Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード)   作:りー037

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【十五節】剥落する影の玉座、愛と血の磔刑と、五線譜を貫く百合

 

 

 黒い火花が散り、激絶な死闘が唐突な静寂によって締めくくられた。

 

 視界のすべてを黒で塗り潰された『領域』の内部。ドス黒い影の海に一人立ち尽くすヴァルナの足元には、串刺し公の霊基が光の粒子となって霧散していく残滓だけが漂っている。

 

「……ふぅ」

 

 ヴァルナは、血に塗れた右腕をだらりと下げ、短く、しかし熱を帯びた息を吐き出した。

 

 瞳の奥に宿っていた、本物の強者と相対した時のみに現れる静かな歓喜。それが徐々に冷え、平時の無機質な温度感へと戻っていく。

 同時に、彼は自身の内側を駆け巡る呪力の残量へと意識を向けた。

 

 (……かなり、消費したな)

 

 黒閃を経て内側から呪力が湧き上がっているとはいえ、領域の展開と大蛇の多重展開は、彼の肉体と呪力に相当な負荷をかけていた。

 

 彼には、尽きることのない膨大な呪力があるわけではない。呪力をロスなく極限まで精密に回し切るような、神業じみた制御眼を持っているわけでもない。

 強敵との戦闘、そして領域の展開。ここまで戦闘を継続すれば、当然ながら消費はでかい。

 

 (やはり、燃費が悪い)

 

 ヴァルナは小さく舌打ちをした。この先を考えれば、少しでも「呪い」を補給しておく必要がある。

 

 彼の視線が、領域の影の海に転がっている無残な肉塊へと向けられた。

 

「……」

 

 ヴァルナは無言のまま、最も近くに転がっていた巨大なワイバーンの死骸へと歩み寄る。

 そして、一切の躊躇なく、その血肉にまみれた竜種の肉塊に手をかけ、呪いを自身に効率よく巡らせるための、異端にして冒涜的な『捕食行為』を静かに開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を僅かに戻す。

 

 ヴァルナ・クロスが、空の彼方で掌印を結び、領域を展開した、まさにその瞬間の『外側』。

 

 リヨン跡地の上空に、直径二百メートルほどの巨大な「黒い球体」が突如として出現した。

 それは空を覆い尽くしていた数万の杭の大半と、その発生源であるヴラド三世を飲み込み、絶対的な隔離空間を構築する。

 

 

 だが、すべてではない。

 

 あまりにも広大な範囲に展開された『極刑王(カズィクル・ベイ)』による地獄の雨は、領域の範囲外にも、未だ無差別の災厄として降り注いでいた。

 

「くッ……!!」

 

 少し離れた区画でジャンヌ・ダルクたちと交戦していた女吸血鬼カーミラは、上空の異常事態と迫り来る死の雨を見て、一切のプライドを投げ捨てて全力の退避を行っていた。吸血鬼としての俊敏性を極限まで引き上げ、瓦礫を蹴り、ただ生き延びるためだけに戦線から離脱していく。

 

 一方、ヴァルナからの念話と命令を直接脳内で受け取ったマシュ・キリエライトは、指示通りにジャンヌ・ダルクのもとへ駆け寄り、その重厚な盾を天に向けて構えていた。

 

「ジャンヌさん、此方へ!!」

「 ええ、展開します!」

 

 

 ズガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 空気を引き裂き、音速で落下してくる無数の鉄杭。

 

 マシュの強固な防壁と、ジャンヌの掲げる聖なる旗が重なり合い、二人の上空に絶対の防御陣を構築する。膨大な質量の攻撃とはいえ、宝具による防壁の力は侮れない。数多の杭が盾に激突し、凄まじい衝撃音と火花を散らしながら弾き返されていく。

 激しい衝撃がマシュの腕の骨を軋ませるが、彼女は歯を食いしばり、ジャンヌと自身の命を確実に守り抜いていた。

 

 

 だが、真の問題はこちらではない。

 

 絶対的な防御手段を持たない、アマデウスとマリー・アントワネットの二人。

 

「マリーさん! アマデウスさん!!」

 

 盾の陰から、マシュが悲痛な叫び声を上げる。しかし、凄まじい轟音の中でその声が届くことはなく、周囲に気を配る余裕など残されていない。

 互いの戦闘に味方を巻き込まないよう、意図して距離を取っていたことが、最悪の裏目に出る。

 

 この全方位から降り注ぐ地獄の雨の中で、マシュたちのもとへ移動することなど不可能だ。下手に動けば、自身だけでなく守るべき相手すらも串刺しになってしまう。

 

 ヴァルナからの「大きく動くな」という指示は、あまりにも残酷な正論だった。彼らは、その場で立ち尽くし、ただこの地獄を耐えるしかない。

 

「グアァァァァァッ!!」

 

 マリーたちと交戦していた処刑人サンソンは、逃げることすら叶わず、頭上から降り注いだ数本の杭に無慈悲に貫かれる。不完全な肉体は一瞬で崩壊し、断末魔と共に光の粒子となって消滅していく。

 

「マリア!!」

 

 アマデウスは、自身に迫る杭の雨を顧みず、マリー・アントワネットを庇うように彼女の前に立ち塞がる。己の背中で、すべての死を受け止めようとするかのように。

 

「アマデウス……っ!」

 

 この機械的で無機質な杭の雨に対して、彼らの持つ対人用の宝具や魔術は、絶望的なまでに相性が悪い。幻惑も、音楽も、王妃としての威光も、質量を持った鉄の暴力の前では何の意味もなさない。抗う術は、何一つ残されていなかった。

 

 

 死が、二人の頭上へと迫る。

 

 その時。

 

 

 ――ニュルリ。

 

 彼らの足元の影から、ドス黒いオーラが突如として噴き出される。

 

 ヴァルナが領域を展開する直前、彼らを護るために放った式神、『玉犬』の到着。

 

「こ、これは……?」

 

 不思議そうに見上げるマリー。

 

 アマデウスは、その影から放たれる禍々しいまでの呪力の気配から、これがマスターであるヴァルナによるものだと直感する。

 不定形な形をしたその犬の亡霊は、マリーとアマデウスの頭上を覆い尽くすように、巨大なアメーバのごとくドロドロとその影の膜を広げていく。

 

 

 

 ドシュッ! ズガンッ!!

 

 降り注ぐ無数の杭が、玉犬の影の膜に突き刺さり、受け止められる。

 

 

 だが。

 

 ヴァルナの膨大な呪力出力によって強化されているとはいえ、この式神はあくまで不完全な顕現である。確定的な実体を持たないため破壊されることはないが、その性質上、本来の式神としての防御力・物理的耐久力は著しく低い。

 

 

 ズブッ……!!

 

「――ッ!!」

 

 限界まで薄く張り延ばされた黒い影の膜を、凄まじい運動エネルギーを持った一本の杭が強引にすり抜け、アマデウスの左肩を深々と貫いた。

 

 さらに続けざまに抜け落ちた二本目の杭が、彼の右のふくらはぎを削り取るように貫通する。

 

「アマデウス!!」

「く、うぅっ……! なに、これくらい……大丈夫」

 

 肩と脚から血を流し、激痛に歯を食いしばりながらも、アマデウスはマリーに傷一つ付けさせないと言わんばかりに、彼女を庇って無理に笑みを浮かべた。

 

 

 だが、事態は最悪。

 

 頭上を展開する黒い膜のような玉犬は、次々と降り注ぐ杭の運動量に耐えきれず、その形を維持することすら困難になってきている。長くは持たない。

 

 

 ザシュッ!!

 

「きゃあっ!?」

 

 ついに、影の膜を抜けた一本の杭が、アマデウスの庇う腕を掠め、マリーの純白のドレスの裾ごと彼女の太腿を貫いた。

 

 激しい苦痛に喘ぎ、マリーがその場に崩れ落ちる。

 

「マリア……!!」

 

 彼の魔術行使の力では、この全方位から絶え間なく浴びせられ続ける質量攻撃をどうにかする術はない。音楽を奏でる暇すらなく、仮に何かを行使したとしても、この致死の領域を耐え凌ぐことなど不可能だ。

 

「……馬だ! 宝具を使って、君だけでも逃げるんだ!」

 

 彼は血を吐き、息も絶え絶えになりながらも、目の前の愛する女が助かる唯一の術を模索し、叫ぶ。

 

 刺さった杭が、宝具の呪いによって肉の内部で蠢く。あまりにも痛い。

 

 しかし、マリーは涙を浮かべながら首を横に振った。

 

「そんなことしたら、あなたが……! それに、逃げられないわ」

 

 彼女は、確信していた。宝具のガラスの馬を喚び出したところで、この圧倒的な暴力の雨の前では、飛び立った瞬間に撃ち落とされて蜂の巣になるだけ。

 

 逃げることなど、決してできない。

 

 

 そして。

 

 バツンッ! と。

 

 限界を迎えた玉犬の影の膜が、呪力の供給を断たれたかのように弾け飛び、完全に消滅する。

 

 

 防ぐものは、何一つなくなった。

 

 天から、無慈悲な死が降り注ぐ。

 

 一本、また一本と、殺意を持った杭が二人へと迫る。

 

「――マリアッ!!」

 

 アマデウスは、最後の力を振り絞り、崩れ落ちたマリー・アントワネットの身体へ覆い被さるように飛び込んだ。

 

 己の背中すべてを盾にして、彼女を守るためだけに。

 

 

 

 ドズゥゥゥゥゥッ!!!!

 

 斜め上から音速で殺到した極大の一本。

 

 それは、マリー・アントワネットを庇うように覆い被さったアマデウスの背中の中央へ突き刺さり、彼の心臓を完全に粉砕した。

 

 

 しかし、杭の軌道はそれで止まらない。

 

 心臓を貫通したその杭は、そのままアマデウスの下にいるマリー・アントワネットの腹部へと深々と突き刺さり、彼女の身体ごと大地へと縫い付ける。

 

「あ……」

 

 何が起きたのか、マリーには分からない。

 

 アマデウスの意識は、心臓を粉砕されたその瞬間に完全に途切れた。彼女に覆い被さったまま、ピクリとも動かない。

 

 一つの巨大な鉄杭によって、二人の身体は串刺しにされ、無惨に繋ぎ止められた。

 腹部を貫く致命的な激痛と、全身から抜け出していく熱を感じながら、事切れたアマデウスの肩越しに、頭上から迫る杭の雨をただ見上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ズブッ! ドスッ! ザシュッ!!

 

 そこから先は、ただの惨劇。

 

 動かなくなったアマデウスの背中に、次々と無数の杭が打ち込まれていく。その鋭利な切っ先はアマデウスの肉を貫通し、下敷きになっているマリーの肩、腕、脚へと容赦なく突き刺さる。

 

 

 どれほどの時が経っただろうか。

 

 永遠にも似た数秒の間に、彼らの身体には無数の杭が打ち込まれ、二人の肉体は文字通り、穴だらけの肉塊へと変えられていく。

 

 おびただしい量の血が、リヨンの乾いた大地を赤黒く染め上げていく。

 

 まさに「串刺し公」の面目躍如たる、極めて凄惨で血みどろの地獄絵図。

 

 

 そして。

 

 すべての質量が落ちきり。

 

 永遠にも似た絶望の雨が、唐突に止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼓膜を破るような轟音が嘘のように消え去る。乾いた風が、濃密な血の匂いだけを戦場に運んでくる。

 

「先輩……ッ!」

 

 串刺しの地獄を耐え切ったマシュ・キリエライトが、重い十字の盾をずらしながら真っ先に叫んだのは、自身のマスターの安否だった。

 

 ジャンヌ・ダルクと共に盾の陰から周囲を見渡す。上空には相変わらず、直径二百メートルに及ぶ巨大な「黒い球体」が不気味に浮かび上がったままだ。

 

「あれは……冬木で見た、先輩の奥義……?」

 

 深い詳細を知らないマシュとジャンヌが、空を見上げながら息を呑む。

 

 その時、沈黙していたカルデアからの通信が、ノイズ混じりに復旧した。

 

『ザザッ……聞こえるかい!? 二人とも、大丈夫か!?』

「ドクター! はい、私たちは無事です!」

 

 ロマンの切迫した声に、マシュが安堵の声を返す。

 

『よかった……! ものすごい魔力嵐が吹き荒れていたけど、あの宝具のせいで観測計器が一時的に焼き切れていたんだ。それより、急いで周囲の状況を確認してくれ!』

「状況、ですか?」

『すぐ近くで、二人の生体反応が、消滅寸前になっている!!』

 

 その言葉に、マシュとジャンヌの顔色が一瞬にして蒼白に染まった。

 

 瓦礫の山を越えて、通信の座標が示す方角へ駆け出す。

 そして、少し離れた広場に横たわる『それ』を見つけた瞬間、二人は絶句し、その場に立ち尽くした。

 

「マリーさん……! アマデウスさん……ッ!!」

 

 それは、あまりにも凄惨な光景だった。

 

 アマデウスの背中には無数の鉄杭が突き刺さり、肉体はすでに穴だらけのまま、下半身から霊基が崩壊して半分ほど消滅しかかっている。

 そして、彼が覆い被さるようにして護ろうとしたマリー・アントワネットもまた、アマデウスの心臓を貫通した極大の杭によって腹部を貫かれ、大地に縫い付けられていた。

 

 

 夥しい血の海。

 

 ジャンヌが弾かれたように駆け寄り、マリーの傍らに膝をつく。

 

「マリー! しっかりしてください、今すぐに治癒を――」

「だめ……ジャンヌ、……」

 

 マリー・アントワネットには、微かに意識が残っていた。

 彼女は仰向けに倒れ、荒く血の混じった息を吐きながらも、駆け寄ってきた二人を見上げて、ふわりと微笑む。

 

「マシュ……ジャンヌ……無事だったのね。……よかった」

「何を言っているんですか! ご自分の心配を――ッ!」

 

 自身が死に瀕しているというのに、味方の無事を心から喜ぶその姿に、泣きそうな顔で声を震わせる。

 ジャンヌが彼女の傷に手をかざすが、その瞬間、聖女の顔に絶望が走った。手遅れだということを、はっきりと理解してしまったからだ。

 

「……霊核が、完全に砕かれています。ここから修復することは……不可能です」

「そんな……」

 

 現実は無情だった。

 

 マリーは、自らを護ろうとして串刺しになり、すでに意識のないアマデウスの血塗れの横顔を愛おしそうにチラリと見つめた。

 

「私たちは……どうやら、ここまでみたいね」

 

 マリーが静かに死を受け入れた、その時。

 

 

 

 

 ピキィィィィィィィンッ……!! 

 

 上空から、ガラスが砕け散るような高い音が響き渡った。

 

 マシュとジャンヌ、そしてマリーが空を見上げる。

 上空に浮かんでいた領域――黒い球体が完全に崩壊し、暗雲が晴れるように霧散していく。

 

 

 その消失した空間の中から、一人の男が重力に従って地上へと落下していく。

 

 領域解除により術式が一時的に焼き切れ、十種影法術が使用困難な状態に陥っているヴァルナ・クロスは、落下していくその空中で、周囲をぐるりと見渡した。

 

(適正存在の有無。……いないな。やはり、宝具が発動された段階で、敵の残党は撤退を決めたか)

 

 敵としても地獄だが、味方としてもたまったものではない無差別攻撃。フランス軍の生き残りも、すでにこの場から逃げ切ったのだろうか。

 

(いや、俺には関係のないことか)

 

 思考を切り替え、ヴァルナは落下しながら自身の内側――『影』へと意識を向ける。

 

 マリーたちの防衛に向かわせていた『玉犬』が、ボロボロになって彼の中へと帰還していた。

 役割こそ完全には果たせなかったが、不完全な顕現でありながら、限界を超えて主の命に従おうとした式神。

 

(お疲れ様。ゆっくりと休んでくれ)

 

 ヴァルナは、確かな慈しみを込めて、傷ついた玉犬の魂を密かに労る。

 

 

 

 ズンッ、と。

 

 かくして、彼は完全に地に降り立ち、土煙を上げて着地した。

 

 その姿は、決して無傷ではない。急所こそ避けているものの、右肩や左脚、脇腹の肉が抉れ、全身にいくつもの痛々しい穴が開いている。

 

 だが、彼から放たれるオーラは、負傷者のそれではなく、極めて禍々しく重圧なものだった。黒閃を決めた直後特有の、高い集中状態と内側から沸き上がる呪力の残滓が、彼の周囲にチリチリと黒い火花を散らしている。

 

 

『ヴァルナ!! あんた何やってるの!? 大丈夫なの!?』

 

 

 戦闘中、意図的に切断していた通信が復旧し、カルデア管制室からオルガマリーのヒステリックな、しかし確かな案じの叫びが響き渡った。

 モニター越しに彼の体に開いた無数の穴を見て、彼女が息を呑む音が聞こえる。

 

「敵は倒した。やはり、他の者たちはすでに撤退したか」

『違う、そっちじゃないわよ! 怪我の心配をしなさい、馬鹿!!

 

 ヴァルナは、「大丈夫なのか」という彼女の問いを「敵を倒したのか」という戦況確認の解釈で受け取り、オルガマリーの怒声すらも気にする素振りを見せずに通信機を叩いて黙らせた。

 

 

 そして、彼はへたり込むマシュの傍まで歩み寄る。

 

「先輩……」

 

 掠れた声のマシュ。

 

 ヴァルナは、今にも消えかけている二人のサーヴァントには一瞥もくれず、マシュの顔を覗き込むように、至近距離まで顔を近づける。

 

「怪我は? 体の調子はどうだ」

 

 その瞳は、いつになく真剣だった。

 

 自分の目でもくまなくサーチし、彼女の霊基に異常がないかを執拗に確かめる。

 

「私は大丈夫です……っ! 少しかすった程度で。ですが、お二人が……!」

 

 マシュは視線を逸らし、血の海に沈むアマデウスとマリーの方へと視線を向けた。

 ジャンヌもまた、悲痛な瞳で消えゆく二人を見つめている。

 

 そこでようやく、ヴァルナはマシュから離れ、倒れ伏す二人の元へと歩み寄った。

 

 

 上から、見下ろす。

 

 近くにいたジャンヌが、不思議そうにヴァルナの顔を見上げた。

 

「……マスター、さん」

 

 マリーが、掠れた声で彼を呼ぶ。

 

「ごめんなさい。私たちは……どうやら、ここまでみたい」

「……そのようだな。霊核が壊れている。ここから霊基を修復する術はないだろう」

 

 ヴァルナは、その場で起こっている絶望的な事実を、冷徹なまでに淡々と、ただの確認事項のように呟く。

 

「アマデウスはもう消滅する。お前も、そこまで長くはない」

 

 残酷なまでの率直さ。

 

 だが、マリーは怒ることも泣くこともなく、ただ優しく微笑んだ。

 

「ほんの数日の出来事だったけれど……。私たちは、あなたたちのお役に、立てたかしら」

 

 消滅寸前。己の存在意義を問うように、マリーは仰向けのまま、血に濡れた右手を空へ向けて微かに伸ばす。

 

 ヴァルナは、静かに膝を折り、屈み込み。

 そして、彼女の伸ばしたその手を、自身の血に濡れた大きな手で、がっしりと包み込むように掴む。

 

「あぁ、もちろんだ」

 

 感情の読めない青年の口元に、微かな笑みが浮かんだように見えた。

 

「お前たち二人がいなくては、俺たちの旅はもう少しだけ、過酷なものになっていただろう。……感謝するよ、フランスの王妃」

 

 それは、人間という種族を外側から観察するような、彼特有の異質な眼差し。

 

 その在り方を慈しむような。美術館で一つの美しい絵画を見つけた時のような、純粋な敬意。彼女たちの魂の輝きを、己の心に永遠に刻みつけるための、静かな別れの儀式。

 

「ふふっ……」

 

 ヴァルナの言葉と、その真っ直ぐな瞳の奥にある真意を受け取ったマリー・アントワネットは、心の底から満足そうに微笑む。

 

 誇らしげな顔で、すでに光となり始めている隣の彼を一瞥し。

 フランスの美しい王妃は、隣の男と共に、黄金の光の粒子となって世界から完全に消滅した。

 

 大地には、主を失った無数の鉄杭と、乾いた血痕だけが残された。

 

 ヴァルナは、空っぽになった己の手のひらを一度だけ強く握り込み、そして静かに立ち上がる。

 

「行くぞ」

 

 短く、ただ一言だけ告げる。

 

 振り返ることなく歩き出した彼の背中を、マシュとジャンヌは、悲しみと決意を胸に秘めながら静かに追いかけて行った。

 

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