作:しろたく

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竜朗・雪子・夏美・真悟

 雪子と芦名公園で別れてから1週間。竜朗は、仕事の合間を縫ってホーチミンの取引先とやりとりをし、寛太の情報が得られないか模索していた。

 写真が撮られていたのは現地の提携先、縫製工場だ。日本のノリで集合写真を撮ったときに、寛太に見える人物が写り込んだのだろう。既に聞いたとおりこの人物は1年前にはここを辞めているが、アパレル関連の仕事を継続している可能性は高い。

 この人物が寛太だとして、どうやってホーチミンに渡ったのだろうか。確かに、行き先を告げずにそのまま渡航してしまうことは可能だった。寛太の捜索願が出されたのは、「あの日」から確か一週間後くらいだった。寛太は出張だと雪子に告げ、そのままいなくなった。

 しかし、就労ビザで渡っているのならそれはとっくに切れているはずだし、更新をかければ捜索願が出ていることが分かってしまう。誰にも見つからず、仕事をしながら外国で暮らす。そんなことが可能なのだろうか?

 竜朗は社長室で思いに耽りながら、寛太の万年筆をいじっていた。いつもいつも雪子に返そうと思いながら、言い出しそびれて持って帰ってきてしまう。

 原がノックして部屋に入ってきた。

 「失礼します。新相模原店の壮行会の件で」

 「ああ、先方の社長との調整はどうなったんだっけ。忘れてたな。それで…」

 原の快活さに救われる気がした。何というか、気が休まる。寛太のことは少し置いておこう。

 

 子供たちが2人とも寝静まった22時半、雪子は食卓に1人座って、先日の出来事を考えていた。

 竜朗さんと私が、両方とも同じ言葉を聞いた。少なくとも、ハッキリと言っている意味が分かるレベルで。竜朗さんは別れ際に、苦笑いしながら「このところ休みが殆どないので、疲れてるのかもしれませんね」と言っていた。が、端から見ても自分で言っている言葉を信じていないのは明らかだった。

 雪子は改めて、寛太の夢を思い出していた。遠ざかっていく寛太の後ろ姿。顔は見えない。どれだけ走っても追いつかない。数日に一回この夢を見るようになって多分1ヶ月くらい。そこに来てこの「声」だ。

 途方に暮れた。こんな話、誰が信じてくれるというのか。でも、話をとにかく聞いてほしい。雪子はスマホを取り出して、LINE画面を開いた。

 「夏美先生。夜分にごめんなさい。寛太さんが、ひょっとしたら見つかるかもしれなくて。出来ればもう一度会っていろいろとお話ししたいのですが…」

 文章を送った後、スマホを置いて考え込んだ。1分も置かずして、着信音が鳴った。

 「了解です。いつがいいですか?」

 夏美先生、まだ起きてたのか。

 

 真悟は、まんじりともせずに天井を見つめていた。ロールシャッハもへったくれもない。模様など全く目に入らない。

 今日になってから、急激にいろいろなことを思い出していた。寛太おじちゃんと、奥さんも一緒に来ていた。女の子と男の子の兄弟。その女の子としょっちゅうブランコに乗って喋ってた。女の子はお父さんが大好きで、俺も寛太おじちゃんが大好きだった。

 あの時、真悟は反射的に木の陰に隠れた。寛太おじちゃんが虐められてるんじゃないか、と思ってたんだっけ。その後、寛太おじちゃんもお母さんも女の子も全然公園に来なくなったんだ。俺もその後公園に行かなくなった。何で今まで思い出さなかったんだろう?

 そう言えば、今日会った公園の女子。真悟は思わず口からその名前を出していた。

 「…上島だっけ。どこかで…」

 その時。頭の中に声が響いた。今までよりも、ハッキリと。

 『真悟さん、あの女の子を知っている?』

 真悟は一瞬びくっとなった。が、今度はなぜか驚きも恐怖心もなかった。声の主は落ち着いたトーンだった。中性的で、深く沈み込むような声。いや、聞こえているというか頭の中で鳴っている感覚なのだが。

 「…あなたは誰ですか?」

 『分からない。だけど、私も寛太さんを探している』

 「寛太おじちゃんを知ってるんですか?」

 『それも分からない、ただ、あの女の子を見つけてほしい。名前は莉子、お母さんの名前は雪子。それで…』

 声はそこで途切れた。

 真悟はいても立ってもいられず、布団から飛び出して部屋の電気をつけた。上島莉子。この名前か。学年名簿を取り出す。ア行から順番に名前を追っていく。

 すぐに見つかった。2年C組、上島莉子。

 と言うことは、上島は寛太おじちゃんの娘なのか。あの時公園で一緒に遊んでいた女の子。名前もお互い呼び合っていたはずだが、覚えていない。さっきの声は彼女を見つけて欲しいと言っていた。どういうことだ?

 結局、真悟は2時間しか眠れなかった。始業30分前に飛び起き、光代にガミガミ言われながら家を飛び出すハメになった。

 

 雪子からのLINEに返信した後、夏美は1人考え込んでいた。

 寛太さんの手がかりが見つかった。LINEにはそれしか書かれていない。詳しいことはとにかく会って話したいのだろう。

 そうなると、いよいよあのことを話さなければならない。いや、寛太が本当に見つかってからでもいいのではないか?夏美の中での寛太は、話に聞くだけのある意味架空の存在だった。実際に本人に会ってからでも、遅くはないのではないか?

 夏美は考え込むときのクセで部屋の中を歩き回っていた。なので、声が聞こえたときは驚きで床にへたり込んでしまった。

 『夏美先生、ですよね?』

 頭の中に、鮮明に声が鳴り響く。誰の声かは全く分からない。夏美は周りを見渡した。誰もいるはずがない。再び、声がする。

 『ずっと、話しかけてました。夏美先生、私は…』

 話し方そのものに、聴き覚えがあった。夏美は1人の家の中で、思わず大声で話しかけていた。

 「あなたなの?と…」

 

 やっと夏美先生に声が届いた。そして初めて、自分の名前を呼ばれた。名前を聞いても、それが自分の名前だと言う気はしなかった。だが私の声を聞いたとき、彼女はすぐさま私の名前を呼んだ。

 そうだ。思い出してきた。在学中から、異様に勘の鋭い人だった。言葉の端々や表情から、思っていることを言い当ててしまう。ホームズか?と同級生と笑い合っていたものだった。

 だが、言葉はそれで途切れてしまった。そのあといくら話しかけても、夏美先生には声が届かなかった。私はふたたび後ずさり、並んだ4枚の窓をじっと眺めた。

 

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