アヴァロン大迷宮第五層『血渇円堂』。
なぜそんな物騒な名前が付けられたかは定かではないが、この階層は迷宮型ではなく、ただの円形の広間である。
だが。
五層へ足を踏み入れた君は、くふっと笑った。
なんとまあ、分かりやすい殺気を馳走してくれるではないか。
キャリエルは落ち着かなげに辺りを見回している。ルクレツィア、モーブも不穏な何かを感じている様だ。
前方からコツコツと石畳を歩く音が聞こえてくる。
──ひひっ……
──うふふ。歌がァ……聞こえるなァ……
やがて足音の主が暗がりからゆらりと姿を見せた。
「エリゴス・ハスラー……。なぜ貴方が……?」
ルクレツィアが警戒を露に問いかける。
だが君は腕を伸ばし、彼女が前へ歩み進もうとするのを止めた。同時に、前方の空間へ鋭い蹴り上げをくれてやる。
硬質な音が鳴り響き、剣が迷宮の壁へ叩きつけられた。
ルクレツィアが目を見張る。目の前には既にエリゴスが立ち、剣を突き出す体勢で固まっていたからだ。彼女の目にも見えない速さで突き出された平突きを、君の蹴りが弾き飛ばしたのである。
君は顎をしゃくり、剣を拾いにいけと合図をした。
それなりに磨いたのだろうな、と君は思う。少なくとも、マスタークラスへ辿りついたばかりの戦士程度では歯が立つまい、とも。
余裕をかます、相手を舐めている、そういう訳ではないのだが、この先の敵手の格を知って置きたいと君は思った。
目に見える階梯と、目に見えない階梯がある。キャリエルが良い例だ。彼女は階梯より大分強い。
だから有無を言わさず打ち殺すのはやめにして、それなりに見せ場を作ってやろうと思ったのだ。相手に何かしら隠し札があったとして、使われる事を込みで考える。その上でそれなりに梃子摺る様ならば一時撤退し、研鑽を積んでから出直すという手もある。
君はモーブから剣を借りた。
君の剣の腕はそれなり以上だが、魔法のそれには劣る。開幕『核炎』で吹き飛ばしても良かったが、迷宮についての情報を君は求めていた。だから殺さない程度の剣で相手をしてやろうという事だ。
すると君の態度が癪に障ったか、エリゴスという剣士から先程までの狂を発したような態度が抜け落ちる。いまや険しい凶相とも言うべき表情で君を睨みつけていた。
ゆらり。
君は体の力を抜いた。
殺さない程度の剣で相手をしてやるつもりだが、と君は嘯く。
お前が想像以上に弱いせいで死んでしまっても、責任は持たない。
君の腕がぶるりと震えたかとおもうと、ひゅん、という音と共に振るわれた剣が、エリゴスの胴を横薙ぎにしようとする。
その速度は大して速いものではなく、エリゴスはおろかキャリエルですら見切る事ができた。
それでもエリゴスは君の剣をかわすことが出来なかった。
なぜなら、君の振るった剣の剣先が巻いたからだ。
いや、実際に形状変化を起こした訳では無い。剣が巻いたように見えたのは、脱力状態から振るった剣に、君の腕が引き起こした波のような細かい動きが伝導したせいである。
剣を握った腕そのものを一本の武器と見做し、その根元からブレを伝導させ、剣があたかも湾曲したかに見せる。振るう速度が遅いのは、遅い方が湾曲の度合いが強くなるからだ。
ライカード魔導部隊屈指の剣達者であるサムライ・マスターが編み出した幻惑の斬撃、これを斬法・
君の剣はエリゴスの胴に深々と食い込み、それだけに飽きたらずばっさりと切り飛ばしてしまう。
あれ、と君は思った。
そこまで反応が鈍い相手でも無さそうだったのだが、と。
斬法・曲り月は初見殺しの側面はあるが、所詮は戯れの剣である。余計な小細工などせず、真っ直ぐに振った方が剣は強い。件のサムライ・マスターも、この技を編み出した後に使う事はなかった。君は新しい物好きのミーハーなので、色んな技法を色んな場面で使いたいと思ってはいるが。
「うっ!」
モーブの呻き声。
キャリエルやルクレツィアも手で口を押さえている。
みれば、胴斬りにしたエリゴスの死骸の断面から白くうねる触手のようなものが何本も出て、上半身と下半身を接着しようとしていた。
君はそうでなくては、と喜んだ。
妙に反応が鈍かったのは、アレのせいなのだろう。恐らくは寄生されているのだろうが、生前ほどに体を上手く操縦できないのだろうなと君は考えた。
優れた技というのは、精密な動作の判定を幾つも潜り抜けた先に現れる結果である。あんなものを宿していては、体の性能任せの雑な動きしか出来まい。そしてあのような動きでは、折角の名剣もその輝きが曇ってしまう。
見た所、少なくともモーブの剣よりは数段格上の剣だ。
ルクレツィアに聞いてみると、あれは魔剣ローン・モウアという剣らしい。
魔剣だの、聖剣だの、そんなもの、と君は言いかけるが、よくよく考えるとちょっと欲しくなってきてしまった。
いや、ちょっとではない。むくむくと物欲がわきあがり、数瞬後には物凄く欲しくなってきてしまった。
これはライカードの者の悪癖のようなものなのだが、兎に角物欲が強い。珍しい剣、珍しい鎧、珍しいアミュレット、こういったものに非常に目がない。君だけではない、国民全体がそうなのだ。なんだったら明らかにガラクタであっても持ち帰り、鑑定代を積むという極まり具合である。
君たちが見ていると、上半身と下半身はやがてぴったりと合わさった。
エリゴスだったものはゆっくり立ち上がり、君に憎悪の視線を向ける。
しかしその様な視線が君の心を震わせる事はない。
君はただ浮かべるだけだ。
薄ら寒い、殺しの笑みを。