ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第36話:GOODMAN

 ◆

 

 意外でも何でもないが、君はこれまでに何度も何度も何度も死線を潜り抜けてきている。

 

 更に言えば、潜り抜けられなかった事もあった。

 

 瞬きする間も無く首を落とされてしまったり、敵手の "核炎" で即死したり、宝箱が爆発して死んだこともある。まあライカードの迷宮探索者で死の経験がない者はいないため、君が特別間抜けという訳でもない。

 

 そんな度重なる死で磨かれた君の感性が、迷宮に悪意が満ちていくのを察知した。

 

 同時にキャリエルが振り返り、君を見て軽く息をついてふたたび進みだす。

 

「どうしたんですの、キャリー」

 

 ルクレツィアが問うと、キャリエルは歩を止めてどことなく後ろめたそうな雰囲気を出しながら答えた。

 

「えと、こんな事を言ったらアレなんだけど、なんだか怖くなっちゃって。でもお兄さんの事を見たら、その」

 

「なるほど、安心したと」

 

 ルクレツィアは然もありなんと言う風に頷き、キャリエルの事を意味ありげな視線で見つめた。

 

「な、なにかな」

 

「いえ、別に」

 

 そんなやり取りを見ながら、モーブはこんな場所だというのに良くそんな余裕があるなと若干呆れ、すぐに自身もまたそこまで強い不安や恐怖を感じてない事に気付く。

 

 当然、彼らの精神安定剤となっているのはほかならぬ君の存在である。

 

 君はパーティの中で最も強く、もしかしたらオルセイン王国でも最も強いかもしれない。あるいはその強さは王国という枠組みを超え、この地方随一の強者であるかもしれない。

 

 君もそれは自覚している。自分は強いのだと。しかし、それでいてなお驕る事はなかった。

 

 どこのどういう迷宮であれ、迷宮というものは昏く禍々しい。君はそれを良く知っている。強いだけでは乗り越えられない試練も往々にしてある。

 

 そんな時、頼りになるのは仲間であると、絆であると君は心の底から良く知っているのだ。

 

 君が自身のそんな心の裡を率直に仲間達へと伝えると、ルクレツィアは何故か涙ぐみ、モーブはまるで通夜の参列者の様に神妙な顔をして、キャリエルは何か言いたげに口元をモゴモゴさせていた。

 

 君は自分でもGOOD()らしい良い事を言ったと自画自賛し、肉だか血管だかがへばりついた気味の悪い通路の奥、薄ら闇の向こうに向かって同意を求めた。

 

 誰かが近づいていたのだ。

 

 ハッと仲間達が向き直り、各々臨戦の構えを取る。

 

 べちゃり、べちゃりという足音。

 

「複数いますわね……敵でしょうか」

 

 ルクレツィアが緊張の面持ちで呟く。

 

 彼女の言葉が空気に溶け込む間もなく、その不穏な足音の主が視界に飛び込んできた。

 

 白く濁った目を持つ探索者たちだ。数は5。先頭に立つ女がリーダーだろうか? 軽剣士然とした装備──……剣は抜かれている。君の目は目ざとくその剣がそれなりに使い込まれている事を看破し、女が少なくともこの地の基準ではそこそこやる方だと見破る。

 

 だが、と君の目の温度が僅かに下がる。

 

 君の心は僅かながらの失望の念を覚えていた。

 

 彼らの異様に膨れ上がった腹を見た君は、いくらそこそこやるといってもあの腹ではまともに動けないだろうとがっかりしたのだ。

 

 探索者達が不気味に笑いながら君たちに近づいて来ると、背後から風が吹き抜ける。

 

 それはモーブの戦闘機動の兆しだ。彼の異名は "風渡り" であり、文字通り風に乗り、風を渡る様に素早い動きを得意とする。

 

 そこで君は慌てて振り返り、モーブを制止した。

 

「お、お兄さん!?」

 

 キャリエルが困惑したような声をあげるが、当然の疑問である。明らかに正気を失った厄い連中を前にしておきながら、「戦うな」と言う君の本意はキャリエルには到底理解不能だった。

 

 ルクレツィアとモーブも同様に困惑しているが、その視線に僅かな疑念の暗い輝き、そして恐怖による曇りが混じる。

 

 ──まさか、まさか

 

 ルクレツィアはこの時、君が魔による精神汚染を受けたという最悪の予想を立てていた。モーブもだ。

 

 君は仲間達の困惑と不安を無視し、にこやかに微笑んで挨拶をした。腰に佩く剣の柄にも手を掛けていない。当たり前だが挨拶は返ってこない。そして彼我の距離は少しずつ縮まってきている。

 

「あ、主様、彼らはどう見ても真っ当ではありませんが……ひぅっ!?」

 

 ルクレツィアが恐る恐るといった風に君に言うが、君はそんなルクレツィアに厳しい視線を向けて黙らせた。外見で相手で差別するなど、GOOD()どころかEVIL()でもない外道の所業だからだ。

 

 何と言ってもライカード魔導散兵部隊には鍋だって居る。喋る鍋などどこからどうみても真っ当ではないが、ライカードの者達は鍋を差別などしない。君はルクレツィアにもこのフェアなマインドを身に着けてほしかった。命を預けあう仲間なのだ、外道であってほしくはないと心から願う。

 

「危ない!」

 

 君がルクレツィアに説教をしていた所、突然モーブが危機を告げた。

 

 奇襲だ! 

 

 先程の探索者達が卑劣にも背を向けていた君に襲い掛かってきたのだ。

 

 それは恐るべきEVIL()の所業であった。

 

 君のGOOD()なる人としての使命感が「悪を討て、引き千切れ、皆殺しにしろ」と雄々しく叫び出す。

 

 君は腰に佩いたローン・モウアを抜き放ち、振り向き様に卑劣な襲撃者の一人を真っ二つにした。そしてそれを呆然と見ている仲間達のことも叱咤し、殺せ殺せただ殺せ悪を滅ぼせと指示を出す。

 

「はっ! 行きますわよ、モーブ! キャリー!」

 

 秒で立ち直ったルクレツィアが声をあげ、長杖を掲げる。

 

 そしてモーブとキャリーは一瞬顔を見合わせ、やがて諦めた様に武器を構えた。

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