ダンジョン仕草   作:埴輪庭

53 / 76
第48話:FUCK

 戦いが終わった。

 

 だが、君の眉間に刻まれた皺は深まるばかりだった。

 

 第八層への階段が、どこにもない。

 

 石棺があった場所の周囲を隈なく調べる。壁を叩き、床を踏み鳴らし、天井に視線を巡らせても、下層へ続く道は見当たらなかった。

 

「おかしいな……」

 

 キャリエルが首を傾げる。

 

「ここが最深部なのかな?」

 

 赤い髪を掻き上げながら、彼女は君の方を振り返った。

 

 君は首を横に振る。

 

 君の内なる『善(GOOD)』の炎が轟々と燃え盛り、まだ討つべき者がいると囁いていた。

 

 それは『善(GOOD)』でもなければ『悪(EVIL)』でもない。

 

 『邪(FUCK)』だ。

 

 純粋な邪悪が、どこかで君たちを待ち構えている。

 

「わたくしも、まだ終わりではないと感じます」

 

 ルクレツィアが静かに告げた。聖女としての感性が、何かを察知しているのだろう。

 

 モーブは無言のまま、剣の柄に手を添えている。

 

 ふと、キャリエルの視線が宙に浮かぶ黒い石棺へと向けられた。

 

「あの棺桶……」

 

 彼女は呟き、そして君の方を見る。

 

「調べてみてもいい?」

 

 君は頷く。斥候の素養もあるキャリエルなら、何か見つけるかもしれない。

 

 彼女は軽やかな足取りで石棺へと近づき、手を伸ばして棺の表面を撫でるように調べ始めた。

 

「……あった」

 

 キャリエルの声が響く。

 

「お兄さん、こっちに来て」

 

 君が近づくと、彼女は石棺の奥を指差した。

 

 そこには奇妙な文様が刻まれている。複雑に入り組んだ幾何学模様。見る者の平衡感覚を狂わせるような、歪んだ図形の連なり。

 

 君の顔色が変わった。

 

 これは──転送罠だ。

 

 しかも、ライカードの迷宮で見かけた恐るべき()()に酷似している。

 

 君は仲間たちに説明を始めた。

 

 転送罠とは、踏み込んだ者を別の場所へ強制的に移動させる魔法装置だ。大抵の場合、決められた場所への移動手段として使われる。

 

 だが、ライカードのそれは違った。ランダムに、どこへでも飛ばされる。

 

 最悪の場合──壁の中へ。

 

「壁の、中?」

 

 ルクレツィアが青ざめる。

 

 君は頷いた。

 

 ただ埋め込まれるだけではない。存在そのものが()へと書き換えられるのだ。

 

 死ぬのでも麻痺するのでもない。()になる。生きてもいないし、死んでもいない。蘇生すら不可能。

 

 三人はごくりと息を呑んだ。

 

「で、でも……」

 

 キャリエルが震え声で言う。

 

「これは決められた場所へ行くやつかもしれないよね?」

 

 君は頷く。

 

 状況的に考えて、これは第八層への移動手段である可能性が高い。他に道がない以上、使うしかないだろう。

 

 だが、その前に──

 

 君は休まないかと提案した。

 

 シェディムとの戦いで、全員が消耗している。特にルクレツィアは魔装付与で限界まで魔力を使い果たしていた。キャリエルも傷だらけだ。

 

「そうですわね……」

 

 ルクレツィアが安堵の息をつく。

 

「少し、休ませていただきたく……」

 

 彼女の足元がふらつく。モーブがさりげなく支えた。

 

 君は周囲を見回す。

 

 黒死聖堂と呼ばれるこの空間は、不気味ではあるが今のところ新たな敵の気配はない。石棺の近くでキャンプを張ることにした。

 

 携帯用の天幕を取り出し、手際よく設営していく。ライカードの探索者にとって、迷宮での野営は日常茶飯事だ。死と隣り合わせの環境で眠ることに、君は慣れきっている。

 

「火は起こさない方がいいかな」

 

 キャリエルが呟く。

 

 君は頷き、携帯食料を取り出して静かに分け合った。

 

 乾燥肉と堅焼きパン。

 

 味気ないがないよりはマシだ。

 

「それにしても……」

 

 ルクレツィアが呟く。

 

「転送罠、ですか」

 

 彼女の表情には不安が滲んでいる。

 

 だが君は落ち着いていた。これまで何度も死線を潜り抜けてきたし、転送罠にも何度か引っかかったことがある。幸い、壁に埋め込まれたことはないが。

 

「大丈夫だよ」

 

 キャリエルが無理に明るく振る舞う。

 

「お兄さんがいるんだから」

 

 その言葉に、ルクレツィアも小さく微笑んだ。

 

 君は天幕の入り口に座り、見張りを買って出た。三人には休むように促す。特にルクレツィアは眠る必要があった。魔力の回復には睡眠が一番だ。

 

「でも、主様も休まれた方が……」

 

 ルクレツィアが心配そうに言いかけるが、君は首を振った。

 

 最初の見張りは自分が務める。後で交代すればいい。

 

 三人は君の言葉に従い、天幕の中で横になった。疲労のせいか、すぐに寝息が聞こえてくる。

 

 君は剣を膝に置き、闇を見据えた。

 

 やがて、キャリエルがもぞもぞと起き出してくる。

 

「交代するよ」

 

 小声で告げる彼女に、君は頷いた。まだ完全に回復していないだろうが、彼女の申し出を断る理由はない。

 

 君は天幕に入り、ルクレツィアの隣に横たわる。

 

 聖女の寝顔は安らかだった。戦いの疲れが、彼女を深い眠りへと誘っている。

 

 君も目を閉じた。

 

 明日は棺の底へ飛び込む。行き先を決めるのは君ではない。

 

 運が悪ければ、四人揃って黒死聖堂の壁の一部となり、そのまま誰にも見つけられないままここに在り続ける。

 

 そう考えながら、君の意識は闇へと沈んでいった。

 

 夢も見ない、深い眠りへと。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。