ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第58話:聖女たちの檄戦

 最初に倒れたのは通常の聖騎士だった。

 

 歌が聴こえ──後列の三名が膝をつく。鎧の下で全身が痙攣し口から白い泡を吹いている。ジャーヒルに恐れを、畏れを抱いたのだ。

 

 この恐るべき魔は心に寄生する。

 

 通常はもっと時間をかけて()()()()()()()ものなのだが、これだけ近くに本体がいると話が変わる。

 

 三名の聖騎士の内側から変容が始まった。

 

 隣にいた聖騎士が仲間の肩を掴んで引き起こそうとした。掴んだ手が弾かれる。膝をついた聖騎士の肩が膨れ上がり、鎧の留め金が弾け飛んだ。皮膚の下を何かが蠢いている。小さなものが何百何千と這い回る蠕動と、骨の変形する音。

 

 口から人間のものではない呻きが漏れ、眼窩の奥で瞳が金色に、蛇の瞳に変わっていった。

 

「退がれッ!」

 

 壮年のアーク・ロードが鋼色の聖光を放つ。光が変容しかけた聖騎士の体を包み込み内部の異変を凍結する。膨張が止まり骨の変形が止まる。だが止まっただけだ。意識は戻らない。

 

 通常の聖騎士には為す術がなかった。歌は空気を伝わるのではなく、空洞の肉壁を通じて粘膜の床を通じて骨を伝って、直接頭蓋の奥に流れ込んでくる。耳を塞いでも意味がない。

 

 アーク・ロードたちは平然としていた。自前の神聖力で歌を弾いている。差は聖光の質と量にある。通常の聖騎士は兵士であり、信仰は己を守る盾にしかならない。アーク・ロードの信仰は武器だ。

 

 壮年のアーク・ロードが叫んだ。

 

「全軍に加護を! アーク・ロード全員、神聖力を集中しろ!」

 

 四名のアーク・ロードが同時に神聖力を解放した。四つの聖光が絡み合い聖騎士団全体に薄い膜を張る。歌の浸食を弱める防壁。加護の膜が頭蓋の内側に張られた瞬間、不快な旋律が遠ざかり、通常の聖騎士が息をついた。

 

 レダだけが加護を受けていなかった。必要がないのだ。法皇は唄う蛇鬼の歌が届く距離を堂々と歩いていた。彼女の唇が引き結ばれ、粘膜を踏む足取りに淀みはない。法力でも神聖力でもない、純粋な意志の壁で呪歌を()()()()()()()()()()()()

 

  ◆

 

 蛇の奔流が聖騎士団に襲いかかった。

 

 ジャーヒルの足元から蛇が噴き出す。肉壁と粘膜を通じて鬼神の意志が伝わり、空洞のあらゆる場所から蛇が湧いてくる。これらは一本一本が生きた武器だった。牙は鎧の継ぎ目を正確に狙い、締め上げる力は人間の肋骨を粉砕する。

 

 さらにジャーヒルが動いた。

 

 それまで空洞の中央に立っていた巨体が、前列の聖騎士の只中に踏み込んだ。腕が弧を描き、六本指の爪が三名の聖騎士を一薙ぎにする。鎧が紙のように裂け胴が開き、血と臓腑が石の床を汚した。

 

 逆関節の脚が跳ね、ジャーヒルの巨体がアーク・ロードの若い女の正面に着地した。石の床が砕ける。衝撃波で周囲の聖騎士が吹き飛ばされた。

 

 女の反応は素早い。アーク・ロードとはカナン神聖国においてまさに精鋭、たった一人で上位の悪魔にも立ち向かえる数少ない戦力である。掌から聖光の刃が三尺ほど伸び、ジャーヒルの脛に叩きつけられた。聖光に焼き斬られたジャーヒルが苦悶の呻きをあげる。この傷は再生しない。

 

 続く連撃の前に、ジャーヒルの六本指が女の頭蓋を鷲掴みにした。女の全身を持ち上げ、そのまま床に叩きつける。石の床が蜘蛛の巣状に罅割れる。二度。三度。四度目で女の体はだらんと力を失った。

 

 死んだのだ。

 

 聖騎士団の第一列も目下崩壊中である。蛇に巻きつかれた者は悲鳴を上げながら引きずり込まれていく。剣で蛇を斬ろうとするが、一本斬る間に三本が絡みつく。

 

 グロッケンが『大猪牙』で蛇の束を吹き飛ばしながら叫ぶ。

 

「ブフゥ! おのれッ! 多勢に無勢ではないかッ! 魔術で対応できんのかッ!」

 

「駄目です! 魔術を編もうとしても式が拡散してしまい……」

 

「聖騎士たちのように近接用の魔術を──」

 

「魔術詠唱者をあの蛇の海へ飛び込ませるのは無理です!」

 

 神聖術と魔術の違いは内的に機能するか、外的に機能するかの違いだ。神聖術は身体能力を高めたり、魔力そのものを近接武器となさしめるものが多い。魔術はその逆で、外へ向けて放つものが主となる。世間一般で()()と呼ばれるのはすなわち後者の事だ。ちなみに聖術行使者は自身の力の源を法力と呼び、魔術詠唱者は魔力と呼ぶ。

 

「退がってください」

 

 声をかけるやいなや、レダが探索者たちの横を走り抜けた。

 

 得物はない。素手である。

 

 本来、レダのようなバトル・プリーステスは鈍器の類を武器にするものなのだが、彼女は生来の不器用女なので武器の類は扱えないのだ。ついでにいうと単純な身体強化の聖術以外も扱えない。

 

 それでも彼女がカナン最強であるのは、それ相応の理由がある。

 

 鳴り響く爆音。

 

 音の壁をぶち抜くほどに極限まで強化された右拳の一撃はもはや災害だ。蛇の頭は打ち砕かれ、胴は引きちぎられ、尾が叩き潰される。

 

 一発ごとに蛇が肉片になる。

 

 純粋な運動エネルギーが蛇の肉体を粉微塵に砕き、再生する元を残さない。レダの拳が一発振るわれるたびに十数本の蛇が弾け散っていった。

 

 だが数が多すぎる。

 

 ジャーヒルがその邪悪な旋律を一つ口ずさむたび、死肉から新しい蛇が生まれて聖騎士団に殺到する。そして人が死に、その死体がまた蛇を生む。これらもただの蛇ではない。一匹一匹が鋼の紐のように強靭で、この場にいる上級探索者たちと言えども赤子の手をひねるように、とは中々いかない。ザンクードだけはふらふらと酔っぱらったような足取りで蛇を斬り殺しているが、それも焼石に水といった所だ。

 

 百を殺しても二百が生まれる。

 

 この空洞そのものが邪悪なる孵卵器なのだ。

 

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