願わくば、と君は思う。
願わくば、命を賭すに値する強敵であってくれと。
君は弾かれた様に飛び出した。
右手が地を擦り上げ、迷宮の石畳を抉り飛ばす。飛ばされた石礫は凄まじい勢いで、眼前の緑色の異形へ吹き飛んでいく。
異形は対応出来ない。君の三重の『猛炎』で大きなダメージを負っていたからだ。
──『凍嵐』
石礫を飛ばすと同時に『凍嵐』を行使。猛吹雪が異形に吹き付けられ、その勢いが石礫の投射速度を後押しする。
敵手を凍結させ、すかさず石礫を叩き付ける事で破砕せしめんとする一連の戦術。これは他ならぬ君自身が考案したものだ。しかし地面が石畳でしか使えぬ事と、この程度では所詮雑魚にしか通用しないという事で、部隊の公認戦術として認められる事はなかった。
とはいえ、攻撃の起点としては悪くない。
左からモーブ、キャリエル、右からルクレツィアが同じく追撃の構えに入った。
風術を利用した高速移動でいち早く異形の懐へもぐりこんだモーブは、剣を引いて突きの構えを取る。見る見る内に風が渦を巻き、その剣へ集束していく。
キャリエルはアタフタしながらも剣と盾で、彼女が初めて君と出会った時に言ったようにガンガンやるつもりだった。というか彼女は他の三人の様な特殊な技法を使えない。
ただ、十分に鍛錬を積めばキャリエルの放つ斬撃全てが致命打となり、こちらの攻撃はなぜか当たらないという悪夢の様な事になる。モーブやルクレツィアなどより潜在的な危険性は高い。
ルクレツィアは攻撃に参加せず、簡易的な障壁をそれぞれに張り巡らせるなどしていた。元は聖騎士達と迷宮探索をしていただけあって、パーティ戦のイロハを分かっている。
だがこの時、君の予想だにしない出来事が起こった。
恐らくは自分達と同様に何かしらの障壁を張り巡らせるか、あるいは想像を超える邪悪な反撃で一人二人死ぬかするだろうと思っていた君は、度肝を抜かれてしまう。
君たちの放った攻撃すべてを、異形はトンマにもその身で受止めていたのだ。
全く効いていないとかなら話は分かる。
しかし、そうじゃない。
全部当たっているし、全部効いている。君の放った凍結石礫は異形の各所を痛々しく破砕しているし、モーブの風を纏った突きは横っ腹にドでかく穴をあけている。しかもキャリエルが引っぱたいている部分からも青っぽい血がながれている。
君はいぶかしげな様子でルクレツィアに問いかけた。
もしやあんな木偶に敗北したのか、と。
するとルクレツィアは首を振る。そもそも自分達は何かに敗れたとか、そういう訳ではないとの事だった。ただ、迷宮探索をしているうちに仲間が一人、二人、三人と、やがては自分自身にも何かが侵入してきたのだ、と。
侵入、ね、と君はやはり納得がいかない。であるなら何かしらの切っ掛けがあるはずなのだ。歩いているだけでとりつかれるだとか寄生されるだとか、たまったものではない。
君がそういうと、ルクレツィアはやや考え込む様子を見せ、そういえば、と口を開く。
「八階層、そこでわたくし共は歌を聴きました。八階層は暗く、すぐ前も見えません。ですがなぜかわたくし共には行くべき場所が分かっていたのです。何を言っているか分からないかもしれませんが……ともかく、その場所に行きついて、そして見ました。巨大な棺が浮いていて……、そこから声がしたのです。それから先は覚えていません……」
謎解きか。苦手なタイプだ。
げんなりしながら、君は襲い掛かってくる触手を蹴り上げた。
君の、というかライカードの探索者はもっとシンプルな邪悪を好む。君に限らず、ほとんどの探索者は搦め手を用いてくる様な相手を、どちらかというと苦手としていた。
すると、と君は異形を観察する。
モーブやキャリエルにボコボコにされている姿を見ているとどうにもやるせない気持ちになってしまうが、あるいはあれは言わば擬態で、本体みたいなものがいるのか。でなければ以前二層で感じた忌まわしい幻視はなんだったのだという話になってしまう。
恐らくは、と君は考えをまとめた。
カル・ローン傭兵団とやらは更に下層で何かに出会ったのだろう、と。そこで頭目諸共乗っ取られ、仲間を増やそうとしている、と。恐らくはルクレツィア達も同様だろう。
君にとってもこういうタイプは初めてであった。これまで相対してきた邪悪は、どれもこれも世界征服だのなんだの、分かりやすい目的を持っていた。
今回の相手は良く分からないな、と君は胸中で溜息をついた。
君はルクレツィアに、あの怪物を倒したら一度地上へ戻る事を告げる。カル・ローン傭兵団、エリゴス、緑色の異形の怪物。これらの情報をギルドマスターへ伝えなければならない。
ああ、それと、と君は部屋の隅を見た。
魔剣ローン・モウアも持って帰らないとな、と心のメモに刻み込む。