ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第15話:夢幻に踊る

 ■

 

 翌朝、朝一番で君達は首都ユーガリットを出立した。

 

 ルクレツィアとモーブは結局ついてくるようだ。

 

 勿論君にとっては歓迎すべきことである。

 

 君は様々な訓練プランを考えるが、その中でももっとも効率的な方法は迷宮の浅層部では出来ないだろうから、どのみち深く深く地の底へ下りていく必要があるだろう。

 

 『彼ら』(良く増える悪魔)が居ればいいのだが……。

 

 帰りは行きと違い、ならず者に出くわすなどといったことはなかった。順調に馬車は工程を消化し……

 

 君たちはようやくアヴァロンへ帰還した。

 

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 探索者ギルドへの報告を済ませる前に宿を取らないかとルクレツィアが言ってきたが、君は馬小屋に泊まる事を告げる。

 

「な、な、な、なぜそんな場所へ!? お、お金でしょうか!? 問題ありません、カナンより支度金は出ております。もし主様が……え? いい加減名前で呼べ……? は……はい……えと……その、とにかく手元不如意ならばわたくしが……」

 

 君がモーブをみれば、こちらもやはり困惑気味な視線を寄越してる。

 

 君は大きなため息をつき、馬小屋にとまったこともないひよっ子だから不覚をとるのだと懇々と説教をした。

 

 君の誠心誠意の教えはしっかりとルクレツィアとモーブへ浸透し、彼らはそれまでの己の不手際を悔いていた。

 

 君は彼らの肩を叩き、人間に限界はない、限界を迎えたら新しいクラスへつけばいいとアドバイスをしてやる。

 

 君は彼らとのやり取りで、かつては自分もこうして教わる身であったなとしみじみした気持ちになるのであった。

 

 そして──……

 

 君たちはギルドマスターの執務室へと出向き、サー・イェリコ・グロッケンへ報告を済ませる。

 

 グロッケンはしきりに鼻を蠢かせスピスピとやっていたが、やがて大きなため息と共に頷き、ギルドも出来るかぎりの協力をしようと結んだ。

 

 君は何気なしに執務室を見渡すと、巨大な包丁のような大剣が飾り立てられている。

 

 綺麗に磨きたてられようとも、君の鼻はほのかに香る血の、闘争の残滓をしっかりと捉えていた。

 

 ギルドマスターの現役時代につかっていた得物だと説明されると、モーブやルクレツィアも目を丸くして驚いている。

 

 君からすれば驚くことでもないのだが。

 

 じっくり視れば分かるだろう……あの脂肪の塊の奥に、まるで針金がよりあつまったかの如き筋肉が詰め込まれているのを。

 

 あの時レダが放った極上の貫き手であっても、この腹は弾き返すだろうなと君の目に剣呑な光がやどる。

 

 探索者ギルドのトップである以上相応の実力があるならば、それは如何なるものか、と君がグロッケンをみていると、グロッケンは「君とはやりませんよ」と凄く嫌そうに目で語るのであった。

 

 そんなこんなで君はグロッケンへの報告を終え、ルクレツィアらに準備を進めて置くようにと言い残し、アヴァロンの街をぶらつくことにした。

 

 目指すは酒場である。

 

 旅の〆はエールで。

 

 ライカードだろうと、アヴァロンであろうと、それは変わらない。

 

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 異常に不味いエールをしこたま吞んだせいか、君はやや足元がおぼつかない。

 

 解毒の奇跡をもってすればすぐさま酔いはさめるが、それでは味気ないと君は酩酊を楽しむことにし、ふらふらと馬小屋へ。

 

 馬たちはもはや常連である君をみても騒ぎ立てることもなくどこか冷たい目で君をみているのであった。

 

 夢へ、落ちて行く。

 いつしか君は、あの時の場に居た……

 

 ■

 

 それは命あるもの、そして命なきもの総ての敵対存在であると考えられている。歴史の影に潜み、多くの命を貪った邪なるもの。

 

 神が創りし『大地』という白地にぽつんと垂れおちた黒点。

 

 多くの制約から物質界で十分な権能を振るえない神々ゆえに、矮小なる人族に過剰な力を与えてでも滅しようと試み、それでも成し得なかった……

 

 君も、いや、君たちは太陽にもっとも近い場所でソレと戦ったことがあった。

 

 戦ったのみならず、敗けたのだ。

 

 少なくとも最初の戦いでは。

 

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 ソレはまるで黒い霧が凝縮したような姿をしていた。

 のっぺりした顔は「ノクト」とよばれる闇の精霊の特徴だ。

 だが本当にソレは精霊なのであろうか? 

 

 ソレはノクトと呼ばれる、ノクトに似て非なるものだった。

 

 ノクトは闇の精霊だが邪悪な存在ではない。

 

 しかし、ウンブラ=ノクティスはそうではない。

 

 彼らはこの世界に対して激しい敵意を持つ邪悪な存在である。

 

 出会えば、魂ごと連れ去られ、闇色に染められてしまうだろう。

 

 ソレは君たちを見かけるやいなや、その醜悪で巨大なアギトを目いっぱいに開き襲い掛かってきた。

 

 数多の魔なるものたち(時には神聖なものでさえも)を葬りさってきた君たちをして、ソレは余りに強大すぎた。

 

 目に見えるもの総てを切り裂き、目に見えないものですら切り裂く達人、魔導部隊随一の剣達者であるサムライ・マスター(善・侍)の渾身の雷刀(上段からの一撃)はソレの皮膜一枚すら切り裂くことができない。

 

 刃が立たぬということではない。

 

 手ごたえがなさ過ぎるのだ。

 

 例え「相」が異なる相手であっても、YASUTUNA-BLADE(ヤスツナ・ブレード)の刃は敵手の存在中枢を著しく損耗させる……はずであった。少なくともこれまでは。

 

 死を恐れぬ彼をして、久しく感じていなかった恐怖。

 

 愛刀もまた震えているような気がした。

 

 ならば、と魔導部隊きっての武闘派であるニンジャ・マスターは短刀を握り締め、身に纏う装束を自ら引き裂く。

 ニンジャ・マスターの渾身のバトルフォーム(ぜんら)である。

 

 宙に描くは殺戮の剣線。

 

 直線的ではない、幾重もの有機的な閃光の軌跡はソレの全身を切り刻む。

 

 肉の相を持つものならば重要臓器各種、霊的存在、神的存在ですらも存在中枢を傷つけられれば死に至るということは君たちにとっては常識的なことだ。

 

 だが存在の階位がかけ離れすぎているのであろうか? 

 

 十重二重の連撃の後、ニンジャ・マスターが荒く息をつき距離をとるも、ソレには傷ひとつなかった。

 

 物理的な干渉は受け付けぬとみたアーク・ビショップ(善・司教)、君(善・魔術師)がそれぞれ魔法を完成させる。

 

 アーク・ビショップは現在は司教だが、最初から司教であったわけではない。

 

 僧侶として研鑽を積み、司教へとクラスチェンジしたのだ。

 

 いまでこそ魔術師系呪文も極めた彼だが、得手とするのは僧侶系呪文である。

 

 そのアーク・ビショップが行使するは当然、僧侶系攻撃呪文最上級である『死告』。

 

 禁じられし滅びの言霊。

 

 存在の否定。

 

 己の信仰する神に対し敵対存在の生を否定する宣言を発する。

 

 ライカードにおいて禁忌とされる術である。

 

 なぜ禁忌か。

 

 それは術が完成すれば神が直々に術者の敵に対し破滅的な干渉を行い、敵手のデフォルト・ステータスを『死亡』へと書き換えるからだ。

 

 殺すのではない、もともと死んでいるものとして存在を書き換えるのだ。

 

 これは極めて悪質であり、極めて呪わしい効果といえよう。

 

 なぜなら蘇生の奇跡などはあくまでも「死」という状態異常を正なるものへと修正するものであるから、デフォルト・ステータスが書き換えられてしまうと死んでいることが自然なものとみなされ、蘇生が出来なくなるからだ。

 

 同じような効果を持つ術に『即死』があるが、これはあくまでも肉のある身にしか通用しない。

 

 おそらくは霊的な存在であろうソレ相手に通るとはアーク・ビショップには思えなかった。

 

 しかし精錬され、練りこまれ、ありったけの法力を注ぎ込んだ死の言葉は、ついにはソレを害すことは叶わなかった。

 

 異界より来訪せし古の魔神を、始祖たる吸血鬼を、群れなす大悪魔をも屠ってきた必殺の術はソレに弾かれ、その術式を霧散させた。

 

 全身全霊の死告をレジストされたアーク・ビショップの隙を突こうとしたソレに、蒼い炎弾が雨あられと降りそそぐ。

 

 君による『炎嵐』から始まる多重起動だ。

 

 優れた魔術師は複数の事柄を同時に考える「平行思考」を当然の様に扱える。

 

 その技術を応用し、自身の精神世界に擬似的な人格を作り出し、術者が一人しかいないにもかかわらず複数の術を同時に行使することを多重起動という。

 

 魔法は、特に攻撃魔法は特にそうだが、術の有様は行使者の精神世界を顕す。

 

 赤色の炎より更に高温とされる蒼色の炎は、君の苛烈なる精神世界を正確に顕しているといえよう。

 

 魔法の多重起動による君の猛攻はこれで終わらない。

 

 炎弾の雨の後は大氷界、最上位氷結魔法『大凍』だ。

 

 絶対零度に迫る凍気がソレを包み込む。

 

 極限の冷気は大気一帯をすら凍てつかせるというが、君の玄妙無比な魔法操作は決して周辺に余計な破壊を齎さない。

 

 しかし君は手を緩めない。

 

 大気が焼ける匂いがするやいなや天が割れ、激烈な落雷がソレを打ち据えた。

 

 ──天雷

 

 神の一撃とも称されるその一撃は、自然界の落雷より遥かに凶悪な破壊力を内包している。

 

 神の怒りの具現たる落雷は、魔を討ち祓う。

 

 そして──……

 

 火、氷、雷の三属性により発生したエネルギーはある一点へと収束していき、ソレの胸元へ小さな火種程度の光球が顕れた。

 

 光球は輝きを強めていく。

 

 光球は大きく膨れ上がっていき、あっというまにソレを覆い尽くし、放電にも似たバチバチという破裂音を響かせながら更に肥大化しつづけた。

 

 君はそれを鋭い目で見定めると、転移の術式を完成させる。これは君たちが転移するものではない。

 

 光球が間もなく放散する余りあるほどの熱エネルギーを転移させるためのものだ。

 

 転移術式の完成とともに引き起こされたのは、始原の炎の顕現。

 

 魔術師系呪文最大の一撃、それも通常行使する略式ではなく、正式な手順で顕現されたまさに天地開闢の一撃。

 

『ハーイラー・ザンメルツ・ウォルアール・イェーラー』

(速やかな)(風・嵐)(光・解く・退ける)(解放・切り離す)

 

 ──核炎

 

 音はない、爆風も起こらない。ただ光のみが在った。

 

「正式」な手順で行使された核撃は静かで、そして絶対的な破壊をもたらす。

 

 通常放たれる核炎は三属性融合こそ行うものの、三属性ともに完全な形では顕現させない。

 

 君が今行使したように完全な形で行使すれば、それに伴い生み出される凄まじいエネルギーを制御することは至難を極めるからである。

 

 これは魔法の深奥に至った君だからこそなし得る奇跡であり、アーク・ビショップをして正式行使には至らない。

 

 だがそれでも

 

 それでもなお、ソレは悪辣極まる殺意を振り撒き、君達の目の前に存在していた。

 

 闇よりも尚濃い暗黒色の肉体からはブスブスと煙がたちのぼり、確かに傷を負っては居たものの、全身全霊の核炎はソレを滅ぼすには至らなかったのだ。

 

 ソレが君達に牙を剥くたびに、闇色の鋭い触手をつきだすたびに君たちは深く傷ついていった。

 

 最初に死んだのはマスターシーフ(中立・盗賊)だ。

 

 彼はハイ・プリーステス(善・僧侶)を庇って死んだ。

 投槍のごとく大気を穿ちながら襲い来るソレの触手を腹部に受け、貫通。

 

 マスターシーフの上半身と下半身は大型の猛獣に一息に食いちぎられたように千切り飛ばされ、血と臓腑を撒き散らした。

 

 庇われたハイ・プリーステスは顔を真っ青にしながらも、癒しの術を行使し続ける。

 

 次に死んだのはアーク・ビショップだ。

 

 ソレは数本の触手を一本へと束ね、サムライ・マスターへとつきだすが、受ければ死ぬと考えたサムライ・マスターはそれをかわした。

 

 射線上にアーク・ビショップがいた。

 

 アーク・ビショップとて聖術と魔術を極めた者、瞬く間に己が身を鉄塊のごとく変じさせる物理系防御魔法最高峰の大鉄身を完成させる。

 

 だが触手は鋼身と化したアーク・ビショップの首を容易く抉り飛ばした。

 

 死んだことさえ気づいていないであろう、きょとんとした表情のアーク・ビショップの首を見たとき、君たちは逃げを打つことを決めた。

 

 君たちほどの実力者にとってこの判断の遅さはありえないと人は言うかもしれない。

 

 しかし、あまりに実力差がある相手と相対したとき、馬鹿正直に逃げを打つことは多くの場合悪手となる。

 

 成人した男性が走り逃げ回る幼子を捕まえられないなどということがあるだろうか? 

 

 戦いの場においてもそれは同じだ。

 

 それでもなお逃げを打とうと決めたのは、戦闘の継続に一切の希望が見出せないからだ。

 

 絶対的な物理障壁、魔法障壁があるとは思わない。

 

 全霊の核炎は確かにソレの身を削った。

 

 決してあらゆる害意を無と帰すような存在ではない。

 

 しかしそれだけだ。

 

 敵手の攻撃は当たれば死に、こちらの手数と火力は余りにも足りない。

 

 ゆえに君はあらゆる魔術師が忌避する手段を取った。

 

 戦闘中の転移の行使。

 

 座標を一切指定しないそれの行使は余りある危険を伴う。

 

 いうまでもなく最も恐ろしいことは「壁に埋まる」ことである。

 

 だがこれはその恐ろしさを正確には言い表してはいない。

 

 ただ壁に埋まるだけならば何も問題はないのだ。

 

 石壁を、あるいはそれより固い壁であっても君達ほどの超人ならば抉り、くだくことができる。

 

 君達でなくとも、転移を行使できるだけの魔術師が所属するパーティならば全く問題はない。

 

 壁に埋まる……これはちがう。

 

 正確には壁の一部というデフォルトステータスへかきかえられてしまうのだ。

 

 こうなればもはや希望はない、肉も魂も消え失せる最悪の「消滅(ロスト)」が待つのみ。

 

 通常そこまでの危険をおかしてまで逃げを打つ必要はない。

 

 勝てない、逃げられないのならば死んでしまえばよい。

 

 元より君達は幾百幾千もの己の屍を積み重ねて力を得るに至った。

 

 いまさら一度や二度の死がなんだというのか……

 

 だが、君達は相対するソレは自分達がただ死ぬだけではすまないだろうという不思議な確信を得た。

 

 理屈はない、しかし魂がそう断じている。

 

 このまま皆殺しの憂き目に遇えば、君達の肉体のみならず、魂までもが貪られ、いや、それですら生温い。

 

 君達そのものがソレへと変じるだろう。

 

 君達の願いを編み込んだ転移術式は瞬く間に形を成し、そして……

 

 ■

 

 *おおっと*

 

 君は顔をべろべろ舐める馬たちに起こされてしまった。

 だが夢の事ははっきりと覚えている。

 

 あれは手ひどく負けたなと苦笑し、懐かしい思い出に浸る……

 

 横になりながら君は考えていた。

 

 迷宮で感じた得たいの知れぬ不気味な気配について。

 

 神か魔に属するものとも違う、言葉にできぬ忌避感は……あれはかつてまみえたこともある『深奥の者』に似ている、君はそう考えていた。

 

 なぜ忘れていたのだろうか? 

 

 だが同じものだとは思えない。

 

 似ているが、違うものだ。

 

 とはいえ、と君は思う。

 

 ライカード魂が疼くのだ。

 

 大迷宮には一体どんな罠が待ち構えているのだろうか。

 

 どれほどのおぞましい魔が跋扈しているのだろうか。

 

 ──そして、そいつらをぶち殺したならばどんな宝が手に入るのだろうか

 

 と。

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