Fate/Grand Order : 冠位影法録(グランドオーダー・シャドウレコード)   作:りー037

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特異点の終焉、あるいは始まりの絶望

【時刻:2004年 某月某日 ??:??】

 

【場所:特異点F 炎上汚染都市 冬木・円蔵山大空洞 最奥】

 

 

貫牛の絶大なる質量が空間を抉り去った後、円蔵山の大空洞は嘘のような静寂に包まれていた。

 

壁際で倒れ伏すセイバーオルタの左半身からは、黄金の魔力粒子が止めどなく溢れ出し、彼女の存在そのものがこの世界から削り取られていくことを示している。

 

圧倒的な王の敗北。それは、この狂った特異点の終焉を意味していた。

 

 

『――やった! やったよ君たち!! セイバーの霊核反応、完全な消滅を確認!!』

 

 

ヴァルナの右腕の端末から、ロマニ・アーキマンの歓喜に上ずった声が大音量で飛び出してきた。

 

『同時に、大空洞の奥から莫大な魔力結晶の反応を検知した! 特異点の原因である「聖杯」だ! 特異点の崩壊が始まる前に、それを回収すれば僕たちの勝利だ!!』

 

通信機の向こう側で、カルデアの管制室に残された数少ないスタッフたちが歓声を上げているのが聞こえる。

 

 

「マスター!!」

 

 

後方の安全圏で待機していたマシュが、盾を放り出し、涙目で駆け寄ってきた。

 

彼女の足取りはフラフラで、全身にセイバーの重撃を受けたダメージが残っているが、その紫色の瞳には希望と安堵の光が満ち溢れていた。

 

「マスター、お怪我は!? 大丈夫ですか……!」

 

「問題ない。少し、呪力を使いすぎただけだ」

 

 

ヴァルナは片膝をついたまま、荒い息を整えながら答えた。

 

強がりではないが、限界であることは確かだった。特異点到着からの連戦、バーサーカーへの領域展開、そして極の番『冥府神体』の駆動と、貫牛の最大出力の維持。それらが彼の体内の呪力を最後の一滴まで絞り尽くしており、今は立ち上がることすら億劫なほどの鉛のような疲労が全身を覆っている。

 

 

「……信じられない。アンタ、本当にあの化け物を、たった一人で倒しちゃったのね……」

 

 

マシュに遅れて、オルガマリーがふらつく足取りで歩み寄ってきた。

 

彼女の顔は煤と涙と泥で汚れ、アニムスフィアの当主としての威厳などとうに失われていたが、その表情には、極限の死の恐怖から解放された、ひとりの少女としての純粋な安堵が浮かんでいた。

 

 

「ふふっ……はははっ! やったわ、これで特異点は修復される! 帰れる、カルデアに帰れるのよ! 私の指揮の賜物ね! もちろん、アンタたちの働きも褒めてあげるわ!」

 

 

 

オルガマリーは涙を拭いながら、強がって高笑いをした。

 

ヴァルナはその言葉に微かに口角を上げ、ゆっくりと立ち上がろうとした。

 

 

 

その時である。

 

 

「……お前たちの、勝利か」

 

黄金の粒子となって消えゆくセイバーオルタの唇が、最期に微かに動いた。

 

「だが、これで終わったと思うな……。これは、ほんの序章に過ぎない……。我々は、すでに……グランドオーダーを……」

 

 

謎めいた、だが致命的な意味を孕んだ言葉の断片。

 

それを言い残し、反転せし騎士王は完全に光の塵となって大空洞の闇へと溶け落ちた。

 

「グランドオーダー…… なんであのサーヴァントが」

 

 

オルガマリーが怪訝な顔をするが、その言葉の意味を考える暇は、彼らには与えられなかった。

 

 

 

「よぉ! 終わったみたいだな、大将!」

 

 

背後から、聞き慣れた野性的な声が響いた。

 

大空洞の入り口から、杖を肩に担いだキャスター(クー・フーリン)が、悠然と歩いてくる。彼の青い装束のあちこちには、無数の切り傷や焦げ跡が刻まれていた。アーチャーとの凄絶な死闘の痕跡だ。

 

 

「アーチャーはどうした?」

 

 

ヴァルナが問うと、キャスターは満足げに笑った。

 

「あぁ、俺のルーンで丸焼きにしてやったよ。アイツも最後は納得したような顔で消えていきやがった。……そっちも、どうやらあの黒い王様を叩き潰したみたいだな」

 

 

キャスターは、満身創痍のヴァルナを見て、深く、深く頷いた。

 

「俺の目に狂いはなかった。お前さんは、とんでもねぇマスターだ。これで、この街の狂った夜もようやく明ける」

 

キャスターの足元から、ふわりと金色の粒子が舞い上がり始めた。

 

「キャスターさん……体が……」

 

 

マシュがハッとして声を上げる。

 

「あぁ。大元が消えちまったからな。特異点が修復されれば、俺たち現地のサーヴァントは退去するしかねぇ。……短い間だったが、楽しかったぜ」

 

 

キャスターは光に包まれながら、ヴァルナとマシュに向けてニカッと笑った。

 

「まともなマスターと一緒に戦えて、最高だった。……じゃあな、大将。嬢ちゃんも、その盾でマスターをしっかり守り抜けよ!」

 

「はい……! ありがとうございました、キャスターさん!」

 

 

マシュが深く頭を下げる。

 

「……あんたのルーン、悪くなかった」

 

ヴァルナの短い賞賛の言葉に、キャスターは「へっ」と満足そうに笑い、そのまま完全な光となって冬木の世界から退去していった。

 

 

 

大空洞に残されたのは、ヴァルナ、マシュ、オルガマリーの三人。

 

そして、祭壇の奥で禍々しい光を放つ、魔力結晶の塊――『聖杯』だけとなった。

 

「終わった……本当に終わったのね。さあ、早くあの聖杯を回収するわよ! トリスメギストスの演算があれば、カルデアはすぐにでも再建できるわ!」

 

 

オルガマリーが聖杯に向かって歩き出そうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

――パチパチパチパチ。

 

 

 

 

 

 

不意に、乾いた拍手の音が大空洞に響き渡った。

 

「素晴らしい。予想以上の成果だ。よくやってくれたね、マシュ。そして、オルガマリー」

 

 

 

全員の動きが、凍りついた。

 

その声は、通信機から聞こえたものではない。大空洞の奥、空間が歪み、まるでそこに最初から立っていたかのように、一人の男が姿を現したのだ。

 

 

緑色のコート、シルクハット。

 

 

優しげで、しかしどこか人間味の欠落した作り物めいた笑顔。

 

 

カルデアの技術部門トップ、レフ・ライノール。

 

 

「レ、レフ……!? なんで貴方がここに……っ!?」

 

 

オルガマリーが目を丸くし、歓喜と混乱の入り混じった声を上げる。

 

「生き、ていたの!? よかった、カルデアの爆発で貴方も死んだかと思って……でも、どうやって特異点にレイシフトを……?」

 

 

 

ヴァルナは、動かなかった。

 

極度の疲労で動けないというのもあったが、彼の研ぎ澄まされた直感が、目の前に現れた男から「かつてないほどの底知れない悪意」を感じ取っていたからだ。カルデアで握手をした際に感じた微かな違和感が、今、最悪の形で実体化して目の前にある。

 

「レイシフトなどしていないとも。私は最初から、ここにいたのだから」

 

 

レフはオルガマリーの問いに優雅に答えながら、祭壇の上に浮かぶ『聖杯』へと手を伸ばした。

 

彼の手が触れた瞬間、巨大な魔力結晶はシュルリと縮み、彼の手の中に収まる小さな黄金の杯へと変化した。

 

「これは私が回収させてもらうよ。せっかくの特異点が、君たちのようなイレギュラーに破壊されてしまったのは計算外だったが……まあいい。この時代はすでに燃え尽き、役割は終えた」

 

「……レフ? 貴方、何を言っているの……? 」

 

 

 

オルガマリーが後ずさる。マシュもまた、本能的な恐怖を感じて盾を構え直した。

 

「言葉通りの意味だよ、所長。用済みだ」

 

 

レフが指を鳴らすと、彼とオルガマリーの間にあった空間が、突如として丸く切り取られるように歪んだ。

 

虚空に開いた窓。その向こう側に見えたのは、カルデアの中央管制室だった。

 

しかし、そこに映っていたのは、彼らが知る清浄な青い地球環境モデルではない。

 

真っ赤に燃え盛り、炭火のように黒く焦げついた、無残な『カルデアス』の姿だった。

 

 

「見給え。これが君たちの未来だ。既に人類は焼却されている。君たちがいくらこの特異点を修復したところで、二〇一五年の未来は存在しないのだよ」

 

 

 

レフは、恍惚とした表情で赤く染まった地球を見上げた。

 

 

「そんな……ウソよ。人類が、焼却……?」

 

オルガマリーは膝から崩れ落ちた。彼女の拠り所であったカルデアの使命、アニムスフィアの誇りが、根底から粉砕された瞬間だった。

 

「そして、オルガマリー。君にも事実を教えてあげよう」

 

 

 

レフの笑みが、残酷な三日月の形に歪む。

 

「君の肉体は、あのカルデアの爆発の瞬間に、既に完全に死んでいるのだよ」

 

「……えっ?」

 

「君の魔術師としての執念が、意識体(ゴースト)となってレイシフトに乗っただけの話だ。元の肉体が存在しない以上、君はカルデアに帰還した瞬間、意識すら保てずに消滅する運命にある」

 

「ウ、ソ……私が、死んでる……?」

 

 

オルガマリーは自分の両手を見つめ、ガタガタと震え出した。

 

 

「本当に、憐れで無能な所長だったよ。だが、君の最期には、私が最高の花道を飾ってあげよう」

 

 

 

レフが冷酷に腕を振り下ろした。

 

 

「最後に、君の宝物に触れるといい」

 

「――っ!?」

 

 

その瞬間、オルガマリーの身体が、見えない力によって宙へと浮き上がった。

 

重力を失った彼女の身体は、虚空に開かれた窓――真っ赤に燃え盛るカルデアスへと向かって、猛烈な勢いで吸い寄せられていく。

 

カルデアスは、超高密度のエネルギーの塊。いわば擬似的なブラックホールである。生身の意識体がそこに触れれば、分子レベルで分解され、永遠の苦痛を味わいながら燃え尽きる。

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

オルガマリーが、絶望と恐怖に顔を歪め、空中で手足をバタバタと溺れるようにもがいた。

 

「嫌、嫌ぁぁっ! 助けて! 誰か、誰か私を助けてぇぇぇっ!!!!」

 

 

 

彼女が伸ばした手。

 

 

誰にも届かない虚空の先。

 

 

「所長!!」

 

 

マシュが絶叫して飛び出そうとするが、彼女の疲弊しきった身体では間に合わない。

 

 

(――届かせる)

 

 

 

 

その時、大空洞の地面を蹴り砕く音が響いた。

 

ヴァルナ・クロスだった。

 

 

呪力は、ほぼ枯渇し、細胞は悲鳴を上げ、膝の靭帯は切れかかっている。

 

 

だが、彼はその極限の疲労のすべてを完全に『無視』した。

 

脳のリミッターを強引に外し、千切れる筋肉の反動だけで、虚空へと吸い込まれていくオルガマリーの元へと跳躍したのだ。

 

 

「……!」

 

 

ヴァルナの長く美しい指が、虚空を掴むように伸びる。

 

オルガマリーの涙に濡れた絶望の瞳と、ヴァルナの硝子のような瞳が交差する。

 

 

 

あと数十センチ。あと数センチ。

 

 

 

指先が、彼女の指に触れようとした、まさにその刹那。

 

 

「……チッ。邪魔をするな、異物」

 

レフ・ライノール――否、彼の中に潜む魔神柱フラウロスが、忌々しそうに舌打ちをした。

 

レフの指先から、音を置き去りにした紫色の極太の魔力光線が放たれた。

 

 

 

 

普段のヴァルナであれば、いかなる体勢からでもそれを防ぐか、あるいは躱すことができただろう。

 

だが、現在の彼は呪力を一滴残らず使い果たし、さらに意識のすべてを『オルガマリーを掴むこと』に完全に集中させていた。

 

その極限の疲労と執着が、彼の超人的な直感と判断力を、ほんのコンマ一秒だけ鈍らせた。

 

 

 

ズバァァァァァァァァッ!!!!

 

 

 

 

「――ガ、ハッ……!!」

 

 

 

紫色の光線が、ヴァルナの右肩から鎖骨にかけてを完全に貫通した。

 

 

肉が焼け焦げ、骨が砕け散る絶大な激痛。

 

 

空中でヴァルナの口から大量の鮮血が吐き出され、彼の身体のバランスが完全に崩れる。

 

 

伸びていた彼の右手は。

 

 

オルガマリーの指先を、わずか一ミリ掠めただけで、空しく虚空を掻いた。

 

 

 

「あ――」

 

 

 

オルガマリーの身体が、真っ赤なカルデアスの中へと完全に飲み込まれた。

 

 

「あ、アァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」

 

 

分子レベルで肉体と魂が分解される、想像を絶する断末魔の悲鳴が、大空洞に響き渡る。それすらも数秒で掻き消え、後にはカルデアスの無慈悲な赤い炎だけが残された。

 

 

「……所、長……?」

 

 

マシュが、へたり込みながら信じられないものを見るように呟く。

 

 

「ふはははははっ! 素晴らしい悲鳴だ! これで少しはせいせいしたよ!」

 

 

 

レフは恍惚とした笑い声を上げ、聖杯を掲げた。

 

 

「マスター!!」

 

肩から大量の血を流し、地面に墜落したヴァルナへマシュが駆け寄る。

 

ヴァルナは激痛に顔を歪めながらも、ゆっくりと立ち上がろうとした。その瞳の奥には、かつてないほどの昏く、冷たい殺意が渦巻いている。

 

 

 

『空間崩壊が始まる!! マシュ、新人君!! 強制レイシフトプログラム、起動するよ!!』

 

 

 

ロマニの切羽詰まった声が、空間の歪みを切り裂いて響いた。

 

大空洞の天井が崩れ、世界が光の粒子となって崩壊していく。

 

 

「また会おう、カルデアの残党。我々の七つの特異点(グランドオーダー)で、人類は完全に焼却されるのだから」

 

 

レフの姿が、空間の歪みの中に消えていく。

 

同時に、ヴァルナとマシュの身体を、レイシフトの強烈な純白の光が包み込んだ。

 

 

「……ッ」

 

 

ヴァルナ・クロスは、右肩から血を滴らせながら、決してその目を閉じなかった。

 

届かなかった少女の手。

 

赤い地球に飲まれた彼女の最期の姿。

 

そして、あの忌まわしい男の笑顔。

 

感情の起伏がないとされた孤高の呪術師の心に、消えることのない明確な『殺意の楔』が打ち込まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

特異点F、炎上汚染都市・冬木。

 

彼らの最初の戦いは、勝利という名の絶望と共に終わりを告げ、彼らは光の奔流の中をカルデアへと帰還していく。

 

人類を取り戻すための、遥かなる旅路が、今ここに幕を開けたのだ。

 

 

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