたのだ」

 

 ユリウスが眉間に深い皺を刻んでいると、横に立つ、今回の騎士たちの健診を担当した「青」の騎士――フェリスが重い口を開いた。

 

 「……それだけじゃないんだよ、ユリウス。これ見て。彼らの体の内側……ラインハルトが診た限りじゃ、魂が、得体の知れない何かにガッチリと掴まれているみたいでさぁ」

 

 フェリスはユリウスに数枚の資料を差し出した。いつもの茶目っ気のある笑みは完全に消え、猫耳は力なく伏せられている。その瞳に宿っているのは、治癒術師として、また一人の人間としての深い嫌悪感だ。

 資料には、騎士たちの魂の深層部が「心臓」を起点に、見えない糸のような術式で固定されていることが記されていた。

 

 「魂が、掴まれている……だと?」

 「そう。言葉通り、彼らはね、自分の命の所有権を自分以外に明け渡しちゃってるみたいなんだよ。それも、嫌々じゃなくて、魂の根幹から『どうぞ持っていってください』って捧げてる感じ。強制的にね。……あんな薄気味悪い術、今までで一度も見たことがないよ」

 

 ユリウスはフェリスの言葉を反芻し、背筋を凍るような冷気が這い上がるのを感じた。

 騎士の誇り、命の重み。それら全てを、ゴミのように扱い、掌握する存在。

 

 「命の所有権を明け渡す……。騎士の誇りさえも、呪いによって踏みにじられたというのか」

 「多分、これはただの魔女教の襲撃じゃないよ。ユリウス」

 

 フェリスは報告書の一点を鋭く指差した。

 

 「見て。村の惨状と、騎士たちの処置。おかしいと思わない? 村人は一人残らず殺されているのに、騎士たちは全員生かされている。それも、あんな呪いを施されてさ。魔女教の行為に一貫性を求めるのはお門違いかもしれないけど、どうも嫌な予感がするんだよねぇ」

 

 ユリウスはその言葉を受け、地図上の点と点を結びつける。

 その時、重厚な扉が音を立てて開いた。

 室内に足を踏み入れたのは、凛とした佇まいで軍服を纏う女性――クルシュ・カルステンだった。彼女の鋭い瞳は、室内に充満する禍々しい空気を一瞬で捉え、その眉を険しくさせた。

 

 「話は聞かせてもらった。フェリス、ユリウス。状況は深刻なようだな」

 

 クルシュは机に置かれた資料を一瞥し、その端正な顔立ちを一層厳しくさせた。

 彼女の『風読みの加護』は、対象の嘘を見抜くだけではない。その場に漂う感情の残滓、あるいは運命の濁りを、風の揺らぎとして感知する。

 今、この部屋の空気には、言葉にできないほど暗く淀んだ気配が、風に乗って纏わりついていた。

 

 「クルシュ様。生還した騎士たちの件ですが……」

 「ああ。先ほど、彼らのうちの一人と対面してきた。フェリスの言う通りだ。彼は心に致命的なまでの傷を負っていた。だが、彼は勇気を振り絞り、結ばされた誓約に触れない範囲で、件の出来事について教えてくれた」

 

 クルシュは静かに目を閉じ、懐から一枚の紙を取りだす。そこには、凍えるような恐怖を表すかのように震える文字が刻まれていた。

 その紙を一瞥し、彼女は重々しく言葉を紡いだ。

 

 「彼は筆談で、途切れ途切れに情報を伝えてくれた。最も強調されていたのは『地竜』の存在だ」

 「地竜……ですか? 確かに、魔女教徒が地竜を移動手段として用いる例はありますが……」

 「ああ、だが今回は違った。彼はこう書いた。『地竜でさえ、愛と狂気の狭間で尊厳を失っていた』と。……ユリウス。この『首が飛んだ死体』と『外傷なき死体』、そして騎士たちの『魂の拘束』と地竜の『狂気』。これらが同一人物の手によるものだと思うか?」

 

 ユリウスは苦渋に満ちた沈黙の後、首を振った。

 

 「……到底、思えません。首を飛ばすような物理的な破壊、外傷を与えず命を奪う術、魂の掌握、狂気の誘発…。あまりにもバラバラで、手口が噛み合っていません」

 「その通りだ。導き出される答えは一つ。――現場には、性質の異なる大罪司教が複数存在していた可能性がある。おそらく三人」

 

 クルシュの断定に、室内の空気が完全に凍りついた。

 大罪司教。単独で一国を揺るがす災厄が、複数。

 

 「一人目は、恐らく世に知られた『怠惰』ペテルギウス・ロマネコンティだろう。現場の徹底した蹂躙、そして物理的な破壊は彼の特徴に合致する。だが……問題は、姿を見せていない残りの存在だ」

 

 クルシュはフェリスが指摘した「魂の所有権」の資料を指先でなぞった。

 

 「一人は、騎士団の精神を汚染し、狂気をもって自傷行為を選ばせた存在。……そしてもう一人は、ラインハルトが診た『命の所有権を奪う呪い』を刻んだ者だ」

 「……ねぇ、クルシュ様。私、思っちゃったんだけどさ……」

 

 フェリスが顔を青くしながら、最も忌まわしい推論を口にする。

 

 「騎士たちが自ら喉を潰したのは、ただ発狂したんじゃなくて、そうすることが『彼らにとっての救済』だったからじゃないかな。誰か特定の人物に、自分の命の全てを預けることが、この上ない幸福だと脳を焼き切られちゃったんだよ。そして、その『預けた命』を冷たく受け取ったのが……」

 「……あの『呪い』を刻んだ者。命そのものを、我が物顔で掌握する、底知れぬ『傲慢』な杭というわけか」

 

 クルシュの言葉が、部屋の重苦しさを決定づけた。

 魔女教において、その名が知られている大罪司教は極めて少ない。

 だが、今回の事件でその「影」は、はっきりと複数の形を成したのだ。

 

 「感情を操り、騎士に自傷を強いる狂信。そして、他者の命を『自分のもの』として完全に所有する不遜な力。……ユリウス、これが何を意味するか分かるか?」

 「……ええ。これまでのような単独の大罪司教による暴走ではない。これは、魔女教による、より組織的で、より悪趣味な活動が始まろうとしている、ということですね」

 

 ユリウスは腰の騎士剣の柄を強く握りしめた。剣の感触は確かにある。

 しかし、自分が守るべき「人の理」そのものが、得体の知れない深淵に飲み込まれようとしている感覚を拭えない。

 

 「直ちに、全近衛騎士団に最大級の警戒態勢を敷くよう要請する。これは宣戦布告だ。……我々が相手にしているのは、目に見える怪物だけではない。容姿も、名前も、能力も不明。だが、確実にそこにいて、人の魂を内側から食い荒らす『未知の大罪司教』たちだ」

 

 クルシュの決断は、嵐の前触れを察知した鷹のように鋭かった。

 彼女の『風読みの加護』が、かつてないほど激しく荒ぶっている。それはルグニカ王国にとって、数百年続く平和の終焉と、血に濡れた長い冬の始まりを告げる不吉な風であった。

 

 「フェリス、君は呪いの解除法、あるいは対抗策の模索を。騎士たちの魂を何としても救い出す道を探せ。ユリウス、君は各所と連携し、潜伏している大罪司教の情報を洗い出せ。たとえ砂漠で一粒の宝石を探すような所業であっても……これ以上の犠牲を出すわけにはいかない」

 「分かりました、クルシュ様。わが名に懸けて」

 「了解だよ、クルシュ様。……まったく、もうすぐ王選だってのに、嫌な風が吹いてきちゃったね」

 

 ユリウスは固い決意をもって宣言し、フェリスは頭が痛そうに呟いた。

 王都を包む夕闇は次第に濃くなり、まるでこれから訪れる惨劇を予見するように、騎士団の執務室を暗い影で満たしていった。

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