ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第37話:魔騎士①

 偵察だな、と君は考えていた。

 

 つまり最下層に巣食うナニカからの威力偵察。故に手札は可能な限り伏せて置く事にした。

 

 相手が五人となればライカード仕込みの戦闘作法である所の初手『核炎』で焼き払ってしまう所だが、どうにも今回の相手は陰険な気質であるようだと君は考え、ポリシーを曲げたのだ。

 

 というより、この地に来てから君はただの一度も全力で戦った事がない。

 

 そこまで力を絞り出さねばならない相手と相まみえていないというのも理由の一つだが、もう一つ、常になにがしかの監視の様なものを受けている気がしていたという理由が大きい。

 

 君も経験がある事だが、相手がどれほど強力な札を持っていようとも、それが知れてしまえば対策というものはやってやれない事はない。

 

 例えば君とほぼ同等の能力を持った敵がいたとして、片方がもう一方の手札を一方的に知っていたとする。そんな両者が戦えば、能力が同じであっても勝負は鎧袖一触でケリが付くだろう。

 

  ・

  ・

  ・

 

 腹を醜く膨らませ、両の目を白濁させて。

 

 そんな女戦士に対してルクレツィアは憐憫の情を覚える。更に女戦士の後方には。

 

「あれは、カナンの」

 

 カナン神聖国の法衣を纏った神官が二名。つまり、ルクレツィアと同郷の者と言う事だ。

 

 そうと気付いた時、君への信仰で狂ってもなおその性根は聖女であるルクレツィアの表情が、奇妙に歪んだ。

 

 非常に大きな怒りと非常に大きな悲しみを等分に抱いた時、人はこのような表情を浮かべる。

 

 (ここで終わらせてあげますわ)

 

 ルクレツィアの桃色に薄く色づいた唇が真言を紡いだ。

 

 『苦しみよ、凍てつき砕け、終わりを迎えよ(コー・ド・ケイシュ)』

 

  ◇

 

 (アレが俺の成れの果てか)

 

 そんな事を思いながら、モーブはノロノロと宙に軌跡を描く斬撃を半身になって躱す。

 

 もっともそれは斬撃と言えたかどうか。なにせそれを振るっている相手は、自身が握る短刀の刀身が折れている事にも気づいていない。

 

 (あの方に救われなければ、俺もああなっていたという事だ)

 

 躱し様に首を跳ね飛ばす。

 

 切断面には白い長虫が大量に蠢いているのを見たモーブは顔を顰め、その悍ましさに吐き気すら覚えた。

 

 (人をあの様に弄ぶなど)

 

 大悪に対しての強い怒りが僅かにモーブの視界を狭窄させたか、背に何かが当たる感触がした。比較的強い当たりで、モーブはたたらを踏んで横へズレる。

 

「あ、ごめん!」

 

 キャリエルであった。

 

 キャリエルはやらかしたという羞恥心かそれとも罪悪感か、それらを誤魔化す様に前傾姿勢となって、斥候服を纏った男へと斬り掛かっていく。

 

 通路の広さは三人が横一列になって両端が手を広げれば側壁に触れるほどだが、自由に動き回れるほど広いというわけでもない。キャリエルはルクレツィアやモーブと比べてそこまで戦闘経験を積んでいるというわけではなく、動き方も効率化されているとは言えない為にぶつかってしまったのだろう。

 

  ◆

 

 だが後方でそれを眺めていた君は、キャリエルがモーブにぶつかった瞬間に何か白い塊が飛んできて、先程までモーブが立っていた場所に着弾するのを見た。

 

 白い塊の正体は何なのだろうか。

 

「う……」

 

 モーブが呻くからには、ろくなものではないに違いない。

 

 君が目を遣ると、そこには団子状になった白い長虫の塊が落ちていた。

 

  ◆

 

 不逞の輩の集団はあっという間に壊滅した。

 

 キャリエルはやや手間取っていたが、モーブが手を貸して速やかに相手を殺害。ルクレツィアは氷の魔術を使ったのか、彼女の前には砕けた氷の破片が散らばっている。凍てつかせて叩き砕いたのだ。

 

 ルクレツィアの業は残虐だとは思うが、人間を瞬時に完全凍結させる威力は頼もしいとも思う。

 

「お兄さん、見てるだけだったじゃん」

 

 キャリエルがぶうたれる様に言うと、君は頭を下げて謝罪し、自身の意図を伝えた。

 

 それを聞いたキャリエルはあー、と納得するような様子を見せて、気味悪そうに通路の先を眺める。

 

 君としては後詰めが来ると考えていたのだ。

 

 雑魚を出して相手の手札を確認するにせよ、あんな鈍間が五人では安い手札すら覗けない可能性もある。相手からしてみれば君が一番警戒に値するのだから、君が手を出さなければもう一手指してくるだろうと読んでいた。

 

「仰る通りですわね」

 

 ルクレツィアがイエスウーマンと化して君の言葉に同調する。

 

「でも何も来ないね。もしかしたら偶然遭っちゃっただけなのかも……っ!?」

 

 キャリエルが勢いよく後方へ飛び、モーブが身体ごと受け止める。

 

「な、なに!? 何か、何かくる!」

 

 キャリエルの目が大きく見開かれ、視線が通路の先、暗闇の向こうへと注がれた。

 

 べちゃり、べちゃりと音を立てながら、暗闇から一人の魔騎士が姿を現す。

 

 鎧は光を吸収するかのような深い黒色で、ここぞという部分には金色の装飾が施されている。手には長剣を携えているが、キャリエルの目にはまるで死という形のないモノを剣の形に押し込めている様に見えた。

 

 君とキャリエルは身分の関係で知らず、ルクレツィアとモーブはカナン出身ゆえに知る由もないが、仮にこの場にオルセイン王国である程度の立場がある者が居たならば、その黒く荘厳な鎧のおかげですぐにそれと気付くであろう。

 

 その騎士の生前の名はベルンハルトと言った。

 

 オルセイン王国の近衛騎士団長である。

 

 君の心眼は魔騎士の階梯を視た。

 

 君の耽美な顔に凄絶な殺意の化粧が施され、唇から紅蓮の言の葉が漏れ出でる。

 

 ──ハーイラー・ザンメルツ・ウォルアール・イェーラー

 

 炎嵐、大凍、天雷の三属性の事前起動こそ省略しているものの、それはまさしく。

 

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