Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード)   作:りー037

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【十一節】特異点の終焉、あるいは始まりの絶望

 貫牛の絶大なる質量が空間を抉り去った後、円蔵山の大空洞は嘘のような静寂に包まれていた。

 

 壁際で倒れ伏すセイバーオルタの左半身からは、黄金の魔力粒子が止めどなく溢れ出し、彼女の存在そのものがこの世界から削り取られていくことを示している。

 

 

 圧倒的な王の敗北。それは、この狂った特異点の終焉を意味していた。

 

『――やった! やったよ君たち!! セイバーの霊核反応、完全な消滅を確認!!』

 

 

 ヴァルナの右腕の端末から、ロマニ・アーキマンの歓喜に上ずった声が大音量で飛び出してきた。

 

『大空洞の奥から莫大な魔力結晶の反応を検知した! 特異点の原因である「聖杯」だ! 特異点の崩壊が始まる前に、それを回収すれば僕たちの勝利だ!!』

 

 

 通信機の向こう側で、カルデアの管制室に残された数少ないスタッフたちが歓声を上げているのが聞こえる。

 

「マスター!!」

 

 

 後方の安全圏で待機していたマシュが、盾を放り出し、涙目で駆け寄ってきた。

 

 彼女の足取りはフラフラで、全身にセイバーの重撃を受けたダメージが残っているが、その紫色の瞳には希望と安堵の光が満ち溢れている。

 

「マスター、お怪我は!? 大丈夫ですか……!」

 

「問題ない。少し、呪力を使いすぎただけだ」

 

 

 ヴァルナは片膝をついたまま、荒い息を整えながら答えた。

 

 強がりではないが、限界であることは確かだった。特異点到着からの連戦、バーサーカーへの領域展開、そして極の番『冥府神体』の駆動と、貫牛の最大出力の維持。それらが彼の体内の呪力を最後の一滴まで絞り尽くしており、今は立ち上がることすら億劫なほどの鉛のような疲労が全身を覆っている。

 

「……信じられない。アンタ、本当にあの化け物を、たった一人で倒しちゃったのね……」

 

 

 マシュに遅れて、オルガマリーがふらつく足取りで歩み寄ってきた。

 

 彼女の顔は煤と涙と泥で汚れ、アニムスフィアの当主としての威厳などとうに失われていたが、その表情には、極限の死の恐怖から解放された、ひとりの少女としての純粋な安堵が浮かんでいる。

 

「ふふっ……はははっ! やったわ、これで特異点は修復される! 帰れる、カルデアに帰れるのよ! 私の指揮の賜物ね! もちろん、アンタたちの働きも褒めてあげるわ!」

 

 

 オルガマリーは涙を拭いながら、強がって高笑いをした。

 

 ヴァルナはその言葉に微かに口角を上げ、ゆっくりと立ち上がろうとする。

 

 

 その時である。

 

「……お前たちの、勝利か」

 

 

 黄金の粒子となって消えゆくセイバーオルタの唇が、最期に微かに動いた。

 

「だが、これで終わったと思うな……。これは、ほんの序章に過ぎない……。我々は、すでに……グランドオーダーを……」

 

 

 謎めいた、だが致命的な意味を孕んだ言葉の断片。

 

 それを言い残し、反転せし騎士王は完全に光の塵となって大空洞の闇へと溶け落ちた。

 

「グランドオーダー…… なんであのサーヴァントが」

 

 

 オルガマリーが怪訝な顔をするが、その言葉の意味を考える暇は、彼らには与えられなかった。

 

「よぉ! 終わったみたいだな、大将!」

 

 

 背後から、聞き慣れた野性的な声が響いた。

 

 大空洞の入り口から、杖を肩に担いだキャスター(クー・フーリン)が、悠然と歩いてくる。彼の青い装束のあちこちには、無数の切り傷や焦げ跡が刻まれていた。アーチャーとの凄絶な死闘の痕跡だ。

 

「アーチャーはどうした?」

 

「あぁ、俺のルーンで丸焼きにしてやったよ。アイツも最後は納得したような顔で消えていきやがった。……そっちも、どうやらあの黒い王様を叩き潰したみたいだな」

 

 

 キャスターは、満身創痍のヴァルナを見て、深く、深く頷いた。

 

「俺の目に狂いはなかった。お前さんは、とんでもねぇマスターだ。これで、この街の狂った夜もようやく明ける」

 

 

 キャスターの足元から、ふわりと金色の粒子が舞い上がり始める。

 

「キャスターさん……体が……」

 

 

 マシュがハッとして声を上げる。

 

「あぁ。大元が消えちまったからな。特異点が修復されれば、俺たち現地のサーヴァントは退去するしかねぇ。……短い間だったが、楽しかったぜ」

 

 

 キャスターは光に包まれながら、ヴァルナとマシュに向けてニカッと笑った。

 

「まともなマスターと一緒に戦えて、最高だった。……じゃあな、大将。嬢ちゃんも、その盾でマスターをしっかり守り抜けよ!」

 

「はい……! ありがとうございました、キャスターさん!」

 

 

 マシュが深く頭を下げる。

 

「……あんたのルーン、悪くなかった」

 

 

 ヴァルナの短い賞賛の言葉に、キャスターは「へっ」と満足そうに笑い、そのまま完全な光となって冬木の世界から退去していった。

 

 

 大空洞に残されたのは、ヴァルナ、マシュ、オルガマリーの三人。

 

 そして、祭壇の奥で禍々しい光を放つ、魔力結晶の塊――『聖杯』だけとなった。

 

「終わった……本当に終わったのね。さあ、早くあの聖杯を回収するわよ! トリスメギストスの演算があれば、カルデアはすぐにでも再建できるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――パチパチパチパチ。

 

 不意に、乾いた拍手の音が大空洞に響き渡った。

 

「素晴らしい。予想以上の成果だ。よくやってくれたね、マシュ。そして、オルガ」

 

 

 全員の動きが、凍りついた。

 

 その声は、通信機から聞こえたものではない。大空洞の奥、空間が歪み、まるでそこに最初から立っていたかのように、一人の男が姿を現したのだ。

 

 

 緑色のコート、シルクハット。

 

 優しげで、しかしどこか人間味の欠落した作り物めいた笑顔。

 

 カルデアの技術部門トップ、レフ・ライノール。

 

「レ、レフ……!? なんで貴方がここに……っ!?」

 

 

 オルガマリーが目を丸くし、歓喜と混乱の入り混じった声を上げる。

 

「生き、ていたの!? よかった、カルデアの爆発で貴方も死んだかと思って……でも、どうやって特異点にレイシフトを……?」

 

 

 ヴァルナは、動かない。

 

 極度の疲労で動けないというのもあったが、彼の研ぎ澄まされた直感が、目の前に現れた男から「かつてないほどの底知れない悪意」を感じ取っていたからだ。カルデアで握手をした際に感じた微かな違和感が、今、最悪の形で実体化して目の前にある。

 

「レイシフトなどしていないとも。私は最初から、ここにいたのだから」

 

 

 レフはオルガマリーの問いに優雅に答えながら、祭壇の上に浮かぶ『聖杯』へと手を伸ばした。

 

 彼の手が触れた瞬間、巨大な魔力結晶はシュルリと縮み、彼の手の中に収まる。

 

「これは私が回収させてもらうよ。せっかくの特異点が、君たちのようなイレギュラーに破壊されてしまったのは計算外だったが……まあいい。この時代はすでに燃え尽き、役割は終えた」

 

「……レフ? 貴方、何を言っているの……? 」

 

 

 オルガマリーが後ずさる。マシュもまた、本能的な恐怖を感じて盾を構え直した。

 

「言葉通りの意味だよ、所長。用済みだ」

 

 

 レフが指を鳴けると、彼とオルガマリーの間にあった空間が、突如として丸く切り取られるように歪んだ。

 

 虚空に開いた窓。その向こう側に見えたのは、カルデアの中央管制室だった。

 

 

 しかし、そこに映っていたのは、彼らが知る清浄な青い地球環境モデルではない。

 

 真っ赤に燃え盛り、炭火のように黒く焦げついた、無残な『カルデアス』の姿だった。

 

「見給え。これが君たちの未来だ。既に人類は焼却されている。君たちがいくらこの特異点を修復したところで、二〇一五年から先の未来は存在しないのだよ」

 

 

 レフは、恍惚とした表情で赤く染まった地球を見上げた。

 

「そんな……ウソよ。人類が、焼却……?」

 

 

 オルガマリーは膝から崩れ落ちた。彼女の拠り所であったカルデアの使命、アニムスフィアの誇りが、根底から粉砕された瞬間。

 

「そして、君にも事実を教えてあげよう」

 

 

 レフの笑みが、残酷な三日月の形に歪む。

 

「君の肉体は、あのカルデアの爆発の瞬間に、既に完全に死んでいるのだよ」

 

「……えっ?」

 

「君の魔術師としての執念が、意識体(ゴースト)となってレイシフトに乗っただけの話だ。元の肉体が存在しない以上、君はカルデアに帰還した瞬間、意識すら保てずに消滅する運命にある」

 

「ウ、ソ……私が、死んでる……?」

 

 

 オルガマリーは自分の両手を見つめ、ガタガタと震え出した。

 

「本当に、憐れで無能な所長だったよ。だが、君の最期には、私が最高の花道を飾ってあげよう」

 

 

 レフが冷酷に腕を振り下ろした。

 

 

「最後に、君の宝物に触れるといい」

 

「――っ!?」

 

 

 レフ・ライノールが冷酷に腕を振り下ろした瞬間、オルガマリーの身体が見えない力によって宙へと浮き上がった。

 

 重力を失った彼女の身体は、虚空に開かれた窓――真っ赤に燃え盛るカルデアスへと向かって、猛烈な勢いで吸い寄せられていく。

 

「嫌、嫌ぁぁっ! 助けて! 誰か、誰か私を助けてぇぇぇっ!!!!」

 

 

 

 彼女が伸ばした手。

 

 誰にも届かない虚空の先。

 

(――届かせる)

 

 

 大空洞の地面を蹴り砕く音が響いた。

 

 

 ヴァルナ・クロスだ。

 

 呪力はほぼ枯渇し、細胞は悲鳴を上げている。だが彼は、脳のリミッターを強引に外し、千切れる筋肉の反動だけで虚空へと跳躍した。

 

 

 空中で、オルガマリーの涙に濡れた絶望の瞳と、ヴァルナの硝子のような瞳が交差する。

 

 

 

 あと数十センチ。

 

 彼の指先が、彼女の指に触れようとした、まさにその刹那。

 

「……チッ。邪魔をするな、異物」

 

 

 レフの指先から、音を置き去りにした紫色の極太の魔力光線(レーザー)が放たれた。

 

 無防備なヴァルナの右肩を撃ち抜かんとする、必殺の奇襲。

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 ヴァルナの視線が、オルガマリーから一瞬だけ外れ、レフを射抜く。

 

「――っ!?」

 

 

 ゾクリ、と。

 

 高次元の悪魔であるはずのレフ・ライノールの背筋に、理解不能な悪寒が走った。

 

 

 それは、ただの人間が向けていいはずのない、純粋で絶対的な「殺意の塊」。深淵の泥よりも昏い瞳に見つめられた瞬間、レフは己の放った一撃が「届かない」ことを直感させられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極限状態に置かれたヴァルナの脳は、思考を介さず、感覚だけで戦場のすべてを支配した。

 

 彼の右手の甲に刻まれた赤い聖痕が、脈打つように激しく発光する。

 

 

 

 

 

 彼が下した命令は、極めてシンプル。

 

『――来い』

 

 

 

 その言葉の意味を、マシュの脳裏に宿る英霊の直感が完全に理解する。

 

 令呪による、対象の空間転移。

 

 

 

 

 光が弾けた。

 

 放たれた紫色のレーザーがヴァルナの肉体を貫く前。彼の真横、いや、彼とレーザーの完全な射線上の空中に、彼女は出現した。

 

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ガガァァァァァァァァンッ!!!!

 

 紫の光線が、白亜の盾に激突する。

 

 だが、ここは空中。踏ん張るための大地がない。

 

「くっ……!」

 

「耐えろ」

 

 

 

 ヴァルナの左腕が、後退してきたマシュの細い腰を背後から力強く抱き留める。

 

 同時に、空いた右手を盾の縁に添え、純粋な筋力でレーザーの絶大な圧力を受け止める。

 

 

 

 

 ジリッ、ジリィィッ!!

 

 盾の縁を掴むヴァルナの指先が焼け焦げ、皮膚が爆ぜる。だが彼は歯を食いしばり、空中でマシュの体を完全な『壁』として固定しきった。

 

 

 

 光線が弾け散り、防御に成功する。

 

 しかし、その一瞬の停滞の間に、カルデアスへと吸い込まれるオルガマリーとの距離は非情にもさらに遠のいていく。

 

 

 空中で落下が始まる。このままでは届かない。

 

「マシュ!!」

 

「はいっ!!」

 

 

 

 言葉は要らない。土壇場での息もつかせぬ完璧な連携。

 

 マシュは空中で自身の身体を捻り、巨大な盾を思い切り下段へと振りかぶる。

 

 

 ヴァルナは落下しながら、その盾の平面へと両足を乗せ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 マシュが渾身の筋力で盾をカチ上げる。

 

 それを足場(スプリング)にして、ヴァルナが限界を超えた脚力で蹴り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 ドガァァァァンッ!!

 

 

 空気を砕く音と共に、ヴァルナの身体が砲弾となって虚空へとカッ飛ぶ。

 

 燃え盛るカルデアスの引力に抗い、真っ赤な炎の直前で。

 

「……ッ、ヴァ、ルナぁぁぁっ!!」

 

 

 彼女が初めて、涙を流しながら彼の名を呼んだ。

 

 

 伸ばされた彼女の小さな手を。

 

 ヴァルナの右手が、力強く、そして絶対に離さないとばかりにガシリと掴み取る。

 

「あ……」

 

 

 そのまま彼女の身体を強引に引き寄せ、空いた左手で彼女の肩に腕を回す。

 

 引力に抗うように。あるいは、彼女の恐怖をすべて塗り潰すように。ヴァルナはオルガマリーを自身の胸の中へと深く沈め込み、力強く抱きしめた。

 

「捕まってろ」

 

「……っ、うん……っ!!」

 

 

 オルガマリーは彼の胸に顔を埋め、その服を震える手で強く握りしめた。

 

「チィッ!! 忌々しい真似を!!」

 

 

 先ほどの悪寒を振り払うように、レフが怒りに顔を歪める。

 

 彼は指先から、さらに複数の紫色の魔力弾を空中へと連射する。それは、空中で身動きの取れない二人をまとめて粉砕する死の雨。

 

「マスター!! 所長!!」

 

 

 落下していくマシュの絶望の叫びが木霊する。

 

 

 だが、ヴァルナはオルガマリーを抱きしめたまま、空中でさっと体勢を反転させた。

 

 

 呪力は完全に枯渇している。防御するための強化など、一枚も張られていない。

 

 

 

 

 

 

 ズドォォンッ!! ズガァァァァンッ!!!!

 

「……ガ、ァァァァッ!!」

 

 

 数発の魔力弾が、ヴァルナを容赦なく打ち据えた。

 

 鮮血が冬木の空に派手に舞い散る。肉が裂け、骨が悲鳴を上げる。

 

「 血、血が……っ!」

 

「動くな」

 

 

 腕の中のオルガマリーが血の匂いに気づいて悲鳴を上げるが、ヴァルナはギリギリの状態で彼女を離さず、左腕でさらにがっしりと抱きしめる。

 

 自身の肉を削り、盾とすることで、彼はオルガマリーの意識体(ゴースト)を魔力弾の雨から完全に守り抜いた。

 

 

 だが、彼女を物理的に庇い切ったとしても、このままでは何の意味もないことを、彼はすでに理解している。

 

 (……器が、ない)

 

 

 いくらこの特異点で彼女の魂を救い出したところで、帰還すべき肉体が存在しない以上、レイシフトが完了した瞬間に彼女の意識は世界に定着できず消滅する運命にある。

 

 

 

 それでは、意味がない。

 

 せっかく彼が自身の『快楽』と『美意識』に従い、必死に立とうとしていたこの少女の軌道を変えたというのに、その結末が虚無の消滅では到底納得できない。

 

 

 

 しかし、ヴァルナ・クロスには狙いがあった。

 

 (万能の願望機、『聖杯』……)

 

 

 地下の拠点で作戦会議をした際、彼がデモニッションのようなものと定義した、事象を形にする超巨大魔術装置。

 

 

 

 

 

 

 彼は血反吐を吐きながらも、空中でただ一人、己の右腕だけをレフ・ライノールへと向ける。

 

 

 

 引き絞る。

 

 残された最後の生命力、痛覚、そして燃え盛るような『負の感情』のすべてを、呪いへと変換する。

 

(殺る)

 

 

 

 冷徹で、絶対的な殺意。

 

 だが、右腕だけでは式神を召喚するための『影絵』が作れない。

 

 

 

 ならば。

 

 彼の意志に応えるように、彼自身の黒いコートの『裾の影』が、まるで生き物のようにウネウネと蠢き、せり上がる。

 

 実体化した影が、空中で精巧な『左手』を形成した。

 

 

 

 己の生身の右手と、影で作られた左手。

 

 その二つを胸の前で重ね合わせ、両親指を交差させる。

 

 

 呪術師の執念が成した、土壇場の結印。

 

「――鵺」

 

 

 直後、ヴァルナの右手の令呪が、焼けるような熱を帯びて激しく発光した。

 

 それが最後の魔力リソースとして使用されたのか、奇跡の代償だったのか、今の彼に確認する余裕などない。

 

 

 

 視界はすでにブラックアウト寸前。意識は泥のように混濁している。

 

 それでも、ただ目の前の敵を粉砕することだけに全神経を注ぎ込む。

 

 

 周囲の世界が、深い影に沈んでいくような錯覚。

 

「なっ……バカな、まだそんな力が!?」

 

 

 

 

 

 

 

 バチィィィィィィィィンッ!!!!

 

 

 鼓膜を劈く雷鳴。

 

 その衝撃で、レフの焼け焦げた腕から、回収されたはずの『聖杯』――黄金の魔力結晶の欠片がこぼれ落ち、宙を舞う。

 

 

 

 

 意識が、途切れる。

 

 背中の激痛も、腕の感覚も、すべてが薄れていく。

 

 

 だが、ヴァルナの無意識は、その黄金の欠片の軌道を正確に捉えていた。

 

(……あれが、必要だ)

 

 

 

 

『空間崩壊が始まる!! 間に合ってくれ……強制レイシフトプログラム、起動するよ!!』

 

 

 

 ロマニの切羽詰まった通信が、崩れゆく世界に響き渡る。

 

 大空洞の天井が崩落し、冬木の特異点そのものが光の粒子となって消滅していく。

 

「マスター!! 所長ぉぉっ!!」

 

 

 地上に降り立ったマシュが、空中の二人に向かって手を伸ばす。

 

 そして、圧倒的な純白の光――レイシフトの奔流が、彼らの身体を完全に包み込んだ。

 

 ヴァルナ・クロスは、血に染まった身体で少女を抱きしめたまま、その意識を深い暗闇の中へと手放す。

 

 

 

 

 特異点F、炎上汚染都市・冬木。

 

 絶望で終わるはずだった結末は、ひとりの呪術師の執念によって書き換えられた。

 

 

 失われるはずだった光を繋ぎ止め、彼らはカルデアへと帰還していく。

 

 人類の未来を取り戻すための、血塗られ、しかし希望に満ちた遥かなる旅路が、今ここに幕を開けたのだ。

 

 

 




 『しかし、ヴァルナ・クロスには狙いがあった。』

 ということで、帰還しました。
次の一話で、特異点Fの話は終了!!その後、閑話を三話くらい挟んで第一特異点いきます。
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