Fate/Grand Order : 冠位影法録(グランドオーダー・シャドウレコード) 作:りー037
【時刻:2004年 某月某日 ??:??】
【場所:特異点F 炎上汚染都市 冬木・円蔵山大空洞入り口】
炎上する冬木の街を抜け、一行はついにこの特異点の心臓部である「円蔵山」の山肌へと辿り着いた。
空気はもはや呼吸できる酸素というよりも、高濃度の魔力という『毒』に置き換わりつつある。肌を刺すようなプレッシャーが、一歩足を踏み出すごとに彼らの肉体と精神に重くのしかかっていた。
山の中腹、ぽっかりと開いた巨大な顎のような大空洞の入り口。
そこを目指して険しい岩肌の道を登っていた、その刹那だった。
キィィィィィンッ!!!!
音を置き去りにした、甲高く、そしてあまりにも鋭利な飛翔音。
ヴァルナの超感覚が、上空の闇から隕石のように迫り来る『死の星』を捉えた。
「――来るぞ」
ヴァルナの短い警告と同時。
「チィッ!! させねぇよ!!」
最後尾を歩いていたキャスターが、一瞬で最前線へと躍り出た。彼は持っていた杖を猛烈な速度で振り回し、空中に分厚い炎と風のルーンによる複合結界を展開する。
『灼き尽くせ、アンサズ』!!
ドゴォォォォンッ!!!!
上空から降ってきたのは、強烈な魔力を帯びた『剣(矢)』だった。
キャスターのルーンの炎と剣が激突し、凄まじい爆発が夜空を真昼のように照らし出す。だが、狙撃は一本ではなかった。
二本、三本、四本――雨霰のように、あるいは精密な誘導ミサイルのように、連射された剣の雨が容赦なく降り注ぐ。
「きゃあああっ!?」
オルガマリーが爆風に煽られ、悲鳴を上げて体勢を崩す。
「所長!! ――『仮想宝具・疑似展開』!!」
マシュが即座に前へ飛び出し、巨大な十字盾『ロード・カルデアス』を地面に突き立てた。キャスターの結界をすり抜けてきた数本の剣が、マシュの盾の表面に激突して火花を散らす。
ズガァァンッ! ガキンッ!!
凄まじい衝撃。マシュの足が岩盤を削りながら数センチ後退するが、彼女は歯を食いしばり、完全に防ぎ切った。
「ッ……邪魔だ」
ヴァルナは、降り注ぐ剣の雨の余波がオルガマリーへ届くのを瞬時に計算し、迷うことなく彼女の身体を横抱きに抱え上げた。
「えっ、ちょっと、な、なに!?」
「舌を噛むぞ」
ヴァルナの足首に極限まで圧縮された呪力が集中し、爆発。
ダンッ!! という破砕音と共に、ヴァルナはオルガマリーを抱えたまま、重力を無視したような水平跳躍で一気に数十メートル後方の岩陰へと退避した。
直後、彼らが立っていた地面に剣が突き刺さり、クレーター状に岩盤が吹き飛んだ。
「……助かったわ。でも、いきなり抱え上げるのはやめなさいよね!」
顔を真っ赤にして文句を言うオルガマリーを岩陰に降ろし、ヴァルナは平然と「歩くより速い」とだけ返した。
「――見事な防壁だ。さすがは光の御子のルーン魔術、そして、見慣れぬ盾の英霊よ」
爆煙が晴れた先。
大空洞の入り口を見下ろす高い崖の上に、赤い外套を翻す男が立っていた。
その手には黒い洋弓。理性を失った他のシャドウサーヴァントたちとは異なり、その鋼色の瞳には明確な意思と、深い絶望の色が宿っている。
「アーチャー……! なぜお前がこんなところにいる! てめえだけは正気を保っていたんじゃないのか!?」
キャスターが杖を構え、崖上の男を鋭く睨みつけた。
「正気だからこそ、ここにいるのだ」
アーチャーは冷たく、だがどこか悲哀を込めた声で答えた。
「この街はもう終わっている。……あの大聖杯が泥に汚染された時点でな。あの哀れな王は、自ら泥を被ってでも、この破綻した特異点を維持する『防人』となる道を選んだ。私は、その絶望的な結末に付き合っているにすぎない」
「付き合ってるだぁ? 笑わせるな。英霊の誇りもへったくれもねぇ、ただの心中じゃねぇか!」
キャスターのルーンが、怒りに呼応して炎を強める。
「俺はそんな陰気な幕引きはごめんだね。世界が燃えてるなら、火の元を絶つ。それだけだ!」
「理想を語るのは勝手だが、君たちにあの中へ入る資格があるか、私が試させてもらおう。――『投影、開始(トレース・オン)』」
アーチャーの両手に、陰陽一対の双剣・干将・莫耶が具現化する。
一触即発の空気。
だが、その緊迫を冷ややかに切り裂いたのは、ヴァルナの声だった。
「……時間が惜しいな」
ヴァルナは岩陰から歩み出て、足元の影を薄く広げながら言った。
「あいつの相手をしていては、大聖杯の中の『本命』が逃げるか、あるいは何らかの目的を達成するかもしれない。ここで足止めを頼めるか?」
「おう、大将の言う通りだ。……ここは俺がやる」
キャスターが、背中を向けたままヴァルナに言った。
「このすかした弓兵の顔は、どうにも俺の癇に障るんでな。因縁の相手ってやつだ。ここは俺に任せて、あんたたちは先に行け。大空洞の奥……王の元へな」
「キャスターさん……! でも、一人では!」
マシュが止めようとするが、ヴァルナは彼女の肩を掴んで制止した。
「任せるぞ、キャスター。……死ぬなよ」
「へっ、誰に言ってやがる。俺はしぶとさだけは天下一品なんだぜ」
キャスターが不敵に笑い、地を蹴って崖上のアーチャーへと跳躍した。
「行くぞ、アーチャー!!」
「狂犬め……ならば相手になろう!」
双剣と杖が激突し、火花が散る。その隙を突き、ヴァルナはマシュとオルガマリーを連れて、大空洞の闇の中へと一気に強行突破を図った。
【時刻:同日 ??:??】
【場所:冬木市・円蔵山大空洞 最奥】
大空洞の内部は、まるで巨大な生物の胃袋の中のようだった。
壁面は禍々しい紫色の魔力結晶で覆われ、足元にはドロドロとした黒い泥のようなものが脈動している。
そして、その最奥。
祭壇のような広大な空間の中央に、彼女は立っていた。
黒いゴシック調のドレス。青白い肌。
手には、赤黒い極光を纏う漆黒の聖剣。
ただそこに存在するだけで、空気が重力に押し潰されるような錯覚を覚える。魔力の密度が、今まで戦ってきた英霊たちとは文字通り『次元』が違っていた。
シャドウサーヴァントの首魁。反転せし騎士王――『セイバーオルタ』。
「……来たか、カルデアの魔術師よ」
感情を完全に削ぎ落とした、氷のような声。
「問答は不要だ。貴様らが我が玉座を脅かすというのであれば、ただ斬り伏せるのみ」
セイバーオルタは、聖剣の切先をゆっくりとヴァルナたちへ向けた。
「……問答が不要なのは同感だ」
ヴァルナは一歩前へ出た。彼の周囲に、青黒い呪力が陽炎のように立ち上る。
「マシュ。お前が前衛だ。所長は俺の背後から離れるな」
「はいっ!!」
マシュが盾を構え、セイバーオルタと真っ向から対峙する。
言葉少なに、特異点Fの最終決戦の幕が切って落とされた。
ダンッ!!
最初に動いたのはセイバーオルタだった。
黒い魔力放出を足元で爆発させ、瞬きする間もなくマシュの懐へと潜り込む。
「――シッ!!」
横薙ぎの一閃。ただの素振りすらも重戦車の砲撃に匹敵する、極大の質量を持った剣戟。
「くぅぅっ!!」
マシュが盾でそれを受ける。
ガガァァァァァンッ!!!!!
大空洞が揺れ、マシュの足元の結晶が砕け散る。凄まじい重圧。デミ・サーヴァントの力をもってしても、まともに打ち合えば数合で腕の骨が砕け散るほどの威力。
(……やはり、ステータスが狂っている。聖杯からの無尽蔵の魔力供給。まともに打ち合うのは愚策だ。隙を作って殺るか、削り殺すしかない)
ヴァルナの後方からの冷静な分析が、即座に行動へと移される。
「大蛇」
セイバーが二撃目を振り下ろそうと踏み込んだ、まさにその足元の影から。
巨大な白蛇が顎を開いて飛び出し、セイバーの足を絡め取ろうと牙を剥く。
「小細工を」
セイバーは無表情のまま、足元に魔力を放出させて大蛇を吹き飛ばした。だが、その一瞬の『踏み込みの浅さ』が生まれた隙を、マシュは見逃さない。
「はぁぁぁっ!!」
マシュが盾の縁で、セイバーの胴体目掛けて強烈なシールドバッシュを叩き込む。
セイバーは聖剣の腹でそれを受けるが、僅かに後退した。
「鵺」
さらに。ヴァルナの影から、異形の鳥が顕現、飛翔する。
「ピィィィッ!!」
鵺が帯電した翼を羽ばたかせ、セイバーの頭上から青白い雷撃をピンポイントで落とした。
バチィィィンッ!!
セイバーの周囲を覆う魔力装甲に雷撃が弾かれるが、閃光が彼女の視界を奪い、動きをコンマ数秒鈍らせる。
「……円鹿」
そして、ヴァルナの背後の影から、巨大な鹿の式神が静かに顕現した。
円鹿の角から、温かな反転術式の光――純粋な生命エネルギーが波紋のように広がり、前衛で盾を構えるマシュの身体を包み込む。
「あ……痛みが、引いていく……」
セイバーの重撃を受けて軋んでいたマシュの筋肉の疲労が、消耗が、一瞬にして癒やされていく。ヴァルナは円鹿の治癒範囲を正確にコントロールし、マシュを常に回復の圏内に置き続けていた。
マシュとセイバーのバチバチの近接戦。
そこに、ヴァルナの式神による『大蛇の足止め』『鵺の牽制』『円鹿の回復』が完璧なタイミングで加わり、本来なら数秒で決着がつくはずの圧倒的な戦力差を、ギリギリの均衡で成立させる。
「……鬱陶しい術式だ。ならば、元を断つまで」
セイバーオルタの冷徹な眼差しが、後方で式神を操るヴァルナへと向けられた。
彼女の足元から黒い泥が跳ね上がり、聖剣に漆黒の魔力が纏わりつく。
魔力放出
セイバーがマシュの盾を強引に弾き飛ばし、その反動を利用して空中に跳躍。そのまま、後方のヴァルナとオルガマリー目掛けて、漆黒の剣圧(スラッシュ)を放った。
空間を削り取るような、巨大な黒の斬撃。
「ひぃっ!?」
オルガマリーが目を覆う。
「……落ち着け」
ヴァルナは一歩も退かず、再びオルガマリーの腰を片手で抱き寄せた。
呪力の強化を両脚に集中させ、縮地。
黒い斬撃が彼らのいた場所を通り抜け、背後の巨大な結晶壁を真っ二つに両断する。
ゴゴゴゴゴォォォッ!!
斬撃の余波によって大空洞の天井が崩落し、車ほどの大きさの岩盤が、逃げたヴァルナたちの頭上へ幾つも降り注いだ。
「上よ!!」
「問題ない」
ヴァルナはオルガマリーを抱えたまま、空いた右手を頭上へと突き出した。
極限まで練り上げられた呪力が、拳の周囲で青白く発光する。
『黒閃』の余韻を残した、圧倒的な破壊力。
ドガァァァァァンッ!!!!
ヴァルナの拳が岩盤に触れた瞬間、巨大な岩は呪力によって内側から起爆されたように粉微塵に砕け散り、砂埃となって周囲に散乱した。
落ちてくる複数の岩を、ヴァルナは蹴り、肘、掌底で次々と粉砕していく。オルガマリーは彼に抱えられたまま、ただ呆然とその神業を見上げることしかできなかった。
「マスター!!」
体勢を立て直したマシュが、セイバーの背後から強気に攻め込む。
「はぁぁぁっ!!」
盾による連続打撃。円鹿の回復によってスタミナを全開に保ったマシュの猛攻。セイバーは振り返りざまにそれを捌くが、鵺の雷撃が再び彼女の視界を掠める。
(……いける。このまま削り切れる!)
マシュが確信し、最大の踏み込みで盾を打ち込もうとした、その瞬間だった。
「――図に乗るな」
セイバーオルタの重心が、さらに一段深く沈んだ。
周囲の黒い泥から、致死量の魔力が一瞬で聖剣へと吸い上げられる。
「え……?」
マシュの英霊によりもたらされた直感が、死の危険を告げる。だが、踏み込んだ足は止まらない。
極大の魔力を乗せた、渾身のフルスイング。
ガギィィィィィィィンッ!!!!!!!!
大空洞の空気が弾け飛んだ。
マシュの十字盾のど真ん中に、セイバーの聖剣が直撃する。
盾の防壁すらも貫通するほどの、純粋なステータスと経験の差。
「あ、ぁぁぁっ……!!」
強烈すぎるノックバック。マシュの足が宙に浮き、彼女は巨大な盾ごと、まるで木の葉のように数十メートル後方へと弾き飛ばされた。
地面を幾度も転がり、結晶の壁に激突してようやく止まる。
「マシュ!!」
オルガマリーが叫ぶ。
「……終わりだ」
セイバーオルタは容赦しない。倒れ伏したマシュへ向けて、トドメの刺突を放つべく、地面を抉りながら音速で踏み込んだ。
絶対の死の間合い。マシュは衝撃で息ができず、盾を構え直すこともできない。
(――間に合わない)
こちらの距離からは、どう足掻いても肉体でのカバーは不可能。
だが、彼には『影』がある。
ヴァルナの両手が、目にも留まらぬ速度で印を結ぶ。
それと完全同期するように、マシュの目の前、セイバーの聖剣が届く数センチ手前の地面に落ちていた影が、突如として泥のように隆起した。
実体化した真っ黒な影が「巨大な二つの手」へと変形し、渾を喚び出す『影絵』を物理的に結び上げる。
その影絵が完成した刹那。
そこを媒介として、巨大な漆黒と純白が混ざり合った魔獣――『玉犬・渾』が、斜線上に無理やり潜り込むようにして顕現した。
遠くの影へ干渉することで可能とした、術式の遠隔発動による召喚。
『ガアァァァァァッ!!』
渾は自らの巨体を盾にし、セイバーの聖剣の軌道上へその鋭い両爪を叩きつけた。
ガキィィィィンッ!!
凄まじい金属音。圧倒的な筋力を持つ渾であっても、セイバーの一撃には押し負け、その両腕の爪に深くヒビが入る。
だが、その一瞬の抵抗で、セイバーの剣の軌道はマシュの急所から「僅かに横へと逸らされた」。
「チッ……」
セイバーが体勢を立て直そうとした、その完璧なタイミングで。
「鵺、落とせ!!」
ヴァルナの怒号。
上空で待機していた鵺が、渾が作ったわずかな隙。回避先へ向けて、最大出力の落雷をピンポイントで投下した。
バチィィィィィンッ!!!!
「……ッ」
セイバーオルタは舌打ちを漏らし、雷撃を避けるために後方へと大きく跳躍した。
マシュとの間に、再び数十メートルの距離が空く。
「……ガァゥ……」
渾がマシュを庇うように立ち塞がり、鵺が旋回し、円鹿がマシュの回復を再開する。
ヴァルナもまた、オルガマリーを降ろし、前へと進み出た。
大空洞の中央。
距離を取った騎士王は、もはや小細工で削られることを良しとしなかった。
彼女は、黒く染まった聖剣を、顔の横へと静かに、そして重々しく構えた。
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!
大空洞全体の空気が、悲鳴を上げ始めた。
泥の中から、空間から、無尽蔵の魔力がセイバーの剣先へと吸い上げられ、巨大な『漆黒の極光』となって天を突くように立ち上る。
それは、星の息吹を反転させた、純粋な破壊の奔流。
「――卑王鉄槌」
静かな、だが確かな詠唱の開始。
圧倒的な魔力差。ヴァルナの瞳にも、その光が直撃すれば、自身の呪力強化や式神の防御など紙屑のように蒸発し、この大空洞ごと消し飛ぶという事実が、はっきりと理解できた。
特異点F、真の絶望の解放。
黒き極光の王が、すべてを薙ぎ払うべく、その聖剣を振り下ろそうとしていた。