Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード)   作:りー037

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【二十一節】竜殺しの記憶と、呪いの咆哮、そして天を堕とす大剣

 

 石畳がめくれ上がり、家屋が粉砕され、街の区画一つが巨大なクレーターと化していた。

 濛々と立ち込める土煙の中心で、のたうつ巨体の影が蠢いている。

 そこから数十メートル離れた大通りの残骸の上に、ジークフリートが音もなく着地した。

 

 直後、彼から少し離れた路地の暗がり――瓦礫の下に伸びていた影の中から、一人の男が静かに滲み出るように這い上がってくる。

 

「……怪我はないな、マスター」

「ああ」

 

 ヴァルナは影から完全に抜け出し、衣服の埃を払うこともなく平坦な声で応えた。

 

「とりあえず、分断は成功した。……ここからが正念場だが」

 

 上層の広場では、すでにサーヴァント同士の死闘が始まっているはずだ。

 こちらの狙い通り、ファヴニールという最大の『面制圧兵器』を他の戦場から完全に隔離することには成功した。

 

「あの規格外の巨体を、物理的な質量だけで強引に叩き落とすとはな」

 

 竜殺しの瞳には、目前の最強の竜に対する恐怖はない。ただ、マスターが整えてくれたこの盤面に応えんとする、武人としての極限の闘志が静かに燃え上がっていた。

 

「シッ」

 

 ヴァルナは一言も返さず、指先で鳥を模した影絵を素早く結んだ。

 バチッ、と紫電を散らして『鵺』が顕現し、主の意志を汲み取って即座に上空深くへと羽ばたいていく。

 

「……かなり、硬いな」

 

 先ほど、超質量を乗せて竜の背面に叩き込んだ一撃。

 手応えはあったが、同時に彼の拳にも強烈な反作用の痺れが残っていた。

 

「本物の竜を殴ったのは初めてだが。……思った以上に、攻撃が通りづらい」

「だろうな」

 

 ジークフリートが、大剣を構え直しながら同意する。

 

「ファヴニールの皮膚や鱗は、生半可な物理攻撃はおろか、強力な神秘すらも弾き返すほどの異常な硬度を有している。あれは、そういう生物だ」

「……お前も、あの竜の血を浴びることで不死身になった。そんな逸話があったな」

 

 知識として知っている伝承と、目の前の現実をすり合わせる。

 

「その逸話の元となる起源。それがあの竜であるというのなら……あのデタラメな硬さも、納得の話だ」

 

 

 ――ズズゥゥン……ッ!!

 

 土煙が吹き飛び、瓦礫の山の中から巨大な竜が体勢を立て直した。

 

「グルォォォォォォォッ……!!」

 

 憤怒に血走った巨大な双眸が、眼下の人間二人を睨み下ろす。

 背面の鱗が数枚ひび割れ、黒い血が僅かに滲む。ダメージがゼロというわけではない。ヴァルナの超質量兵器は、確実に竜の巨体に『痛み』を与えていた。

 

 だが、その程度の傷で致命傷になり得るような生物ではない。むしろ、痛みが竜の闘争本能に火をつけてしまったようだ。

 

「……ちなみに」

 

 ヴァルナは、巨竜の圧倒的な威容を見上げながら、純粋な疑問を口にした。

 

「お前は生前、あの化け物をどんな方法で倒したんだ?」

「……」

「凄まじい神秘の密度だ。口から火を吐くトカゲ……そこらを飛んでいたワイバーンのような下位の竜とは、何もかもが比べ物にならない」

 

 彼から見ても、ファヴニールという生物の異常性は際立っていた。

 歩く核兵器に、完璧な神秘の無効化能力と無敵のバリアが標準装備されているようなものだ。物理も魔術も通らず、高火力のブレスで周囲一帯を焼け野原にする。

 こんな理不尽の塊を、ただ一振りの剣でどうやって倒したというのか。

 

「正攻法で勝つのは、無理だと思うんだが」

 

 マスターからの問いかけに対し、ジークフリートは、ほんの少しだけ視線を彷徨わせた後。

 

「……正直に告白すると。どうして勝てたのか、俺にも分からない」

「分からない?」

 

 ヴァルナの頭上に、目に見えるほどの疑問符が浮かぶ。

 

「お前が倒したんだろう。分からないとはどういうことだ」

「記憶に刻まれているのは、一つだけだ」

 

 ジークフリートは、遥か昔の泥臭い死闘を思い返すように目を細める。

 

「あれは、勝利して当然の戦い……などでは決してなかった。無数の敗北、何千何万回と死んでもおかしくない状況の中から、ごく僅かな勝ちを、強引に拾い上げるような……そんな戦いだった」

「……ああ、なるほど」

 

 ヴァルナは、彼自身の経験則と照らし合わせ、その言葉の意味を正しく理解した。

 

 十回やって十回勝てる相手ではない。十回中、一度勝てるかどうか。

 その奇跡のような『一回』を、執念と気合いで一番最初に持ってくるだけの作業。

 格上との本気の戦闘とは、確かにそういうものだ。彼自身も、修業時代には同じような薄氷を踏む経験を何度もしている。

 

「……慎重に、かつ大胆に動け」

 

 ジークフリートが、後輩に戦訓を授けるように言葉を続ける。

 

「広い視野で物事を見据え、そして深く一点に集中しろ。海のように、空のように。光のように、闇のように。……矛盾する二つの行動を同時にとれ。そうしなければ、あの邪悪なる竜は倒せない」

「……」

 

 ヴァルナの頭に、再び疑問符が浮かんだ。

 

(なんだ、その禅問答のようなアドバイスは)

 

 しかし、彼はいちいちその意図を深掘りするような野暮な真似はしない。

 

「……まあ、分かった」

 

 ヴァルナは両拳にチリチリと呪力を纏わせながら、適当に頷いた。

 後半の抽象的すぎるポエムはよく理解できなかったが、要するに『死ぬ気で、ありとあらゆる手段を使って殺せ』というニュアンスだけは伝わった。それで問題ない。

 

「グォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」

 

 突如、ファヴニールが天を仰ぎ、怒りに満ちた特大の咆哮を放った。

 それは単なる獣の叫びではない。上層の広場でエリザベートが放った宝具の爆音にすら匹敵しうるほどの、空間そのものを震わせる音波の暴力。

 空気がビリビリと振動し、足元の石畳がひび割れ、圧倒的な魔力の暴風が吹き荒れる。

 

「……でかい声だな」

「マスター、問題ないとは思うが、一応言っておく」

 

 大剣を盾のように構えて風圧に耐えるジークフリートが、鋭い声で警告する。

 

「ファヴニールの叫びには、精神を汚染する効果がある! 邪竜としての、いわば『呪い』のようなものだ!」

「どうりで、ここまで肌が痺れるわけだ」

 

 ヴァルナは自身の腕を見下ろす。

 彼の術師としての視界には、大気を伝って這い寄ってくる、ドス黒い悪竜の呪いの粒子がはっきりと見えていた。

 

「体に不調は起きていないか?」

「何も問題はない」

 

 ヴァルナは首をコキリと鳴らし、呪いの暴風を真正面から浴びながら、微かに口角を上げた。

 

「『呪い』というものには、一家言あってな。……少なくとも、この程度でどうこうなる体じゃない」

 

 彼は生まれながらにして、内側から呪いを生み出し続ける特異個体だ。

 その肉体はすでに彼自身の強力な呪いで満たされており、外側から飛んでくる異物の呪いなど、彼の中枢に干渉する前に、圧倒的な質量の差で弾き出されてしまう。

 毒を以て毒を制す。彼の異常な在り方が、結果として邪竜の精神汚染に対する完全な耐性として機能していた。

 

『ガガッ……ピーッ!  ザザッ……応答、応答して!  ヴァルナ!!』

 

 その時。先ほどの超質量落下による凄まじい衝撃と魔力の余波で途切れていた通信機が、ノイズを吐き出しながらようやく修復された。カルデアの管制室から、オルガマリーの切羽詰まった声が飛んでくる。

 

『繋がった……! そっちは 無事!?状況はどうなっているの!?』

「こちらは問題ない。生きている」

 

 一瞥だけ通信機に向け、すぐに視線を前方へ戻した。

 

「それより、マシュの方に集中しろ。あいつらは城の中だ」

『向こうのサポートは、ロマニが担当しているわ!  でも……本当に大丈夫なの?  ファヴニールなんて……っ』

 

 

 ――ビキッ。

 

 空気が、軋むような悲鳴を上げた。

 

「……来るぞ」

 

 咆哮を終えたファヴニールが、完全に体勢を立て直した。

 ダメージの動揺はすでになく、その巨大な顎の奥で、膨大な魔力がチリチリと圧縮されていくのが見えた。

 

(何も考えずに突っ込んでくるだけの獣であれば、楽なんだがな)

 

 ヴァルナは瞬時に計算を回す。

 

(そうはいかないか。あちらも、確実にこちらを殺すための最善手を見計らっている)

 

 ファヴニールは地上にいる二人の動きを完全に捕捉した上で、周囲の大気中から莫大なマナを収束させ始めた。

 竜種特有の、呼吸による魔力生成。

 それは即ち、広範囲を無に還す『竜の息吹(ブレス)』のシークエンスへの移行。

 

『待って!  敵の魔力反応が急激に跳ね上がって……これは、大気中のマナが直接燃焼されている……ッ!?』

 

 通信機から、警告のアラームがけたたましく鳴り響く。

 だが、その電子音すらも、すぐに分厚いノイズに飲み込まれた。

 ファヴニールのブレスチャージ。その規格外の熱量と魔力密度が、周囲の空間そのものを焼き焦がし、カルデアとの通信電波を物理的に遮断してしまったのだ。

 

『 逃げ……ザザザッ……ピーーーーッ』

 

 完全に途切れた通信。

 圧倒的な死の気配が、オルレアンの下層市街地を支配する。

 大気中のマナが文字通り根こそぎ奪い取られ、呼吸をするだけで周囲一帯を焼け野原にする兵器のチャージが、今まさに臨界に達しようとしていた。

 

「ジークフリート」

 

 極めて冷徹な声で命じる。

 

「宝具で、相殺しろ」

「了解した……!」

 

 ジークフリートはすでに、バルムンクの刀身に黄昏色のエーテルを充填し始めている。

 敵のブレスのチャージと、味方の宝具のチャージ。

 

 その速度は、ほぼ同等に見えた。

 

(――いや)

 

 ヴァルナの動体視力と呪力感知が、ほんの僅かな『ズレ』を正確に計測する。

 

(向こうが、少し早いか?)

 

 大気中のマナが、文字通り根こそぎ奪い取られていく。

 ファヴニールの巨大な顎の奥で、世界を灰燼に帰すための極大の熱量が圧縮されていた。

 呼吸をする。ただそれだけの生体活動が、周囲一帯を完全に焼け野原にする兵器のチャージと同義。チャージが早いという次元ではない。息を吸い込んだ時点で、すでに致死の暴力は完了している。

 

「マスター、下がれ……!」

 

 ジークフリートが、自身を盾にするように前へ踏み出した。

 彼の両手には黄昏色のエーテルが渦巻いているが、臨界点に達するまであと数瞬の時間を要する。敵のブレスの放射が、僅かに早い。

 だが、竜殺しの足に退く気配は一切なかった。彼には『悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)』がある。自らの身を灼熱の波に晒し、肉を焦がしながらでも、必ずこの魔剣の刃を竜へ叩き込む。その壮絶な覚悟が、彼の背中から放たれていた。

 

「――逆に、俺はあのブレスを直撃したら死にかねないか」

 

 ヴァルナは一歩踏み込み、大剣を構えるジークフリートの肩に迷いなく手を置いた。

 

「少し下がるぞ。チャージは続けろ」

「な――」

 

 ジークフリートが驚愕の声を漏らす間もなく、二人の足元にあった影が底なしの沼のように口を開き、彼らの肉体を一瞬にして呑み込む。

 

 光のない、漆黒の底。

 影の内部は、酸素も浮力も存在しない絶対的な虚無の空間。

 だが、ヴァルナにとってここはこの世で最も自由な自陣に他ならない。彼は魔剣に魔力を注ぎ続ける重装の騎士を片手で導き、黒い海を滑るように泳ぐ。

 向こうのチャージが早いなら、距離を物理的に引き伸ばして『ブレスが届くまでの時間』を強制的に稼ぎ出せばいい。

 

 

 ゴアァァァァァァァァァァァッッ!!

 

 直後、二人が先ほどまで立っていた空間を、太陽の表面温度にも匹敵する極太の熱線が通過し、瓦礫の山を瞬く間にドロドロのマグマへと変貌させた。

 その破滅の光条から数十メートル後方。崩れかけた建物の陰に伸びていた影から、二人の姿が勢いよく水面を割るように飛び出す。

 

「間に合ったか」

 

 ヴァルナが、自身の計算通りに稼ぎ出した猶予を確認し、短く告げる。

 

「やれ、ジークフリート。相殺しろ」

 

 引き伸ばされた距離と時間。それは、竜殺しの魔剣を臨界点へと至らせるには十分すぎる余白。

 足を踏み締め、ジークフリートが呼応する。

 

「行くぞ……!」

 

 それは、英雄の座に刻み込まれた神話の具現。邪悪なる竜を討ち果たす、絶対的な死の運命。

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る!  撃ち落とす――『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 迫り来るファヴニールの灼熱ブレスと、真正面からの激突。

 

 

 互いの最上位の攻撃が噛み合い、視界のすべてが白く染まった。

 空気が焼け焦げ、周囲の瓦礫が衝撃波で塵芥のように吹き飛ぶ。ジークフリートとファヴニール、人間と幻獣の咆哮が重なり合い、戦場に凄まじい嵐を巻き起こす。

 

 威力は拮抗しているように見えた。

 だが、此方はただの魔力ではなく、明確に『竜』へ特化した殺意の結晶。

 

「オォォォォォォォッ!!」

 

 ジークフリートの裂帛の気合いと共に、黄昏の剣閃がブレスの熱量を強引に押し返し、そのままファヴニールの巨体へと雪崩れ込んだ。

 

「ギャァァァァァァッ!?」

 

 爆発。

 閃光に飲み込まれたファヴニールが、耐えきれずに後方へと大きく弾き飛ばされる。

 無敵の硬度を誇る鱗の一部が砕け散り、確かなダメージがその身を削り取っていた。

 

(……この規模の攻撃を、あの速度で放ってくるとはな。やはり侮れない)

 

 一歩間違えれば炭化していたであろう死線を潜り抜けながらも、彼の内側にあるのは焦りではなく、本物の強者と盤面を回し合う純粋な快楽だ。

 

 土煙を突き破り、ファヴニールが再び姿を現した。

 己の必殺のブレスが押し負けた事実。そして、眼下にいる剣士が、自分という種族を的確に殺すための『天敵』であるという本能の理解。

 邪竜は、もはや地上の蟻を相手にするような余裕を捨て去った。

 

 

 バサァッ!!

 

 巨大な翼がはためき、ファヴニールは地上戦を放棄して再び空へと飛翔しようとする。あの剣士の攻撃範囲から逃れ、安全圏から一方的に蹂躙するための極めて合理的な判断。

 先ほどの跳躍と蹴りによる迎撃を警戒し、ヴァルナの動きにも鋭い視線を向けながら高度を上げていく。

 

「逃がすか……!」

 

 ジークフリートが地を蹴り、超高速で追撃に移るが、飛翔し始めた竜の速度に刃が届くかはギリギリの距離。

 

 だが、ヴァルナは動かない。

 彼は追撃のために跳躍することなく、ただ太陽を背にした逆光の空を、静かに見上げた。

 

「……まずは、空を飛ぶための翼を奪う」

 

 遥か上空。

 ファヴニールが目指すさらに高い空域に、一羽の異形の鳥が待機している。

 

 事前に放っておいた保険、『鵺』だ。

 ヴァルナは地上にいながらにして、自身の意識を上空の鵺の影へと『接続』する。

 

(術式・遠隔発動)

 

 鵺の腹部に生じた影が、不気味にうねり、巨大な二つの手の形へと変貌する。

 空中で、影の手が交差し、印を結ぶ。

 

 直後。

 天高く舞い上がろうとしていたファヴニールの真上の虚空から、ピンク色の超重量の巨獣が、滝のような水飛沫と共に産み落とされた。

 

「『満象』」

 

 空へ逃げようとする竜の背中に、上空から降ってきた象の質量が容赦なく激突する。

 

「グガァッ!?」

 

 予想外の方向からの奇襲。

 飛翔のためのバランスが完全に崩れ、ファヴニールの巨体は空気を掴み損ねて再び地上へと墜落していく。二度目の、屈辱的な失墜。

 

 

 ズッッッ、ドォォォォン!!

 

 地響きを立てて墜落した竜は、しかし今回は致命的な隙を晒す前に、即座に身をよじった。

 全身から莫大な魔力を放出し、怒り狂ったように暴れ回ることで、背中に伸しかかった満象を強引に振り払おうとする。

 

 竜の対処は完璧に近い。

 だが、その『数秒』のロスこそが、致命傷を招く。

 空を飛ぶための時間を失い、背の異物を排除するために体勢を崩した一瞬の隙。

 

 その眼前に、すでに竜殺しは肉薄していた。

 

「ハァァァァァァァァッ!!」

 

 渾身の踏み込み。

 ジークフリートの雄叫びと共に、下段から跳ね上げられたバルムンクの刃が、ファヴニールの無防備な腹部へと深く、深く食い込んだ。

 竜特攻の魔力が、鋼より硬い鱗を紙のように引き裂き、その奥にある分厚い肉を断ち切る。

 

「ギ、ギャァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 鼓膜を破壊せんばかりの絶叫が、オルレアンの空に響き渡る。

 

 切り裂かれた腹部から、濃密な魔力を帯びた竜の血が、凄まじい勢いで噴き出した。

 赤黒い血飛沫が雨のように降り注ぎ、戦場の世界を赤く染め上げていく。

 

 

 

 

 

 

 外の広場で巻き起こっているであろう英霊たちの激闘の余波が、分厚い石造りの城壁を通してビリビリと伝わってくる。

 マシュ・キリエライトとジャンヌ・ダルクは、薄暗いオルレアン城の内部を、周囲への警戒を怠ることなく駆け抜けていた。

 

 目指すは、この城の最奥に鎮座する特異点の核。

 

 竜を統べる復讐者――竜の魔女。

 

『そのまま真っ直ぐ進んでくれ!』

 

 腕の通信機から、ドクター・ロマンの緊迫した声がナビゲートを行う。

 

『この先、最奥の玉座の間から、かなりの量の魔力反応が検出されている!  それも……サーヴァントとは異なる、何らかの特異なエネルギー反応だ』

「サーヴァントとは異なる……?」

 

 走りながら、ジャンヌが眉をひそめる。

 

『ああ。おそらく、敵を阻むための防衛システムだろう。召喚された使い魔の類だ。かなり数がいる。二人とも、十分に警戒してくれ』

「了解しました、ドクター」

 

 マシュが短く応え、巨大な盾を握る手に力を込めた。

 

 その奥に、何が待ち構えているのか。

 長い廊下を走り抜けながら、二人の視線の先に、一つの大きなアーチ状の扉から漏れる光が見えてくる。

 

 扉の直前で歩みを緩め、ジャンヌが静かに声をかけた。

 

「あの部屋から複数の魔力反応。ここから戦闘になります。気を引き締めていきましょう」

「はい、ジャンヌさん」

 

 マシュは深く頷いた。彼女の瞳に、迷いや恐怖はない。

 

 二人は同時に踏み込み、大広間へと踊り出る。

 

「……っ」

 

 広い部屋の光景を視認した瞬間、マシュの息が微かに詰まる。

 玉座へと続く巨大なエントランスホール。そこを埋め尽くしていたのは、英霊ではなく、名状しがたい異形の群れだった。

 

 数十体に及ぶ、深紫を基調とした体色の怪物。

 蛸とヒトデを無残に融合させ、内臓を裏返したような禍々しい姿。ぬちゃり、ぬちゃりと粘液を滴らせながら、無数の触手を蠢かせている。

 

 海魔。

 おそらく、竜の魔女の陣営にいるサーヴァントが、城への侵入者を迎撃するために配置した防衛戦力。

 

「ピギャァァァァァァッ!!」

 

 侵入者を「敵」として認識した海魔の群れが、鼓膜を引っ掻くような奇声を発し、うねる触手を一斉にこちらへ向けて波のように押し寄せてくる。

 

『マシュ! 包囲される前に数を減らすんだ!』

「分かっています!」

 

 マシュは盾を斜めに構え、一切の躊躇なく、海魔の群れの中へと飛び込んだ。

 

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 突進の運動エネルギーを乗せたシールドバッシュが、先頭の三体の海魔をまとめて粉砕する。深紫の体液が爆散するが、マシュはそれに構わず、盾を軸にして独楽のように身体を回転させた。

 

 

 ビュッ、ビュンッ!!

 

 死角である背後や真横から、粘着質の触手がマシュの足を、首を狙って伸びてくる。

 

 ――しかし。

 

(……見えます)

 

 マシュの研ぎ澄まされた体術が、そのすべてを的確に捌き切る。

 右からの触手を盾の縁で弾き落とし、左からの奇襲を最小限の首の動きで躱し、そのまま踏み込んで敵の核らしき部分を蹴り砕く。

 それは単なるサーヴァントとしての基礎能力の高さではない。カルデアのシミュレーターで、鍛え上げられた成果だった。

 

 彼女の脳裏に、特訓の記憶がフラッシュバックする。

 一切の容赦なく死角から放たれる、鵺の奇襲。玉犬の鋭い牙。そして、マスター自身の呪力を乗せた変幻自在の打撃。

 あの理不尽極まりない全方位からの連携攻撃を必死で凌いできたマシュにとって、海魔の単調な触手攻撃など、スローモーションにも等しい。

 

「はぁッ!」

 

 盾を地面に叩きつけ、その反動を利用して跳躍。空中で身体を捻りながら、群がろうとしていた海魔の頭上を飛び越え、着地と同時に強烈な回し蹴りを叩き込む。

 

「素晴らしい動きです!」

 

 マシュの格闘によって海魔の陣形が崩れたその一瞬の隙。

 ジャンヌが聖なる旗槍を掲げ、突撃を開始する。

 

 

 ドォォォォンッ!!

 

 旗槍の重い一撃が、海魔の巨体を物理的に粉砕する。さらに、光弾による魔力攻撃が、陣形の崩れた敵の群れを正確に穿っていく。

 

「ギャァァァァァッ!?」

 

 ジャンヌの打撃と光弾によって、数体の海魔が肉片となって消え去った。

 

「マシュさん、右です!」

「対応します!」

 

 言葉を多く交わす必要すらなく、互いの死角をカバーし合う完璧な連携。

 ジャンヌが旗槍と光弾で広範囲を牽制し、そこから漏れ出て奇襲を仕掛けてくる個体を、マシュが盾と体術で的確に粉砕していく。

 

 群を抜く個の強さはない。だが、どこからでも纏わりついてくる粘着質な『数の暴力』を、彼女は決して通さない。

 先輩が、あの強大な竜を引き受けて作ってくれた、自分だけの役割。

 

 絶対に、この道を切り拓いてみせる。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐き、盾を構え直す。

 数十体いた海魔の群れは、すでに半分以下にまで数を減らしていた。玉座への道は、すぐそこまで迫っている。

 

 




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 感想や評価も嬉しいです。

 話数的にオルレアンは、ここから折り返しになります。
 あと半分ですね。読んでいただいた方、ありがとうございます!!
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