ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第11話:法皇レダ

「こ、こここのような振る舞い、許されると……」

 

 震えた声で抗議しようとする大主教ヒュレイアを無視し、君はツカツカと聖騎士サンドロスへ近寄って呪文を唱えた。

 

 ──『快癒』

 

 柔らかな光がサンドロスを包み込む。あらゆる欠損を、負傷を、状態異常を癒す治癒の奇跡の光である。蒼白だった顔色がたちまち赤みを帯び、衝突で傷ついた箇所は完全に癒された。

 

 ガバっと起き上がったサンドロスは、君を見て、壁を見て、自分の鎧をみて、再び倒れこんだ。

 

 死んだフリだ。

 

 そんなサンドロスをルクレツィアとモーブは冷たい目で見ていたが、何かに気付いたように慌てて君の前で跪き、両の手を組み合わせた。

 

 ヒュレイアは大きな目を更に大きく見開き、その後かたく閉じ、眉間に皺を寄せて何かを考えこみ始めた。やがて目を開いた彼女は、にっこりと満面の笑顔を浮かべ……

 

「法皇猊下への面談を求めていらっしゃるということでよろしかったのですね? 内容は神聖魔法について、ということで間違いはありませんでしょうか?」

 

 うん、と君が深く頷く。

 

「ではただちに取り付けてまいります!!!」

 

 ヒュレイアは走り去っていった。

 

 残されたお茶いれの少女は所在なさげに立っていたが、君が紅茶のお代わりを頼むと快く了承してくれた。ついでにスプーンも取り替えてもらう。

 

 騒がしくしたことを君が詫びると、少女はふるふると首を横に振った。

 

「いい気味です。あの人はお母様をいつも馬鹿にしていました! お飾りとかなんとか……ぶつぶつ」

 

 お母様? と君が首をかしげると、モーブが助け船を出してくれた。

 

「カナン神聖国法皇レダ。その子は彼女の一人娘です」

 

「はい! ラーナラーナと申します! 賎しくも『(うる)う泉の聖女』の聖称を戴いております」

 

 ぺこりと頭を下げるラーナラーナを、君はその透徹した視線でもって見つめる。成程、この世界の基準で聖女を名乗るだけの階梯には達しているようだ、と納得した。(※1)

 

 ※1

 レベル看破。プレイヤーは相手のおおよそのレベルをみることができる……例えばこういう感じで。

 

  ◆

 

 それからラーナラーナ、ルクレツィア、モーブらと雑談をしていると、外からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 

 バタン、と乱暴にドアが開かれる。

 

「法皇猊下へ取り次がせて頂きました。私がご案内いたします」

 

 ヒュレイアが汗をにじませながら、満面の笑顔で迎えに来たのだった。

 

 法皇が待っている部屋へ向かう途中、ヒュレイアはおそるおそる訊ねてきた。

 

「あ、あの……サンドロス……無礼を働いたあの男なのですが、彼を癒したあの奇跡は……一体……?」

 

 気になるなら同じ目に遭ってみるか。君が笑いながらそう言うと、ヒュレイアは絞め殺される寸前の鶏のような声をあげる。

 

 説明してもいいのだが、君の使う魔法の説明をするとなると素性も明らかにしなければいけない。それにともなうメリットとデメリットは、君をもってしても予測が出来なかった。例えばこの世界で一般的ではない魔法、蘇生魔法などは厄ネタになりかねない。その辺りをどうごまかしながら説明するかというのは少々難題だ。

 

 だが、元の世界へ帰るための支援を求めるとなれば、それなりに胸襟を開く必要はあるだろう。法皇がどういう人物かにもよるが。

 

 君はその辺りはいずれ説明するとだけ告げ、案内を続けさせた。ヒュレイアも君の機嫌を損ねたくはないようで、それ以上はきいてこない。

 

 ちなみにルクレツィアとモーブ、ラーナラーナはヒュレイアの執務室でお留守番だ。

 

  ◇

 

「さて、聖騎士サンドロス。そろそろ起きて申し開きをしたらいかがかしら。我が君に無礼を働いた理由次第ではぶち殺しますわよ」

 

 ヒュレイアの執務室では、死んだふりをしたサンドロスの胴を踏みつけ、ルクレツィアが冷たい声で詰問していた。

 

「う、うぐ……お、俺は胸倉をつかもうとしただけだ……法皇猊下に会わせろなどと部外者が……それは不敬なことでっぇ!?」

 

「はァ?」

 

 ルクレツィアがガシガシとサンドロスの頭をストンピングしていく。

 

「や、やめろ! 離せモーブ! こいつを止めろ!」

 

 サンドロスが抵抗できずにされるがままなのは、モーブが押さえつけているからである。

 

 たまらずラーナラーナを見るが、彼女もまた冷たい目でサンドロスを見ていた。聖女修行の一環としてヒュレイアにつきしたがってはいるものの、ことあるごとに母である法皇レダを馬鹿にされてきた彼女としては、ヒュレイアも、その懐刀であるサンドロスも大嫌いだったからだ。

 

 ちなみに彼女がヒュレイアに付けられた理由は、他の大主教よりはよほどマシだからである。

 

  ◆

 

 豪奢な扉のノッカーをヒュレイアが叩くと、ほどなくして静かに扉が開いていった。

 

 それでは、とその場を辞して去るヒュレイアを尻目に、君は眼前の人物の元へ向かう。

 

 その人物の前に立つと、右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出した。

 

 流れる水の如く流麗に行われるその礼に、眼前の人物──当代の法皇レダは、賞賛を込めてにっこりと笑った。

 

 これはいわゆるbow&scrapeというやつだ。君がいた世界の貴族社会における伝統的な男性のお辞儀で、bowがお辞儀、scrapeは掻き取る、つまり空中を掻き取るように手を胸に当てる仕草を意味する。

 

 要するに馬鹿丁寧なお辞儀ということなのだが、ライカードでは他国とやや意味合いが異なる。

 

 矢が尽きようとも(はず)(弓の先)に仕込んだ刃で首を掻き取ってやる、という戦意の表れを意味するのだ。

 

 常在戦場のライカードにおいて、貴人へ旺盛な戦意を見せることは、勇猛な兵があなたの傍にいますご安心下さい、という意味となり、最大級の礼法であるとされる。

 

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