Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード) 作:りー037
右半身をごっそりと食い破られ、瓦礫の中で血の海に沈む処刑人サンソン。
胸を貫かれ、完全に戦闘不能に陥り沈黙するフランス騎士デオン。
たった一人の人間の反撃によって、一瞬にして戦局が書き換えられた焦土の街。
だが、ヴァルナ・クロスの冷徹な視線は、一切のブレなく『次の最適解』である黒い狂騎士へと固定されていた。
(……一瞬で決める)
ドンッ!!!!
ヴァルナの足首に極限まで圧縮された呪力が爆発し、石畳がクレーターのように陥没する。
彼の長身が、先ほどの攻防で左腕をへし折られ体勢を崩している片腕のランスロットへ向けて、砲弾のような速度で一直線に特攻を仕掛けた。
「させ、るかァァァァァッ!!」
腹部の激痛で立ち上がることすらままならない状態でありながら、彼女は強引に漆黒の旗を振りかざし、ヴァルナの進行ルートを完全に塞ぐようにして、地獄の業火に等しい巨大な炎の津波を発生させる。
だが、ヴァルナは突進の速度をミリ秒たりとも緩めない。
回避すらしない。彼は炎に向かって直進しながら、胸の前で流れるように両手を組み合わせる。
「――鵺」
走りながらの、印の構築。
彼の足元の影から、骸骨の面を被った異形の巨鳥が飛翔する。鵺はヴァルナの頭上を飛び越え、オルタの放った炎の津波に向かって真っ向から突進した。
バチバチバチッ!! という鼓膜を劈く放電音と共に、鵺の両翼から青白い紫電が迸る。雷撃が炎の壁に接触した瞬間、大気を震わせるほどの水蒸気爆発が引き起こされ、分厚い炎の津波に一瞬の『風穴』が空く。
「行け」
ヴァルナの短く、冷酷な命令。
その炎の風穴を通り抜けたのは、ヴァルナ自身ではない。彼の背後で待機していた巨大な獣――『玉犬・渾』。
黒と白が混ざり合った弾丸となって炎を突き抜けた玉犬は、そのままの勢いでジャンヌ・オルタの眼前へと迫り、その鋭い牙と爪で彼女を完全に制圧にかかる。空からは鵺の雷撃、地上からは玉犬の猛攻。二体の式神による息もつかせぬ波状攻撃により、オルタの妨害行動は完全に粉砕された。
「おのれ、おのれェェェッ!! ヴラド、カーミラ!! 何をしているの、あの男を止めなさい!!」
玉犬の爪を漆黒の剣で辛うじて防ぎながら、オルタが金切り声で残る二騎の吸血鬼に指示を飛ばした。
「チッ……忌々しい人間めが!!」
主の命令に呼応し、バーサク・ランサーが血に飢えた瞳をヴァルナへと向け、長大な槍を構えてその背後を強襲しようと大きく跳躍する。
さらに、バーサク・アサシンもまた、拷問器具のような鋭い鉄の爪を煌めかせ、踊るようなステップで死角へと回り込もうとする。
二騎の英霊による、ヴァルナへの必殺の横槍。
しかし。
「――させません!!」
空を裂いてヴァルナの背中へ突き下ろされようとしたヴラドの槍の前に、巨大な十字盾が完璧なタイミングで割り込んだ。
マシュ・キリエライト。
彼女はヴラドが跳躍した瞬間の軌道と筋肉の動きを完全に読み切り、その落下地点へと一足早く先回りしていた。
「退け、小娘ェッ!!」
ガガァァァァンッ!!!!
火花が散り、マシュの細い腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。だが、特異点Fでアルトリア・オルタの極光剣すら耐え抜いた彼女の防御陣地は、決して崩れない。
「私は、マスターの背中を任された『盾』です!!」
マシュはただ防御するだけではない。槍の圧倒的な重圧を受け流し、弾き返した反動を利用して、盾の石突きを地面の石畳に深く突き立てる。
そして、その突き刺さった強固な盾を「支点」にして、自らの身体を空中で横に一回転させる。自身の体重だけでなく、巨大な盾の重量と遠心力、そしてサーヴァントとしての筋力をすべて一点に乗せた、強烈な回し蹴り。
ドゴォッ!!
「ガハッ!?」
盾の防御から一転した、予想外の体術によるカウンター。マシュの鋼鉄のブーツがヴラドの右脇腹に深く食い込み、その長身を大きく吹き飛ばした。
一方、ヴァルナへと忍び寄ろうとしていたカーミラの足元にも、清浄なる魔力の光が鋭く突き刺さる。
「これ以上、好きにはさせない……貴女の相手は、私です!」
「生意気な田舎娘が……その綺麗な顔、血塗れに引き裂いてあげるわ!!」
カーミラが残虐な笑みを浮かべ、十本の鋭い鉄の爪を振りかざしてジャンヌへと迫る。
だが、ジャンヌは一歩も引かない。敵の狂気的な連撃を旗の柄で的確に捌き、踏み込みと同時に、旗の石突きをカーミラの腹部へと鋭く突き入れた。
ジュゥゥゥッ!! という肉の焦げる音と共に、カーミラの腹部が聖なる光によって内側から焼却されていく。
「ギ、ァァァァァァッ!?」
吸血種にとって猛毒とも言えるその光の打撃が、カーミラの再生能力ごと腹部を焼き焦がし、その体勢を完全に崩させた。
「先輩の、邪魔はさせません!!」
「マスターの背中は、私たちが!!」
二人の少女による、決死の足止めと完璧な盤面支配。
その信頼を背後で感じ取りながら、ヴァルナ・クロスはついに狂騎士・ランスロットの懐、絶対の死の領域(インファイト・レンジ)へと足を踏み入れた。
「Arrrrrrrthuuuuurrrr!!!!」
先ほどの交差で左腕を完全にへし折られ、ダラリと垂れ下がった状態。片腕の騎士となってもなお、狂化された彼の身体に刻み込まれた『無窮の武練』は、その剣技に一切の曇りを許さない。
右腕一本で振るわれる、身の丈ほどもある長大な魔剣。
それが、空気を悲鳴のように引き裂きながら、ヴァルナの首を落とさんとする完璧な軌道で横薙ぎに放たれた。速さ、重さ、そして剣の角度。すべてが英霊の次元における最高峰。
だが、ヴァルナは一切の怯みを見せず、極めて野性的な高速機動でその刃の下を潜り抜けた。
ヒュンッ!
ヴァルナの前髪が数本、刃の風圧で切り飛ばされる。
潜り抜けた反動を利用し、下から突き上げるような強烈な右の掌底を、ランスロットの顎の装甲目掛けて叩き込む。
ガギィィンッ!!
「グ、ルルルルッ!!」
鋼鉄の兜が歪み、巨大な体躯が一瞬だけ宙に浮く。だが、黒騎士は空中でありながら体幹を捻り、手首の返しだけで大剣の軌道を変更し、胴体を真っ二つにしようと刃を落下させる。
異常なまでの剣の冴え。
しかし、ヴァルナもまた、それに一歩も引かない。彼は剣を躱すのではなく、極限まで呪力を圧縮した左腕を盾のように掲げ、大剣の腹を「横から殴りつける」ことでその軌道を強引に弾き飛ばした。
ギガァァァァンッ!!!!
呪力と魔力が激突し、爆発的な火花が戦場の闇を照らし出す。
そこからは、人間と英霊による、常軌を逸した超近接戦闘(インファイト)の応酬。
ランスロットが放つ、音速を超える袈裟斬り、突き、薙ぎ払い。そのすべてを、ヴァルナは紙一重で見切り、受け流し、呪力で強化した四肢で直接殴り弾く。
足払いで重心を崩し、装甲の隙間である関節を正確に狙って肘を落とし、兜の上から容赦なく頭突きを見舞う。
右ストレート、左フック、膝蹴り。圧倒的な手数と、的確すぎる打撃の嵐。
次第に、ランスロットの漆黒の鎧がベコベコに歪み、その強靭な霊基が限界を示すようにミシミシと嫌な軋み音を上げ始めた。
(……この男、厄介だな)
ヴァルナは、息もつかせぬ連撃を叩き込みながら、内心で敵への賞賛すら覚えていた。
片腕が完全に使い物にならない状態でありながら、自らの致死のインファイトにここまで食らいついてくる。単純なステータスの暴力ではない。剣そのものを極めた、純粋な『技』。
並の攻撃では、この男の闘争本能を折ることはできない。
(ならば、ここで決める)
瞳に、絶対的な殺意の光が宿った。
ランスロットが、劣勢を覆すために渾身の力を込めた大上段からの唐竹割りを放つ。
それに対し、ヴァルナは回避行動を一切取らない。
彼は、自らの頭上に落ちてくる黒い刃に向かって、無造作に右手を伸ばした。
ガシィィィィンッ!!!!
金属と肉が衝突する、生々しくも暴力的な音。
ヴァルナは、英霊が渾身の力で振り下ろした魔剣の白刃を、呪力で限界までコーティングした『素手』で、完全に掴み止めた。
「ギ、ァァァァァ……!?」
ランスロットの兜の奥の赤い瞳が、驚愕に見開かれる。
神話の武練を持つランスロットの予測すら凌駕する、痛覚を無視した捨て身の最適解。
刃の凄まじい摩擦により、ヴァルナの掌の肉と皮は斬り裂かれ、鮮血が滴り落ちている。だが、刃の進行は指の骨とそこに一点集中された呪力によって完全にロックされ、一ミリたりとも動かない。
「――貰うぞ」
刃を掴んだ腕に凄まじい力を込め、ランスロットの巨体を剣ごと『力任せに手前に引き寄せる』。
自身の全体重を乗せた剣を強引に引っ張られたことで、片腕のランスロットは完全に前のめりに体勢を崩し、その強靭な胸部装甲が、ヴァルナの目の前へと無防備に晒される。
そこへ。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
霊核の真上への、呪力を一点集中させた完全なる直撃(クリティカル)。
分厚い黒のフルプレートアーマーが大きく陥没し、内部の霊基が砕け散る音が戦場に響き渡る。
「ガハァァァァァァッ!?」
ランスロットの巨体が、まるで弾かれた砲弾のように、背後へと猛烈な速度で吹き飛ばされていった。
圧倒的なインファイトの果てに叩き込まれた、致命の一撃。
だが、異端の呪術師の蹂躙は、まだ最終フェーズを残す。
「――貫牛」
冷徹で平坦な詠唱。
その直後、ラ・シャリテの炎上する街路を、ズシンッ……! と重低音が震わせる。
ヴァルナの足元の濃い影が、まるで底なしの沼のように広がり、波打ち、そこから筋骨隆々の『巨大な黒い牛』の式神が悠然と姿を現した。
「行け」
ヴァルナの短い命令。
モォォォォォォォォォッ!!!!
貫牛が、大地を砕くような咆哮を上げ、四つの蹄で石畳を蹴り立てた。
凄まじい爆発力。初速の段階で重戦車をも上回る速度で飛び出した黒い牛は、吹き飛んでいくランスロットの軌道を正確に追い、一直線に滑走を開始した。
十メートル、二十メートル、三十メートル。
敵との距離を縮めるごとに、貫牛の纏う呪力のオーラは爆発的に膨れ上がり、蹄が地面を叩く音は落雷のような轟音へと変わっていく。突進の風圧だけで両脇の燃える家屋が吹き飛び、石畳が捲れ上がり、巨大な土煙の尾を引きながら、黒い牛は文字通り『止まらない破壊の権化』と化している。
一方。
数十メートル先まで吹き飛ばされていたランスロットは、驚異的な執念と狂化された闘争本能によって、空中で強引に体勢を立て直す。
両足を石畳に深く食い込ませ、火花を散らしながらズザザザザッ! と十メートル近く後退して、ようやく己の軌道を停止させる。
兜の奥で燃える赤い双眸は、一切の戦意を失っていない。
彼は残された右腕で大剣を深く握り直し、大きく足を開いて重心を限界まで沈めこむ。
迫り来る宝具級の破壊の塊に対し、真正面から受け止め、相殺するための『迎撃の構え』を取ったのだ。
遠く後方でそれを見届けたヴァルナの瞳が、酷く冷酷に細められる。
(……待ち受ける構え。それは、完全なる悪手(ミステイク)だ)
激突の瞬間。
周囲の音が、すべて消え失せたような錯覚。
ドガァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
戦車と新幹線が正面衝突したかのような、大気を切り裂き大地を粉砕する大音響が、一拍遅れてラ・シャリテの街に爆発した。
「ガ、アアアアァァァァァァァァァッ!!!!」
悲鳴とも咆哮ともつかない、狂騎士の霊基そのものが絶叫するような声。
凄まじい衝撃波が円形に広がり、周囲の炎と瓦礫を跡形もなく吹き飛ばす。
ランスロットの防御を完全に突破した貫牛の角が彼の黒い鎧を抉り、その巨体をまるで小石のように空高く撥ね飛ばした。
斜め上空に向かって、建物の三階、四階、さらにその上へと。
誰の目にも勝負が決したと映るほどの、決定的で致命的な一撃。
しかし。
狂気的とも言える徹底した『処理』は、まだ終わっていない。
「……徹底的にやる」
貫牛がランスロットと激突したその瞬間。
ヴァルナはすでに自らの足首に再び限界まで呪力を圧縮し、大地を蹴り立てていた。
彼の視線は、吹き飛んでいくランスロットの軌道を完全に予測している。放物線を描いて吹き飛ぶ狂騎士が、最高到達点に達し落下を始める、まさにその一瞬の『滞空時間』。
ヴァルナは、そのさらに上空の座標へと、一足早く先回りして跳躍した。
眼下を吹き抜ける風が前髪を揺らす。
空中に留まったヴァルナは、遥か下で絶命寸前の状態まで打ち上げられてきた黒騎士の姿を静かに見下ろす。
(敵ながら、見事だ)
だからこそ、一切の慈悲も、手加減も、油断も挟むことなく、俺の持つ最大の『質量』でこの命を完全に終わらせる。
空中で、ヴァルナは両手を高く掲げ、最後の、そして最大の影絵の印を完成させる。
「――満象」
その言葉が、夜明けの空気に冷たく響き渡った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
文字通り『山のような質量』を持った、巨大な象の式神が姿を現す。
絶望的なまでの質量の塊。それが、一切の抵抗を許さない重力という絶対法則に従って、一直線に落下を開始した。
「あ……」
横の暴力で逃げ場を奪い、縦の暴力で完全に圧殺する、二次元と三次元を交差させた理不尽な質量のサンドイッチ。
満象の巨大な腹部が、空中のランスロットの巨体を完全に捉える。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
天が落ち、地が砕け散るほどの、終末的な大激震。
それはもはや、戦闘の音ではない。巨大な隕石がフランスの地に直撃したかのような、地形そのものを変えるほどの圧倒的な質量の暴力。
満象の重圧によって完全に押し潰されたランスロットの巨体は、反撃の余地すら一切与えられず、そのまま猛烈な速度で地上へと叩きつけられた。
石畳が粉塵となって消し飛び、大地が数十メートルにわたって陥没する。
その凄まじい衝撃波は、周囲の燃え盛る家屋を文字通り『更地』へと変え、街を包んでいた業火すらも爆風によって一瞬で吹き消してしまった。
耳を劈く轟音の余韻だけが、破壊された街に虚しく響き渡る。
……。
…………。
やがて、絶対的な静寂が訪れる。
満象の超質量による圧殺。その重圧に耐えきれる霊基など、存在しない。
土煙の底で、狂騎士ランスロットの肉体は完全に粉砕され、金色の魔力粒子となって、この世界から跡形もなく消滅した。
処刑人は噛み砕かれ、フランスの剣士は無力化され、最強の狂騎士は物理的な超質量によって完全に圧殺された。
吸血鬼の二騎も、マシュとジャンヌの鉄壁の連携の前に手出しを封じられている。
「ぁ……アア……ッ」
ジャンヌ・ダルク・オルタは、自身の信じていた『絶対の勝利』が、暴力と理不尽な式神の群れによって完全に粉砕された現実に、瞳が揺れる。
彼女の憎悪は、あまりにも巨大な実力差の前に、もはや形を保つことすらできない。
ザッ、ザッ、ザッ……。
晴れゆく土煙の向こうから。
一切の乱れがない、静かで、冷徹な足音が響き始めた。
粉塵を割って姿を現したのは、黒衣の影。
彼の右手の掌からは、先ほど魔剣を素手で掴んだ際についた深い傷から、未だに赤い血がポタポタと滴り落ちている。
だが、息一つ乱れていない。呪力の循環にも淀みはない。
これだけの死闘を演じた後にもかかわらず、その表情には疲労感も達成感も微塵も浮かんでいない。
ピタリと、ヴァルナは足を止めた。
燃えカスが雪のように舞い散る、灰色の街。
彼は、苦痛と憎悪、そして取り繕うことのできない恐怖にまみれた視線を向けてくる竜の魔女を見下ろし。
「……次」
たった一言。
その言葉は、ジャンヌ・オルタの心に、絶対的な死の宣告として重く、深く突き刺さる。
第一特異点、最大の絶望。
その首根っこを、完全に掴み取った瞬間だった。