ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第50話:狂人の試練場

 ◆

 

 翌朝、君たちは覚悟を決めて石棺の転送罠に触れた。

 

 一瞬の浮遊感と視界がぐにゃりと歪む感覚──網膜に焼き付くような紫電の明滅の後、君たちの足は確かな感触を取り戻した。

 

 そこはこれまで経験したどの階層とも異質な空間だった。

 

「うわ……何ここ、気持ち悪い……」

 

 キャリエルの声に僅かな震えがある。

 

 壁も、床も、そして天井までもが、まるで巨大な生物の内臓のように生々しい肉塊で覆われている。

 

 不規則に脈打つ壁からは血の混じったような液体が滴り、生臭く、湿った腐臭が鼻をついた。

 

「ここは……第八層、なのでしょうか」

 

 ルクレツィアが蒼白な顔で呟く。

 

 瞳の奥には拭いきれない不安が揺れている。

 

 そんな不安をごまかすように、ルクレツィアは君にわびた。

 

「そういえば主様、昨夜はわたくしとしたことが、大変な醜態を……」

 

 君は気にするなと短く返した。

 

 それよりも周囲を警戒するようにと促す。

 

 君の言葉にルクレツィアはこくりと頷いた。

 

 モーブは何も言わず、ただルクレツィアの背後から、君にだけ見えるように冷ややかな視線を送っている。

 

 まあ聖女ともあろうものが(性的な意味で)男に襲い掛かるなど、これはもう酷い失態だ。

 

 それはともかく、と君たちは慎重に肉壁の通路を進んでいく。

 

 一歩踏み出すごとに、ぬちゃり、と不快な音が足元から響いた。

 

 その時、通路の奥から複数の影が姿を現した。

 

 燃えるような赤い肌、鞭のようにしなる尻尾。そして鋭い鉤爪を持つ細身の悪魔の一団だった。

 

 数は五体。その瞳には純粋な害意がギラついている。

 

 モーブとキャリエルが即座に武器を構える。

 

 だが君は腕を組み、彼らを制した。

 

 この戦闘は任せる、と君は告げた。

 

 君の意図は二つ。一つは君の魔術の温存。そしてもう一つは、キャリエルらの成長を促すためだ。

 

「……分かった。私たちも、いつまでもお兄さんに頼ってばかりじゃいられないもんね!」

 

 キャリエルが短剣を構え直し、不敵に笑う。

 

 口の端に浮かぶタフな笑みに君はキャリエルの成長を感じ取り、なにやら感慨深い気分にもなる。

 

 死なのだ、と君は内心で思った。

 

 人は死なねば成長しない。

 

 己の屍を積み重ねた数だけ人は強くなる──改めてそんな思いを抱いた。

 

「ええ。足手まといにはなりたくありませんから」

 

「主様の武威を示すまでもない、ということですね」

 

 ルクレツィアとモーブも頷き、戦闘態勢に入る。

 

 その顔に先程までの不安の色はない。

 

 君からの信頼が、彼らの闘志に火をつけたのだ──と、君はそう思っている。

 

 ◆

 

 三人が悪魔の群れへと躍り出た。

 

 先陣を切ったのはキャリエル。斥候としての本領を発揮し、敵の攻撃を引きつけながら、危うい攻撃を巧みにかわしていく。

 

 彼女の危機察知能力はこの死地において、ますます磨きがかかっていた。

 

 その隙を突き風と化したモーブが側面から強襲する。

 

 鋭く構えられた剣の切っ先が悪魔の一体の首を正確に捉え、赤い血飛沫と共に──首を宙を舞わせた(クリティカル)

 

「聖なる光よ、邪を穿て!」

 

 後方からルクレツィアの詠唱が響く。

 

 杖から放たれた光の矢が悪魔たちに雨あられと降り注ぐ──が、脆弱。

 

 悪魔たちを倒すには至らない。

 

 だがそれでいいのだった。

 

 要はけん制なのだ。

 

 キャリエルの短剣が一体の悪魔の心臓を深々と貫き、モーブが残りの一体を切り伏せる。

 

 戦闘はあっという間に終わった。

 

 三人の連携は見事なもので、誰一人として傷を負っていない。

 

 君は満足げに頷き、その透徹した視線──“心眼”で三人の内なる力を見つめた。

 

 シェディムとの死闘を経て、彼らの“階梯”は確かに上昇していた。

 

 キャリエルは俊敏さを増し、モーブの剣には鋭さが加わり、ルクレツィアの神聖力はより清浄な輝きを放っている。

 

 悪くはない──だが、まだ足りない。

 

 そう君は判断した。

 

 君は仲間たちに、この先の戦いは今までの比ではないこと、そして更なる力が必要であることを告げる。

 

 そして有無を言わせぬ響きで宣言した。

 

 特訓だ、と。

 

「特訓? こんな場所でですか?」

 

 ルクレツィアが怪訝な顔で問い返す。

 

 君は頷き、そして説明を始めた。

 

 祖国ライカードには冒険者の実力を飛躍的に向上させるための、ある“便利な悪魔”が存在するのだと。その悪魔は一体一体が非常に強大であるが、仲間を呼び寄せ、際限なく増え続けるという特性を持つ。ゆえに倒せば倒すほど、こちらの力もまた増していくまさに生きた修練場であると。

 

 キャリエルたちは顔色を蒼褪めさせた。

 

 さきほどの赤い悪魔──レッサーデーモンなどとは比べ物にならない、魔界の貴族階級に属するより強大な存在であると君が言ったからだ。

 

 大悪を討つという目的は変わらない。

 

 だがその前に、パーティ全体の力を底上げする必要がある。

 

「わ、私たちで倒せるものなのでしょうか……」

 

 ルクレツィアが自信なさげに言う。

 

 モーブやキャリエルもしけた顔つきをしていた。

 

 だが君は笑顔を浮かべ、こんなことを言うのだった。

 

 なぁに、死んだら起こしてやる──と。

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