ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第10話:大主教ヒュレイア

 ──次の者! ……おお! ルクレツィア殿、モーブ殿! お勤めでしたかな? どうぞお通りください。……む? そちらの者は? ああ、そうでしたか! わかりました。そういうことでしたらそのままお通りください。はい、では……よし、次の者!

 

 大門ではルクレツィア達の顔パスで、滞りなく首都へ入る事が出来た。

 

 君は辺りを見回す。

 

 やはり宗教国家の首都だけはあり、荘厳な作りの建物が多い。街行く人々もみな身奇麗で、体当たりと同時に財布をかっぱらっていくような手癖の悪いものはいなさそうだ。アヴァロンとは違って雑多さがなく、かなり厳密に区画整理されているように見える。よく言えば綺麗だし、悪くいえばつまらない。

 

 街を歩く人々はみなヒト種だ。異種族は一人も見当たらない。アヴァロンはその点、多種族が共存する街だった。

 

「我が君。あちらの小高い丘の建物が分かりますでしょうか? あれがカナンの中枢、サント・エヘイエー大教会で御座います。あちらにカナンの実質的な国家指導者である法皇がおります。神聖魔法に対しての様々な疑問なども、かの者ならば答えられましょう」

 

 ルクレツィアの言った方向を見ると、白亜の宮殿と言って差し支えない建物が見えた。

 

 こういってはなんだが、ライカードの王城よりよほど豪奢である。格が劣るというより、ライカードのそれが無骨に過ぎるのだ。城自体が崩壊するような事もない訳ではないので、無駄な金を遣っていられないというのが王国上層部の見解であった。

 

  ◆

 

「大主教ヒュレイアに取次ぎなさい。特命の件でわたくしが帰還したと伝えれば分かるはずです」

 

 サント・エヘイエー大教会の入口を守る守衛にルクレツィアが命じると、守衛はあわてて走り去った。君たちは恭しく大教会内へ迎えられ、何本かの通路といくつかの階段を経て、奥にある大主教の執務室へと通される。

 

 執務室にいたのは三人。

 

 一人は大主教ヒュレイア・フォン・ハーデン。齢三十の半ばにして大主教位へ昇り詰めた才媛である。

 

 もう一人は聖騎士サンドロス。170センチを少し超える君より、頭二つ分は大きい。異端審問官上がりという異色の経歴を持つ偉丈夫だ。

 

 最後は従者の少女。くりくりとした眼にふわふわの栗毛。歳の頃は十かそこらか。

 

 その少女が五名分の紅茶をいれてくれた。名のある芸術家が作ったのだろう、見事なティーカップから甘くかぐわしい香りが立ち昇っている。

 

 カップには聖硬銀のスプーンが添えられていた。熱に強く、毒に反応し、邪を払う非常に高価な金属である。防具の素材としても価値が高い。スプーン一本で家が建ちかねない代物で、これでもかとブルジョアっぷりを見せ付けてくる。

 

「良い香りでしょう? この季節にしか咲かないとあるお花の花びらで、少し工夫しているのです。……さて……聖女ルクレツィア、聖騎士モーブ。貴女達の帰還を喜びたいところですが……まずは報告を聞きましょう。そこの男性のこともね」

 

 カナン神聖国において大主教という役職につくものは六名いる。この六という人数は欠ければ直ちに補充され、変わることがない。彼ら大主教の上には法皇しかいない。そして法皇は基本的に政務へ関与しないため、カナンを動かしているのは実質的に彼ら六名の大主教ということになる。

 

 ルクレツィアの直接の上司にあたる大主教ヒュレイアは、無表情のままだった。

 

 ルクレツィアが口を開く。

 

「はい。まずは単刀直入にいいます。神は無力でした。わたくしは大悪の残滓に触れました。そしてこの身も心も穢され、もはや贄となるしかなかったところを、こちらにいる我が君に救われたのです。大主教ヒュレイア。貴女に想像ができますか? 頭の中で何かが蠢いて、それが日々増え、全身がその何かに置き換わっていく恐怖を。そしてそれを恐ろしく、厭わしく思う気持ちが次第に快楽に、歓喜に変質していく恐怖を。わたくしは何度も祈り、この身に呪いを祓う儀式を施し、聖句を並べ奉りました。しかしわたくしの内に巣食う闇は増え続けていったのです。神はわたくしを救ってはくださいませんでした、ただの一欠片たりともです。わたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしはわたくしは」

 

 君は瞳孔がかっぴらいたルクレツィアの背中をバシンと叩き、電波を止める。

 

 大主教ヒュレイアは目を細めて君たちを眺めていた。護衛と思しき聖騎士は警戒心を露に君を睨みつけてくるし、少女は目を見開いて露骨に怯えている。モーブは窓の外を眺めていた。

 

 バグってしまったルクレツィアに任せては置けぬと、君は理路整然とヒュレイアへ説明をする。

 

 一つ。君は迷宮都市アヴァロンの探索者であること。

 

 二つ。ルクレツィアとは迷宮探索中に知り合ったこと。

 

 三つ。彼女はなにか呪いのようなものにおかされているようだったので、探索中にためした解呪の道具をつかったら治ったということ。なおそのアイテムは使用後に崩れ落ちてしまったこと。

 

 四つ。ルクレツィアが呪いに侵食されていた際の記憶は、曖昧な部分もあるようだということ。

 

 五つ。ルクレツィアの仲間はモーブ以外死んでしまったらしいということ。

 

 六つ。ルクレツィアを助けてカナンへ連れてきたのだから、報酬が欲しいということ。

 

 七つ。神聖魔法に興味があるので、一番詳しいらしい法皇と話したいということ。報酬はただそれだけで、金銭などは要らないことも付け加える。

 

 少し改ざんした部分はあるが、おおむね事実だ。解呪の道具ではなく一度打ち殺して復活させたとか、モーブ以外の仲間を殺したのは自分であるとかは、敢えて言う必要はないだろう。

 

 そして八つ。そこの大男がこれ以上殺気をぶつけてくるのなら、■■■──

 

 君は『善(GOOD)』だ。ゆえなき攻撃は行わない。相手が友好的であるなら、例え人ならざるものであっても武器は仕舞おう。

 

 だが、ゆえあれば──

 

  ◇

 

 大男、聖騎士サンドロスと君の視線が交錯する。

 

 サンドロスからすれば、君は率直にいって無礼極まりない存在であった。国の礎たる聖女を救出したまではいいにしても、自ら報酬を寄越せとは聖務をなんと心得ているのか。そしてなにより許せないのは、至尊たる法皇猊下に下賎な探索者風情が会わせろとは何事なのか。

 

 ──聖女ルクレツィアの様子がおかしいのは、もしやこの男が原因なのか。

 

 殺気めいた義憤に駆られて睨みつけていると、座っている男がうっそりとこちらを見上げ、聖務を司る大主教の執務室で吐くには余りにも不遜すぎる事を抜かすではないか。頭に血が上り、思わず拳を握り締める。

 

「……随分自信がおありのようですね」

 

 ヒュレイアにとっても、ルクレツィアが連れてきた男の言は不快であった。

 

 法皇に会わせろだのなんだのはまあよい。木偶の坊が怒っているようだが関係はない。法皇なぞ所詮はお飾りであるからにして。

 

 不快なのは、この男が欠片も敬意を見せないことだ。

 

 それどころか、とヒュレイアはおもう。瞳をみればわかる。あれはこちらを道具か何かだと思っている目だ。使える道具なのか、使えない道具なのかを吟味している目だ。

 

 ヒュレイアにはそれがよくわかった。なぜなら彼女自身がよくそういう目で人を見るものだから。エリートの彼女にとって、そんな目で見られることは非常に耐え難い。

 

 男はヒュレイアを色のない目で見つめ、ややあってスプーンで紅茶をカチャカチャとかき混ぜ、一息に飲み干した。そしてスプーンを口に含み、モゴモゴとしゃぶっている。

 

 (馬鹿にしているのかしら?)

 

 君を見る目が険しくなる。

 

 ──この部屋に居るものを皆殺しにするなら

 

 君が口からスプーンを出してのたまう。

 

 そのスプーンを見たヒュレイアと聖騎士サンドロスはぎょっとした。先が丸く歪み、潰されている。

 

 (聖硬銀のスプーンを……口の中で丸めた……?)

 

 ──三呼吸もあれば十分

 

 君の低い声には、不吉で不穏で危険な何かがたっぷりと含まれていた。

 

 カチャリ

 

 捻じ曲がり、丸く潰れたスプーンがティーカップに置かれる。

 

 自信ではなく事実だよ、と(うそぶ)く男の言葉を否定しきれない自分がいた。醜く捻じ曲がったそのスプーンに、ヒュレイアは自身の末路を幻視してしまう。

 

  ◆

 

 度重なる不敬に対する怒り、義憤……というよりは得体の知れない恐怖と怖気に背中を押されたのだろう、聖騎士サンドロスが勢いよく君の胸元へ手を伸ばした。

 

 ──『浮遊』

 

 だが君が唱えたわずか一節の呪文が、ふわりとサンドロスの巨体を宙へ浮かせる。

 

 本来は床に設置してある罠を回避するための呪文だ。だから浮かせたといっても、足が床から少し離れる程度に過ぎない。

 

 だが君にとってはソレで十分であった。

 

 エアホッケーを想像してもらうと分かりやすい。浮いている円盤を強く打ち出すと、打ち出した際の初速を保ったままカッとんでいく。とっても何かにぶつかったり、重力で地へ引き寄せられたり、大気の摩擦などで次第に勢いは減衰するのだが。それでも地べたに置いた円盤を打ち出すのと、浮いている円盤を打ち出すのとでは、その勢いに天と地の差があるだろう。

 

 君は突然ふわっと浮いて困惑するサンドロスの胸元、鎧の厚い部分へ強烈な前蹴りを叩き込む。ホッケーの円盤である。

 

 摩擦係数が限りなく0に近い状態のサンドロスは、蹴り飛ばされた瞬間に猛烈な勢いで吹き飛び、凄まじい音と共にヒュレイアの執務室の頑丈な壁へたたきつけられた。

 

 大主教の執務室ということもあって作りは非常に堅牢であるが、それでも壁にバキバキと罅が入り、サンドロス自身も鎧の中心をべっこりへこまされ、血反吐をはきちらして気絶している。

 

  ◆

 

 この技法はライカード魔導部隊きっての武闘派である、とあるニンジャ・マスターにより考案されたもので、その名も『環境利用戦術』(システマ)という。

 

 迷宮のように壁などの障害物が多い場所で、いかに環境を利用して戦えるかという観点の元に生み出された。敵対者を浮かせ、摩擦係数を激減させ、思い切り殴るか蹴り飛ばすかして壁にたたきつける。殴るか蹴るかした際の衝撃と、叩きつけられた際の衝撃が、敵対者の体内を隅々まで蹂躙し内臓破壊をもたらすだろう。

 

 環境と銘打ってはいるのだが、基本的に彼らはダンジョンばかりもぐっているので、彼らにとっての環境とはすなわち迷宮ということになる。

 

 自然の環境などはそこに含まれていない。

 

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