魔女教大罪司教『傲慢』担当になってしまったTS僕っ子ロリ   作:あのさぁBOT

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禁断の連日投稿”二度打ち”


第9話『砂上の楼閣』

 あれから数日が経過した。

 僕は今、メイザース領の深い森の奥にある魔女教の隠れ家に身を置いていた。

 岩肌を伝う水滴が、規則的な音を立てて地面の泥を叩く。その音を聞きながら、僕は膝を抱え、絶望的な盤面をいかにして覆すか――あるいは、いかにして死の瞬間を先延ばしにするか、それ一点だけを思考の海で模索し続けていた。

 

 現状を整理する。

 ペテルギウスの狂信に従い、エミリアを襲撃すれば、僕は間違いなくスバルの『死に戻り』という逃れられない網に捕らえられる。

 今は勝てても、次のループでは対策を練られ、その次には僕の首を飛ばすための「正解」を突きつけられる。あいつを敵に回すということは、相手だけ後出しが出来るじゃんけんに挑むようなものだ。

 かといって、今すぐこの場から逃げ出せば、背後に控える『怠惰』の見えざる手が僕をミンチに変えるだろう。

 

 つまり、僕に求められているのは、スバルと相対した時に敵対せずに済む方法だ。

 

 そこで、スバルという人間について考える。

 スバルは、確かに敵だと認識すれば容赦はない。けれど、彼の本質は甘い男だ。特に子供には、そして「自分と仲良くなろうとした人」には、自己犠牲を厭わないほどに甘い。

 ならば、もし、僕が『スバルと仲良くなりたいだけの子供』として彼と接触できたら?

 そうすれば、仮に僕の正体が『魔女教大罪司教』だとバレても、スバルが持つ『かつての明るい記憶』が僕を敵視するのを拒んでくれるはずだ。

 周りがどれだけ僕を敵視しようと関係ない。スバルが敵意を抱いていない、それだけが重要なんだ。

 今生の僕の見た目は赤いメッシュが入っているが、この世界では珍しい黒髪の女の子。顔は幼さはあるものの整っている。まさに美少女、人によっては美幼女といった容姿だ。初対面で警戒されることはまずないだろう。

 よし、やろう。生存戦略『プランB』だ。

 

 「ペテルギウスさん。あの、少し提案があるんですけど」

 

 僕は震える声を必死に抑え、洞窟の奥で福音書を食い入るように読んでいるペテルギウスに向き直った。

 彼は首を不自然な角度でカクカクと揺らして視線を向けてくる。

 

 「ロズワール邸の麓にある、アーラム村でしたっけ。あそこに、僕が先に潜入して、中の様子を探ってきます。ほら、僕なら子供ですし、誰も疑わないでしょう? 半魔の娘を守る騎士の戦力や、村の警戒体制を内側から崩しておけば、僕たちの『試練』もより円滑に、より『勤勉』に進むと思うんです」

 

 一瞬の静寂。ペテルギウスが、弾かれたように跳ね起きた。

 

 「おや、おやおやおやおや!? なんたる……なんたる献身的な提案デスか、アンタレス!!」

 

 彼はその不気味な顔を僕の至近距離まで寄せ、血走った眼を輝かせる。

 

 「自ら泥にまみれ、愛の舞台を整えようとするその姿勢! 自らの生存圏を広げるために、無知な大衆を欺こうとするその不遜! ああ、脳が、震える! 良いでしょう、勤勉にことを為しに行くのデス!!」

 「感謝します、ペテルギウスさん。……それじゃあ、早速行ってきますね」

 

 僕は笑みを浮かべ、逃げるように洞窟を後にした。

 

 

 アーラム村への道中、僕は何度も深呼吸を繰り返した。

 心臓が痛い。頭がくらくらする。冷や汗が止まらない。きっと僕は、とても酷い顔をしていることだろう。

 僕がやっているのは賭けだ。失敗すれば、背筋が凍るような酷い目になる可能性が高い。重傷を負うか、捕まって拷問されるか、抵抗できずに殺されるか。どれもあり得る。本当はこんな賭けはしたくない。

 だが、成功すれば、僕はスバルの庇護を得る。僕の命を、自分の命をないがしろにしてまで守ってくれるのだ。

 

 もしも、が僕の頭に反響する。

 もしも、村に入る前に魔獣の群れに襲われたら。もしも、道中突然現れたロズワールに魔法で消し飛ばされたら。もしも、スバルより先にレムに見つかって僕から臭う「魔女の残り香」で敵だと判断されたら。

 

 「……ダメだ、考えるな。僕はただの迷子だ。可哀想な、独りぼっちの女の子なんだ」

 

 自分に強く言い聞かせ、震える足で村の入り口を目指す。

 木々の隙間から、のどかな村の風景が見えてきた。子供たちが走り回り、大人たちが農作業に精を出す、リゼロの物語で何度も見た光景だ。

 

 「あった……アーラム村…。ふぅ……あ、そうだ。汚れてた方が自然かな……」

 

 僕は道端の草むらにわざと転がり、黒髪に枯葉を混ぜ、頬に泥を擦り付けた。今着ている村人らしい素朴な服も土と泥で汚れる。

 そして、自分でも驚くほど容易に引き出せた「本物の恐怖」を瞳に浮かべる。

 実際、怖いんだ。背後には狂信者の集団、目の前には死に戻りの怪物がいるのだから、演技をする必要なんて欠片もなかった。

 僕は森を出て、ふらふらとした足取りでアーラム村へ向かった。緊張で息が乱れる。

 

 「……あ、あれ? お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 

 不意に声をかけられた。

 顔を上げると、そこには村の自警団らしき男がいた。

 

 「あ、あの……その……。お、お父さんとお母さんと、はぐれちゃって……」

 

 声が裏返ったのは演技じゃない。

 男は僕の顔と、そこに浮かぶ不安げな表情を見て、一気に警戒を解いた。

 

 「はぐれた? そりゃ大変だ。こんな森の近く、魔獣だって出るんだぞ。よし、とりあえず村においで。腹は減ってるか? 何か温かいものでも食べて、落ち着くといい」

 「……ぁ、ありがとうございます」

 

 僕は男の手を借りて、ふらふらと立ち上がった。

 村の中に入ると、そこには平和の極致のような時間が流れていた。談笑する主婦たち。広場を駆けまわる子供たち。流れる風は清くさわやかだ。

 ここにいる皆は、魔女教に、それも大罪司教に狙われていることを知らない。今は準備中だが、近いうちにここは火と血の赤に染まる。

 

 村の広場近くにある休憩所に案内されると、男は「少し待ってろ」と言って、村の若者に声をかけに行った。

 僕は椅子に座り、膝の上で手をぎゅっと握りしめる。

 プランB、第一段階は成功だ。次はスバル――ナツキ・スバルとの接触。彼がこの村に現れるタイミングを逃してはいけない。

 

 「――おーい、子供が迷子ってのは本当か?」

 

 その声を聞いた瞬間、僕の心臓が爆発するかと思った。

 聞き覚えのある、少しガサツで、けれどどこか陽気な響き。

 ゆっくりと顔を上げると、そこには、ジャージ姿ではないが、見覚えのある軽装に身を包んだ、鋭い三白眼の少年が立っていた。

 その後ろには、青い髪のメイド服を着た少女――レムが、無表情に僕を観察している。

 

 (来た。本物だ。本物の、スバル……! レ、レムもいる…!!)

 

 「お、おっ……。なんだ、めちゃくちゃ美少女じゃねーか。エミリアたんには負けるけど、将来が末恐ろしいタイプだな」

 

 スバルは僕の目の前でしゃがみ込み、視線を合わせた。

 

 「よお、お嬢ちゃん。俺はスバル。こっちの可愛いメイドさんはレム。あんた、名前は?」

 

 スバルが笑いかける。その屈託のない笑顔。

 けれど、隣に立つレムの瞳は冷徹だ。彼女は鼻先をわずかに動かし、僕から漂う『魔女の残り香』を嗅ぎ取ろうとしている。

 僕は全神経を集中させて、自分の「恐怖」を前面に押し出した。今、僕が抱いているのは「殺されるかもしれない」という本物の恐怖だ。嘘偽りない、生存への執着だ。

 

 「……ア、アン、タ……アン。アンです」

 

 咄嗟に、名の頭文字だけを取った偽名を名乗った。

 

 「アンちゃんか。いい名前だ。それで、アンちゃん。お父さんたちとはぐれたって聞いたけど、どこから来たんだ? ここらへんじゃ見ない顔だけど」

 「……遠くの、村から……。悪い人たちが、来て……。僕だけ、逃げてきて……」

 

 あえて言葉を詰まらせ、俯く。

 嘘は言っていない。僕の故郷を焼いたのは魔女教(ペテルギウス)だ。

 

 「悪い人たち……」

 

 スバルの顔から余裕が消え、同情と怒りが入り混じった表情に変わる。

 一方、レムの視線がより鋭くなった。彼女はスバルの肩に手を置き、低い声で囁いた。

 

 「スバルくん。……この子、臭います」

 「え? ああ、まあ森を抜けてきたんだろ? 泥だらけだし、風呂に入れてやれば……」

 「そうではありません。……『魔女の残り香』です」

 

 ヒュッ、と喉が鳴った。

 レムの手が、隠し持っているモーニングスターへと伸びる。

 

 「……魔女の、残り香?」

 「ええ。間違いありません。この子は、魔女教に関わりがあるか、あるいは――」

 

 殺気が膨れ上がる。レムの瞳に、身内から大切なものを奪った仇敵への憎悪が宿る。

 僕はガタガタと震えながら、スバルの服の裾を、泥だらけの手でぎゅっと掴んだ。

 その瞬間、レムの周囲の空気が凍りついた。

 彼女の青い瞳に宿る殺意は、もはや隠しようもない。彼女にとって『魔女の残り香』を漂わせる存在は、例外なく排除すべき害悪なのだ。

 

 「……たすけて。……たすけて、スバルくん。こわい、こわいよ……っ!」

 

 涙が溢れ出した。これは演技じゃない。レムに首を飛ばされるのを想像して、本当の、本物の死の恐怖が僕を支配した。

 

 「スバルくん、そこをどいてください。その子は……」

 「待て、待て待てレム! 落ち着けって!」

 

 スバルが慌ててレムとの間に割って入る。彼は僕の震える小さな手を見て、それから僕の顔を見つめた。

 僕の目からは、止めどなく涙が溢れている。

 レムへの恐怖、スバルへの縋り、そして自分が今、今後の命運を分ける現場にいることに。

 

 「レム、見てみろよ。この子が魔女教の刺客か? こんなに震えて、俺の袖を掴んで……こんな小さな子が、そんな恐ろしい連中の仲間なわけないだろ!」

 「スバルくんは甘すぎます。魔女教は、子供の姿を借りて油断を誘うことなど容易く――」

 「それでもだ! 残り香があるからって、いきなり武器を抜くのは早計だ。アンちゃんは……アンちゃんはさっき言っただろ。『悪い人たち』から逃げてきたって。それって、魔女教に襲われたってことじゃないのか?」

 

 スバルの言葉に、レムの動きが止まる。

 

 「魔女教に、襲われた……?」

 「ああ。香りがついてるのは、そいつらに捕まってたからか、あるいは近くにいたからだ。この子は被害者なんだよ。……そうだろ、アンちゃん?」

 

 スバルが僕の肩に、そっと大きな手を置いた。温かい。ペテルギウスの狂気やシリウスの熱病のような温度とは違う、人間らしい、穏やかな体温だ。

 僕はしゃくりあげながら、何度も、何度も必死に頷いた。

 

「……みんな、しんじゃった。黒い服の、こわいおじさんたちが……。僕を、おいかけて……。あ、あか、あか……」

 「赤……?」

 「そこら中……真っ赤だった………」

 

 僕は、ペテルギウスに滅ぼされた今生の故郷を思い出しながら呟いた。

 あの時はそこら中真っ赤に染まっていた。短い間ながらも僕を愛してくれた両親、人生のやり直しを兼ねて作った親友、よく気にかけてくれる近所のおじさん、ずっと喋ってるお婆ちゃん。その全てが、僕の目の前で赤く染まっていた。

 思い出す。恐怖を。

 血の海に立つ、黒装束に身を包んだ歪んだ相貌の男を。悪魔と幻視した、あの愛に狂った『怠惰』を。

 今生で初めて、死の恐怖を味わった、あの日を。

 

 「……っ。すまねぇ、アンちゃん。辛いこと思い出させちまったな」

 

 スバルの顔に、深い苦渋の色が浮かぶ。

 彼はレムを制したまま、僕を包み込むように強く抱き寄せた。

 シリウスの拘束のような抱擁とは違う。僕を壊さないように、けれど確かに守ろうとする、あまりに無防備で甘い善意の抱擁。

 穏やかで、優し気な心音が聞こえる。

 

 「レム、聞いたか? この子は家族を、故郷を失ってるんだ。……魔女の香りがついてるのは、その地獄を潜り抜けてきた証拠だよ。この子を疑うのは、二重に傷付けることになる。それだけは……俺はしたくねぇ」

 

 スバルの言葉に、レムの殺気が目に見えて萎んでいった。

 彼女はモーニングスターを握っていた指の力を緩め、俯く。その瞳には、アンタレスに向けたものではなく、自身の性急な判断への悔恨が滲んでいた。

 

 「……申し訳ありません、スバルくん。レムは……また、自分の感情で周りが見えなくなっていました。……アンさん、あなたに怖い思いをさせたことを、どうか許してください」

 

 レムが深く頭を下げる。

 僕はスバルの胸に顔を埋めたまま、内心で激しい安堵の溜息をついた。

 とりあえず、今すぐ殺しに来るなんてことはなさそうだ。とはいえ、怪しい動きをすれば彼女は容赦なくモーニングスターで僕を叩き潰すだろう。完全に警戒を解くまで、まだ注意が必要だ。

 

 スバルは僕を抱き上げ、村の大人たちに向かって快活な声を張り上げた。

 

 「よし…村長! この子に、温かい飯と寝る場所を融通してやってくれ!」

 「ああ、構わんよ。……しかし、大変な目に遭ったのだな。よしよし、もう安心だぞ」

 

 村人たちが次々と集まり、僕を心配そうに覗き込む。彼らの目は、シリウスの権能で狂った信徒や騎士たちのものとは違う、純粋な善意と慈しみに満ちていた。

 僕はスバルの首に手を回し、しがみついたまま、小さく「ありがとう……」と呟いた。

 

 それから数時間。

 僕は村の長老の家の一室を借り、レムが用意してくれたお湯で体を拭いてもらい、清潔な寝着を貸し与えられた。

 食卓に並んだのは、湯気を立てる素朴な野菜スープと、焼きたてのパン。

 

 「召し上がってください、アンさん。……毒などは、入っていませんから」

 

 レムは少し気まずそうに、けれど丁寧にスプーンを僕の手に握らせてくれた。

 彼女の瞳からは先ほどの殺気は消え、代わりに幼い子供を傷つけようとした自分を責めるような、静かな憂いが漂っている。

 僕は黙々とスープを口に運んだ。温かい液体が、魔女教の隠れ家で冷え切っていた僕の内臓をじんわりと解かしていく。

 ふと、窓の外を見た。

 夕闇に包まれ始めたアーラム村。遠くでは子供たちの笑い声が聞こえ、家々からは夕食の匂いが漂ってくる。

 それは、僕が前世で失い、今生ではペテルギウスによって踏みにじられた平穏そのものだった。

 

 「アンちゃん、美味いか? 食ったら今日はぐっすり寝ろ。明日からは俺が、この村を案内してやるからな!」

 

 謎のガッツポーズをしながら正面に座るスバルの姿を見て、僕は思う。

 

 僕は今、ルグニカ王国で最も平和で、そして最も破滅に近い場所にいる。

 僕を助けてくれたこの手も、今優しく微笑むレムも、そして温かい食事をくれた村人たちも。僕の同僚たちが動けば、全てが灰に帰るのだ。

 

 スバルが笑い、レムがそれを愛おしそうな眼で見る。

 この光景は、僕がこれまでの人生で、そして前世でさえも夢見た「正しい物語」のワンシーンだった。

 

 (騙してごめん。スバル、レム。でも仕方ないんだ。君たちが今一番警戒すべき、爆弾そのものなんだから)

 

 僕はスプーンを握る手に力を込め、スープに映る自分の顔を見つめた。

 泥を拭い去ったその顔は、確かに自分で言うのもなんだが、庇護欲をそそる可憐な少女のそれだった。

 

 「アンちゃん? どうした、口に合わなかったか?」

 

 スバルが心配そうに覗き込んでくる。その三白眼が、今は純粋な善意で和らいでいた。

 

 「……ううん。おいしい。おいしすぎて、なんだか、夢みたいで」

 

 僕は、消え入りそうな声で答えた。

 スバルの顔がさらに歪む。彼は「そうか……」と短くこぼし、僕の頭を乱暴に、けれど慈しむように撫でた。

 

 「夢じゃねーよ。ここは安全だ。俺が、レムが、そしてこの村の奴らが、アンちゃんを守ってやるからな」

 

 その言葉は、僕にとって最高の生存保証書だった。

 作戦は完璧だ。スバルの懐に入り込めた。あとはペテルギウスたちが襲撃してくるその時まで、この「か弱い迷子」を演じきればいい。

 戦いが始まったら、混乱に乗じてスバル側に匿ってもらい、ペテルギウスが倒されるのを待つ。そうして魔女教の襲撃がひと段落すれば、その時には僕の立場は不動のものとなっているだろう。

 

 スバルの手の温もりを感じながら、僕はスープの最後の一口を飲み干した。

 この温かさも、向けられる慈愛も、すべては僕が積み上げた虚飾の上に成り立つ危うい砂の城だ。

 だが、その城が崩れるまでは、僕は世界で最も安全な場所にいる。

 僕は初めて、演技ではない微笑みを浮かべた。

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