新・新宝島   作:アーキマン

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プロローグ

 ビ――――!

 

 けたたましいブザーの音が四基のレシプロエンジンの轟音と振動で満たされていた機内に響き渡った。

 同時に後部キャビンと操縦室をつなぐ扉の上につけられたランプに赤い光が灯る。

 予定の降下時間が迫っている合図だ。

 機体がゆるやかな左旋回をはじめ同乗者たちが降下に備える中で、エドは背を振り返って小さな丸窓から外をのぞき込んだ。

 眼下には白い雲海に浮かび上がった巨大な()が見える。

 キャビン左側の席を選んだのは、こうして彼の地(・・・)の全景を目に焼き付けておくためだった。

 

 エルドラド。

 

 黄金郷の名を冠された巨大なテーブルマウンテン。

 標高は二千メートル超、正確な面積は今だ不明のその台地は高さ千メートルの切りたった崖で地上と隔絶されている。

 その頂上には森林や川、湖のように巨大な水源地、そして石造りの建造物が並んだ集落らしきものまであった。

 地上から頂きへと至るルートは皆無。

 その地形で来訪者を拒み帰還を絶対に許さない新世界最後にして最大の秘境、天上の地エルドラドが発見されてから早五年になる。

 今までに百を超える人々がこの魔の山へと挑み、そして誰一人として生きて帰ってはこなかった。

 成果と呼べるものは探索者たちが崖下に投じたと見られる荷物から回収されたいくつかの手記とわずかな採取物。

 それから二人の偉大な冒険家が文字通り死体となって天上から持ち帰った四つの黄金(・・)だけ。

 ただそれだけで今なお黄金郷は旧大陸の人、物、金――それら全てを引き寄せ、飲みこみ続けている。

 それほどに持ち帰られたわずかな成果は、人々をエルドラドへと駆り立てる強烈な引力を放っていた。

 エドもまたそこに魅入られた一人だ。

 三年前に彼の地で消えた父の後を追うため、片道切符を手に今日ここにいる。

 

「そろそろ降下だ! 確認するが、帰りの席が必要なお利口さんはいるか!?」

 

 キャビンの最前列に座っていた(トリー)(イーライ)商会の職員が立ち上がり声を張り上げる。

 返事をするものはなかった。

 品行方正とはまるで無縁の粗暴な雰囲気をまとった山師たちの顔を眺めていた職員は、エドと視線を合わせるとわずかに顔をしかめる。

 こんな子供が? と言わんばかりのその表情に「良い人なのだろうな」と思った。

 軍払い下げの野戦服をまとったむくつけき男たちに混じる二十歳になったばかりの青年は、さぞ場違いな存在に見えたに違いない。

 実際にエルドラドの発見さえなければ、父の行方不明がなければ今頃エドは故郷の友人たちと同じく大学に通っていたはずだ。

 だが、そうはならなかった。

 だからエドは必要な準備の上で、資格(・・)を得てここにいる。

 T&E商会主催の非公式エルドラド探索計画、第五期「ゴールド・ラッシュ」の正式なメンバーとして。

 

「――いいだろう、馬鹿野郎ども! 燃料の再計算はいらんな!」

 

 それがどんな姿であれここには命知らずの愚か者たちはいても、場違いの無能はいない。

 商会がそんな無駄遣いを許すはずはなかった。

 職員も当然それは承知だろう、すぐに表情を改めると仕事に戻った。

 

「降下はハッチに近い列から左・右、左・右の順だ! パラシュートを開くタイミングは十分注意しろ! 早すぎれば空中で翼竜(コアトル)のエサ、遅すぎれば地面と抱き合って獣のエサだぞ!」

 

 おどすようなその言葉に笑い声があがる。

 

「それでマヌケが減ってくれりゃあとの取り分も増えるってもんだ」

「真っ先にてめえがその一人にならなきゃいいがなヌケサク」

「なんだぁ?」

「チッ……」

 

 身内らしき隣席と冗談を交わす者、苛立ったように舌打ちする者。

 にわかに騒々しさと緊張感を増したキャビンの中でエドは静かに最後の装具確認に取りかかった。

 ブーツの靴紐、命を預ける全てが入った大小のバッグの開口部、護身用のナイフと短銃の存在に、なにより大事なパラシュート。

 それらに問題がないことを確かめ終えたころ旋回のため傾いていた機体が水平に戻り、けたたましいブザーのあとで後部ハッチが動きはじめる。

 ゆっくりと開いていく扉の向こうに白い霧がかかった緑と茶の大地が見えた。

 そして木々の上を飛び交う、鳥ではありえないほどに巨大な影の姿も。

 翼竜。

 エルドラド以外では見られない――否、今の世界(・・・・)では絶滅していて然るべき生物がここには生きている。

 歴史ではない、現実の空の脅威として。

 

「連中もう気付いてやがるな……! よし、とっと降下だ! ゴー! ゴー! ゴー!」

「ヒーハー!」

「神よ……!」

 

 職員の誘導に従って男たちが次々と宙へ身を躍らせていく。

 そこには迷いもためらいもなかった。

 すぐにエドが降下する順番が迫ってくる。

 

「おいガキ!」

 

 呼びとめてきた職員に「なにか?」と視線で問いかえしながら立ち上がる。

 

ボン・ボヤージュ(よいたびを)!」

「…………」

 

 男臭い笑みで告げられた挨拶にエドは苦笑して頷き返した。

 感じたとおりに人は良いのだろうがどうやら冗談のセンスはないようだった。

 ――それでも、別れのときに笑っていられるのは悪くない。

 口元に小さく笑みを浮かべたまま青年はハッチから外へと飛び出した。

 眼下には緑が見える、黄金と死で彩られた緑の地獄が。

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