戦いが終わった。
だが、君の眉間に刻まれた皺は深まるばかりだった。
第八層への階段が、どこにもない。
石棺があった場所の周囲を隈なく調べる。壁を叩き、床を踏み鳴らし、天井に視線を巡らせても、下層へ続く道は見当たらなかった。
「おかしいな……」
キャリエルが首を傾げる。
「ここが最深部なのかな?」
赤い髪を掻き上げながら、彼女は君の方を振り返った。
君は首を横に振る。
君の内なる『善(GOOD)』の炎が轟々と燃え盛り、まだ討つべき者がいると囁いていた。
それは『善(GOOD)』でもなければ『悪(EVIL)』でもない。
『邪(FUCK)』だ。
純粋な邪悪が、どこかで君たちを待ち構えている。
「わたくしも、まだ終わりではないと感じます」
ルクレツィアが静かに告げた。聖女としての感性が、何かを察知しているのだろう。
モーブは無言のまま、剣の柄に手を添えている。
ふと、キャリエルの視線が宙に浮かぶ黒い石棺へと向けられた。
「あの棺桶……」
彼女は呟き、そして君の方を見る。
「調べてみてもいい?」
君は頷く。斥候の素養もあるキャリエルなら、何か見つけるかもしれない。
彼女は軽やかな足取りで石棺へと近づき、手を伸ばして棺の表面を撫でるように調べ始めた。
「……あった」
キャリエルの声が響く。
「お兄さん、こっちに来て」
君が近づくと、彼女は石棺の奥を指差した。
そこには奇妙な文様が刻まれている。複雑に入り組んだ幾何学模様。見る者の平衡感覚を狂わせるような、歪んだ図形の連なり。
君の顔色が変わった。
これは──転送罠だ。
しかも、ライカードの迷宮で見かけた恐るべき
君は仲間たちに説明を始めた。
転送罠とは、踏み込んだ者を別の場所へ強制的に移動させる魔法装置だ。大抵の場合、決められた場所への移動手段として使われる。
だが、ライカードのそれは違った。ランダムに、どこへでも飛ばされる。
最悪の場合──壁の中へ。
「壁の、中?」
ルクレツィアが青ざめる。
君は頷いた。
ただ埋め込まれるだけではない。存在そのものが
死ぬのでも麻痺するのでもない。
三人はごくりと息を呑んだ。
「で、でも……」
キャリエルが震え声で言う。
「これは決められた場所へ行くやつかもしれないよね?」
君は頷く。
状況的に考えて、これは第八層への移動手段である可能性が高い。他に道がない以上、使うしかないだろう。
だが、その前に──
君は休まないかと提案した。
シェディムとの戦いで、全員が消耗している。特にルクレツィアは魔装付与で限界まで魔力を使い果たしていた。キャリエルも傷だらけだ。
「そうですわね……」
ルクレツィアが安堵の息をつく。
「少し、休ませていただきたく……」
彼女の足元がふらつく。モーブがさりげなく支えた。
君は周囲を見回す。
黒死聖堂と呼ばれるこの空間は、不気味ではあるが今のところ新たな敵の気配はない。石棺の近くでキャンプを張ることにした。
携帯用の天幕を取り出し、手際よく設営していく。ライカードの探索者にとって、迷宮での野営は日常茶飯事だ。死と隣り合わせの環境で眠ることに、君は慣れきっている。
「火は起こさない方がいいかな」
キャリエルが呟く。
君は頷き、携帯食料を取り出して静かに分け合った。
乾燥肉と堅焼きパン。
味気ないがないよりはマシだ。
「それにしても……」
ルクレツィアが呟く。
「転送罠、ですか」
彼女の表情には不安が滲んでいる。
だが君は落ち着いていた。これまで何度も死線を潜り抜けてきたし、転送罠にも何度か引っかかったことがある。幸い、壁に埋め込まれたことはないが。
「大丈夫だよ」
キャリエルが無理に明るく振る舞う。
「お兄さんがいるんだから」
その言葉に、ルクレツィアも小さく微笑んだ。
君は天幕の入り口に座り、見張りを買って出た。三人には休むように促す。特にルクレツィアは眠る必要があった。魔力の回復には睡眠が一番だ。
「でも、主様も休まれた方が……」
ルクレツィアが心配そうに言いかけるが、君は首を振った。
最初の見張りは自分が務める。後で交代すればいい。
三人は君の言葉に従い、天幕の中で横になった。疲労のせいか、すぐに寝息が聞こえてくる。
君は剣を膝に置き、闇を見据えた。
やがて、キャリエルがもぞもぞと起き出してくる。
「交代するよ」
小声で告げる彼女に、君は頷いた。まだ完全に回復していないだろうが、彼女の申し出を断る理由はない。
君は天幕に入り、ルクレツィアの隣に横たわる。
聖女の寝顔は安らかだった。戦いの疲れが、彼女を深い眠りへと誘っている。
君も目を閉じた。
明日は棺の底へ飛び込む。行き先を決めるのは君ではない。
運が悪ければ、四人揃って黒死聖堂の壁の一部となり、そのまま誰にも見つけられないままここに在り続ける。
そう考えながら、君の意識は闇へと沈んでいった。
夢も見ない、深い眠りへと。