Fate/Grand Order : 冠位影法録(グランドオーダー・シャドウレコード)   作:りー037

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炎陣の語らいと、黒き王の影

【時刻:2004年 某月某日 ??:??】

 

【場所:特異点F 炎上汚染都市 冬木・交差点】

 

 

漆黒の火花が散った空間には、未だに焦げつくような呪力の残滓が漂っていた。

 

 

『黒閃』

 

 

その極限の打撃を放った直後、ヴァルナ・クロスの肉体は「120%の潜在能力を引き出せる状態」――いわゆるゾーンへと突入していた。

 

脳内物質が過剰に分泌され、視覚、聴覚、嗅覚、そして肌を撫でる熱風の温度すらも、異常な解像度で脳に叩き込まれてくる。呼吸をするたびに、体内の呪力が歓喜の声を上げて血管を駆け巡る感覚。普段は極めて平坦で感情の起伏がない彼にとって、この「闘争の余熱」は、唯一と言っていいほどの『生の実感』であった。

 

 

「……」

 

 

ヴァルナは静かに息を吐きながら、金色の粒子となって消滅していくライダーの跡を見下ろしていた。

 

その傍らに、杖を肩に担いだ青い装束の男――キャスターが、飄々とした足取りで歩み寄ってくる。

 

「いや、本当に見事な一撃だった。あの宝具の直前にあんな威力の打撃を叩き込むなんてな。本当に人間か?」

 

 

キャスターは面白そうにヴァルナの顔を覗き込んだ。彼の赤い瞳には、明らかな感嘆と、強者に対する純粋な興味が浮かんでいる。

 

 

「人間だ。ただ、少しばかり呪力の扱いに慣れているだけだ」

 

 

ヴァルナは平熱を装いながらも、その硝子のような瞳の奥に微かな闘争の熱を灯したまま、キャスターを観察した。

 

 

(……隙がない。杖を持っているから魔術師のクラスを名乗っているが、筋肉の付き方や重心の置き方は、明らかに白兵戦を極めた戦士のそれだ。近接戦になれば、先ほどのライダー以上に厄介かもしれない)

 

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 

 

その時、瓦礫の陰からオルガマリーが立ち上がり、声を張り上げた。

 

彼女は先ほどのヴァルナの規格外の一撃に腰を抜かしていたものの、キャスターという『未知の英霊』の登場により、カルデア所長としての責任感と警戒心を強引に奮い立たせていた。

 

 

「貴方がキャスターの英霊だという証拠はどこにあるの! そもそも、この街のサーヴァントはすべて理性を失ってシャドウサーヴァント化しているはずよ! なぜ貴方だけが正気を保っているの! 罠じゃないという保証は!?」

 

 

矢継ぎ早に飛んでくるオルガマリーの詰問。彼女の銀髪は煤で汚れ、魔術礼装もボロボロだったが、その瞳にはアニムスフィアの当主としてのプライドが燃えていた。

 

 

「おいおい、お嬢ちゃん。そんなにカリカリすんなよ」

 

 

キャスターは苦笑いしながら頭を掻いた。

 

 

「証拠と言われてもな。俺が正気を保ってるのは、単に俺が最後まで抗い続けてるからだ。それに、罠を張るくらいなら、さっきのライダーと一緒にこいつを挟み撃ちにしてる。……まあ、挟み撃ちにしたところで、こいつのあのデタラメな右拳でまとめて消し飛ばされてたかもしれねぇがな」

 

 

キャスターはニヤリと笑い、ヴァルナの方を顎でしゃくった。

 

 

「それに、ここは落ち着いて話をするには熱すぎる。骨共の増援が来る前におさらばしたいんだが、どこか安全な隠れ家でもないか? あんたたち、よそから来たんだろ?」

 

 

「……地下に拠点がある。案内しよう」

 

 

ヴァルナはキャスターの提案に即座に同意した。彼の感覚も、このキャスターから敵意や殺意は一切感じ取っていなかった。むしろ、共闘するに足る「強者」としての匂いがした。

 

 

「ちょっと! アンタ、正体不明の英霊をホイホイと私たちの拠点に連れ込む気!?」

 

「所長。彼が敵なら、ここで俺が殺す。それだけのことだ」

 

 

ヴァルナは振り返り、極めて真っ直ぐに、事もなげにそう言い放った。

 

 

「なっ……」

 

 

「マシュ。行くぞ」

 

 

「はい、マスター」

 

 

 

マシュは盾を背負い直し、ヴァルナの後を追う。オルガマリーは「ああっ、もう! どうして私の言うことを誰も聞かないのよ!」と地団駄を踏みながらも、一人でこの炎の中に取り残されるわけにもいかず、渋々後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【時刻:同日 ??:??】

 

【場所:冬木市・雑居ビル 地下駐車場】

 

 

地下駐車場は、先ほど彼らが出発した時の静寂を保っていた。

 

オルガマリーが再び指を噛み切り、ブツブツと文句を言いながら四隅に気配遮断の結界を張り直す。

 

 

「ふぅん。こりゃあ、なかなか上等な結界だ。お嬢ちゃん、口うるさいだけじゃなくて腕も立つじゃねぇか」

 

 

キャスターは暗い地下室を見渡し、感心したように口笛を吹いた。彼は杖の先端にルーン文字を描き、小さな炎を灯して周囲を照らした。

 

「当然よ! 私は天体科(アニムスフィア)の君主(ロード)なのだから! 貴方のような野良の英霊に上から目線で評価される覚えはないわ!」

 

 

オルガマリーは胸を張り、所長としての威厳を精一杯見せつけようとした。

 

 

「ははっ、そいつは頼もしい。で、大将。あんたたちは何者なんだ? その見たこともねぇ召喚術といい、さっきの黒い火花といい、ただの魔術師じゃねぇだろ」

 

 

キャスターはオルガマリーの威圧をあっさりとスルーし、床にあぐらをかいて座るヴァルナへと視線を向けた。

 

 

「……」

 

 

オルガマリーの顔がピクッと引き攣る。彼女が懸命に威厳を示そうとしているのに、英霊であるキャスターは完全に「この集団のリーダーはヴァルナだ」と認識して話しかけているのだ。

 

 

「俺はヴァルナ・クロス。ただのカルデアのマスターだ。こっちは俺のサーヴァントのマシュ。そっちのうるさいのが所長だ」

 

 

 

ヴァルナはキャスターの視線を受け止とめ、淡々と紹介した。

 

 

「うるさいってなによ!」

 

 

「ドクター、聞こえているか。現地のサーヴァントと接触した。意思疎通は可能だ」

 

 

ヴァルナが腕の端末を操作すると、ノイズ混じりのロマニの声が響いた。

 

 

『あ、ああ、聞こえてるよ! 新人君のあの黒い打撃のエネルギー異常でこっちのモニターが一つ焼き切れたけど……ともかく、キャスターの英霊が味方になってくれるならこんなに心強いことはない!』

 

 

 

ロマニの声が、少しだけ真剣なトーンに切り替わる。

 

『キャスター、君はこの街で何がきているのか知っているんだね? カルデアのデータベースによれば、本来の歴史なら、この冬木では七人の魔術師と七騎の英霊による『聖杯戦争』が行われているはずだった。だが、観測データは異常だらけだ。街は燃え、本来争っているはずの英霊たちの魔力反応もひどく歪んでいる。何が起きたんだ?』

 

 

薄暗い地下室に、キャスターのルーンの炎が揺らめき、四人の影を壁に長く引き伸ばしている。

 

 

キャスターは杖を床に突き立て、真剣な表情へと切り替わった。

 

 

 

「あんたらの言う通り、この街では七人の魔術師と七騎の英霊による『聖杯戦争』が行われていた。だが、それはもう終わっちまったんだ。たった一騎のサーヴァントの勝利によってな」

 

「終わった……? じゃあ、その勝利したサーヴァントが聖杯を持っているということですか?」

 

 

マシュが身を乗り出して問う。

 

 

「ああ。だが、問題はそこからだ」

 

 

キャスターは忌々しげに舌打ちをした。

 

 

「聖杯を手にしたそのサーヴァントは、聖杯の泥に汚染され、真っ黒な反転衝動に飲まれちまった。おそらく、あの聖杯は最初から呪われてたんだろうな。溢れ出した真っ黒な泥は、一夜にしてこの街全体を炎で覆い尽くした。……住人たちは、逃げる間もなく灰になった」

 

 

地下室の空気が、一段と重く、冷たくなる。

一夜にして、数十万の命が消え去った。その事実の重さに、マシュは痛ましげに目を伏せた。

 

 

「じゃあ、さっきの理性を失ったライダーは……?」

 

 

 

オルガマリーが恐る恐る尋ねる。

 

 

「あいつらは、敗者さ。セイバーに倒され、敗北した他のサーヴァントたちだ。本来なら退去するはずの英霊の魂が、聖杯の泥に飲み込まれて、理性を失った『シャドウサーヴァント』としてこの世に縛り付けられている。あいつらは、セイバーに命令されて動いてるわけじゃねぇ。ただ自分が死んだこの街を彷徨い、生きているものを見つけりゃ本能で殺しにかかる、呪われた亡霊だ」

 

 

「理性を失った英霊の亡霊……」

 

 

 

マシュが自身の盾を強く握り締める。

 

 

「俺がさっきのライダーを倒したから、残りは五騎か」

 

 

 

ヴァルナが感情の読めない声で確認する。

 

「いや、俺は最初からあいつの軍門には降ってねぇ。俺だけが唯一、泥に飲まれるのを免れて、この街でゲリラ戦を続けてたんだ。だから残るシャドウサーヴァントは、ランサー、アサシン、バーサーカー、アーチャーの四騎」

 

 

キャスターはそこで言葉を区切り、炎の向こうの暗闇を睨みつけた。

 

「アーチャーだけは少し毛色が違う。あいつだけは自我を残したまま、自らの意思で大聖杯へ続く大空洞の門番をしてやがる。……そして、その大空洞の最奥で待ち構えている首魁こそが、『セイバー』だ」 

 

 

「セイバー……剣の英霊の、反転体……」

 

 

 

ロマニの声が震えている。

 

『最優のクラスであるセイバーが、無尽蔵の魔力供給源である聖杯を完全に掌握している状態……。そんなの、まともに戦って勝てる相手じゃないぞ!』

 

 

「そうね……いくらこの男(ヴァルナ)が強くても、聖杯のバックアップを受けたセイバー相手に素手で挑むなんて自殺行為よ。何か、何か対抗策はないの!?」

 

 

オルガマリーが爪を噛みながら焦燥を露わにする。

 

 

しかし、その重苦しい空気を切り裂いたのは、他でもないヴァルナだった。

 

 

「……なんだ。簡単な話じゃないか」

 

 

ヴァルナは立ち上がり、首の骨をコキリと鳴らした。

 

彼の瞳の奥には、黒閃を放った直後から燻り続けている『120%覚醒状態』の熱が、明確な闘争の炎となって渦巻いていた。

 

普段の、すべてを外側から観察するような虚無的な態度は鳴りを潜め、かつて聖堂教会の代行者として、単独で数多の死徒を狩り尽くしてきた『戦闘狂』の片鱗が顔を覗かせている。

 

 

「要するに、その円蔵山とやらの大空洞にいる、一番強いセイバーの首を獲ればいいんだろう。道中の雑魚はすべて薙ぎ払う。……俺は、手応えのあるやつを殴れればそれでいい」

 

 

 

その好戦的な宣言に、オルガマリーは絶句した。

 

「ア、アンタ……正気? 相手は聖杯を持った最強の英霊よ!? なんでそんなに嬉しそうなのよ!」

 

「嬉しい? ……ああ、そうかもしれないな」

 

 

ヴァルナは自身の右拳を見つめ、微かに唇の端を吊り上げた。彼自身、この高揚感がカルデアに来てから初めて味わうものであることを自覚していた。

 

 

「はっはっは!! いいねぇ、最高だ大将!」

 

 

 

キャスターは膝を叩いて大笑いした。

 

「これくらい肝が据わってねぇと、あの黒い王様には勝てねぇ。あんたのそのイカれた右拳と、底知れねぇ影の獣がいりゃあ、活路は切り開けるかもしれねぇな」

 

 

「先輩……」

 

 

マシュは、いつもと少し様子の違うヴァルナを見つめていた。

 

怖くはない。むしろ、彼が前を向いて歩みを止めないことが、彼女にとっては何よりの道標だった。

 

 

「マスター。私も、貴方の盾として最後まで共に戦います」

 

「ああ。頼むぞ、マシュ」

 

 

ヴァルナはマシュの肩にポン、と無造作に手を置いた。距離感のバグった彼なりの、最大限の信頼の証だった。マシュの顔が一瞬で赤くなる。

 

 

「……ドクター。状況は理解した。これより、大聖杯のある円蔵山へ向かう」

 

 

ヴァルナが通信機に向かって告げる。

 

『了解した……。いいかい新人君、決して油断はしないでくれ。キャスターのサポートを受けながら、確実に進むんだ』

 

 

「休養は十分だ。所長、結界を解け」

 

 

「……アンタねぇ、少しは人の気遣いとか……ああっもう、わかったわよ! 私がしっかり監督してやらないと、アンタたちすぐに死にそうだしね!」

 

 

 

オルガマリーは強がって見せながら、床のルーン文字を靴底で擦り消した。

 

 

 

 

 

 

 

【時刻:同日 ??:??】

 

【場所:冬木市・円蔵山へ続く道中】

 

地下拠点を後にした一行は、炎上する街を抜け、大空洞が存在する円蔵山へと向かって歩みを進めていた。

 

陣形は、先頭にヴァルナとキャスター。中央にオルガマリー。最後尾をマシュが守る形だ。

 

山に近づくにつれ、空気中の魔力濃度は濃くなり、周囲を徘徊する竜牙兵の数も格段に増えていた。

 

 

しかし、彼らの歩みは止まらない。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

キャスターが杖を振るい、空中に炎のルーンを描き出す。

 

灼熱の火球が飛び出し、密集していた十体ほどの竜牙兵を一瞬で灰に変えた。

 

 

「へへっ、どうだ。俺のルーン魔術も捨てたもんじゃねぇだろ」

 

 

「……遅いな」

 

 

キャスターが振り向いた先では、すでにヴァルナが戦闘を終えていた。

 

ヴァルナは一切の式神を召喚せず、純粋な『呪力肉体強化』による体術のみで、二十体以上の竜牙兵の群れを単独で粉砕していた。

 

 

「ギ、ギギッ……」

 

 

最後の一体が槍を突き出そうとするが、ヴァルナは流れるような動作でその槍の柄を掴み、自身の体幹を軸にして骸骨を背負い投げの要領でアスファルトに叩きつけた。

 

 

ドシャァァァンッ!!

 

 

叩きつけられた衝撃と同時に、呪力を内部に浸透させて爆散させる。残るのは微細な骨の粉だけだ。

 

 

「おいおい……マジかよ。強化魔術をかけてるとはいえ、英霊の筋力に全く引けを取ってねぇ。……大将、お前さん、元の世界でどんな修羅場くぐってきたんだ?」

 

 

キャスターは呆れたように肩をすくめた。彼のような歴戦の勇士から見ても、ヴァルナの体術は「一切の無駄がない完成された殺人術」だった。

 

 

「ただの掃除だ。……それより、キャスター」

 

 

ヴァルナは骨の灰を払いながら、視線を自身の足元に落ちる『影』へと向けた。

 

彼の感覚は、視覚や聴覚だけでなく、自身の術式である「影」を通じた空間の違和感をも、極めて鋭敏に捉えていた。

 

 

「ん? どうした」

 

 

「……ネズミが張り付いているな」

 

 

ヴァルナの言葉に、キャスターの目が鋭く細められた。マシュも即座に盾を構え、周囲を警戒する。

 

 

ヴァルナの視線は、彼らが歩んできた道、崩れかけたビルの屋上の暗がりへと向けられていた。

 

そこには、常人であれば、いや、並の英霊であっても感知できないほどの『気配遮断』を纏った何者かが潜んでいる。

 

 

 

「……いつから気づいていた、マスター」

 

 

キャスターが杖を構え、低い声で問う。

 

「地下を出た直後からだ。殺気はないが、粘り強く尾行してきている。……シャドウサーヴァントの斥候か?」

 

 

ヴァルナは暗がりを見据えたまま、微かに嗤った。

 

彼の足元の影が、まるで主の闘争心に呼応するように、黒い沼のように波打っている。

 

特異点の深部へと向かう彼らを待ち受けるのは、闇に潜む暗殺の刃か、それとも。

 

炎上する冬木の夜は、まだ終わらない。

 

 

 

 

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