ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第10話:大主教ヒュレイア

 

──次の者!…おお!ルクレツィア殿、モーブ殿!お勤めでしたかな?どうぞお通りください。…む?そちらの者は?ああ、そうでしたか!わかりました。そういうことでしたらそのままお通りください。はい、では……よし、次の者!…

 

大門ではルクレツィア達の顔パスで滞りなく首都へ入る事が出来た。

 

君は辺りを見回す。

 

やはり宗教国家の首都だけはあり、荘厳な作りをした建物が多い。

 

街行く人々もみな身奇麗で、体当たりと同時に財布をかっぱらっていくような手癖の悪いものはいなさそうだ。

 

アヴァロンとは違い、雑多さがないというかかなり厳密に区画整理されているようにみえる。

 

よく言えば綺麗だし、悪くいえばつまらない。

 

街を歩く人々はみなヒト種だ。

 

異種族は1人も見当たらない。

 

アヴァロンはその点、多種族が共存する街だった。

 

「我が君。あちらの小高い丘の建物が分かりますでしょうか?あれがカナンの中枢、サント・エヘイエー大教会で御座います。あちらにカナンの実質的な国家指導者である法皇がおります。神聖魔法に対しての様々な疑問などもかの者ならば答えられましょう」

 

ルクレツィアの言った方向を見ると、白亜の宮殿と言って差し支えないような建物が見える。

 

こういってはなんだがライカードの王城よりよほど豪奢だ。

 

格が劣るというより、ライカードのそれは無骨に過ぎるのである。

 

城自体が崩壊するような事もない訳ではないので、無駄な金を遣っていられないというのが王国上層部の見解であった。

 

 

「大主教ヒュレイアに取次ぎなさい。特命の件でわたくしが帰還したことを伝えれば分かるはずです」

 

サント・エヘイエー大教会の入口を守る守衛にルクレツィアが命じると、守衛はあわてて走り去り、その後君たちは恭しく大教会内へ迎えられ、何本かの通路、いくつかの階段の先の奥にある大主教の執務室へと通された。

 

執務室にいたのは3人。

 

1人は大主教ヒュレイア・フォン・ハーデン。

 

齢三十の半ばにして大主教位へ昇り詰めた才媛である。

 

もう1人は聖騎士サンドロス。

 

170センチを少し超える君より頭2つ分は大きい。

 

異端審問官上がりという異色の経歴を持つ偉丈夫だ。

 

最後は従者の少女だ。

 

くりくりとした眼にふわふわの栗毛。歳の頃は10かそこらか。

 

 

名のある芸術家が作ったのだろう、見事なティーカップから甘くかぐわしい香りが立ち昇っている。

 

従者とおぼしき少女が5名分の紅茶をいれてくれたのだ。

 

カップには聖硬銀のスプーンが添えられていた。

 

熱に強く、毒に反応し、邪を払う非常に高価な金属だ。

 

防具の素材としても価値が高い。

 

スプーン1本で家が建ちかねない代物で、これでもかとブルジョアっぷりを見せ付けてくる。

 

「良い香りでしょう?この季節にしか咲かないとあるお花の花びらで少し工夫しているのです。…さて……聖女ルクレツィア、聖騎士モーブ。貴女達の帰還を喜びたいところですが…まずは報告を聞きましょう。そこの男性のこともね」

 

カナン神聖国において大主教という役職につくものは6名いる。

 

この6という人数は欠ければ直ちに補充され、変わることがない。

 

彼ら大主教の上には法皇しかいない。

 

そして法皇は基本的には政務などは関与しないために、カナンを動かしているのは実質的に彼ら6名の大主教ということになる。

 

ルクレツィアの直接の上司にあたる大主教ヒュレイアは無表情のままにルクレツィアへ告げた。

 

「はい。まずは単刀直入にいいます。神は無力でした。わたくしは大悪の残滓に触れました。そしてこの身も心も穢され、もはや贄となるしかなかったところをこちらにいる我が君に救われたのです。大主教ヒュレイア。貴女に想像ができますか?頭の中で何かが蠢いて、それが日々増え、全身がその何かに置き換わっていく恐怖を。そしてそれを恐ろしく、厭わしく思う気持ちが次第に快楽に、歓喜に変質していく恐怖を。わたくしは何度も祈り、この身に呪いを祓う儀式を施し、聖句を並べ奉りました。しかしわたくしの内に巣食う闇は増え続けていったのです。神は私を救ってはくださいませんでした、ただの一欠片たりともです。わたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしは」

 

君は瞳孔がかっぴらいたルクレツィアの背中をバシンと叩き、電波を止める。

 

大主教ヒュレイアは目を細め君達を眺めていた。

 

護衛と思しき聖騎士は警戒心を露に君を睨みつけてくるし、少女は目を見開いて露骨に怯えている。

 

モーブは窓の外を眺めていた。

 

バグってしまったルクレツィアに任せては置けぬと君は理路整然にヒュレイアへ説明をする。

 

1つ。君は迷宮都市アヴァロンの探索者であること。

 

2つ。ルクレツィアとは迷宮探索中に知り合ったこと。

 

3つ。彼女はなにか呪いのようなものにおかされているようだったので、探索中にためした解呪の道具をつかったら治ったということ。なおそのアイテムは使用後に崩れ落ちてしまったこと。

 

4つ。ルクレツィアが呪いに侵食されていた際の記憶は曖昧な部分もあるようだということ。

 

5つ。ルクレツィアの仲間はモーブ以外死んでしまったらしいということ。

 

6つ。ルクレツィアを助けてカナンへ連れてきたのだから、報酬が欲しいということ。

 

7つ。神聖魔法に興味があるので一番詳しいらしい法皇と話したいということ。報酬はただそれだけで、金銭などは要らないことも付け加える。

 

少し改ざんした部分はあるが、おおむね事実だ。

 

解呪の道具じゃなくて1度打ち殺して復活させたとか、モーブ以外の仲間を殺したのは自分であるとかは敢えて言う必要はないだろう。

 

そして8つ。そこの大男がこれ以上殺気をぶつけてくるのなら、■■■──…

 

君は善(GOOD)だ。

 

ゆえなき攻撃は行わない。

 

相手が友好的であるなら、例え人ならざるものであっても武器は仕舞おう。

 

だが、ゆえあれば──

 

大男…聖騎士サンドロスと君の視線が交錯する。

 

サンドロスからすれば、君は率直にいって無礼極まりない存在であった。

 

国の礎たる聖女を救出したまではいいにしても、自ら報酬を寄越せとは聖務をなんと心得ているのか、そしてなにより許せないのは至尊たる法皇猊下に下賎な探索者風情が会わせろとは何事なのか…

 

──聖女ルクレツィアの様子がおかしいのは、もしやこの男が原因なのか?

 

殺気めいた義憤に駆られ睨みつけていると、座っている男がうっそりとこちらを見上げ、聖務を司る大主教の執務室で吐くには余りにも不遜すぎる事を抜かすではないか。

 

頭に血が上り、思わず拳を握り締める。

 

「……随分自信がおありのようですね」

 

ヒュレイアにとってもルクレツィアが連れてきた男の言は不快であった。

 

法皇に会わせろだのなんだのはまあよい。

 

木偶の坊が怒っているようだが関係はない。

 

法皇なぞ所詮はお飾りであるからにして。

 

不快なのは、この男が欠片も敬意なりを見せないことだ。

 

それどころか、とヒュレイアはおもう。

 

瞳をみればわかる、あれはこちらを道具か何かだと思っている目だ。

 

使える道具なのか、使えない道具なのかを吟味している目だ。

 

ヒュレイアにはそれがよくわかった。

 

なぜなら彼女自身がよくそういう目で人を見るものだから。

 

エリートの彼女にとって、そんな目で見られることは非常に耐え難いことであった。

 

男はヒュレイアを色のない目で見つめ、ややあってスプーンで紅茶をカチャカチャとかき混ぜ、一息に飲み干した。

 

そしてスプーンを口に含み、モゴモゴとしゃぶっている。

 

(馬鹿にしているのかしら?)

 

君を見る目が険しくなる。

 

──この部屋に居るものを皆殺しにするなら

 

君が口からスプーンを出してのたまう。

 

そしてスプーンを見たヒュレイアと聖騎士サンドロスはぎょっとした。

 

スプーンの先が丸く歪み、潰されている。

 

(聖硬銀のスプーンを…口の中で丸めた…?)

 

──3呼吸もあれば十分

 

君の低い声には、不吉で不穏で危険な何かがたっぷりと含まれていた。

 

カチャリ

 

捻じ曲がり、丸く潰れたスプーンがティーカップに置かれる。

 

自信ではなく事実だよ、と嘯《うそぶ》く男の言葉を否定しきれない自分がいた。

 

醜く捻じ曲がったそのスプーンに、ヒュレイアは自身の末路を幻視してしまう。

 

 

度重なる不敬な行為に対する怒り、義憤…というよりは得たいの知れない恐怖、怖気に背中を押されてしまったのだろう、聖騎士サンドロスが勢いよく君の胸元へ手を伸ばす。

 

──『浮遊』

 

だが君が唱えたわずか一節の呪文はふわりと聖騎士サンドロスの巨体を宙へ浮かせた。

 

本来は床に設置してある罠を回避するための呪文だ。

 

だから浮かせたといっても足が床から少し離れる程度に過ぎない。

 

だが君にとってはソレで十分であった。

 

エアホッケーを想像してもらうと分かりやすいが、浮いている円盤を強く打ち出すと打ち出す際の初速を保ったままカッとんでいく。

 

とっても何かにぶつかったり重力で地へと引き寄せられたり大気の摩擦などで次第に勢いは減衰するのだが。

 

それでも地べたに置いた円盤を打ち出すのと、浮いている円盤を打ち出すのとではその勢いに天と地の差があるだろう。

 

君は突然ふわっと浮き困惑するサンドロスの胸元…鎧が厚い部分に強烈な前蹴りを叩き込む。ホッケーの円盤である。

 

摩擦係数が限りなく0に近い状態のサンドロスは、蹴り飛ばされた瞬間猛烈な勢いで吹き飛び、凄まじい音と共にヒュレイアの執務室の頑丈な壁にたたきつけられた。

 

大主教の執務室ということもあり、作りは非常に堅牢であるが、それでも壁がバキバキと罅が入り、サンドロス自身も鎧の中心をべっこりへこまされて血反吐をはきちらし気絶している。

 

 

この技法はライカード魔導部隊きっての武闘派であるとあるニンジャ・マスターにより考案されたもので、その名も『環境利用戦術』(システマ)という。

 

迷宮のように壁などの障害物が多い場所でいかに環境を利用して戦えるかという観点の元に生み出されたものである。

 

敵対者を浮かせ、摩擦係数を激減させ、思い切り殴るか蹴り飛ばすかして壁にたたきつけるのだ。

 

殴るか蹴るかした際の衝撃と、叩きつけられた際の衝撃は敵対者の体内を隅々まで蹂躙し、内臓破壊をもたらすだろう。

 

環境と銘打ってはいるのだが、基本的に彼らはダンジョンばかりもぐっているので、彼らにとっての環境とはすなわち迷宮ということになる。

 

自然の環境などはそこに含まれていない。

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