ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第43話:魔魅入る石棺

 ◆

 

 薄ら寒い階段を下り切ると、足元がひどく重たく感じられる。

 

 一歩を踏み出すたび、筋肉を内側から押し返すような圧迫感が君の全身を覆う。

 

「ここが第七層……?」

 

 キャリエルの震えた声が通路の暗闇に溶けていく。

 

 君は無言のままうなずき、薄暗い先を見据えた。

 

 しばらく進むと、徐々に視界が開け始める。

 

 そこは光なき空間のはずなのに、奇妙なくらいに君たちの姿ははっきりと浮かび上がっていた。

 

「わたくしたちは、かつてここ……黒死聖堂へと足を踏み入れました」

 

 ルクレツィアが呟くように言いながら、うっすらと湿った空気を振り払う。

 

 君が横目で彼女を見ると、彼女の瞳には深い不安の色が垣間見える。

 

「しかし、それから先の記憶がないのです」

 

 その言葉には嘘の混じる余地など見当たらない。

 

 モーブもわずかに息を詰め、周囲を見回している。

 

 ただ、キャリエルのほうはいつにも増して顔色が悪い。

 

 もしかすると、ここに満ちる得体の知れない空気が彼女の勘を刺激しているのかもしれない。

 

 君はルクレツィアの言葉を聞き終えると、なるほどという調子で小さくうなずく。

 

 それから人差し指を伸ばして、暗闇のさらに先を指し示した。

 

 そこには漆黒の天井から浮き上がるように、巨大な石棺が静かに浮遊している。

 

「……あれが原因、なの?」

 

 キャリエルが低く呻くように言った。

 

 光の届かない暗黒空間のまっただ中、石棺だけが明確な輪郭を保っており、見ているだけで呼吸が乱れそうになるほどの威圧感があった。

 

「……暗いのに、不自然なくらいよく見える」

 

 ルクレツィアが背筋を伸ばしながら言葉を継ぎ足す。

 

 たしかに、あれほど徹底的な闇に覆われているにもかかわらず、君や彼女たちの身体や石棺の輪郭は曖昧にならない。

 

 むしろ、はっきりと浮かび上がるように見えている。

 

 君は唇を引き結びながら、頭の中で祖国ライカードのいくつかのダンジョンを思い浮かべた。

 

 闇を伴うフロアなど珍しくないが、ここまで異様な暗さでありながら視界を奪わないのは初めてだ。

 

「魔法の暗闇……そう考えるしかないわね」

 

 ルクレツィアが小さく息をつく。

 

「ライカードにもダークゾーンはありますの?」

 

 ルクレツィアが君の顔を覗き込むようにして問いかける。

 

 君はわずかに頷き、そこは本当に何も見えない漆黒の世界だと説明する。

 

 少なくともライカードのダークゾーンは、光源すら徹底的に呑み込み、人の姿すら認識できないはずだ。

 

 だが、この黒死聖堂と呼ばれた第七層はまるで性質が違う。

 

 何故かそこにいる者や物の輪郭をくっきりと際立たせる奇妙な闇だ。

 

 キャリエルは、恐る恐る君の袖を引き寄せる。

 

 その指先はひどく冷たく、震えを帯びている。

 

「わ、私……すごい嫌な予感がするの」

 

 君はその言葉に軽くうなずいて、彼女の様子を確認した。

 

 もともとキャリエルには、得体の知れない危機を予感する特異な力がある。

 

 本能的に察知しているのか、それとも何か別の要因があるのかはわからない。

 

 それでも、彼女の恐怖は正当なものだと思えた。

 

 そこで君はおもむろにキャリエルの華奢な肩を抱き、腕を回して軽く抱きしめる。

 

「……え? お兄さん?」

 

 キャリエルが驚いたように顔を上げる。

 

 君は彼女の耳元へごく短い言葉を囁いた。

 

 キャリエルの瞳が一瞬大きく見開かれ、その表情はまるで君が狂人であるかのように驚愕に染まる。

 

 そして、照れくさいのか呆れたのか、複雑な面持ちで君を見返す。

 

「そんな目に遭うくらいなら、今のほうが大分マシだね……」

 

 彼女がぽつりと漏らすと、ルクレツィアとモーブが目を合わせて困惑気味に首を傾げた。

 

 しかし君は気にせず、石棺へと向かって歩を進める。

 

「ねえ、キャリー。さっきのお兄さんの言葉、何て言われたの?」

 

 後方からルクレツィアが小声で尋ねる。

 

 キャリエルは一瞬、君の背中に視線を送り、それからルクレツィアにちらりと顔を向けた。

 

「あのね……祖国ライカードには、屍体を骨からでも生き返らせる術者がいるんだって」

 

 その一言に、ルクレツィアがうっと息を呑んだのがわかる。

 

「そ、そのような方が……」

 

「うん、それで、もし死んじゃったら骨でも何でも拾われて、魂がすり減るまでずっと迷宮探索をさせられちゃうんだって……」

 

 キャリエルの声は震え混じりで、背筋を凍らせるような話をするには似つかわしくない弱々しさを帯びている。

 

「死ぬ方が余程マシかもしれませんわね……」

 

 ルクレツィアはひときわ強い吐息をこぼし、想像しただけで震えるように体をこわばらせた。

 

「……それは、確かに悪夢ですわ」

 

 そういってルクレツィアはキャリエルの背中を軽く叩いて軽く鼓舞する。

 

 ・

 ・

 ・

 

 石棺に近づけば近づくほど異様さが良く分かった。

 

 まるで宙に固定されたように浮いている。

 

 その棺の表面には、象形文字とも紋章ともつかない不規則な刻印が幾重にも走っている。

 

「……呪術の一種でしょうか」

 

 ルクレツィアがつぶやき、慎重に距離を測るように足を止める。

 

 気のせいか空気は湿っぽく淀んでいて、呼吸をするたびに肺が重くなっていくようだ。

 

「今、石棺……ちょっと、動いたかもしれない」

 

 キャリエルがそう言った。

 

 顔色は真っ青で、瞳だけが異様に潤んでいる。

 

 恐怖を堪えて居る証左だろう。

 

 君は視線を石棺へ戻す。

 

 浮遊していたそれが微かに上下したような気がしたが、確認できるほどは動いていない。

 

「慌てないで、キャリー。まだ何も起きてはいませんわ」

 

 ルクレツィアが、わざと明るい声を出そうとする。

 

 だがモーブは沈黙を守ったまま、腰に佩いた剣の柄に手をそっと添える。

 

「……行きますか?」

 

 モーブが低い声で問うと、君は深く息を吸い込み小さく一度うなずく。

 

 キャリエルもそれを合図に目を閉じ、一瞬だけ不安を振り払うように頭を振った。

 

 ◆

 

 君たちは歩を進めていく。

 

 当たり前の話だが、やはりただの石棺ではないようだ。

 

 漆黒の闇が何かを訴えかけるように揺らめいて、石棺の表面に生々しい文様が浮かび上がった。

 

 それは血管に似た細い筋のようでもあり、触手がうごめいているようにも見える。

 

「嫌な気配……」

 

 ルクレツィアが怯えを隠すように鋭く吐息を漏らす。

 

「ですが、退くわけにはまいりませんわね」

 

 当たり前だ、とばかりに君が石棺に向けてまっすぐ進んでいくと──

 

 その蓋に描かれた紋様が淡い紫光を帯びだした。

 

 いったい、あの石棺はなんなのか。

 

 ルクレツィアが失くした記憶──彼女は何を見たのか。

 

 君の胸に轟々と燃える(GOOD)の炎が熱く燃え盛る。

 

 渦巻く闇の中で、石棺の蓋がギィと音を立てて開いた。

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