天眼の呪術師 作:Wisteria
目が覚めた瞰凜は己の体がまさぐられていることに気が付いた。
「あれ、起きちゃった。ヤガセンからある程度のことは聞いてるから」
「それよりここは、ていうか貴女はどなたですか? しかも何されてるんですか!?」
「ん、家入硝子。ここは医務室。キミ、顔かわいいし色白だし筋肉もすごいから触ってた。足もすごーい」
状況を上手く飲み込めない瞰凜。そんなことは関係なく硝子と名乗る少女は瞰凜の足をさわさわしていた。
「顔真っ赤、かわいいね。さぁて、後輩イビリはここまでにしておいて。もう少しここにいる?」
「そうさせてもらいます。まだちょっと怠いので」
「なんか辛いことあったの?」
「え、夜蛾さんから聞いてないんですか?」
「あのオッサンはそういうこと誰にでも話す人じゃない。それと、私の呪力でなくならないだるさなんて心の病しかないからね」
「もしかして貴女が反転術式を他人に使えるっていう人ですか?」
「そうだ。そして数ヶ月経ったら君の先輩でもある」
「……先輩、ですか。自分、呪術師に向いてないと思うんです」
「そんなのどうでもいいって言いたいところだが、こんなかわいいヤツを失うのは残念だ。だから続けろ。続ければこーんなに綺麗な先輩が毎日癒してやるぞ」
「あはは、そんなふうに言われたら辞めたくなくなっちゃうなぁ」
「じゃあそんな顔してないで笑え」
歪んだ顔を見せる瞰凜。それは笑っている顔とは程遠いものだった。
「笑い方とか、わかんなくなっちゃいました。ちょっと前までそんなの考えなくてもできたのに」
瞰凜の頬に一筋の涙がつうっと落ちる。それを見た硝子は瞰凜の頭の上に手を乗せ撫で始めた。
「今だけ特別にゴツイ強面のヤガセンと私、どっちに慰めてほしいか選ばせてやる」
「嬉しいです。けど、今は優しくしないでください。優しくされると失うのが怖くなっちゃいます」
「怖くていいんじゃないか? お前は呪霊でも神でも仏でもない。血の通った人間だ。失いたくないから守る。そんな呪術師になってもいいんじゃないか?」
「でも、人をいっぱい助けないと……」
「じゃあその都度天秤にかければいいじゃないか。他人か、大事な人間か。それでも後悔はする。私だってそうだ。でも、それが呪術師って奴等に架された使命なんじゃあないか?」
瞰凜の頭を撫でていた硝子の手は頬の方へ伸ばされる。涙を拭き取るように拭うと暖かな笑みを浮かべた。
なんのために戦うのか。誰のために戦うのか。それが今の瞰凜には曖昧だった。大事な人はもう居ない。あの笑顔も優しさも過去のもの。それなのに何を守れというのか。
「そしたら貴女のこと、守らなくちゃいけなくなっちゃうじゃないですか」
もう限界だった。瞰凜にとって奈緒美の存在はそれだけ大きかった。
愛情の飢餓。一度触れてしまった感情はそう忘れることはできない。誰にも愛されてこなかった瞰凜には尚更のことだ。瞰凜の心にすっぽり空いてしまった穴は大きい。自分で治すことのできない程に。
「私を理由にしてくれ。昔を想っても、後悔してもいい。でも今苦しかったり辛いことは全部私にぶつけろ。溜め込んだままはもっと苦しいだろ?」
「でも、あっ。えっと、その」
口ごもる瞰凜。彼自身、人に甘えることに慣れていなかった。
「でも、でも。家入さんに迷惑かけていいなんて理由にならないじゃないですか」
「迷惑じゃないって言ったらどうすんの?」
「そんなの、ズルいですよ、ほっといてくださいよ。こんなやつ、なんにもしなけりゃ死ぬんですから」
「私が死にそうなやつみすみす見逃すとおもうか? 医者志望だぞ」
「けど、だって、俺なんて、生きてる価値なんて『そんなわけないだろ! 生きる価値? そんなん生きてるだけで十分あるんだよ!』……すみません、変な事言っちゃいました」
硝子はある意味瞰凜よりも死と隣り合わせで生きてきた。自分の関係ないところで死んだ人間もあと少しで救えなかった命も数え切れないほどある。だからこそ。目の前で壊れていく瞰凜を、死にそうな目をした奴を放っておくことはできなかった。
それに情が湧いてしまう程の時間がもう既に流れてしまっている。
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