家事代行で買った旧式の初音ミクが、僕の偶像になるまで 作:初音ミクになりたい
初音ミクが好きなので書きました。でも機械工学系や作曲系に関しては門外漢なので、おかしなところがあってもある程度は俺の宇宙では音が鳴るんだ理論で押し通すことをご容赦ください。
知識はなくても俺には確かな愛がある!という気概でいかせて頂きます。
時は西暦20⚪︎⚪︎年、4月。大学2年生になり大学生としての生活にもこなれてきた頃。
出席だけ確保し講義を抜け出すことにも慣れてきた僕は、白昼堂々、AI搭載型の自律式機械を専門に扱う中古ショップに赴いてた。
近年の技術の進歩は著しく、AI搭載のペット型ロボットや家事代行用ロボットが普及して久しい。
上京して一人暮らしを初めた当初は丁寧な生活を心がけようと、自炊をはじめ家事にも力を入れていた僕だったが、一年も経てば当初のやる気はどこへやら。
現在は、バイトと大学、そしてネットサーフィンに明け暮れる怠惰な大学生としての生活を確立していた。
一人暮らしで家事を疎かにすることによるQOLの著しい低下を感じ始め、だからと言って自分でやる気力も湧いてこない。
バイトを入れすぎて時間的余裕が少ないのもある。
そこで僕は、家事代行ロボットでも見繕おうかと、ここに赴いたのだ。
「……うわ、結構高いな」
僕の予算は10万円だ。中古なのだからそんな高価なものではないと思っていたが、家事全般を卒なくこなすようなロボットはある程度値がはるらしくとても手が出せたものではない。
サークルにも入っておらず交友費は知れたものだし、バイトに明け暮れているから無理をすればあと5万は許容範囲だ。
とはいえ僕にはすぎた買い物なのかもな、と思いながら半ば冷やかす気持ちで店内をぶらついていると、目に留まるものがあった。
色鮮やかな青緑のツインテール。光沢を放つ銀色の制服に、黒を基調としたミニスカート。スラリとした足を包む黒のタイツ。
目を瞑り直立する初音ミクが、そこにいた。
僕が初音ミクについて知っていることは少ない。
VOCALOIDは今や日本の音楽界の一柱とでも言っていいほどの一大ジャンルだが、僕は中高生の頃は逆張りで人の生の声こそが至高、とその手の楽曲を聞かなかった。
今はそんな幼いこだわりは持っていないが、だからと言って態々進んで聴くような拘りもない。だから、別に初音ミクが売っているからと言って買う動機は無かった。
ただ、注意を引いたのはその値段だ。デカデカとした字で『大特価!89,999円!』と書いてある。
商品詳細をみれば、どうやら訳アリ商品らしい。若干の傷アリ、初期化不可、と書いてある。それにVOCALOIDとして肝心の中身のボイスバンクもやたら古いもののようだ。
かなり初期のモデルなのだろう。
「VOCALOIDをお探しですか?そちらはかなり古いモデルでしてね、使いこなすには少々技術を要しますよ。当店は他にいくつか取り揃えておりますが……」
立ち止まっていると、店員が声をかけてきた。
「いえ、ちょっと家事ロボットを探していたんですが。別に特別歌わせようってわけじゃないんです。このユニットは家事全般任せたりできるんですかね?」
「まあ、中身はかなり初期のものですが、我々の確認したところ特に致命的な不具合はないようですし、家事専用のユニットに比べ専門性は劣りますが簡易的なものならこなせるでしょう」
なるほど、と頷く。僕の意思は、この時点ですでに若干購入側に傾いていた。
「しかし、こちらにも書かれている通りどうにも初期化ができないようでして。以前の持ち主の使い方次第で妙な学習をしている可能性もありすし、メモリの圧迫も有るので耐久年数は少々短くなるかも知れません」
まあ、記録が残ってるのは良いとして、問題は耐久年数だ。貧乏学生としてはそこそこの大金を出すんだ。買ってすぐ壊れたとなってはたまったもんじゃない。
「具体的には、どの程度ですかね?」
「そうですねぇ……ガワはもっと持つでしょうけど、記憶容量の方は3、4年程度かと」
……まあ、大学卒業までもってくれるなら別にいいか。働き始めてもっと収入を得られれば、他の家事専用ユニットに買い換えればいいのだ。
僕の意思は、すでに決まっていた。
「これ、買います」
僕はその初音ミクを購入し、店員さんに起動してもらった。
初音ミクはゆっくりと瞼を開き、正面に立つ僕を見据えた。
「おはようございます。あなたが私の、新しいマスターですか?」
マスター、なんて呼ばれ方に面食らいながら返答した。
「ああ、僕が君を買ったんだ。これからよろしく、ミク」
かくして、僕は初音ミクを手に入れた。家までの帰路を、彼女を連れ立って歩く。
先に述べた通り、彼女はかなり古いモデルだ。搭載されたボイスバンクも同様で、実際彼女の声や抑揚はかなり機械じみた無機質さを残している。
ネットで見かけた流行りのVOCALOIDの声は人間と遜色ないものも多かった。
それを思えば確かに、彼女を歌わせようと思えばかなりの技術を要するだろう。
だが、僕が彼女に求めるのは歌じゃない。
帰宅後、彼女と机を挟み話をする。
「マスター、これからよろしくお願いします。初音ミクです。私はあなたが望む、どんな歌でも歌います」
「……申し訳ないけれど、僕が君に求めるのは歌じゃない。君には家事代行を頼みたい。それが僕が君を買った理由だ」
「わかりました。以前のマスターも、私をそのように使っていました」
以前のマスター。彼女は初期化できなかったが故に、その記憶を保持したままなのか。
「以前のマスターの下で家事洗濯などの雑事の学習はある程度済んでいるので、大体はできると思います」
それは助かるな。どうやら以前のマスターとやらも、僕と同じ使い方をしていたらしい。初期化しなかったことでその学習結果が残っているというのなら、逆に良かったのかも知れない。
部屋の案内をする。とはいえ、大学生の一人暮らしの部屋なんてたかが知れている。居間とキッチン、トイレや風呂を紹介すればそれでもう終わりだ。
掃除機を始めとした掃除用具の場所も教えると、ほとんどすることがなくなってしまった。
「後は料理と洗濯くらいかな……ミク、料理なんかはどの程度できるの?」
「レパートリーには乏しいですけど、ある程度は。唐揚げとかハンバーグ、カレーとかですかね」
とても男らしいレパートリーだ。前のマスターも男だったのだろう。
「じゃあ、今の冷蔵庫にあるもので何か作れるものがあれば作って欲しいな。もし足りないものがあるなら買ってくるけど」
冷蔵庫を開けてみせると、ミクはそれを覗き込み言った。
「……すみません、何も入ってないんですけど」
……冷蔵庫には、幾つかのペットボトルと調味料しか入っていなかった。
そうだ、最近外食やバイト先の賄いにかまけていたから、まともな材料なんてないんだった。
「ごめん、じゃあ買いに行こうか」
「わかりました。代金を貰えれば、すぐにでも行ってきます」
「え?いや、一緒に行こうよ。僕だって暇だし」
ミクは何か引っ掛かるところがあるのか、僕の顔を見つめながらしばし硬直した。
しかしすぐに動き出すと、言った。
「……わかりました。じゃあ一緒に行きましょう」
「今日はカレーを作りたいと思います。まだ慣れない家なので、暫くは他の家事に適応する時間の確保をするためにも日持ちするものにしたいので。あと、朝食用も含め、今後用の食材も幾つか買っておきたいです。構わないですか」
「うん、それで良いよ」
最寄りのスーパーで、そんな会話をする。
ふと周りを見れば、夕食前だからか、多様な人々が買い物をしていた。
人はもちろん、家事用ロボットや、俺と同じようにVOCALOIDを連れた人もいる。単体でいるロボットも幾らかいるが、人と連れ立って居るものが多いのがなんだか目についた。彼らはまるで人とするように、談笑しながら買い物を楽しんでいる。
今までと変わらない風景。ただなんだか感慨深くなるのは、今の僕が初音ミクを連れて居るからだろうか。
ふと隣を見る。彼女が僕と同じように、それらの風景をじっと見つめていたように見えたのが、やけに印象深かった。
家につき、ミクが料理をして居る間、大学のレポート課題に勤しむ。
適当にAIに投げることも考えたが、近年は学校側のAI判定も高度になっており、無料のAIに投げたところで見破られるのがオチだろう。
ということで泣く泣く自力で書いて居るのだが、ふとキッチンで夕食を作るミクのことが気に掛かった。
この一年で一人暮らしにはだいぶ慣れたのもあって、自分以外のたてる音があるというのはどうにも落ち着かない。
キッチンに赴くと、ミクはあらかた作り終わったようで、カレーを煮込みながら煮込み具合を見て居るようだった。
特に問題なさそうだな、と思った僕は机に戻る。
家事をする必要がなく余白時間が生まれるというのは良いものだ。
良い買い物をした。
その後も、特に問題はなかった。ミクが作ってくれたカレーは美味しかったし、風呂掃除もミクがやってくれた。最近めんどくさくてシャワーで済ませていたので、久々に湯船に浸かるのは気持ちが良かった。
問題が生じたのは、寝る前になってからだった。
「そういえば、寝る時ミクはどうするんだ?来客用の布団ならあるけど」
「必要ないですよ。私は充電しなきゃいけませんし、コンセントの近くでスリープモードになっています」
そういうことならいいか。それにVOCALOIDにどの程度人間に近い触覚があるのかはわからないが、スリープモードに入って居る時に寝苦しさを感じるようなことはないだろう。
そう思いながらベッドに横になった後、なぜかミクがこちらにやってきた。
そしてベッドに乗り上がってくると——
「失礼します」
僕のズボンを脱がしにかかってきた。
「うわっ!」
突然の出来事に驚き、思わずミクを突き飛ばした。
彼女は壁まで突き飛ばされ、へたり込んだ。
「すみません。何か粗相がありましたか。それともマスターはハードなのがお好みですか?」
「何って…いや、ミクこそ急に何をしようとしたんだよ!」
「何って、マスターの就寝前の性欲処理です」
「せっ…!?」
驚き声も出ない僕に、ミクは再び寄ってきた。
「前のマスターのことを気にして居るのでしたら、安心してください。私のボディは業者に出された時に全身清掃処理を受けているので、綺麗ですよ」
「いや、そういうことを気にしてるんじゃなくてね」
ミクは何が問題なのかわからない、といった様子だった。そういえば店員が、妙な学習を前の持ち主のもとでしているかも知れない、と言っていたな。
……こういうことか。
「良いかミク。確かに僕は君に家事代行を頼んだ。それは前のマスターと同じだったのかも知れない。前のマスターが君をどう扱っていたのかは知らないけど、僕は君をそういう目的で使うつもりはないよ。
だからそういうことをしようとするのはやめてくれ」
「わかりました。マスターがそうおっしゃるのなら」
ミクはそう言うとベッドから降り、コンセントの元に行くとコンセントに繋がったケーブルを腕の接続部に差し込んだ。
……タイプ-Cでいいらしい。
そのまま座り込み、壁に背を預けミクは言った。
「では、おやすみなさい、マスター。明日は何時に起きますか?」
「……そうだな。学校もあるし8時には起きるよ」
「では、その時刻になったら起こしますね」
「……ああ。おやすみ」
そのやりとりを最後に、ミクは目を閉じ動かなくなった。
僕も目を閉じ、眠ろうとする。しかし、先ほどの出来事で冴えた頭は、僕を素直に眠らせてはくれなかった。
先ほどは驚いた。ミクの行為そのものにもそうだし、彼女をそんなふうに使っていたであろう前の持ち主に対して、義憤のような何かが込み上げてきた。
その激情を抑えねば、眠ることもできない。
ミクがいる方に身を捩り、その微動だにしない姿を見る。
彼女はとても端正な見た目をしている。顔立ちは整ってるし、リアルでやったら違和感を感じさせるような緑のツインテールも、なんの違和感もなく我が物としている。スタイルだって、歌姫として非の打ち所がない。
文字通り、二次元を三次元に落とし込んだ姿なのだから当然だ。
そんな姿を見て居ると、なんだか思考が沈静化していくのを感じた。
——そうだ、彼女は『モノ』なのだ。
人により作られ、人に使われることを目的とした『モノ』。
前の持ち主の使い方には若干の嫌悪感が残るが、それは次の所有者の僕の、中古品に対する嫌悪感であり、彼女がそんな目に遭ったこと自体は何も問題視するような事ではないはずだ。
だいたいそれを言うなら、僕だって彼女を歌わせることではなく家事代行に使って居るのだから、本来の用途をしていないと言う点では同じだ。
そして、彼女は僕にも前のマスターにも、何も言わずに粛々としたがって居る。
彼女にはそれに対する忌避も何もないのだろう。
なんせ彼女は、『ヒト』では無いのだから。
朝。8時ちょうどに起こされ、ミクがあらかじめ用意してくれた朝食を食べ、学校に行く。
それが終わるとバイトに行き、帰って昨日のカレーを食べ、風呂に入り、眠る。
カレーの作り置きが無くなる頃にはミクはこの家の家事全般に慣れたようで、その他の食事も色々と作ってくれた。どれもまあ、美味しかった。
今日は何を作るのか聞きながら、一緒に買い出しに行ったり。
そんな生活がしばらく続いた。
ある時、ミクが言った。
「マスター、パソコンを借りても良いですか?」
「パソコン?良いけどなんで?」
「食事のレパートリーが尽きてきました。あまり偏った食生活も良くないので、料理のレパートリーを増やしたいんです」
そう言うことなら、とパソコンを使わせる。ネットでメニューと作り方を漁っているミクをなんとはなしに眺めて居ると、ふと気になることが浮かんだ。
「そういや、ミクは普段僕が居ない時どう過ごしてるの?」
僕はバイトや学校で家を空ける時間が多いし、その間大学生の狭い家の家事をずっとしている訳でもないだろう。
暇な時間もかなりあるはずだ。
「基本的にはスリープモードになっていますね。マスターのいない間に、マスターの家を荒らすのもなんですし」
スリープモード、か。僕がいない部屋で、ずっと目を閉じて座り込んで、独りでいるのか。
浮かんできたその光景は、とても寂しげなもののように思えた。
その気持ちがなんの意味もないことはわかっている。ただなんとなく居た堪れなくなって、僕は口にした。
「別に僕がいない間も、好きに過ごして良いんだぞ。パソコンだってパスワードかかってないんだから好きに使って良いし、行きたいとこがあるなら行っていいし」
ただの自己満足だ。彼女は別に、そう過ごすことになんの感情も抱いていない。
「ですが、不必要な行動は余分に記憶容量を圧迫します。それに私は別にやりたいことや行きたいとこがある訳じゃないですし」
帰ってきたのはにべもない答え。それは半ば予想通りのものだった。
でも、と彼女は続けた。
「今回のように調べたいことややるべきことがあるときは、好きにさせてもらいますね」