「結局、ここは何層なんだろう? ルクが言っていた真っ暗な空間っていうのは七層だよね? 六層はあの沼地で……ここはどうみても七層じゃないけど」
キャリエルの言葉にルクレツィアは、確かに、と暫し思案の表情を浮かべる。そして僅かに上を見上げて、次いで床を見つめた。
実の所、君には何となくこうじゃないかという考えはあったのだが、ルクレツィアの考えを聞いてからにしようと口を挟まないでいた。
ややあって、ルクレツィアが恐らくは、と前置いて考えを話し出す。
「ここは六層と七層の中間……つまり、六層自体が上層と下層に分かれていたのではないでしょうか。そして、あの魔の眷属はこの下層をねぐらにしていたのではないかと……」
なるほど、とキャリエルは頷く。
ちなみにモーブは黙したままである。精神に異常を来たしているのではないかと心配した君がモーブに話しかけようとすると、ルクレツィアがそれを制止して耳元で囁いた。
「彼は奥手で、人前で自分の意見を述べる事に非常に苦痛を感じる気質なのです」
それを聞いた君はなるほど、と頷き理解を示した。
人それぞれ得意不得意はあるものだ。君とて出来ない事は山ほどある。
例えば装備を、肌着までもを脱ぎさり全裸となる事で金城鉄壁の護りの力を得るというのは、君にもできない。
NINJAと呼ばれる者達特有の能力である。
彼らは脱げば脱ぐほどに硬くなる。攻撃が当たらなくなる。身軽になり攻撃が当たらなくなるなどというチャチなものではなく、肉体が硬質化していくのだ。
これでいて存外に理屈屋でもある君は、いつだったか先輩でもあるマスター・ニンジャに理由を尋ねてみた。すると、彼はこう答えた。
「なに、簡単な事よ。火事場の馬鹿力というものがあるだろう。人は命の危機に晒された時、己の限界を超えた力を絞り出す……事がある。まあ大抵は絞り出した所で死ぬのだが。しかしな、
君はその説明に大いに納得し、自身もその境地に至ろうと鍛錬を積んだこともあるが、結局は体得できなかった。
それは君にNINJAとして生きていくだけの覚悟がなかったからだ。
君は様々な戦術を無節操に採用するミーハー気質であるので、己の肉体のみを武器とするNINJAの戦い方はそこまで魅力的には思えない。魔法と剣技、体術をグチャグチャにかき混ぜて実戦風味に味付けしたのが君の戦術、戦法である。
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ともかくも、君たちはそんな考察なり何なりを垂れ流しながら、第六階層下層部の探索を進めて行った。
◇
一方、第五階層【血渇円堂】に辿り着いた一団がある。
アヴァロン探索者ギルド所属の中級パーティ【ブルーソニアの隠し牙】だ。中級とはいうが、次の考査では上級へあがるだろうと目されている。
手癖の悪い女軽戦士ブルーソニアを中心とした六人パーティで、剣士、斥候、斥候、斥候、神官、神官と構成はやや偏っている。
なぜこんな構成なのか。斥候が三人も必要なのか。
必要なのだ。
それは彼らの戦術に依るものであった。
ともかくもそんな【ブルーソニアの隠し牙】だが、血渇円堂で魔物の一団と対峙していた。
◆
全身を創傷に塗れさせた大鬼君主の怒りは本物だ。殺意と敵意が乗った
「う、狼狽えるんじゃないよ!」
部下達へ向けて叱咤するも、心身の態勢が整うまでには数瞬を要した。
たかが数瞬、されど数瞬だ。大鬼君主はその数瞬が欲しかった。
ブルーソニアは何かを察したようで、素早い動きで大鬼君主へ肉薄するも間に合わない。
大鬼君主の魔法が完成した。
『雷よ、我が敵を鞭の如く打ち据えろ(ギル・ウェン・ヴェイン)』
『ギル』のルーンワードは雷を呼び起こす。最初にルーンワードを唱え、次いで動作を指定するというのが、この世界の魔法のルールであった。
この魔法は一条の雷撃を生み出し、そこから更に細い雷撃に枝分かれさせて複数の相手を同時に攻撃するというものだが、ブルーソニアは雷撃が分岐する前に剣を掲げてその前に飛び込んだ。
結句、彼女は全身を雷に焼かれる事となる。
しかし即座に後方から白い光が飛んだ。神官達が癒しの魔法を放ったのだ。
活力を取り戻したブルーソニアはにたりと笑い、更に力強く前進を続ける。
そんな様子に大鬼君主も彼女へ注意を集中し、次は更に強力な一撃を見舞ってやろうかとした矢先であった。
回り込んだ斥候の一人が大鬼君主を背面奇襲し、毒刃を深々と突き刺したのだ。
斥候は三人。残る二人は岩魔たちによって足止めされていたが、一人は回り込みに成功した。
大鬼君主は怒声をあげるも、その声はたちまち掠れ、やがてその巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
やったわ、とブルーソニアが雄叫びをあげるが、斥候たちは浮かれずに岩魔を片づけていく。
要するに、【ブルーソニアの隠し牙】の主攻はパーティリーダーではなく三人の斥候だった、ということだ。
◆
「ここらで退こう。消耗が激しい」
斥候の一人、ケイセルカットが言った。
先程大鬼君主を背面奇襲した斥候の青年だ。彼はつい先日までパーティを離れていたが、最近になって戻ってきた。遠方に住む妹に会いにアヴァロンを離れていたのだ。
「何言ってるんだよ! いい感じだったじゃないか、先に進もうぜ! 王宮はドでかい報酬を約束してくれたんだ! 他の連中にかっさらわれる前に、俺たちが最下層まで行って舐めた野郎をぶち殺すんだよ!」
斥候の一人、ギンガナムが反論する。もう一人の斥候であるジギーもギンガナムに同調した。
ブルーソニアは悩むそぶりを見せるが、実の所は彼女としても下層へ降りたかった。退くべきだと分かってはいたのだが、何故か下層に進みたかった。
「と、とにかくここを離れましょう! 何だか落ち着かない……留まっていたくないのですっ……」
神官二人は不安そうに周囲を見回しながら言う。こちらは早くこの場を離れたがっている。
ややあって、ブルーソニアは先へ進む事を決めた。
「悪いね、ケイセルカット。先へ行こう。何、なるべく戦闘は避けていけばいいだけの話だ。ウチらにはアンタたちがいる。気配の察知はお手の物だろう?」
ブルーソニアの言葉に、ケイセルカットは険しい表情を浮かべる。
「俺は反対だ。俺たちの実力じゃあ六層は厳しい。ましてやその先なんて……なんだかお前たちおかしいぞ? まるで……」
と、ケイセルカットはそこで言葉を切り、ふと怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
「なあ、今誰か歌ったか?」
それは奇妙な質問だった。
ブルーソニアは、いきなり何を言ってるんだい、と尋ね返そうとした。
「歌、か。歌、いいね。歌を聴きに行こう」
なぜかそんな言葉が口から漏れた。