Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード)   作:りー037

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【八節】無限の剣と、黒き極光の王

 炎上する冬木の街を抜け、一行はついにこの特異点の心臓部である「円蔵山」の山肌へと辿り着いた。

 

 空気はもはや呼吸できる酸素というよりも、高濃度の魔力という『毒』に置き換わりつつある。肌を刺すようなプレッシャーが、一歩足を踏み出すごとに彼らの肉体と精神に重くのしかかっていた。

 

 

 山の中腹、ぽっかりと開いた巨大な顎のような大空洞の入り口。

 

 そこを目指して険しい岩肌の道を登っていた、その刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 キィィィィィンッ!!!!

 

 

 音を置き去りにした、甲高く、そしてあまりにも鋭利な飛翔音。

 

 ヴァルナの超感覚が、上空の闇から隕石のように迫り来る『死の星』を捉える。

 

「――来るぞ」

 

 

 ヴァルナの短い警告と同時。

 

「チィッ!! させねぇよ!!」

 

 

 最後尾を歩いていたキャスターが、一瞬で最前線へと躍り出る。彼は持っていた杖を猛烈な速度で振り回し、空中に分厚い炎と風のルーンによる複合結界を展開する。

 

 

『灼き尽くせ、アンサズ』!!

 

 

 

 

 

 

 ドゴォォォォンッ!!!!

 

 上空から降ってきたのは、強烈な魔力を帯びた『剣(矢)』。

 

 キャスターのルーンの炎と剣が激突し、凄まじい爆発が夜空を真昼のように照らし出す。だが、狙撃は一本ではない。

 

 

 二本、三本、四本――雨霰のように、あるいは精密な誘導ミサイルのように、連射された剣の雨が容赦なく降り注ぐ。

 

「きゃあああっ!?」

 

 

 オルガマリーが爆風に煽られ、悲鳴を上げて体勢を崩す。

 

「所長!! ――『仮想宝具・疑似展開』!!」

 

 

 マシュが即座に前へ飛び出し、巨大な十字盾を地面に突き立てた。キャスターの結界をすり抜けてきた数本の剣が、マシュの盾の表面に激突して火花を散らす。

 

 

 

 

 

 

 

 ズガァァンッ! ガキンッ!!

 

 凄まじい衝撃。マシュの足が岩盤を削りながら数センチ後退するが、彼女は歯を食いしばり、完全に防ぎ切る。

 

「ッ……邪魔だ」

 

 

 ヴァルナは、降り注ぐ剣の雨の余波がオルガマリーへ届くのを瞬時に計算し、迷うことなく彼女の身体を横抱きに抱え上げた。

 

「えっ、ちょっと、な、なに!?」

 

「舌を噛むぞ」

 

 

 ヴァルナの足首に極限まで圧縮された呪力が集中し、爆発。

 

 ダンッ!! という破砕音と共に、ヴァルナはオルガマリーを抱えたまま、重力を無視したような水平跳躍で一気に数十メートル後方の岩陰へと退避した。

 

 

 直後、彼らが立っていた地面に剣が突き刺さり、クレーター状に岩盤が吹き飛んだ。

 

「……助かったわ。でも、いきなり抱え上げるのはやめなさいよね!」

 

 

 顔を真っ赤にして文句を言うオルガマリーを岩陰に降ろし、ヴァルナは平然と「歩くより速い」とだけ返す。

 

 

 

「――見事な防壁だ。さすがは光の御子のルーン魔術、そして、見慣れぬ盾の英霊よ」

 

 

 

 爆煙が晴れた先。

 

 大空洞の入り口を見下ろす高い崖の上に、赤い外套を翻す男。

 

 その手には黒い洋弓。理性を失った他のシャドウサーヴァントたちとは異なり、その鋼色の瞳には明確な意思と、深い絶望の色が宿っているように見えた。

 

「アーチャー……! なぜセイバーの味方をする?! てめえだけは正気を保っていたんじゃねぇのか!?」

 

「正気だからこそ、ここにいるのだ」

 

 

 アーチャーは冷たく、だがどこか悲哀を込めた声で答えた。

 

「この街はもう終わっている。……あの大聖杯が泥に汚染された時点でな。あの哀れな王は、自ら泥を被ってでも、この破綻した特異点を維持する『防人』となる道を選んだ。私は、その絶望的な結末に付き合っているにすぎない」

 

「付き合ってるだぁ? 笑わせるな。英霊の誇りもへったくれもねぇ、ただの心中じゃねぇか!」

 

 

 キャスターのルーンが、怒りに呼応して炎を強める。

 

「俺はそんな陰気な幕引きはごめんだね。世界が燃えてるなら、火の元を絶つ。それだけだ!」

 

「理想を語るのは勝手だが、君たちにあの中へ入る資格があるか、私が試させてもらおう。――『投影、開始(トレース・オン)』」

 

 

 アーチャーの両手に、陰陽一対の双剣・干将・莫耶が具現化する。

 

 

 一触即発の空気。

 

 だが、その緊迫を冷ややかに切り裂いたのは、ヴァルナの声だった。

 

「……時間が惜しいな」

 

 

 ヴァルナは岩陰から歩み出て、足元の影を薄く広げながら言う。

 

「あいつの相手をしていては、大空洞の中の『本命』が逃げるか、あるいは何らかの目的を達成するかもしれない。ここで足止めを頼めるか?」

 

「おう、大将の言う通りだ。……ここは俺がやる」

 

 

 キャスターが、背中を向けたままヴァルナに言った。

 

「このすかした弓兵の顔は、どうにも俺の癇に障るんでな。因縁の相手ってやつだ。ここは俺に任せて、あんたたちは先に行け。大空洞の奥……王の元へな」

 

「キャスターさん……! でも、一人では!」

 

 

 マシュが止めようとするが、ヴァルナは彼女の肩を掴んで制止する。

 

「任せるぞ、キャスター。……死ぬなよ」

 

「へっ、誰に言ってやがる。俺はしぶとさだけは天下一品なんだぜ」

 

 

 キャスターが不敵に笑い、地を蹴って崖上のアーチャーへと跳躍した。

 

「行くぜ、アーチャー!!」

 

「狂犬め……ならば相手になろう!」

 

 

 双剣と杖が激突し、火花が散る。その隙を突き、ヴァルナはマシュとオルガマリーを連れて、大空洞の闇の中へと一気に強行突破を図った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特異点の心臓部である大空洞。

 

 禍々しい瘴気と魔力が充満する暗い洞窟の中を、三人は歩を進める。

 

 陣形は、ヴァルナが先頭。その後ろにオルガマリーが続き、さらに背後を警戒するようにマシュが最後尾を歩く形だ。

 

 

 

 オルガマリーは、目の前を歩く彼の大きな背中をじっと見つめていた。

 

 思い返す。彼女の心に刻み込まれた彼への第一印象(ファーストインプレッション)は、管制室で人類存亡の危機を語る自分の前でいきなり眠りこけた「無礼で失礼な一般人」。

 

 

 だが、この特異点に来てからというもの、彼は誰よりも頼りになる男だった。

 

 得体の知れない化け物たちを素手で蹴散らし、圧倒的な暴力の渦中から、傷一つ負わせずに自身を守り抜いている。

 

 絶対に認めたくはないが。今の彼女の余裕のない心を辛うじて繋ぎ止めているのは、他でもない、この男の存在だろう。

 

「……ねぇ、ちょっと」

 

「なんだ?」

 

 

 ヴァルナは振り返りもせず、周囲への警戒を解かないまま淡々と答える。相変わらずの無愛想な男だ。

 

「ちょっと、言っておきたいことがあったのよ」

 

 

 彼女は強気に振る舞いながらも、素直になることへの迷いを声の端に滲ませた。

 

 

 しかし、そんな彼女の葛藤など露知らず。

 

「もうすぐ洞窟を抜ける。後にしろ」

 

「なっ……!?」

 

 

 あっさりと会話を打ち切られたオルガマリーは、ピキッとこめかみに青筋を立てた。食ってかかろうと足を踏み出すが、背後からマシュに「しょ、所長、落ち着いて……」となだめられる。

 

 

 当のヴァルナは、彼女の苛立ちなど全く気にした様子もなく、ただ淡々と歩き続けている。

 

 オルガマリーはムッとして歩幅を広げ、男の衣服の裾をギュッと掴んだ。

 

「なんだ所長。腹が減ったか?」

 

 

 そこまでして、ようやくヴァルナは振り返る。

 

 相変わらずの、感情の読めないような瞳。彼自身は冷たいわけではなく、ただ「先に進み、敵を潰す方が優先順位が上だ」という極めて合理的な思考をしているだけなのだが、その無機質な雰囲気にオルガマリーは調子を狂わされる。

 

「違うわよ!」

 

 

 オルガマリーは迷うように視線を泳がせ、やがてギュッと腕を組んで、ツンと顔を背けた。

 

「……こ、ここまでの貴方の働きは、及第点と言ってあげるわ。急造のマスターでありながら、複数の英霊を相手に一歩も退かず、見事にこの大空洞まで道を開いた。……カルデア所長として、貴方の功績を正当に認めてあげる」

 

 

 薄暗い洞窟の中でもわかるほどに、彼女の頬は微かに朱に染まっていた。

 

 それは、プライドの塊であるアニムスフィアの当主が、他者に対して明確に「労い」と「感謝」を示した瞬間。

 

「……」

 

 

 マシュは、思わず目を丸くして所長の顔をまじまじと見つめる。

 

「ふ、ふんっ! なによその顔! 別に貴方を特別扱いしているわけじゃないわよ!」

 

『――いやー、驚いたな。あの所長の口から、そんな労いの言葉が聞けるなんて』

 

 

 気まずい沈黙を破るように、ヴァルナの端末からロマニの通信が割り込んできた。

 

『どうしたんですか所長、何か甘いものでも食べました? これはもしや、特異点の熱気で所長の冷え切った心にも、ようやく雪解けの季節がやってきたのかな!?』

 

「なっ……うるさいわね、ロマニ!! 無駄口を叩く暇があるなら、補給物資の一つでもここに転送してきなさいよ! 現場の人間がこんなに頑張ってるのに、準備不足で失敗するなんて可哀想じゃないの!」

 

『おや、可哀想とはお優しい。やっぱり所長の心が……』

 

「バ……ッ! 哀れで惨めって意味よ!! そんなこともわからないの、このポンコツドクターは!!」

 

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすオルガマリーに、ロマニの悪気は一切ないが致命的なノンデリ発言が炸裂する。

 

『あはは、照れなくてもいいのに。いやあ、いつ見ても良いものですねえ。極限状態における、少年少女の心温まる交流というものは。……まぁ、所長を“少女”と言うには、ちょっとアレかもしれませんが?』

 

「ロ・マ・ニィィッ!! 帰ったらあんたの給料、向こう百年間カットしてやるから覚悟しなさいよ!!」

 

 

 そんなコントのようなやり取りを見て、マシュが嬉しそうに何度も頷く。

 

「所長は確かに私より年上ですが、趣味趣向というか、根っこの部分にたいへん近しいものを感じます。私、所長に対してとても親愛を覚えます!」

 

 

 マシュの純真無垢な天然のフォロー(?)が、さらに追い打ちをかける。

 

「な、なにいってるのアンタ!? 誰が趣味趣向が近いよ!!」

 

 

 騒がしく言い合う彼女たちを眺めながら、ヴァルナは特に感情を動かすこともなく、ただ純粋な疑問として『所長の年齢』について考察していた。

 

 見た目的には成人だろうが、精神的な幼さや感情の起伏の激しさは、十代半ばといったところか。彼が今まで代行者として関わってきた人間たちのデータと照らし合わせ、静かに分析を下す。

 

「精神年齢は十五、六といったところか」

 

 

 ヴァルナの口から、ノンデリの天然発言がポロリと漏れた。

 

「私、二十二よ!!」

 

「そうなのか」

 

 

 ヴァルナは特に悪びれることもなく、淡々と相槌を打つ。

 

「そういうアンタは幾つなのよ!」

 

 

 オルガマリーが鼻息を荒くして問い詰める。マシュも「そういえば……」と気になったようにヴァルナを見つめる。

 

 見た目は大人びていて完成された戦士の風格があるが、距離感がバグっていたり、人間への興味の持ち方がどこか子供っぽい時もある。彼の印象は、年齢という枠に当てはめるにはあまりにもちぐはぐだった。

 

「……正確には分からないが、だいたい二十一くらいだろう。子供の頃の記録はないからな」

 

「私より年下じゃないの!!」

 

 

 オルガマリーがビシッとヴァルナの鼻先に指を突きつけた。

 

「いいこと!? もっと目上の自分を、というか所長を敬いなさい! 最初からアンタの態度はね……!」

 

 

 

 そこから、これまでの彼のデリカシーのない発言や失礼な態度をビシビシと並べ立てる、オルガマリーの説教じみた大演説が始まった。

 

 

 怒髪天を突く所長の叫びが、暗い洞窟の中に虚しく木霊する。

 

 それを聞きながら、マシュと通信機越しのロマニは苦笑いを漏らしていた。

 

『なんだか、歳の近い兄弟が出来たみたいだね』

 

「……兄弟、ですか?」

 

 

 ロマンの言葉に、マシュは意外そうに目を瞬かせた。そんな風に考えたことはなかったが、言われてみれば確かにそうだ。

 

 オルガマリー所長が口うるさい姉で、ヴァルナ・クロスが生意気(?)な弟。似合っているようで似合わないような、不思議な関係。でもそれは、マシュにとってとても楽しく、温かい光景に見えた。

 

 

 彼女の矢継ぎ早の小言を、ヴァルナは気にした様子もなく、のらりくらりとかわし続ける。

 

 何を言っても暖簾に腕押しのヴァルナに、オルガマリーはついにむむむと涙目になった。

 

「アンタは本当に、人に興味が無さすぎるのよ!」

 

『ウン、ウン』

 

「ほら見なさい! 私の言葉に、隣の影だってちゃんと同意して……って、え?」

 

 

 オルガマリーが、自身のすぐ隣の存在に気づき、ピタリと動きを止めた。

 

 

 彼女のすぐ横。

 

 そこには、大空洞の瘴気からドロドロと凝固して生まれた、黒い骸骨のような巨大な怪異(シャドウ)が立っていた。それは、なぜか深く共感したように首を激しく縦に振っている。

 

「……え」

 

 

 怪異の虚ろな眼窩と、バッチリ目が合った。

 

「ええええぇぇぇぇっ!? あ、あひぃいいいいいっ!? な、なんでこんなのが横にいるのよぉぉぉっ!?」

 

 

 オルガマリーが今日一番の情けない悲鳴を上げ、パニックを起こして後ずさる。

 

 その結果、彼女は足を滑らせ、背後にいたヴァルナの胸の中へと勢いよく飛び込む形となった

 

「――」

 

 

 ヴァルナは即座に排除行動へと移る。

 

 右腕で自身の胸に飛び込んできたオルガマリーの肩をしっかりと支えながら、空いた左手で裏拳を放つ。

 

 

 

 

 

 パァンッ!!

 

 乾いた破裂音と共に、骸骨の怪異は一瞬にして粉微塵に吹き飛び、瘴気の霧となって消え去った。

 

「……」

 

 

 静寂が戻った洞窟の中で、オルガマリーは自分がヴァルナの腕の中にすっぽりと収まっていることに気づいた。

 

「あ……」

 

 

 落ち着きを取り戻した彼女は、弾かれたようにヴァルナから離れる。

 

「……あ、ありがと」

 

「必要ない」

 

 

 彼の目線はすでに、オルガマリーではなく大空洞の奥へと向けられている。

 

 

 そんな彼の態度に再びイラッとする所長と、あわあわと慌てながらもどこか楽しそうなマシュ。

 

 極限状態の死地にあって、彼らの間には確かに、奇妙だが絶妙な距離感が築かれつつある。

 

「おしゃべりはその辺にしておけ」

 

 

 ヴァルナが静かな、しかし有無を言わさぬ声で二人をたしなめつつ、先を見据える。

 

「そろそろ着く。気を引き締めろ」

 

 

 彼の言葉の通り、洞窟の暗闇の先から、重圧すら感じる圧倒的な魔力の極光が漏れ出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大空洞の内部は、まるで巨大な生物の胃袋の中のようだ。

 

 壁面は禍々しい紫色の魔力結晶で覆われ、足元にはドロドロとした黒い泥のようなものが脈動している。

 

 

 そして、その最奥。

 

 祭壇のような広大な空間の中央に、彼女は立っていた。

 

 

 黒いゴシック調のドレス。青白い肌。

 

 手には、赤黒い極光を纏う漆黒の聖剣。

 

 ただそこに存在するだけで、空気が重力に押し潰されるような錯覚を覚える。魔力の密度が、今まで戦ってきた英霊たちとは文字通り『次元』が違う。

 

 

 

 シャドウサーヴァントの首魁。反転せし騎士王――『セイバーオルタ』。

 

「……来たか、カルデアの魔術師よ」

 

 

 感情を完全に削ぎ落とした、氷のような声。

 

「問答は不要だ。貴様らが我が玉座を脅かすというのであれば、ただ斬り伏せるのみ」

 

 

 セイバーオルタは、聖剣の切先をゆっくりとヴァルナたちへ向けた。

 

「……問答が不要なのは同感だ」

 

 

 ヴァルナは一歩前へ出た。彼の周囲に、青黒い呪力が陽炎のように立ち上る。

 

「マシュ。お前が前衛だ。所長は俺の背後から離れるな」

 

「はいっ!!」

 

 

 マシュが盾を構え、セイバーオルタと真っ向から対峙する。

 

 言葉少なに、特異点Fの最終決戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 ダンッ!!

 

 最初に動いたのはセイバーオルタ。

 

 黒い魔力放出を足元で爆発させ、瞬きする間もなくマシュの懐へと潜り込む。

 

「――シッ!!」

 

 

 横薙ぎの一閃。ただの素振りすらも重戦車の砲撃に匹敵する、極大の質量を持った剣戟。

 

「くぅぅっ!!」

 

 

 

 

 

 ガガァァァァァンッ!!!!!

 

 大空洞が揺れ、足元の結晶が砕け散ほどの凄まじい重圧。デミ・サーヴァントの力をもってしても、まともに打ち合えば数合で腕の骨が砕け散るほどの威力だ。

 

(……やはり、ステータスが狂っている。聖杯からの無尽蔵の魔力供給。まともに打ち合うのは愚策だ。隙を作って殺るか、削り殺すしかない)

 

 

 ヴァルナの後方からの冷静な分析が、即座に行動へと移される。

 

「大蛇・漠」

 

 

 セイバーが二撃目を振り下ろそうと踏み込んだ、まさにその足元の影。

 

 巨大でドロドロとした黒蛇が顎を開いて飛び出し、セイバーの足を絡め取ろうと牙を剥く。

 

「小細工を」

 

 

 セイバーは無表情のまま、足元に魔力放出させて大蛇を吹き飛ばそうと動く。だが、その一瞬の『踏み込みの浅さ』が生まれた隙を、マシュは見逃さない。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

 マシュが盾の縁で、セイバーの胴体目掛けて強烈なシールドバッシュを叩き込む。

 

 セイバーは聖剣の腹でそれを受けるが、僅かに後退した。

 

「鵺」

 

 

「ピィィィッ!!」

 

 

 鵺が帯電した翼を羽ばたかせ、セイバーの頭上から青白い雷撃をピンポイントで落とした。

 

 

 

 

 

 

 バチィィィンッ!!

 

 セイバーの周囲を覆う魔力装甲に雷撃が弾かれるが、閃光が彼女の視界を奪い、動きをコンマ数秒鈍らせ次に繋げる。

 

 

「……円鹿」

 

 

 大蛇が、音もなく影へと還元され、それと全く同時のタイミングで、滑らかにスイッチする。背後の影から巨大な鹿の式神が静かに顕現した。

 

 

 円鹿の角から、温かな反転術式の光――純粋な生命エネルギーが波紋のように広がり、前衛で盾を構えるマシュの身体を包み込む。

 

「あ……痛みが、引いていく……」

 

 

 セイバーの重撃を受けて軋んでいたマシュの筋肉の疲労が、消耗が、一瞬にして癒やされていく。ヴァルナは鵺を上空にキープしたまま、円鹿の治癒範囲を正確にコントロールし、マシュを常に回復の圏内に置き続ける。

 

 

 マシュとセイバーのバチバチの近接戦。

 

 そこに、ヴァルナの流れるような式神のスイッチ――『大蛇の足止め』から『鵺の牽制』、そして『円鹿の回復』へと手駒を回す完璧な連携が加わり、本来なら数秒で決着がつくはずの圧倒的な戦力差を、ギリギリの均衡で成立させていた。

 

「……鬱陶しい式神だ。ならば、元を断つまで」

 

 

 セイバーオルタの冷徹な眼差しが、後方で式神を操るヴァルナへと向けられる。

 

 

 

 

 魔力放出。

 

 セイバーがマシュの盾を強引に弾き飛ばし、その反動を利用して空中に跳躍。そのまま、後方のヴァルナとオルガマリー目掛けて、漆黒の剣圧(スラッシュ)を放った。

 

 

 空間を削り取るような、巨大な黒の斬撃。

 

「ひぃっ!?」

 

「……落ち着け」

 

 

 ヴァルナは一歩も退かず、再びオルガマリーの腰を片手で抱き寄せる。

 

 

 呪力の強化を両脚に集中させ、縮地。

 

 黒い斬撃が彼らのいた場所を通り抜け、背後の巨大な結晶壁を真っ二つに両断する。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴォォォォッ!!

 

 斬撃の余波によって大空洞の天井が崩落し、車ほどの大きさの岩盤が、逃げたヴァルナたちの頭上へ幾つも降り注ぐ。

 

「上よ!!」

 

「問題ない」

 

 

 ヴァルナはオルガマリーを抱えたまま、空いた右手を頭上へと突き出した。

 

 極限まで練り上げられた呪力が、拳の周囲で青白く発光する。

 

 『黒閃』の余韻を残した、圧倒的な破壊力。

 

 

 

 

 

 ドガァァァァァンッ!!!!

 

 拳が岩盤に触れた瞬間、巨大な岩は呪力によって内側から起爆されたように粉微塵に砕け散り、砂埃となって周囲に散乱する。

 

 落ちてくる複数の岩を、ヴァルナは蹴り、肘、掌底で次々と粉砕していく。オルガマリーは彼に抱えられたまま、ただ呆然とその業を見上げることしかできなかった。

 

「マスター!!」

 

 

 体勢を立て直したマシュが、セイバーの背後から強気に攻め込む。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

 盾による連続打撃。円鹿の回復によってスタミナを全開に保ったマシュの猛攻。セイバーは振り返りざまにそれを捌くが、鵺の雷撃が再び彼女の視界を掠める。

 

(……いける。このまま削り切れる!)

 

 

「――図に乗るな」

 

 

 セイバーオルタの重心が、さらに一段深く沈んだ。

 

 周囲の黒い泥から、致死量の魔力が一瞬で聖剣へと吸い上げられる。

 

「え……?」

 

 

 マシュの英霊によりもたらされた直感が、死の危険を告げる。だが、踏み込んだ足は止まらない。

 

 

 極大の魔力を乗せた、渾身のフルスイング。

 

 

 

 

 

 

 ガギィィィィィィィッ!!!!!!!!

 

 

 大空洞の空気が弾け飛んだ。

 

 盾の防壁すらも貫通するほどの、純粋なステータスと経験の差。

 

「あ、ぁぁぁっ……!!」

 

 

 強烈すぎるノックバック。マシュの足が宙に浮き、彼女は巨大な盾ごと、まるで木の葉のように数十メートル後方へと弾き飛ぶ。

 

 

 

 地面を幾度も転がり、結晶の壁に激突してようやく止まった。

 

「マシュ!!」

 

 

 オルガマリーが叫ぶ。

 

「……終わりだ」

 

 

 セイバーオルタは容赦しない。倒れ伏したマシュへ向けて、トドメの刺突を放つべく、地面を抉りながら音速で踏み込んだ。

 

 絶対の死の間合い。衝撃で息ができず、盾を構え直すこともできない。

 

(――間に合わない)

 

 

 こちらの距離からは、どう足掻いても肉体でのカバーは不可能。

 

 

 

 だが、彼には『影』がある。

 

 ヴァルナの両手が、目にも留まらぬ速度で印を結ぶ。

 

 それと完全同期するように、マシュの目の前、セイバーの聖剣が届く数センチ手前の地面に落ちていた影が、突如として泥のように隆起した。

 

 

 実体化した真っ黒な影が「巨大な二つの手」へと変形し、『影絵』を物理的に結び上げる。

 

 

 

 

 その影絵が完成した刹那。

 

 そこを媒介として、巨大な漆黒と純白が混ざり合った魔獣――『玉犬・渾』が、斜線上に無理やり潜り込むように。

 

 遠くの影へ干渉することで可能とした、遠隔発動による召喚。

 

 

『ガアァァァァァッ!!』

 

 

 

 

 

 ガキィィィィンッ!!

 

 凄まじい金属音。圧倒的な筋力を持つ渾であっても、セイバーの一撃には押し負け、両腕の爪に深く亀裂が走る。

 

 

 だが、その一瞬の抵抗で、セイバーの剣の軌道はマシュの急所から僅かに横へと逸らされた。

 

「チッ……」

 

 

 セイバーが体勢を立て直そうとした、その完璧なタイミングで。

 

 

「鵺、落とせ!!」

 

 

 ヴァルナの怒号。

 

 上空で待機していた鵺が、渾が作ったわずかな隙。回避先へ向けて、最大出力の落雷をピンポイントで投下した。

 

 

 

 

 

 バチィィィィィンッ!!!!

 

 

「……ッ」

 

 

 セイバーオルタは舌打ちを漏らし、雷撃を避けるために後方へと大きく跳躍した。

 

 

 マシュとの間に、再び数十メートルの距離が空く。

 

「……円鹿」

 

 

 対象を退かせた鵺が、音もなく溶ける。そして巨大な鹿の式神を再召喚した。

 

「……ガァゥ……」

 

 

 渾が前衛としてマシュを庇うように立ち塞がり、顕現した円鹿がすぐさまマシュの筋肉の疲労とダメージの回復を再開する。

 

 ヴァルナもまた、オルガマリーを降ろし、前へと進み出る。

 

 

 

 

 大空洞の中央。

 

 距離を取った騎士王は、もはや小細工で削られることを良しとしない。

 

 彼女は、黒く染まった聖剣を、顔の横へと静かに、そして重々しく構えた。

 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!

 

 

 大空洞全体の空気が、悲鳴を上げる。

 

 泥の中から、空間から、無尽蔵の魔力がセイバーの剣先へと吸い上げられ、巨大な『漆黒の極光』となって天を突くように立ち上る。

 

 

 それは、星の息吹を反転させた、純粋な破壊の奔流。

 

「――卑王鉄槌(ヴォーディガーン)」

 

 

 静かな、だが確かな詠唱の開始。

 

 圧倒的な魔力差。ヴァルナの瞳にも、その光が直撃すれば、自身の呪力や式神の防御など紙屑のように蒸発し、この大空洞ごと消し飛ぶという事実が、はっきりと理解できた。

 

 

 

 特異点F、真の絶望の解放。

 

 黒き極光の王が、すべてを薙ぎ払うべく、その聖剣を振り下ろそうとしていた。

 

 

 

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