ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第62話:探索者たち⓶

  ◆

 

 闘争の円環に、所々欠けが見え始めた。

 

 開戦の折には壁に沿ってぐるりと閉じていた包囲の陣が、いまは歯を抜かれた顎のように途切れている。

 

 中央では豚鬼をはじめ、命知らずの探索者たちが正面を支えていた。

 

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 上級探索者である『ダンシング・ダガー』のレイラの死に様は、彼女らしくもない相討ちであった。見知った探索者が()()()()、動揺して刃が鈍ったのだ。

 

 敵対者には冷酷・無情を地でいくこの女も、好いた男の前では恐るべき戦闘者からただの女に戻るらしい。

 

 とはいえ、そのそっ首を引き裂かれる寸前に、自身が操る十二の刃でズタズタに切り裂いてやったのが彼女らしいといえば彼女らしいが。

 

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 黒い影が東の崩れ際へ跳び込み、起き上がりかけたレイラの骸の頭を踏み潰した。

 

 『鳳凰脚』のカッファンである。

 

 この場で斃れた者は放っておけば数呼吸で起き上がる。起き上がる前に頭を潰すのが手っ取り早いのだが、それが昨夜まで酒を酌み交わした女の頭となると話は別で、大抵の探索者は一瞬躊躇う。この男は躊躇わなかった。

 

「丁度いい、この女は昔から気に食わなかったんだ」

 

 そんな風に(うそぶ)いてはいるが、嘘八百もいいところである。カッファンはレイラとほぼ同期の探索者であり、一時はパーティを組んでいた事もある。何だったら男女の関係であった時期もある。今は色々あって別々で行動しているが、決して険悪な関係ではない。

 

 それを証明するように、カッファンはレイラの頭部を踏み潰すや雄たけびをあげてジャーヒルへ飛び掛かった。それなりに善戦し、手傷らしきものを負わせ、最期は唾を吐きかけて罵倒しながら死んでいった。

 

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 『首切り兎』のシャカ・ラヴィッツ。あの悪名高い首切り兎の鋭い耳を模した兜を被る珍妙な男──あるいは女は、その死に様も()()()ものだった。空洞を縦横無尽に駆け巡り、殺すだけ殺して、疲労と負傷で動けなくなったら戦場のど真ん中に座り込み、にっこりと笑いながら殺されていったのだ。実際、魔物としての首切り兎もそのようなものである。ただ只管(ひたすら)、殺す事だけを愉しむ糞兎なのだ。ちなみにこの兎の最も忌むべき点は、自身が殺される寸前になると嬉しそうに「キュウ」と鳴く所だったりする。

 

  ◆

 

 レダは目を閉じていた。

 

 限りある法力を自然治癒力の増強へと回し、少しでも早く戦線へ復帰できるように努めている。

 

 周囲では探索者や聖騎士らが雄々しく戦い、果敢無く散っていくがしかし、それらに気を取られることもなく、淡々と回復を待っていた。むろんこれはレダの身に流れる血が凍てついているから──というわけではない。瞑想も一種の技術で、卓越すれば火中に在りながらも平静を保つ事くらいは出来るのだ。

 

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 そうして内界に没頭するレダだったが──ふと思う所があり、ほんのわずかに口の端を引きつらせるように嗤った。

 

 笑う、ではなく、嗤うである。

 

 聖職者にあるまじき性根だと、我が事ながら思う。

 

 というのも、レダは自他ともに認めるほどかの大悪を憎悪しているが、それは決して世界の為がどうこうというようなお綺麗な感情に端を発してはいないからだ。

 

  ◆

 

 レダには姉がいた。

 

 生まれながらにして慈愛の心を抱き、他者の痛みを己が痛みとして受け入れる、まことの聖職者であった。法力の才にも恵まれ、その麗しい霊性は教会の誰もが認める処であったが、いかんせん肉躯がそれに追いついていなかった。幼い頃より病床に伏すこと多く、ひと夏を通して日の光を浴びられぬ年もあった。

 

 それでも姉は微笑んでいた。

 

 伏している間に読み込んだ経典の言葉を、膝元で遊ぶ幼い妹の為に噛み砕いて語って聞かせた。妹が怪我をすれば離れた病室で泣き、妹が褒められればまるで己が事のように喜んだ。レダが聖職の道を選んだのも、結局の処、この姉の背中を追っての事であった。

 

 次期法皇はこの姉である──そう誰もが信じて疑わなかった。

 

 法力の多寡が理由ではない。真に姉を法皇の座に就けるべき者と為したのは、神より与えられたという天眼であった。

 

 彼方の先をも見通す目。現象の裏に潜む理を露わにし、来るべき災厄の兆しを捉えるという聖なる視力。歴代の法皇が必ず備えていたというこの天眼を、姉は幼い頃から当然の如く具えていた。

 

 故にこそ、であった。

 

 故にこそ姉は視てしまったのだ。

 

 アヴァロン大迷宮の最深部──人の到達し得ぬ暗黒の底に潜むものを。悍ましき魔を。

 

 レダは姉の狂乱を目の当たりにした。

 

 正気を失った姉の口から漏れるのは最早祈りではなく、意味を成さぬ羅列であった。白壁に爪を立て、血の滲む指で見えぬものを払うように空を切り裂き、昼も夜も区別なく泣き叫んだ。誰の目にも映らぬものが姉には見えているのだと、そう察したところで妹に出来ることは何一つなかった。

 

 そしてある夜、姉は自室の銀製の燭台を引き抜き──その両眼を貫き、果てた。

 

 だからレダは大悪を憎むのだ。

 

 世界の為、人類の為、ましてや信仰の為などではない。ただあの夜の姉の目を潰したものが憎い。姉を狂わせ、姉の光を奪い、姉の最期をあのように惨めなものにしたものが憎い。

 

 しかし憎悪だけでは事は為せない。

 

 なぜなら大悪は人の想いを糧とするからだ。

 

 レダの()()()()が悪いのも、そのせいだ。

 

 憎めば憎むほどに仇は遠ざかるのだから。

 

 このジレンマにレダは気づいている。気づいていながら無視をしていたが──

 

 ──取り繕うのも、もう終わりにしろという神の思し召しなのでしょうね。

 

 探索者たち、そして聖騎士たちの命と引き換えに自分が多少の戦闘力を取り戻した所で、眼前の魔を滅ぼす事は叶わないだろう。悪を憎む心、街を守ろうとする心──使命感でもなんでもいいが、()()()()()()があるかぎり魔はそれを糧としてしまう。

 

 ならば何が必要なのか。

 

 それは狂気だ。

 

 狂っていなければならない。理不尽で、常軌を逸していなければならない。そんな手段が必要なのだ。

 

 そして、()()にレダは心当たりがあった。

 

 すなわち──

 

「そろそろ良い案でも浮かびましたかな?」

 

 レダが覚悟を決めてそれを告げようとした瞬間、グロッケンからそんな声が掛かった。

 

「グロッケン殿──」

 

「じり貧で死ぬのだけは御免ですな。迷宮漁りと揶揄される我々ですが、それなりの矜持はあるのです……ぶふぅ──では、まあ儂も十分(リキ)が溜まりました。そろそろ征き、時間を稼ぐとしましょう。放っておけばどうせ全員死んで、あの化け物の傀儡となるのです。レダ殿に策があるならば、それを厭う者はこの場にはおりますまい」

 

 レダはグロッケンの言葉に頷いた。

 

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