Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード)   作:りー037

29 / 36
 【十二節】天を堕とす幻想の大剣、三つの戦線と、串刺しの槍

 

 瓦礫の街に蠢いていた何十体ものリビングデッドたちは、主であるファントム・オブ・ジ・オペラの敗北と消滅に伴い、その大半が統率を失って活動を停止した。残ったわずかな残骸も、合流したマリー・アントワネットとアマデウスの力によって速やかに掃討される。

 

「ふう……。とりあえず、これで一息つけるわね」

 

 マリーが、瓦礫の煤で汚れたドレスの裾を優雅に払いながら、小さく安堵の息をつく。

 五人が合流し、崩れかけた教会の壁の陰で短い休息を取ろうとしていた。

 

「……」

 

 彼は、一人無言のまま、先ほど自身が踵落としで沈めた怪人――ファントムが消滅した虚空をじっと見つめている。

 

 彼の瞳の奥では、先ほどの「一撃」の感触が、極めて冷徹な分析のデータとして処理され始めていた。

 

(……狂化の呪詛の定着率が、異常に低かったな)

 

 踵落としでファントムの頭蓋を粉砕した、あの至近距離。

 

 肉体と肉体が衝突する数秒の間に、ヴァルナの知覚は、あの怪人の霊基の奥底にこびりついているはずの『狂化の呪い』の濃度を、正確に計測していた。

 確かに、奴の霊基には竜の魔女から付与されたであろう、黒く淀んだ呪いの残滓がへばりついていた。

 

 だが、その呪いが奴の精神を決定的に歪めていたかと言われれば、明確に否だ。

 

 あの怪人の「愛しい女(クリスティーナ)の幻影を追い求め、殺戮を歌に乗せる」という異常な執着と狂気。あれは、外部から流し込まれた呪詛によるものではない。

 

 あいつ自身の『生来の在り方』が、元々ああいう狂った構造をしていただけのこと。

 外部からの呪いなど、彼自身の根源的な狂気の前にあっては、ほんの薄っぺらいコーティング程度の意味しか成していない。呪詛が薄かったのではない。呪詛で狂わせるまでもなく、元から十分にイカれていたのだ。

 

(サーヴァントの生前の在り方や、精神の構造によって、付与される狂化呪詛の濃度、もしくは影響力が変わるということか……)

 

 その推論を補強するサンプルとして、彼の脳裏に、昨夜の泉のほとりで死闘を繰り広げた「ある英霊」の姿がフラッシュバックした。

 

 

 

 ――『オラァァァァァァッ!!』

 

 ――『ノッてきたぁぁぁぁぁッ!!』

 

 

 鼓膜を破るような雄叫びと共に、目にも留まらぬステップで距離を詰め、常軌を逸した右ストレートを顔面に叩き込んできた、あの「聖女マルタ」の姿だ。

 

(……そういえば、あの時の彼女にこびりついていた狂化の呪詛は、目に見えて強烈だったな)

 

 ヴァルナは、あの時の彼女の「異常なまでの好戦性」と「口の悪さ」を思い出し、深く、深く頷いた。

 

(神に祈りを捧げ、慈愛に満ちている「聖女」という清浄な霊基。それをあそこまで完璧に狂わせ、『ステゴロで殴りかかってくる凶暴な狂戦士』にまで反転させるためには……よほど濃密で、絶大な量の呪詛を注ぎ込まなければならないのだろう)

 

 彼は、心の中で推論を組み立てていく。

 

(おそらく、彼女の霊基の奥底で、元の高潔な人格と呪詛が凄まじい反発を起こし、その結果として、あんな悲惨な暴走状態に。……残酷なものだな)

 

 

『――ッ! 繋がった! みんな、無事かい!?』

 

 

 回復した通信機から、カルデアの管制室にいるロマンの切迫した声が響き渡った。

 

『急いで、そこから撤退するんだ!』

「ドクター? 一体、何があったのですか?」

 

 ただ事ではないその響きに、マシュが盾を構え直して問い返す。

 

『サーヴァントすら上回る、超極大の生体反応がそちらへ向かっている! おそらく、以前君たちが遭遇した……あれだ! 邪竜そのものが、一直線にリヨンの街へ接近している!』

「竜が……!?」

『それに、サーヴァントの反応も複数確認できる! おそらく、本腰を入れて君たちを仕留めに来ているんだ。ものすごい速度で接近している、急いで逃げろ!』

 

 ロマンの警告に、場に重い緊張が走った。

 

「やれやれ、困ったものだね」

 

 アマデウスがやれやれと肩をすくめながら、マリーの前に立つ。

 

「この反応はまずい。通信の彼の言う通り、さっさと逃げよう。戦力差が大きすぎる」

「……」

 

 ヴァルナは無言のまま、空の彼方から急速に迫り来る「極大の威圧感」を肌で感じ取っていた。

 

 現在、ここに敵の主力が到着する前に撤退するのが、最も安全かつ効率的だ。

 

 

 だが。

 

「……あの圧倒的な竜が存在するのなら、ドラゴンスレイヤーはますます必要になります」

 

 マシュが、唇を噛み締めながらポツリとこぼした。

 

「そうだな」

 

 ヴァルナもまた、マシュの言葉を肯定する。だからこそ、彼は迷っていた。

 

 今この状態であの竜とぶつかるのは、明らかにまずい。だが、今後の特異点修復を考えるのなら、ここで「竜殺し」を見殺しにして手放すのは、あまりにも面倒な事態を招く。

 

(あの竜を俺単独で完全に殺しきれるのなら、その限りではないが……)

 

 ファヴニールが放つ神秘の質は、現代には絶対存在し得ない規格外のレベルに達している。かつて特異点Fで遭遇した、あの黒いセイバーの圧倒的な存在すら思い起こさせる。

 あれを屠るには、おそらくこちらも複数の切り札を完全に切る必要があるだろう。だが、複数のサーヴァントの反応もあるなか強行するのはリスクが高すぎる。

 

 マシュ、ジャンヌ、そして通信越しのロマンの意見が交錯する。逃げるべきか、探すべきか。

 

「マスター……どうしますか」

「……そうだな」

 

 ヴァルナは一切の感情を交えずに、結論を下す。

 

「竜殺しを探す。ドクター、この街を隅々までスキャンしろ。時間がない、早くやれ」

『ええっ!? ちょ、無茶言わないでよ! わ、分かった、今すぐやるから!』

 

 有無を言わせぬ命令に、ロマンが慌てて計器を叩く音が通信越しに響く。

 

「なら、私たちは迎撃の準備をしましょう。……少しでも時間を稼がなくては!」

 

 マリーが気丈に微笑み、アマデウスを連れて街の入り口方面へと向かう。アマデウスは「無茶苦茶なマスターだ」と最後まで文句を言っていたが、その足取りに迷いはなかった。

 

「行くぞ」

 

 ヴァルナが駆け出し、その後ろをマシュとジャンヌが追う。

 

『ヴァルナくん! 反応があったよ!』

 

 ロマンから、マッピングデータが即座に送られてくる。

 

『極めて微弱な反応だけど、君たちの真っ直ぐ先、崩れかけた建物の地下からサーヴァントの反応が検出された!』

「了解した」

 

 ヴァルナは呪力強化によって脚力を極限まで引き上げ、最高速でその建物へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか?」

 

 薄暗い建物の地下へ続く階段。その先には、激しい戦闘の痕跡であるかのように、大きくひしゃげた鉄の重扉があった。

 

 その奥から、確かに微弱な生体反応を感じる。

 ヴァルナが警戒を解かずにそのひしゃげた扉を蹴り開け、中へと足を踏み入れた、その瞬間。

 

 

 ――ヒュゴッ!!

 

 暗闇の中から、とてつもない速度で鋭い刃が振るわれた。

 

(……敵か)

 

 出会い頭の奇襲。

 

 彼は一切の動揺を見せず、即座に右腕に青黒い呪力を極限まで集中させ、振り下ろされた大剣の『刃の腹』を素手でガシリと受け止め、掴んだ。

 

「――っ!?」

 

 剣を振るった何者かが、驚愕に息を呑む。

 

 ヴァルナは剣を引かせないようガッツリと固定したまま、極めて冷静な、いや、無意識の反射行動として――。

 

「いきなりだな」

 

 掴んだ剣を支点にして身体を浮かせ、目の前の男の腹部目掛けて、容赦のない前蹴りを叩き込んだ。

 

 

 ドゴォッ!!

 

「ぐはぁッ……!?」

 

 鈍い破砕音と共に、大剣を手放した男が後ろへと吹き飛び、背後の瓦礫の山に激しく激突し、停止した。

 

「マ、マスター! ダメですよ! いきなりそんな!」

「すまん。……反射で、ついな」

 

 ヴァルナは悪びれる様子もなく、だらりと右腕を下げた。

 

 瓦礫に寄りかかり、咳き込んでいるのは、銀色の髪に竜の意匠が施された重厚な鎧を纏う長身の騎士だった。極度に魔力を消耗しており、かなり弱っているサーヴァントのようだ。

 

「大丈夫ですか!? 私たちは敵ではありません! カルデアから来た、マスターとサーヴァントです!」

 

 マシュが急いで騎士の元へ駆け寄り、敵意がないことを示す。

 

 騎士は苦しげに咳をしながらも、ゆっくりと顔を上げ、不思議そうにヴァルナたちを眺めた。

 

「今、ここに巨大な竜が迫ってきていてな。お前の力を借りたいんだ。手伝ってくれ」

「竜、か……。なるほどな」

 

 騎士――ジークフリートは、その言葉を聞いて一人で勝手に納得し、「自分がこの地に召喚された理由」について深く考え込み始めてしまった。

 

 壁に寄りかかり、ブツブツと思考の海に沈んでいくジークフリート。

 

 そんな彼に対し、ヴァルナは静かに歩み寄った。

 

 

 そして。

 

 尻餅をついているジークフリートの顔のすぐ横、瓦礫の壁にドンッ、と手をつき。

 

「な、なんだ……?」

 

 ジークフリートが困惑の声を漏らす。

 

 それもそのはず。ヴァルナは、異常な至近距離まで顔を近づけ、感情の読めない瞳で、ジークフリートの瞳の奥を――その魂の輪郭をなぞるように、じっと覗き込んできた。

 寡黙で生真面目な大英雄である彼も、この常識から完全に逸脱した距離感には、目を見開いて硬直するしかない。

 

「……お前は、混ざっているな」

 

 ヴァルナは、術師としての純粋な観察結果を口にした。

 

「竜のような、何かが」

「それは……。生前、倒した邪竜の血を全身に浴びたことによって、俺の肉体は竜の血肉と混ざり合い――」

 

 至近距離で見つめられながら、ジークフリートはしどろもどろになりながらも、生真面目に自身の生前の逸話を語り始める。

 

「マスター! そんなことしている場合ではありません!!」

 

 その後ろで、マシュが顔を真っ赤にして叫び、ヴァルナを羽交い締めにするようにして強引にジークフリートから引き剥がす。

 

「……ああ、そうだな。悪いが、時間がないんだ」

 

 引き剥がされたヴァルナは特に気にした様子もなく、ジークフリートの腕を取る。

 

「肩を貸す。ここから出るぞ」

「……すまない、頼む」

 

 ヴァルナは弱り切った竜殺しに肩を貸し、マシュ、ジャンヌと共に急いで地上へと続く階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上へ戻り、迎撃の態勢を整えていたマリーとアマデウスと合流した。

 

 だが、マリーの表情はかつてないほどに切迫している。

 

「急いで! もうここからでも見えるくらいに接近しているわ!」

 

 指を差した空の彼方。

 

 そこには、太陽の光を完全に遮るほどの巨大な絶望――漆黒の超質量を持つ邪竜ファヴニールが、凄まじい暴風を巻き起こしながら、こちらへ向けて一直線に突撃してくるところだった。

 

「あれが……真の竜種か。初めて見たな」

 

 

 ズゴォォォォォォォォッ!!

 

 上空で停止した黒い竜が、巨大な顎を大きく開く。

 その喉の奥で、世界のすべてを焼き尽くすための赤黒い炎が、太陽のように凝縮されていく。圧倒的な魔力の質量が、周囲の空気を物理的に歪ませる。

 

「既視感のある光景だ。ブレスの準備か」

 

 ヴァルナは冷静に状況を判断し、最も信頼する後輩の名を呼んだ。

 

「マシュ、宝具の準備だ。盾を構えろ」

「――はいっ!」

「私もやります!」

 

 マシュの力強い返事に続き、ジャンヌ・ダルクもまた、聖なる旗を掲げて彼女の隣に並び立った。

 

 二人による、二重の防御陣。

 

 

 直後。

 

 邪竜ファヴニールの口から、想像を絶する質量の炎のブレスが、カルデアの一行目掛けて解き放たれた。

 

「『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!!」

 

「『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 白亜の城壁と、神聖なる光の防壁が同時に展開される。

 

 

 

 ズドドォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 ぶつかり合う、二つの圧倒的な力。

 

 いや、それは力と呼ぶにはあまりにも暴力的すぎた。天から降り注ぐ炎の滝は、展開された二重の宝具を削り取り、大地をドロドロのマグマへと変えていく。

 

「きゃあっ!?」

 

 防壁の後ろにいても伝わってくる、災害そのもののような熱と衝撃に、マリーが悲鳴を上げる。

 

 ヴァルナは身を低くし、呪力を纏って衝撃を外へ流しながら、ジークフリートを庇うように立ち塞がっていた。

 

『ちょっと! 大丈夫なのアンタたち!? 誰か応答しなさい!!ヴァルナ!?』

 

 通信機から、オルガマリーの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 

「うるさい、黙っていろ」

 

 短く吐き捨て、通信を強制的に切断した。

 

 前方では、ジャンヌとマシュが悲鳴のような声を上げながら、必死に盾と旗を支えている。二人の腕の骨が今にも折れそうなほど、防壁にヒビが入り始めていた。

 

「こ、これは、まずいです……っ! このままでは……!」

 

 マシュが歯を食いしばる。限界が近い。

 

 このままでは、数秒後には防壁が砕け、全員が炭すら残らず焼き尽くされる。

 

「……お前が無理なのであれば、俺がやるが」

 

 ヴァルナが、静かに自身の『影』へと沈み込もうとした、その時。

 

「――いや、問題ない。君たちのおかげで、わずかだが魔力を回復できた」

 

 

 重厚な声が響く。

 

 ジークフリートが、ヴァルナの隣でゆっくりと立ち上がり、その手に握られた幻想の大剣を強く握り直していた。

 

「え……?」

 

 マシュが、驚きに目を見開く。

 

「久しぶりだな、ファヴニール」

 

 ジークフリートは、上空で炎を吐き続ける邪竜を真っ直ぐに見据え、その魔剣を天高く掲げた。

 

 

 圧倒的な暴力を振るっていたはずの邪竜ファヴニールが、空中でビクンと身を震わせ、明確に『怯えた』ような表情を見せる。

 

 竜殺し。その存在自体が、竜種にとっては絶対的な死の概念そのものなのだ。

 

「我が真名は、ジークフリート!!」

 

 高らかな名乗りと共に、剣の刀身から、黄昏色の極光が爆発的に噴き上がる。

 

「邪悪なる竜よ、失墜せよ! 『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 放たれた黄昏の斬撃波が、降り注ぐ炎のブレスを真っ二つに引き裂き、そのままファヴニールの巨体へと直撃した。

 

 

 ギャアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 特攻の乗った凄まじい一撃を喰らい、ファヴニールは鼓膜を破るような断末魔の叫びを上げた。空中に血を撒き散らしながら、怯えきったように反転し、天の彼方へと逃げるように飛び去っていく。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 大技を放ち終えたジークフリートが、深く息を吐きながら、再びガクンと片膝をつく。今にも霊基が消滅しそうなほどに、彼の魔力は完全に底を突いていた。

 

「……奴が戻ってこないうちに、逃げてくれ。俺は……ここまでだ」

 

 ジークフリートの体が、微かに光の粒子を帯び始める。

 だが、ヴァルナは迷うことなく彼の腕を掴み、無理やり自身の肩へと回した。

 

「今のうちに撤退しましょう! 皆さん、走って!!」

 

 ジャンヌの指示が飛び、カルデアの一行は限界を迎えた竜殺しを抱えながら、炎上するリヨンの街から一斉に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪竜ファヴニールの放った圧倒的な熱線によって、リヨンの街は完全に火の海と化していた。

 瓦礫を蹴り立て、限界を迎えたジークフリートに肩を貸しながら駆け抜けるカルデアの一行。その後方から、空を真っ黒に染め上げるほどのワイバーンの群れが、獲物を追うように迫ってきている。

 

 逃走経路の先、炎上する市街地の外れで、ジャンヌ・ダルクは目を疑う光景を目の当たりにした。

 

「あれは……フランスの兵士たち!?」

 

 生き残っていた数十名のフランス兵が、空から襲い来る何頭ものワイバーンに取り囲まれ、絶望的な防衛戦を強いられていたのだ。槍や剣では竜の硬い鱗を貫けず、次々と兵士たちが巨大な爪と牙の餌食となっていく。

 

「まずい……っ! 救済しなくては!」

 

 自らの身の危険も顧みず、ジャンヌは聖なる旗を握り締め、迷うことなく激戦の渦中へと走り出した。

 

「やるしかないか」

 

 ヴァルナは短く呟き、ジークフリートを安全な瓦礫の陰へと寝かせると、即座に迎撃の構えを取る。

 

「マシュ、ジャンヌのカバーに回れ。上空は俺が引き受ける」

「はいっ! マスターもご武運を!」

 

 マシュが巨大な盾を構えてジャンヌの後を追う。

 

 ヴァルナは戦場全体を冷徹に俯瞰しながら、足元の影に両手で印を結んだ。

 

「玉犬、蝦蟇」

 

 ドロリと波打つ影の中から、巨大な蟇蛙の式神と、白と黒の二頭の猟犬が同時に顕現する。

 

(まずは、厄介な空の機動力を削ぐ)

 

 ヴァルナは作業をこなすように淡々と指揮を執る。

 上空を旋回し、兵士たちへ急降下しようとしていた三頭のワイバーン。その真下に位置取った蝦蟇が、バネのように体を沈み込ませ、天に向かって強靭な粘着質の舌を射出した。

 

 

 ビュンッ!!

 

「ギャァァッ!?」

 

 空中のワイバーンたちの足に蝦蟇の舌が正確に巻き付き、その巨大な質量を地上へと強引に引きずり下ろす。

 地面に叩きつけられ、体勢を崩した竜たち。そこへ、待機していた玉犬・白と黒が弾丸のような速度で殺到する。

 

 

 グチャッ! バキィッ!

 

 道返玉と死返玉の紋様を戴く式神の鋭い牙が、ワイバーンの喉笛を無慈悲に噛み千切り、巨体を食い破る。

 

「ギャアアアアッ!」

 

 さらに別のワイバーンが、怒り狂ってヴァルナの背後から強襲を仕掛けてきた。

 

 

 だが、ヴァルナは振り向くことすらしない。

 

 彼は呪力を脚部に極限圧縮させ、空気を蹴りつけるような凄まじい脚力で、そのまま真上へと数十メートル跳躍した。

 

「ギィッ!?」

 

 自らの方へ飛び上がってきた人間に、ワイバーンが巨大な顎を開く。

 その顎へ向けて、ヴァルナは空中で身体を捻り、黒い呪力を纏わせた右脚で強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

 ドゴォォォォォォォォンッ!!

 

 空中で暴発する呪力の衝撃。首の骨を完全に粉砕されたワイバーンが、錐揉み回転しながら地面の瓦礫へと叩き落とされ、絶命する。

 式神による対空引き摺り下ろしと、術者本人による直接迎撃。それは理にかなった、極めて立体的で合理的な殺戮のシステムだった。

 

 

 一方。

 

 兵士たちを安全な場所へ誘導するため、アマデウスとマリーもまた戦場に加勢していた。

 

 だが、その二人の前に、空からドスンと一人のサーヴァントが降り立つ。

 

「……お前は」

 

 アマデウスが、心底嫌そうに仮面の奥で顔をしかめる。

 そこに立っていたのは、前回の戦闘で片腕を失い、ボロボロになりながらも狂気を宿して嗤う男――処刑人、シャルル=アンリ・サンソンだった。

 

「……ふふっ。なんて奇遇なんでしょう。あなたの顔は、忘れたことはないわ」

 

 マリー・アントワネットは、かつて自身の首を刎ねた男を前にしても、王妃としての気高さを失わず、にこやかに微笑んでみせた。

 

「それは光栄だ。……僕も、あなたを忘れたことはない」

 

 サンソンは、失われた右腕の断面から魔力を漏らしながら、残された左手で自身の顔を覆うようにして恍惚と嗤う。

 

「ああ……白雪のごとき、白いうなじの君よ」

 

 その瞳に宿るのは、後悔か、贖罪か、あるいは狂気か。彼のねっとりとした濁った視線が、マリーの細く美しい首筋へと向けられる。

 

「僕は、運命を感じている。……やはり僕とあなたは、特別な縁で結ばれているようだ。処刑人として、一人の人間を『二回も殺す』なんて。……この星で、僕たちだけだと思うんだ」

「……生前と同じように、マリアの首を斬る気か?」

 

 アマデウスが一歩前に出た。その声には、普段の皮肉めいた響きはなく、明確な怒りが孕んでいる。

 

「本気でイカれたってわけかい? だいたい、その腕はどうしたんだ。どこぞの誰かに、とことんやられたらしいじゃないか。そんな無様な姿で、マリアの首が落とせるのか?」

「黙れッ!!」

 

 アマデウスの強烈な煽りに、サンソンの顔から笑みが消え、激しい怒りに顔が歪む。

 

「人間として最低最悪の君が……僕を語るな!! 僕は彼女を、もう一度この手で……ッ!!」

「来るわ、アマデウス!」

 

 狂気に身を委ねたサンソンが、大剣を引きずりながらマリーたちへと突撃を開始する。

 

 

 同時刻、別の方角でも激しい戦闘の火蓋が切られようとしていた。

 

「皆さんは、こちらへ! 早く逃げて!」

 

 ジャンヌが旗を振るい、フランス兵を逃がしながらワイバーンを弾き飛ばしていた、その時。

 

 空中から、赤いドレスの女が音もなく舞い降り、その鋭い鉄の爪をジャンヌの背後へと突き出した。

 

「ふふっ……前回の借りを、まずは一人分返させてもらうわよ!」

 

 女吸血鬼、カーミラ。

 

 先日の戦いで屈辱を味わった彼女は、その意趣返しとばかりに、最も隙を見せていたジャンヌの心臓を背後から狙ったのだ。

 

 

 ガキィィィィィンッ!!

 

「チッ……!」

 

 カーミラが忌々しげに舌打ちを鳴らす。

 

 ジャンヌの心臓を貫くはずだったその爪は、寸前のところで割り込んできた巨大な十字盾によって、完璧に弾き返されていた。

 

「マシュさん……!? 大丈夫ですか!」

 

 驚いて振り返ったジャンヌが、息を呑む。

 マシュは盾を構えたまま、毅然とした態度でカーミラを睨み据えた。

 

「問題ありません、ジャンヌさん! マスターの指示通り、ここは私が死守します!」

 

 

 乱戦の様相を呈してきた戦場。

 

 空中でワイバーンの頭部を蹴り砕き、地面へと着地したヴァルナは、戦況を冷静に俯瞰していた。

 

(右の区画で、マリー・アントワネットとアマデウスの前に片腕の男。左の区画で、ジャンヌとマシュの前に吸血鬼の女。そして上空には、未だに数十頭のワイバーンの群れ……)

 

 並の指揮官であれば、この情報量の多さにパニックに陥るだろうか。

 

 だが、ヴァルナの思考は極めてクリアだ。下手なノイズがない分、最善の手順を即座に導き出すことができる。

 

(どうするか。サーヴァントを先に刈り殺すか、ワイバーンに集中するか……)

 

 一秒にも満たない思考の末、彼は結論を出した。

 

(数が多いだけの雑魚は、最後に領域を展開して一掃すればいい。……まずは、サーヴァントだ)

 

 狙いを定める。

 

 片腕を失い、執着によって冷静な判断力を欠いているサンソンは、アマデウスの魔術とマリーの宝具があれば十分に時間を稼げるはずだ。

 

(まずは、厄介な女吸血鬼の方を殺る)

 

 ヴァルナは標的を決定し、地面を蹴ってマシュたちの加勢に向かおうと踏み出した。

 

 

 ――その瞬間。

 

 彼の人間離れした直感が、背後の上空から音もなく迫る『極めて巨大な殺気』を感知した。

 

(上か――!)

 

 

 ヒュンッ!!

 

 ヴァルナは踏み出した足を強引に止め、首を捻って身体を横へとスライドさせる。

 

 刹那、彼が先ほどまでいた空間を、天空から投擲された禍々しい長槍が音速で貫き、地面を深くえぐり取った。

 

 

 間一髪での回避。

 

 ヴァルナが上空を見上げると、上空を旋回していた巨大なワイバーンの背から、一人の男がマントを翻して飛び降りてくるところだった。

 

「ヴラド、三世……」

 

 先日の戦いで対峙した、串刺し公。

 

 彼は落下時の猛烈な重力と速度をそのまま槍の穂先に乗せ、回避した直後のヴァルナ目掛けて、必殺の刺突を繰り出してきた。

 

「シィッ!!」

「……チッ」

 

 かわし切れないと判断したヴァルナは、右腕に呪力を限界まで圧縮し、バチバチと火花を散らすその剛腕を、上段から振り下ろされる槍の柄へと真っ向から叩きつけた。

 

 

 ガガガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 激しい鍔迫り合い。

 

 呪力と魔力が激突し、凄まじい火花が夕闇迫る空に撒き散らされる。足元の石畳が、二人の踏み込む圧力に耐えきれず蜘蛛の巣状に砕け散った。

 

「……後にしてくれないか、吸血鬼」

 

 ヴァルナは、上から押し込んでくるヴラドの凶悪な眼光を無機質な瞳で受け止めながら、ひどく面倒くさそうに呟いた。

 

「今、忙しくてな。お前の相手をしている暇はないんだ」

「ふん……減らず口を叩く。悪いが、無理にでも付き合ってもらうぞ、得体の知れない人間よ!」

 

 ヴラド三世の口元が、獰猛な笑みに歪む。

 

「余を侮った罪、その命と血肉を以て贖ってもらおうか!」

 

 死の街で交差する、三つの因縁の戦線。

 

 逃げ場のない乱戦の中で、ヴァルナ・クロスは静かに影を揺らめかせ、目の前の強敵へと呪力を滾らせた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。