Fate/Strange Order : 冠位影法録(シャドウ・レコード)   作:りー037

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【二十二節】偽りの復讐者と、激突する二つの旗、そして降り注ぐ鋼の十字

 

 ビチャリ、と。

 最後に残っていた深紫の海魔が、マシュの巨大な十字盾の下敷きとなって破裂し、名状しがたい断末魔とともにエーテルの塵となって霧散する。

 空気を満たしていた粘着質な腐臭が、徐々に城の冷たい空気へと溶けていった。

 

「ふぅ……」

 

 マシュは短く息を吐き、盾を構えていた緊張をふっと解いた。周囲に蠢く触手はすでに一つもなく、大広間は静寂を取り戻している。

 彼女の額には薄っすらと汗が滲んでいたが、その呼吸に乱れはない。数十体という数の暴力を前にしても、彼女の肉体は叩き込まれた最適の動きを反復し、無傷のまま脅威を殲滅せしめたのだ。

 

「ありがとうございます、マシュさん。見事な立ち回りでした」

「いえ。ジャンヌさんの的確な援護があったからです。それに……」

 

 マシュは自分の両手を見つめ、微かに口角を上げた。

 

「先輩のシミュレーター特訓に比べれば、軌道が単調で、驚くほど遅く見えましたから」

 

 あの、あらゆる死角から理不尽に飛んでくる式神たちの牙や紫電。それを思えば、魔物たちの単調な物理的包囲など、対処の糸口はいくらでも見つかった。

 

『敵影の完全消滅を確認したよ。二人ともお疲れ様』

 

 通信機から、ドクターの安堵した声が響く。だが、すぐにその声色は固く引き締まった。

 

『……この先だ。大広間を抜けたさらに奥、おそらくこの城の中心部にあたる部屋から、尋常じゃない魔力反応が検出されている。間違いなく、竜の魔女だ』

 

 二人の表情が、同時に引き締まる。

 

「行きましょう、マシュさん」

「はい、マスターの道を繋ぐために」

 

 二人は顔を見合わせ、深く頷き合うと、迷いなく城の最奥へと歩みを進めた。

 

 

 

*

 

 

 

 重厚な両開きの扉を押し開けると、そこは城の陰鬱な雰囲気とは一線を画す、無機質なまでに白い部屋だった。

 天井からは冷たい光が降り注ぎ、豪奢な真紅の絨毯が部屋の奥へと伸びている。

 

 そして、その終点。一段高く設えられた玉座の上に、彼女はいた。

 

「ようやく、辿り着きましたか」

 

 足を組み、頬杖をつきながら、ひどく退屈そうに嘆息する女。

 漆黒の鎧を纏い、呪われた炎のように赤黒い旗を傍らに立て掛けた『竜の魔女』――ジャンヌ・オルタ。

 

 救済の聖女と、復讐の魔女。二人のジャンヌ・ダルクが邂逅するのは、あの広場での衝突以来、二度目となる。

 

 オルタは薄く笑い、氷のように冷たく、それでいて業火のように熱い憎悪の瞳で、闖入者たちを見下した。

 

「……あのマスターはいないのね。ここに来たのなら、その瞬間に灰にしてあげたのだけれど。残念だわ」

 

 ヴァルナがいないことを嘲笑うオルタに対し、マシュは盾を強く握り直し、一歩前へ出て力強く言い放った。

 

「先輩は、外であの竜と戦っています。私たちは、あなたを止めるためにここへ来ました」

 

 ただの盾役ではない。マスターから明確に託され、自らの意志でこの死地に立つことを選んだ少女の、揺るぎない眼差し。

 

 しかし、オルタはその言葉を聞いてニヤリと唇を歪めた。

 

「ファブニールが相手であれば、無事では済まないでしょうね。今頃、消し炭になって……」

 

 

 ズッッッ、ドォォォォン!!

 

 オルタの言葉を遮るように、城全体を激しく揺るがす凄まじい轟音が響き渡った。

 玉座の間のシャンデリアが大きく揺れ、石造りの壁からパラパラと粉塵が落ちる。

 

「な、何事ですか……!?」

 

 マシュが体勢を低くし、周囲を警戒する。

 その轟音の正体を確信したオルタは、玉座から立ち上がり、狂気を孕んだ高笑いを響かせた。

 

「アハハハハハッ! 聞こえたかしら!? あの圧倒的な破壊の音! 私たちは絶対に負けない! お前たちの希望は、全て焼却されるのよ!」

 

 絶対的な勝利を確信し、傲慢に吠える竜の魔女。

 その膨れ上がる魔力と殺気に対し、マシュは盾に力を込め、敵の初動を封じるために一歩前へ踏み出そうとした。

 

 

 ――ガシッ。

 

 だが、その肩を、後ろから伸びてきた手が静かに、しかし力強く引き留めた。

 

「ジャンヌ……さん?」

 

 疑問に思い、振り返るマシュ。

 ジャンヌ・ダルクは、マシュの横を通り抜け、オルタの真正面へと進み出る。

 その瞳には、「迷い」は一切ない。ヴァルナという、自身の生き方を己のエゴのみで絶対的に肯定する男と対話し、その哲学に触れたことで、彼女の心は鋼のように澄み渡っていた。

 

 竜の魔女の憎悪に一歩も引かない、鋭く、強く、静謐な意志の宿る眼差し。

 

 そのあまりにも真っ直ぐな視線を受け、オルタは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「……どうかしましたか、私の残骸。絶望のあまり、声も出なくなったのかしら?」

 

 嘲笑。だが、ジャンヌは静かに首を横に振った。

 

「いいえ。私は残骸でもなければ、そもそも、貴女でもない」

「……は?」

 

 オルタが呆れたように鼻で笑う。

 

「何を言っているのです? 貴女は私でしょう? 人間に裏切られ、火刑に処され、この世のすべてを呪いながら死んでいった、愚かなジャンヌ・ダルクの成れの果て。それが私という事実の、何が違うというのです?」

「一つ、問わなければならないことがあります」

 

 ジャンヌはオルタの嘲笑を完全に無視し、極めて静かなトーンで言葉を紡いだ。

 

「極めて簡単な問いです。――貴女は、自分の家族を覚えていますか?」

「……」

 

 エコーのように玉座の間に響いたその言葉に、マシュは目を丸くした。

 

「家族……? ジャンヌさん、それはどういう……」

 

 戦いの最中に投げかけるには、あまりにも場違いで日常的な問い。だが、ジャンヌはマシュの戸惑いを手で制し、オルタから目を逸らさずに言葉を続ける。

 

「戦場の記憶がどれほど苛烈であろうと、私という人間の根底には、あのドンレミ村での田舎娘としての記憶の方がはるかに多く刻まれています」

 

 ジャンヌは、一歩ずつ、玉座へ向かって歩みを進めながら語る。

 

「貴女が私自身の反転体であり、別の側面であるというのなら、あの牧歌的な生活の匂いや、家族の顔を忘れるはずがない。……忘れられないからこそ、あの日々に泥を塗った裏切りに絶望し、嘆き、憤怒する。そのような愛しい過去を忘れられず、内に秘めている存在こそが、本当の意味での『復讐者(アベンジャー)』のはずです」

 

 ジャンヌの言葉は、鋭い刃となってオルタの精神の核へと迫っていく。

 

「ですから、答えてください。貴女の過去に、何がありますか?」

「私、は……」

 

 オルタは、即座に反論しようとして、口を開き――そして、凍りついた。

 

 脳裏に、凄まじい『空白』が走る。

 家族の記憶。故郷の風景。羊たちの鳴き声。母の手の温もり。

 自分自身に問いかけても、何も出てこない。黒く塗りつぶされているわけではない。最初から、そこには『何も存在していない』のだ。

 

(これ、は……?)

 

 オルタの瞳が、恐怖と混乱に小さく収縮する。

 フランスという国への憎悪は、マグマのように内側から果てしなく湧き上がってくる。人間を殺したい。すべてを焼き尽くしたい。その感情は間違いなく本物だ。

 だが、その憎悪の「前提」となるべき、自分自身の個人的な過去が、すっぽりと欠落している。

 

「あ、あぁ……ッ」

 

 余裕に満ちていた傲慢な表情が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 

 その取り返しのつかない決定的な矛盾を突きつけられ、オルタは頭を抱えて後ずさった。

 

「……やはり、そうなのですね」

 

 哀しげに目を伏せる。

 ジャンヌは自らの意志で戦っている。だが、目の前の影には、選択の余地すらなかった。狂気によって創り出され、ただ憎むことしか許されていない哀れな人形。

 

 ジャンヌは顔を上げ、旗槍を力強く握り締めた。

 

「私は、怒りではなく……憐れみを持って、竜の魔女を倒します」

 

 澄み渡るような、力強い宣言。

 その「憐れみ」という言葉が、アイデンティティの崩壊に怯えていたオルタの導火線に火をつけた。

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 激痛を伴うような絶叫。

 空白の恐怖を塗り潰すように、オルタの全身からドス黒い魔力が爆発的に膨れ上がり、周囲の空気を高熱で歪ませる。

 

「記憶がないからどうした!私はジャンヌ・ダルク! お前を殺して私はッ、私が……!!」

 

 

 ゴオォォォォォォォッ!!

 

 赤黒い炎を全身に纏い、オルタはその爆発的な魔力を推進力に変換して、玉座から砲弾のように飛び出した。

 

 狙うは、白き自分。自身の虚構性を暴いた憎き聖女の心臓。

 理性を失い、ただ殺意とステータスの暴力のみで放たれた、神速の刺突。

 

「させませんッ!」

 

 だが、その殺意の軌道に、巨大な鋼の十字が割り込んだ。

 

 盾が、オルタの旗槍の先端を真正面から受け止める。

 

「くっ……!」

 

 マシュの腕の筋肉が悲鳴を上げ、ブーツが真紅の絨毯を削りながら後退させられた。

 

 ――しかし。

 

 マシュはただ力任せに耐えているわけではない。

 彼女の脳裏で、ヴァルナの超高密度の打撃を捌き続けたシミュレーターの記憶がフラッシュバックする。

 

(力のベクトルを、正面から受け続けてはいけない。逸らし、流し、相手の体勢を崩す――!)

 

 マシュは、強烈な圧力が掛かる盾の角度を、ほんの数ミリだけ絶妙に傾けた。

 

 

 ギギギィッ……ズォン!

 

 突進のエネルギーが、盾の斜面を滑るように斜め上へと受け流すパリィ。

 

「なっ!?」

 

 全体重を乗せた刺突をスカされ、オルタの身体が大きく前のめりに崩れた。

 

 その致命的な隙を、逃すはずがない。

 マシュは盾の陰から滑り出るように身を沈め、無防備になったオルタの腹部へ向けて、下からの強烈な蹴り上げ(サマーソルト)を放つ。

 

「小賢しいわねッ!」

 

 だが、オルタの反射速度も異常だった。彼女は前のめりに崩れた体勢のまま、旗槍の柄を強引に引き戻し、マシュの蹴りを柄の腹でガードする。

 

 ドゴォッ! と鈍い音が響き、両者の身体が反発して僅かに距離が開く。

 

 そこへ。

 

「ハァァァッ!」

 

 

 マシュが作った死角へと入り込んでいたジャンヌが旗槍を閃かせた。

 横薙ぎの重い一撃。オルタはとっさに身を捩るが、避けきれずにその切っ先が漆黒の鎧を削り、オルタに一筋の赤い傷を刻み込む。

 

「チィィッ……!」

 

 舌打ちと共に、オルタが大きく後方へと跳躍し、距離を取る。

 頬から流れる血を乱暴に拭い去り、その瞳に底知れない苛立ちと殺意を宿して、二人の少女を睨みつけた。

 

 物理的なステータス、そして魔力の総量においては、間違いなく竜の魔女が圧倒的に上回っている。彼女の一撃は重く、速く、受け止めるだけで骨が軋むほどの暴力だ。

 

 

 ガガガガガッ!!

 

 二つの旗槍の穂先が凄まじい速度で交差し、暗い玉座の間に無数の火花が散り続ける。

 未熟なサーヴァントであるジャンヌは、力任せの連撃に押し込まれ、防戦を強いられる。

 

「どうした偽善者! その程度かしら!?」

 

 オルタが強引に力を振るい、ジャンヌの旗を弾き飛ばそうとする。

 

 だが、そこに必ずマシュの盾が割り込む。

 ジャンヌの死角を完璧にカバーし、オルタの重い一撃を盾の角度で逸らし、体勢が崩れた瞬間にシールドバッシュや鋭い蹴りによるカウンターを叩き込む。

 

 技術と連携が、圧倒的なステータスの差を埋めていた。

 

 マシュの、最適解を導き出す防衛格闘。そしてジャンヌの、己の影を打倒するという揺るぎない覚悟。

 二人の完璧なコンビネーションが、戦闘の均衡をギリギリの綱渡りで保ち続けていた。

 

「……ッ、鬱陶しい!」

 

 攻めきれない。こちらの力の方が圧倒的に上のはずなのに、あの忌々しい盾の小娘が悉く決定打を逸らし、自分の急所へ反撃の牙を剥いてくる。

 認めたくはないが、この二人の連携は、かなり手強い。

 

「……であるのならば!」

 

 オルタの苛立ちが頂点に達し、その赤黒い炎がさらに一段階、危険な熱量へと跳ね上がった。

 

 何度目かの甲高い金属音が弾けた直後。

 ついに、竜の魔女の苛立ちが限界を突破する。

 

「――目障りよッ!!」

 

 オルタは、もはや技術や連携による駆け引きを完全に放棄した。

 全身から噴き上がる赤黒い魔力を、旗槍の柄に力任せに全て叩き込む。小細工の一切ない、ただ圧倒的な『ステータスの暴力』。

 Aランクに迫る筋力と、憎悪の魔力が乗った無慈悲な横薙ぎの一撃。

 

「くっ……!?」

 

 マシュは即座に盾の角度を変えていなそうとしたが、その圧力は『逸らす』ことすら許さない理不尽な質量を持っていた。

 

「きゃぁっ!?」

 

 マシュの身体が宙に浮き、枯れ葉のように後方へと大きく吹き飛ばされる。

 

「マシュさん!」

 

 ジャンヌが悲痛な声を上げ、視線を一瞬だけ後方へ向けた。

 だが、その『一瞬の隙』こそが、オルタの狙い。

 

「どこを見ているのッ!」

 

 残虐な笑みを浮かべたオルタが、踏み込みと同時にジャンヌの眼前に肉薄する。

 上段から振り下ろされる、必殺の旗槍。

 

「はぁぁぁぁッ!!」

 

 ジャンヌは咄嗟に自らの旗を横に構え、その一撃を脳天のギリギリで受け止めた。

 ギギギギギッ! と、二人の聖女の旗が鍔迫り合い、火花を散らす。

 

 だが、防がれることなど百も承知。

 

「甘い!」

 

 鍔迫り合いでジャンヌの意識が上部に集中したその瞬間。オルタはガラ空きになったジャンヌの腹部へ向けて、容赦のない前蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐはぁッ……!」

 

 肺の空気を根こそぎ吐き出させられるような鈍い衝撃。

 ジャンヌの身体がくの字に折れ曲がり、マシュと同じように後方へと吹き飛ばされる。

 

 

 ――ズザーーーーッ!!

 

 だが、ジャンヌの背中が壁に叩きつけられる直前。

 体勢を立て直していたマシュが横から滑り込み、自身の身体をクッションにするようにして、吹き飛んできたジャンヌを抱き留めた。

 

「ッ、かは……大丈夫、ですか、ジャンヌさん……!」

「ええ……ありがとうございます。助かりました……」

 

 息を乱しながらも、ジャンヌが立ち上がる。

 二人が吹き飛ばされたことで、オルタとの間に数十メートルの距離が開いた。

 

 玉座の前に立つ竜の魔女は、もはや追撃を仕掛けてこない。いや、仕掛ける必要がない。

 彼女の周囲の大気が、異常な高熱を帯びて陽炎のように歪み始めている。

 

『まずい、二人とも! 敵の魔力が一点に収束している! 宝具が来るぞ!』

 

 ロマンの悲鳴のような警告が、通信機から響く。

 その言葉を待つまでもなく、ジャンヌは自身の旗を強く握り直し、切っ先をオルタへと向けた。

 

「向こうが宝具を使うのであれば、こちらも同じく、迎え撃ちます」

 

 退く場所はない。避けることも不可能。

 ならば、正面からその憎悪を受け止めるのみ。

 

「貴女の怒りは、私が引き受けます!」

「黙れッッ!!!」

 

 オルタの絶叫と共に、足元の石畳がドロドロに溶け出し、赤黒い炎が竜の顎(あぎと)のように膨れ上がる。

 復讐者の憎悪を魔力変換し、敵対するすべてを焼き尽くす絶対の炎。

 

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

「『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 空間を燃やし尽くす赤黒い極大の業火と、それを防ぐために展開された青白く神聖な光の結界。

 相反する二つの宝具が、大広間の中心で激突した。

 

 

 光と熱の奔流が、玉座の間を白く染め上げる。

 凄まじい衝撃波が巻き起こり、城の柱がひび割れ、ステンドグラスが粉々に砕け散る。

 圧倒的な復讐の熱量と、それを絶対に防ぎ切るという救済の意志が、一歩も引かずに拮抗し合う。

 

「認めない……認めないッ!!」

 

 炎の向こう側から、血を吐くようなオルタの咆哮が轟く。

 自身の過去が空っぽであることを振り払うように、彼女はその炎にすべてを懸けていた。

 

「私は絶対に成し遂げる! 私こそが、ジャンヌ・ダルクだぁぁぁッ!!」

 

 

 ゴアァァァァァァァッ!!

 

 オルタは、あろうことか自身の霊基すらも薪としてくべ始めた。

 自らを焼きながら放たれる狂気の炎。その出力が、限界を超えてさらに跳ね上がる。

 

 赤黒い業火が、ジャンヌの展開する神聖な光の護りを徐々に侵食し、ヒビを入れ始めた。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 ジャンヌの口から、苦悶の声が漏れる。

 圧倒的な質量を持った殺意の塊。このままでは、破られ、二人とも灰にされる――。

 

 その、膠着と絶望の極限状態の中。

 

「――ハァァァァァァァァァッ!!」

 

 玉座の間の天井付近から、力強い少女の叫び声が響き渡った。

 それは、ぶつかり合う二人のジャンヌのものではない。

 

「な……!?」

 

 すべてを燃やし尽くさんと前方のジャンヌに集中し、炎を放ち続けていたオルタは、ハッとして頭上を見上げた。

 閃光に照らされた自身の顔に、巨大な『影』が差す。

 

 そこにいたのは、自身の身の丈ほどもある巨大な盾を構え、天井から隕石のように落下してくるマシュ・キリエライトの姿だった。

 

(……ッ!)

 

 オルタの背筋に、氷のような悪寒が走った。

 膠着状態の最中、盾の小娘はいつの間にかジャンヌの背後から跳躍し、圧倒的な高さを取っていたのだ。敵の意識が前方の宝具激突に100%向いているその「死角」を突く。

 

 それはまさに、『空間を三次元で支配する』という戦闘の最適解。

 

 目の前の光の結界を壊すことに集中していた一瞬の隙。

 オルタは土壇場で、前方のジャンヌへと向けていた宝具の炎の射角を、強引に上空へと捻じ曲げた。

 

「落ちろぉぉぉッ!!」

 

 上からの迎撃を炭化させるべく、極太の火柱がマシュを飲み込まんと牙を剥く。

 下から迫り来るのは、サーヴァントを一瞬で灰にする程の炎。

 

 だが、マシュの瞳に一切の恐怖はない。

 既に、死を受け入れるだけの彼女ではない。私は生きて、先輩の道を拓く。その『エゴ』が、彼女の肉体に限界以上の力を引き出させる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 マシュは、その身を焼かんとする業火に向かって、巨大な十字盾を真正面に構えたまま突っ込んだ。 

 

 

 ゴオォォォォンッ!!

 

 盾の表面で炎が弾け、防ぎきれない凄まじい熱風がマシュの全身を包み込む。

 肌が焼け焦げ、無数の火傷が全身に刻まれていく激痛。それでも、彼女は目を見開いたまま、落下軌道を一直線に保ち続けた。

 

 炎の柱を、巨大な盾が物理的に切り裂きながら落ちていく。

 

「馬鹿な……ッ!?」

 

 オルタが驚愕に目を見開く。

 炎を突き破り、火傷だらけになった少女が、悪鬼のような気迫で眼前にまで迫っていた。

 

 重力という絶対の加速。上空から落下するエネルギー。

 そして、ありったけの魔力と、生への執着を乗せた、防衛の枠を越えた渾身の一撃。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 ドゴォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!

 

 マシュの巨大な盾の底面が、ジャンヌ・オルタの無防備な胸部へ、隕石のごとく直撃した。

 玉座の間の空気が一瞬圧縮され、直後に爆発的な衝撃波となって放射される。

 

「カ、ハッ…………!?」

 

 おびただしい量の鮮血が噴き出す。

 肋骨が砕け、内臓が破壊される致命的な感触。宝具の炎が瞬時にかき消え、その身体は玉座の階段をバウンドしながら、無惨に後方へと吹き飛ばされていった。

 

 

 

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