Fate/Grand Order : 冠位影法録(グランドオーダー・シャドウレコード)   作:りー037

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暗殺者の凶刃と、影獣の咆哮

【時刻:2004年 某月某日 ??:??】

 

【場所:特異点F 炎上汚染都市 冬木・円蔵山への道中】

 

 

 

熱風が吹き荒れる廃墟の街路。

 

崩れかけた雑居ビルの屋上、その色濃い暗がりの中に『何か』が張り付いている。

 

魔力反応を極限まで絞り、心音すらも闇に溶け込ませた完全なる気配遮断。通常の魔術師であれば、首を刎ね飛ばされるその瞬間まで気づくことすらできない死の影。

 

だが、ヴァルナ・クロスの足元に広がる十種影法術の『影』は、空間の質量変化と微細な振動を通じて、その異物の輪郭を完璧に捕捉していた。

 

 

 

「……右斜め前方、崩れた看板のあるビルの四階。そこにネズミが一匹張り付いている」

 

 

 

ヴァルナは歩みを止めず、視線すら向けずに、隣を歩くキャスターへと静かに告げた。

 

 

その声には一切の感情が乗っていないが、黒閃を経て『120%覚醒状態』にある彼の体内では、闘争を求める呪力が青黒い熱を帯びて静かに脈動している。

 

 

 

「四階の暗がりか。了解だ、大将。……俺のルーンの火力を試すには丁度いい的だ」

 

 

キャスターは獰猛な笑みを浮かべ、手に持つ樹木の杖をクルリと回した。

 

彼もまた、英霊としての卓越した視力と直感で、ヴァルナが示した座標に潜むかすかな殺気を感じ取っていた。

 

 

 

「燃え尽きな、『アンサズ』!!」

 

 

 

キャスターが空中に杖の先端でルーン文字を描き出す。

 

次の瞬間、大気を震わせる轟音と共に、灼熱の火球がビルの四階目掛けて一直線に射出された。直撃。コンクリートの壁が爆発的に吹き飛び、紅蓮の炎が暗がりを白日の下へと晒け出す。

 

 

 

「ギィィッ……!!」

 

 

 

炎の中から、黒いボロ布を纏った異形が飛び出した。

 

痩せこけた長身。顔には白い髑髏の面。そして何よりも異様なのは、右腕だけが異常に肥大化し、悪魔のように変色していることだ。

 

 

理性を失ったシャドウサーヴァント――『アサシン・呪腕のハサン』。

 

奇襲を看破され、炎で炙り出されたアサシンだったが、暗殺者としての反射神経は健在だった。空中で身を翻し、重力を無視したような軌道で地上へと急降下してくる。

 

そして、彼は本能でこの集団の「最弱」であり「要」である存在を狙った。

 

後方にいるオルガマリー・アニムスフィア、あるいはその傍らに立つ無防備なマスターの心臓。

 

 

 

「シャァァァッ!!」

 

 

 

アサシンの右腕の拘束具が弾け飛ぶ。

 

肥大化した悪魔の腕が、異常な長さにまで伸び、空間そのものを掴み取るような禍々しい魔力を放ち始めた。

 

相手の心臓の「鏡像」を創り出し、それを握り潰すことで本体を即死させる呪いの宝具。

 

 

 

 

 

『妄想心音(ザバーニーヤ)』

 

 

 

 

「っ……!?」

 

 

 

オルガマリーが息を呑み、絶望に目を丸くする。距離は十メートル以上あるにも関わらず、アサシンの伸びた腕は一瞬で彼女の胸元へと到達しようとしていた。

 

 

 

だが。

 

 

 

 

「させません!!」

 

 

銀色の閃光が、アサシンの呪いの腕とオルガマリーたちの間に割り込んだ。

 

 

 

 

マシュ・キリエライト。

 

 

 

 

彼女は巨大な白亜の十字盾を地面に叩きつけ、自身の体内に眠る英霊の魔力を爆発的に引き出した。

 

 

 

 

 

『仮想宝具・疑似展開』

 

 

 

 

真名こそ不明なれど、その盾に宿る「守護」の概念は、いかなる呪いをも弾き返す絶対の城壁。

 

 

 

 

 

ガァァァァァァンッ!!!!

 

 

 

 

 

悪魔の腕と十字盾が激突し、凄まじい衝撃波が円形に広がった。

 

周囲の瓦礫が吹き飛び、アスファルトが捲れ上がる。

 

 

 

「くぅぅっ……!! 重い、ですが……防げます!!」

 

 

 

マシュは歯を食いしばりながらも、一歩も後ろへ下がらなかった。アサシンの即死の呪いは盾の表面で霧散し、物理的な衝撃だけが彼女の筋力によって殺し尽くされたのだ。

 

 

 

 

そのマシュの背後。

 

 

ヴァルナはオルガマリーの隣に立ち、迫り来る衝撃波を『呪力肉体強化』による不可視のバリアで完全に相殺していた。彼の長い髪が熱風に煽られるが、その立ち姿は休日の散歩でもしているかのように自然体だった。

 

 

 

「……見事な盾だ、マシュ。そのまま前衛を維持しろ」

 

 

 

ヴァルナはマシュの背中を評価しつつ、前方へと視線を移した。

 

 

「さて、キャスター。陣形は決まった。マシュが前衛で敵の攻撃を受け止める。俺は所長をここで守る。……あんたには、後方からの遊撃を任せたい。この特異点を生き抜いてきた『光の御子』の実力、俺に見せてくれないか?」

 

 

ヴァルナの言葉は、味方への信頼であると同時に、キャスターという英霊の力量を正確に測るための「観察」の意図が含まれていた。

 

それを察したキャスターは、ニヤリと犬歯を見せて笑った。

 

 

 

「はっ! 随分と偉そうなマスター様だ。いいぜ、見せてやるよ。俺のルーン魔術が、ただの火遊びじゃねぇってことをな!」

 

 

 

 

キャスターが地を蹴った。

 

 

アサシンは宝具を防がれたことで体勢を崩していたが、即座に気配遮断を再展開し、周囲の瓦礫や物陰へと溶け込もうとする。しかし、キャスターの杖から放たれた風のルーンが瓦礫を吹き飛ばし、アサシンの逃げ場を強制的に奪っていく。

 

 

 

「そらそら! 逃げてばかりじゃ暗殺者は務まらねぇぞ、骸骨野郎!」

 

 

 

キャスターの魔術戦は、一般的な魔術師のそれとは一線を画していた。

 

彼は後方に留まって呪文を詠唱するのではなく、マシュの盾の横をすり抜けるように前線へと飛び出し、杖による物理的な打撃と、ゼロ距離でのルーン魔術の発動を織り交ぜて戦うのだ。

 

アサシンが影から短剣(ダーク)を無数に投擲するが、キャスターはそれを杖で鮮やかに叩き落とし、弾き返した短剣の軌道上に炎のルーンを重ねて爆破する。

 

 

 

「嬢ちゃん、右に回り込むぞ! 盾で押し込め!」

 

 

「はい、キャスターさん!」

 

 

 

即席のコンビとは思えないほど、二人の連携は噛み合っていた。

 

アサシンが機動力を活かして立体的な動きを見せようとしても、マシュの堅牢な盾がその進路を塞ぎ、隙だらけになった空中の軌道へキャスターの炎と風が容赦なく叩き込まれる。

 

バチバチと魔力が衝突し、冬木の夜空に幾度となく閃光が瞬いた。

 

 

「すごい……魔術師のクラスなのに、あんなに前線で戦えるなんて……」

 

 

 

オルガマリーがヴァルナの背後に隠れながら、キャスターの戦いぶりに驚嘆の声を漏らした。

 

「……肉体の使い方を知っている奴は、魔術という手札をただの砲台にしない。身体能力と術式を連動させている。俺と同じタイプだな」

 

 

 

ヴァルナは極めて冷静に分析を下す。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「ギシャァッ!」

 

 

 

アサシンの理性を失った眼窩が、前衛の二人を『障害物』として認識から外し、ただ一つの『明確な弱点』へと焦点を定めた。

 

魔力の供給源であり、最も防御が薄い(ように見える)マスター。ヴァルナ・クロス。

 

 

 

「――来るぞ」

 

 

 

 

ヴァルナの声と同時。

 

 

アサシンはマシュとキャスターの連携の僅かな死角を突き、自身の身体をゴムのように撓らせて前衛を飛び越えた。

 

気配遮断はとうに解けている。純粋な敏捷性による強行突破。

 

風を切り裂く速度で、アサシンはヴァルナの懐へと滑り込み、右手に握った歪な短刀を彼の頸動脈へと突き立てようとした。

 

 

 

「しまっ……マスター!!」

 

 

 

マシュが振り返るが、間に合わない。

 

 

 

 

しかし。

 

 

アサシンが狙った相手は、この戦場において最も手を出してはならない『怪物』だった。

 

 

「気配を隠せない暗殺者など、ただの的だ」

 

 

ヴァルナの瞳に、アサシンの高速の刃は「ひどくゆっくりとしたコマ送り」のように映っていた。

 

 

彼の知覚速度と反射神経は、英霊の敏捷性すらも凌駕している。

 

 

 

スッ、と。

 

 

 

ヴァルナは右へわずかに半歩ずれ、アサシンの短刀の軌道を完全に無力化する。

 

アサシンの身体が、勢い余ってヴァルナの目の前を通り過ぎようとした瞬間。

 

 

 

「飛べ」

 

 

ヴァルナの左手が、アサシンの後頭部を鷲掴みにした。

 

そのまま強引に下へと引き倒し、迎撃のために跳ね上げた自身の右膝へと、アサシンの顔面を全力で叩きつける。

 

 

 

 

メキィッ!! という凄まじい骨の砕ける音が響く。

 

 

 

 

 ヴァルナの連撃は止まらない。顔面を叩き割られて宙に浮いたアサシンの鳩尾に、呪力を込めた右の掌底を叩き込む。そして、吹き飛びそうになるその身体を左手で引き戻し、最後は真下からカチ上げるような渾身の『蹴り(サマーソルト)』を放った。

 

 

 

 

ドォォォォンッ!!!

 

 

 

 

アサシンの痩せこけた身体が、まるで打ち上げ花火のように、十メートル以上の空中へと蹴り上げられる。

 

 

 

「マシュ! 体勢が整う前に落とせ!!」

 

 

 

ヴァルナの鋭い指示が飛ぶ。

 

 

「はいっ!!」

 

 

マシュは地を蹴り、驚異的な跳躍力で空中のアサシンへと肉薄した。

 

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

彼女は巨大な十字盾の『平面』を使い、空中で無防備になったアサシンの背中を、ハエ叩きのように全力で地上へと打ち据えた。

 

 

 

ズドガァァァァンッ!!!!

 

 

 

 

アスファルトがクレーター状に陥没し、アサシンが血反吐を吐きながら地面に叩きつけられる。

 

そこへ、すでに詠唱を完了させていたキャスターが杖を突き出した。

 

 

「これでトドメだ。灰になれ!!」

 

 

『原初の炎』。キャスターの最大火力のルーン魔術が、クレーターの底で身動きが取れないアサシンを完全に飲み込み、巨大な火柱となって冬木の空を焦がした。

 

 

 

「……ふぅ。一丁上がりだな」

 

 

 

キャスターが杖を肩に乗せ、満足げに息を吐く。

 

 

「いや、まだだ。消滅の気配、マナの霧散がない」

 

 

 

 

 

ヴァルナは目を細め、炎の立ち上るクレーターを睨みつけた。

 

確かに致命傷レベルのダメージは与えたはずだが、シャドウサーヴァント特有の異常なしぶとさか、あるいは『戦闘続行』のスキルか。アサシンの魔力反応は微弱になりながらも、未だに底で蠢いている。

 

 

 

「チッ、しぶとい野郎だ。もう一発……」

 

 

キャスターが杖を構え直そうとした、その刹那。

 

 

 

ドォォォォンッ!!

 

 

 

 

 

 

ヴァルナたちの背後――彼らが歩んできた道の瓦礫の山が、突如として内側から爆発するように吹き飛んだ。

 

 

「なっ、背後から!?」

 

 

オルガマリーが悲鳴を上げる。

 

もうもうと立ち込める土煙の中から現れたのは、巨大な岩山のような巨体を持つ男だった。

 

頭には白い袈裟頭巾を被り、筋骨隆々の肉体には無数の傷が刻まれている。その手には、自身の身の丈をゆうに超える巨大な薙刀。

 

理性を失い、真っ黒に染まったその瞳が、新たな獲物を求めてギョロリと動いた。

 

 

 

「ゲァァァォォォォッ!!」

 

 

 

獣のような咆哮がビリビリと空気を震わせる。

 

 

シャドウサーヴァント――『ランサー・武蔵坊弁慶』。

 

 

 

「挟み撃ちか! まずいぜ、あのアサシンが時間を稼いでいたのは、こいつを呼び寄せるためか!」

 

 

キャスターが舌打ちをする。前方にしぶといアサシン、後方に圧倒的な質量を誇る巨漢のランサー。陣形は完全に崩されつつあった。

 

 

 

「キャスター、マシュ! お前たちは前方のアサシンに専念して、確実に息の根を止めろ!」

 

 

ヴァルナは、振り返りざまにそう叫んだ。

 

 

「俺は、こっちの巨漢をやる。」

 

 

「先輩!? 一人でランサーの相手をするなんて……!」

 

 

 

マシュが止めようとするが、ヴァルナはすでにランサーへと向かって歩み出していた。

 

その背中から放たれる呪力の密度は、先ほどのライダー戦の時よりもさらに色濃く、禍々しいほどの闘争心に満ちていた。

 

 

 

「俺一人じゃない」

 

 

 

ヴァルナは歩きながら、両手で流れるように印を結んだ。

 

片手の薬指と中指の間を広げ、もう片方の手を重ねる。両親指を立てる。

 

 

 

「――玉犬・白、黒」

 

 

胸の前で両手を手前に広げ、親指を交差させる。

 

「――鵺」

 

 

ヴァルナの足元の影が、まるで底なしの沼のように広がり、波打つ。

 

そこから飛び出したのは、純白と漆黒、二頭の巨大な狼の式神。そして、頭部を骸骨の面で覆われ、青白い雷光を帯びた異形の巨鳥。

 

十種影法術の主力たる三体の式神が、主の意思に応えるように顕現した。

 

 

「白、所長の側から離れるな。いざという時は盾になれ」

 

 

『ワフッ!』

 

 

 

玉犬・白がヴァルナの指示に従い、オルガマリーの足元へと陣取る。その頼もしい背中に、オルガマリーは少しだけ安堵の息を漏らした。

 

 

「黒は足元を乱せ。鵺は上空から死角を奪え。……行くぞ」

 

 

ヴァルナの号令と共に、戦端が開かれた。

 

 

 

「オォォォォッ!!」

 

 

ランサーが巨大な薙刀を振り上げ、大上段からヴァルナの頭蓋を唐竹割りにしようと振り下ろす。コンクリートを豆腐のように叩き割る絶望的な一撃。

 

 

 

だが、ヴァルナはその場から動かない。

 

 

 

薙刀の刃が彼に届く直前。

 

 

 

『グルルルゥッ!!』

 

 

 

玉犬・黒が、ヴァルナの影から矢のように飛び出し、ランサーの踏み込んだ右足の膝裏へと強烈な噛みつきを見舞った。

 

 

 

「グォッ!?」

 

 

 

ランサーの巨体がバランスを崩し、薙刀の軌道が僅かに横へと逸れる。

 

凄まじい風圧がヴァルナの頬を撫でるが、彼は微動だにせず、薙刀の柄の内側――ランサーの懐へと潜り込んだ。

 

『呪力肉体強化』を集中させた左の拳を、ランサーの巨大な腹部へと叩き込む。

 

 

 

ドゴォッ!

 

 

 

重い手応え。しかし、ランサーの分厚い筋肉と装甲は、その一撃を耐え抜き、逆にヴァルナを押し潰そうと巨大な左腕を振り下ろしてきた。

 

 

 

「ピィィィッ!!」

 

 

 

上空から、鼓膜を裂くような鳴き声。

 

鵺が急降下し、帯電した翼でランサーの顔面を強かに打ち据えた。

 

バチィィィンッ! と青白いスパークが弾け、ランサーは目眩ましと微弱な麻痺を受けて動きを止める。

 

その隙に、ヴァルナはランサーの巨体を蹴り台にして後方へと跳躍し、距離を取る。

 

 

 

式神との完璧な連携(コンビネーション)。

 

 

 

 

巨大な得物を持つランサーに対し、機動力に勝る玉犬・黒が足元を撹乱し、鵺が上空から牽制と麻痺を撒き散らし、その合間を縫ってヴァルナ自身が呪力を帯びた打撃でダメージを蓄積させていく。

 

三人一組のパーティのような変幻自在の波状攻撃に、さしもの英霊・弁慶も防戦一方に追い込まれていた。

 

 

(……硬い。ライダーとは別のベクトルで頑強だな。だが、関節の動きが鈍ってきている。鵺の電撃が効いている証拠だ)

 

 

ヴァルナはランサーの動きを観察しながら、背後の状況を感知していた。

 

 

 

 

 

 

キャスターのルーンの爆発音。マシュの盾が空気を切り裂く音。そして、アサシンの魔力反応が、ついに完全に霧散し、粒子となって消滅していく感覚。

 

 

(……終わったな。マシュたちも無事だ)

 

 

 

背後の安全が確保された。

 

ならば、こちらも出し惜しみをする必要はない。

 

「……そろそろ終わらせる」

 

 

ヴァルナはランサーの薙刀の横薙ぎをスウェーで躱しながら、短く命じた。

 

 

「黒。戻れ。白もだ」

 

 

 

ランサーの足元にいた玉犬・黒が影の中へと溶け込み、後方で待機していた玉犬・白も同様に影へと還る。

 

ヴァルナの護衛が消えたと判断したランサーは、勝機とばかりに雄叫びを上げ、薙刀を振り被って突進してきた。

 

ヴァルナは一歩も引かず、両手の前で新たな術式の構築を始める。

 

白と黒、二つの情報単位を自らの影の中で融合し、再構築する。

 

 

 

「鵺、全開で落とせ」

 

 

 

突進してくるランサーの頭上。

 

旋回していた鵺が、その翼に限界まで呪力を帯電させ、落雷の如き一撃をランサーの頭頂部へと叩き落とした。

 

 

 

ガァァァァァンッ!!!!

 

 

 

 

「ガァ、アァァァッ……!?」

 

 

 

致死量に近い電撃。ランサーの巨体が痙攣し、突進の勢いが完全に死ぬ。筋肉が硬直して身動きが取れない、完全なる麻痺状態。

 

その、無防備となった巨漢の目の前で。

 

ヴァルナの足元の影が、爆発的に隆起した。

 

 

 

「――玉犬・渾」

 

 

 

影の海から這い出たのは、白と黒が混ざり合った、見上げるほどの巨躯を持つ狼男のような二足歩行の魔獣だった。

 

それまでの玉犬とは次元の違う、圧倒的な呪力の塊。その爪には、鋼鉄すらもバターのように切り裂く絶望的な切断力が宿っている。

 

 

 

『ガアァァァァァァッ!!!!』

 

 

 

渾の咆哮が、冬木の空気を震わせた。

 

ランサーが麻痺から立ち直り、薙刀を構えようとした、その刹那。

 

渾の巨大な右腕が、薙刀の柄ごとランサーの胴体を横薙ぎに振り抜いた。

 

 

 

ザシュゥゥゥゥッ!!!!

 

 

 

金属が断ち切られる音と、肉が裂ける音が同時に響く。

 

ランサーの分厚い装甲も、強靭な英霊の肉体も、渾の呪力を帯びた爪の前では何の抵抗にもならなかった。

 

巨大な薙刀は真っ二つにへし折れ、ランサーの胴体には、深々と霊核まで達する致命の裂傷が刻み込まれていた。

 

 

 

「……ガ、ァ……」

 

 

 

ランサーの巨体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 

膝をつき、そのまま前のめりに倒れ伏した彼の肉体は、ゆっくりと金色の魔力粒子となって空気中へと溶け込み始めた。

 

 

 

 

シャドウサーヴァント・ランサー、討伐完了。

 

 

 

 

 

「……よくやった。戻れ」

 

 

ヴァルナが静かに命じると、玉犬・渾と鵺は、主の影の中へと音もなく収納されていった。

 

戦場には、再び炎の爆ぜる音だけが残された。

 

 

「お、終わった……?」

 

 

オルガマリーが、へたり込んでいた地面から恐る恐る立ち上がる。

 

 

 

「マスター。アサシンの霊核の消滅を確認しました。そちらも……見事です」

 

 

 

マシュが盾を下ろし、肩で息をしながらヴァルナの元へと駆け寄ってくる。

 

キャスターもまた、杖を肩に担ぎながら悠然と歩み寄ってきた。

 

 

「へっ、見事なコンビネーションだったぜ大将。あの巨漢を相手に、式神との連携で一歩も退かずに叩き潰すとはな。……最後に出したあのバカでかい犬、ありゃあ本物の化け物だぞ」

 

 

「……ただの術式の応用だ」

 

 

 

ヴァルナは右手に残る呪力の余韻を軽く払いながら、円蔵山の奥――大空洞が存在する方向へと視線を向けた。

 

 

熱はまだ引いていない。

 

 

むしろ、強敵を連続で屠ったことで、彼の闘争心はさらに澄み切った境地へと研ぎ澄まされていた。

 

 

 

「アサシンとランサーが消えた。残るはアーチャー、バーサーカー、そしてセイバーだな」

 

 

ヴァルナは事もなげにそう呟き、振り返って仲間たちを見た。

 

 

「行くぞ。一番強いやつは、もうすぐそこだ」

 

 

 

 

 

燃え盛る冬木の夜。

 

孤高の呪術師は、己の影に絶対の死を従えながら、黒き王の待つ大聖杯へと、静かに、しかし確かな殺意を持って歩みを進めた。

 

 

 

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