夏美と会った翌週末の日曜日午後、雪子は竜朗との約束のために待っていた。「駅前のドトールで」と、竜朗は約束した。自宅からだとせいぜい10分ほどの距離だ。
程なく竜朗が到着した。もう4月も終わりに近く、ときどき汗ばむような陽気になる。ここ数年、気温が高くなるのが早い。竜朗も軽くハンカチで汗を拭いながら店内に入ってくる。
「こんにちは。ご無沙汰してます」
「こんにちは」
竜朗はいつものように、屈託なく雪子に話しかけた。何の話なのか、雪子はかなり気になっているはずだ。普段のビジネススタイル通り、竜朗は端的に話し始めた。
「割とびっくりするような話です。寛太君の手がかりが見つかったかもしれない」
「…本当ですか!」
さすがに、雪子は声を張り上げた。捜索願を出して12年、警察からの連絡もこのところ滞りがちだ。長い歳月は、雪子に時として諦めという考えをもたらしていた。
「もちろん、今のところは単なる手がかりです」竜朗は続ける。
「大体年に4~5回、ベトナムのホーチミンに行って取引先を回るんですが、日系企業の方と話していたときに、その企業の取引先から来ている日本人の話になったんです。ちゃんとした写真じゃないんですが、集合写真が1枚あって」
竜朗はスマホに保存した写真を雪子に見せた。20人くらいの集合写真だ。どこかのレストランだろうか。
「たまたま写真を撮っていた人がいて。ほら、この人」
後列の右から2番目に映っている人影。背丈や顔付きなど、確かに寛太に似ている。ただし、写真の人物は正面を向いておらず、ピンチアウトで拡大しても顔の細部までは分からない。
「非常に気になったんで、この人の消息を聞いてみたんです。その取引先企業には結構出入りしていたそうなんですが、1年ほど前に退職したみたいです。その後どうなったのかは、分からないようで」
雪子は半ば呆然としながら話を聞いていた。今まで皆無に近かった寛太のしらせが、思いがけず海外からもたらされたのだ。喜びや驚きというより、目の前の情報を整理しきれなかった。
「何で今になって…いや、本当にありがとうございます」
雪子はもう一度スマホの写真を見つめた。
2人は少し歩くことにした。
雪子の家の方角ではなく、駅から南東の方向、街路樹が並んでいる通りに向かった。いろいろなことを話しながら歩いていると、公園にさしかかった。
芦名公園。
まだ小さかった莉子と陽介と、寛太はよくここに遊びに来ていた。12年経っても、遊具は変わっていない。このあたりも随分子供が少なくなったものだ…
ふと、雪子は竜朗の顔を見た。竜朗は何かに責められているような、一種の苦悶の表情を浮かべている。雪子は首をかしげた。
「竜朗さん、どうされました?」
「…いえ、何でもありません」
竜朗は無理に笑顔を浮かべた。しまった、表情を隠しきれなかった。この公園を見た途端、強烈なフラッシュバックに襲われてしまった。知らぬ間に、右手がジャケットの内ポケットに触れていた。ここを通ることは分かっていたはずなのに、12年も経てばやり過ごせるかと思ったのに。
「少し休みます?」
「いえいえ、大丈夫です」
2人が再び歩き始めた時だった。2人の真横から、同時に言葉が聞こえた
『ここは、芦名公園ですか?』
2人は文字通り飛び上がった。そして、お互いに顔を見合わせ、その後周りを見渡した。人は誰もいない。狼狽している2人のもとに、もう一度声が届いた。
『寛太さん、を探していますね?』
『私も、寛太さん、の行方が知りたい、ただ私は…』
声はそこで途切れた。周波数の合わない場所で聞いているAMラジオのような、ざらざらした声だった。
2人とも驚きと恐怖で足が震えている。とりあえず、公園のベンチに座ることにする。 たっぷり5分以上、2人は無言だった。その後、ほぼ同時に話し始めた。
「実は…」「以前…」
2人とも、寛太の名前を呼びかけられた過去を語った。雪子は疲れていたから、竜朗は酔っていたからと思い、そのまま気にしていなかったが、今回明らかに2人は同じ内容の言葉を受け取っていた。声は、寛太を探していると言っていた。だが2人の共通の知り合いで、思い当たる節は全くなかった。
途方に暮れたまま、2人は帰路に着いた。
私は、思い切って2人に話しかけてみた。2人とも驚愕の表情を浮かべていた。
自分の置かれた状況を説明しようとした。ところが途中で、2人は私の声が聞こえなくなったようだった。キョロキョロと辺りを見回し、その後2人でいろいろと話し始めた。私の声は届く。だけど、それは数秒、もしくは数語のことに過ぎない。
どうしたら良いのか。短い言葉で、自分の意思を伝えなければならない。私はじっと考えた。暫くして、第3の窓が明るくなり始めた。芦名公園で座っていた、あの高校生だ。友達らしき人物と一緒にいる。