ダンジョン仕草   作:埴輪庭

31 / 77
第27話:転移

  ◇

 

 今の迷宮は正直、怖い。けれどお兄さんが一緒なら、不思議となんとかなりそうな気がする。

 

 キャリエルはそう思う。

 

 自身が一度死んだ事を、そしてパーティリーダーの青年に蘇生された事を、彼女は既に聞き及んでいるし、実感もしている。

 

 実感とは、死の世界から生の世界への移行の実感だ。

 

 死ぬ寸前の恐怖、痛み、どこか暗い昏い所へ落ちていくあの寂しさ。しかし落ちていく自分を誰かが掴み、引き上げた。

 

 その誰かとは。

 

 お兄さん、である。

 

 キャリエルの言う所のお兄さんは、いつのまにかアヴァロンを訪れていた探索者だ。一人淡々と探索を繰り返し、ギルドの者達からは変人扱いをされていた。

 

 だが、面と向かって何かを言う者、いや、言える者など一人もいなかった。

 

 匂いがするのだ。噎せ返る程の、血と暴力の匂いが。

 

 だがある日、キャリエルは気さくに話しかけ、酒を飲んだことがある。彼女がそんな行動に出たのは、こういってはなんだが()であった。親しくなっておいて損はない、というような極めて打算的な勘だ。

 

 これでいてキャリエルは、自分でも人を見る目に優れていると思っている。人を見るとき、良い人、悪い人、どちらとも言えない人、というようなおおざっぱな勘が働くのだ。

 

 キャリエルは不思議であった。

 

 お兄さんは彼女が見る限り、かなり手が早いというか、非常に短絡的な面がある。一度、無頼漢に絡まれた時には、魔法らしきものをつかってその無頼漢を傷だらけにしてしまった事もあった。

 

 だが、そんな気の短そうな相手を見ると、良い人だと、それもものすごく良い人だと感じてしまうのだ。

 

 だから興味本位も手伝ってか、加えて言うならば自分の勘を信じて呑みに誘ったキャリエルだが、これが意外にも物腰は柔らかく、気さくであった。妙な下心も感じず、楽しく酒を呑む事ができた。

 

 さらにある日、キャリエルが探索中にしくじって怪我を負ったことがある。嫌な予感ともっと嫌な予感がして、前者を選んだ結果だ。

 

 怪我はそれなりに酷く、右腕の骨が完全に折れていた。

 

 しかし治癒を受ける金はキャリエルには無い。アヴァロンには治癒師はいるが、かなり高額の金を取るのだ。

 

 放っておくという手もなかった。キャリエルには稼ぐ理由がある。

 

 こういう場合、多くの探索者は仲間に頼る。しかしキャリエルには仲間がいなかった。稼ぎを自分で総取りしたかったからだ。金銭への欲求ゆえではなく、稼がねばならない理由があったからである。

 

 だから最低限の手当をして、迷宮で少しでも稼ごうとした。

 

 そこをお兄さんに見とがめられ、路地裏に連れ込まれ、癒された。

 

 これも縁だから、と短く言いながら、キャリエルが聞いたこともない魔法の文句を唱え、骨折という大怪我があっという間に治ってしまったのだ。

 

 その出来事以来、キャリエルはお兄さんに対して何か思う所ができた。良い意味で。

 

 二人が迷宮を共に探索することはなかったが、街中でたまたま出くわす事も何度かあった。

 

 ある晴れた日のこと、市場の賑わいの中で二人はばったり出会った。彼女は野菜を買いに来ていたが、お兄さんはただぼんやりと周囲を見ているようだった。

 

「お兄さん、何してるの?」

 

 キャリエルが尋ねると、街を見ているだけだ、という端的な返事が返ってきた。

 

 その後、キャリエルは彼と一緒に市場を歩き、買い物を手伝ってもらった。なぜそうなったのかは分からない。しかし、雰囲気で何となくそんな流れになった。

 

 お兄さんは野菜や果物についてあまり知識がないようで、キャリエルが選んだものをただ黙って見ているだけだった。

 

 市場の一角で子どもたちが走り回っているのを見かけた時、その目にほんのわずかな和らぎが宿っている事に気付く。

 

「お兄さん、子ども好き?」

 

 彼女がそう尋ねると、お兄さんは少し驚いたようにキャリエルを見た後、小さく頷いた。

 

 まあ、年齢は若ければ若い程良い、年を取ると階梯をあげても逆に弱くなることがある、と言った時には何か価値観の相違を感じて首をかしげざるをえなかったが。

 

 ともあれ、日々のそういう出来事の積み重なりが、お兄さんに対しての信頼感へ結びついているのは事実であった。

 

  ◆

 

 今から私は、私たちはとっても怖い場所へ向かうんだ。もしかしたらもう帰ってこれないかもしれない、だけど。

 

 キャリエルは強い意志のこもった目で君を見た。

 

 君もまたキャリエルを見て、その肩を引き寄せる。

 

 え、と頬を染めるキャリエルだが、続いてモーブとルクレツィアも引き寄せられた。

 

 え、と疑問の声があがる。

 

 我が双脚は彼方に在りて、という真言が君の口から紡がれ。

 

 ──『転移』

 

 という起動語と共に、君たちは第一階層から第五階層まで飛んだ。

 

 なお、三人を引き寄せたのは転移ミスを防ぐ為である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。