ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第6話:神聖国へ

 

「ああ、我が君!わたくしの信仰を受け取って頂けますでしょうか…?」

 

白金の佳人が周囲の目も気にせずに床へ這い蹲り、懇願する様子に君は困惑を隠しきれない。

 

ましてや、この女は先日肉色の花を咲かせてやった賊の一人ではないか。

 

君はギルドに呼ばれ、赴いてみればそのまま客室へ通される。

 

そこに待っていたのがかの賊である。

 

すわ意趣返しか、次は蘇生も叶わぬほどに全身をグズグズにしてくれると君が薄ら寒い殺気を纏うと、コレである。

 

落ち着いて周囲を見ると、氷の受付嬢殿とギルドマスター殿が微妙な表情を浮かべてこちらを眺めていた。

 

 

少し前に遡る。

 

アヴァロン迷宮都市探索者ギルドのマスター、豚鬼種の英雄、サー・イェリコ・グロッケンはその肥大化した体を憂鬱げにぶるぶると震わせた。

 

「ッふゥー…。彼女が、フゥ…偽りを述べているように思えませんね…フゥー…」

 

声を出すのも億劫そうにコツコツと太いソーセージのような指で机を叩きながら言う。

 

豪華な調度品の数々。

 

金細工が施された執務用の机には、これまた高価な羽ペンがインク瓶に浸されて置かれている。

 

部屋の壁には、絵画やタペストリーなどが飾られており、まるで貴族の執務室のようだ。

 

デスクの真正面の壁には威風堂々とした刀身に複雑な魔法文字が刻まれた特大剣が飾られている。

 

ヒト種では振り回すどころか持ち上げることすら困難であろう特大の業物は、この部屋の主、サー・イェリコ・グロッケンの愛剣『大猪牙』だ。

 

彼は正統な貴族ではなく、騎士の称号を戴く一代貴族である。

 

一代貴族である騎士の称号とはたとえ卑賤な身分であろうとも、王国の為に多大な貢献をすることで得られる勲である。

 

彼は探索者あがりなのだ。

 

大猪牙は彼の現役時代から愛用していた一品であった。

 

かつて彼が現役だった頃、討ち果たした悪竜の話は今でもなお吟遊詩人たちに謡われている。

 

オークの英雄、剣を取りて悪竜を…といった具合に。

 

「はい、マスター・グロッケン。この件は王国へ報告されますか?」

 

そう答えるのはギルド職員のハノン。

 

ギルドの制服に身を包んだ、金髪碧眼の女性だ。

 

まだ若いが、優秀な人材だと評判が高い。

 

彼女が頷くのに合わせて肩の上で切りそろえられた髪がさらりと揺れた。

 

グロッケンは気乗りしなさそうに頷いた。

 

「ブフゥ~…勿論です。上級パーティの未帰還なども発生している以上は…仕方ありませんな。フゥ…」

 

そう言って机の上に置かれた羊皮紙を手に取ると、羽ペンを手に取りサラサラと書きつけていく。

 

最後に自らのサインを書き入れると、蝋封を施してそれをハノンへと手渡す。

 

「……ブゥ~…フウ…では、これをお願いします」

 

「……承知しました。確かにお預かりします。……あの、ところでですね……」

 

「彼女の事ですね」

 

「はい。彼女が言ったことが全て事実だとするならば、彼女に危険はないのでしょうか?そして、危険がないとするのならば、彼はどうやって…」

 

「ブフゥ~…危険については…ないでしょう」

 

ハノンが指を自分の鼻の頭にあて、問いかけた。

 

「嗅いだのですか?」

 

グロッケンは鷹揚に頷いた。

 

豚鬼種の種族的特性として、まず分かりやすいものがその肉体である。

 

彼らを肥満体だと思いこんでいる者も多いのだが、それは適切ではない。

 

彼らの一見多すぎるように見える脂肪は、あくまで『服』に過ぎない。

 

いってみれば膨大な筋肉に脂肪という服を押し着せただけである。

 

彼らの体は肉体の根幹を成す筋肉層と、そのいざという時のためにエネルギーを蓄えるための脂肪層に分かれているのだ。

 

この服は彼らのエネルギー消費をまかなう上で非常に重要なものだ。

 

率直にいって、彼は非常に燃費が悪い。

 

膨大な筋肉を駆動させるには膨大なエネルギーを必要とするのだが、日常生活ならともかく、例えば外敵に襲われたときなどは身をまもるために戦ったり逃走したりする必要がある。

 

そう言ったとき、この脂肪層のエネルギーは全てその筋肉を全力稼働させるために使用される。

 

そのときの出力は極めて短時間ながら小型の竜種にも匹敵するとされていた。

 

後先を考えない全力稼働でもしたものならば、城壁すら破りかねない驚異的な膂力を発揮するという。

 

だがそんな事をすればあっという間に彼らは身動きが取れなくなり、数分ともたずに餓死してしまうが。

 

だがここまではわりとよく知られている。

 

もう一つ、彼ら特有の特性があるのだ。

 

彼らは命を脅かす匂いを嗅ぎ分けることが出来る。

 

例えば腐敗した食物、毒の含んだもの…に限った話ではない。

悪意、敵意、はたまた呪詛や魔術も、それが自分の身を脅かしかねないものなら彼らは嗅ぎ分ける事が出来る。

 

豚鬼種でも異例の騎士爵を叙爵したグロッケンは、技能面ではなく特性面を磨いた傑物であり、『利き鼻』の異名を持つ。

 

その彼が嗅いで問題ないと判断したのなら、少なくとも彼女の言う『大悪に身を蝕まれ、その内部を作りかえられていった』ことによる危険はないのだろう。

 

ハノンはほっと安堵のため息をついた。

 

だが、とそれなら一層疑問だ。

 

神聖国の神託機関の予知が、予知されたということ自体が嘘ではないのなら、その内容に疑いはない。

 

それだけの実績を積んでいるためだ。

 

だが、神聖国がそこまで危険視するモノが彼女の内に巣食っていたのなら、彼はどのようにそれを排したのか?

 

「フウゥ~…詳しいことは彼をよんで聞いてみましょう…。彼女も交えて。使いを出してもらえますか?」

 

「かしこまりました、マスター・グロッケン」

 

命をうけ去って行くハノンの気配が遠ざかると、グロッケンは鼻を蠢かせながら思案する。

 

(彼、か。よく分からない男だ…何度か話してみたが、決して話の分からぬ者ではない。しかし、どこか浮世離れしていて底知れぬところがある)

 

 

そして現在に至るのだが、ともかく君にしてみれば説明を求めたかったので、ギルドマスターであるグロッケンに視線を向けた。

 

君の視線を受けたグロッケンはつらつらと説明を始めた…。

 

賊の女は氷の受付嬢殿に宥められ、長椅子に座らされている。

 

 

ギルドマスターの話、そして賊の女の話を聞いた君は「分かりやすくて助かる」と安堵した。

 

その様子を見ていぶかしげにしていたギルドマスターと受付嬢に、君は自身の見解を披露する。

 

ついでに賊の女にも。

 

君にとって、政治に関わることじゃなくて明確な悪役がいるトラブルというのは非常に分かりやすくて良いのだ。

 

叩くべき箇所が最初から明示されているからである。

 

大迷宮に良くないモノがいる

 

最近不穏なのは多分こいつのせい

 

だから始末したい

 

これは非常に分かりやすい。

 

しかしこれが、実は迷宮の奥にはどこぞの貴種がいて、その貴種はよからぬ呪法に手を染めていて、まあ色々と事情もあって実は王国の貴種もいくつかコレに噛んでいて…

みたいな話だと話がかわってきてしまう。

 

敵皆殺し尽すべしというわけにはいかないので、君としては非常に面倒くさい。

 

これは君のみならず、ライカード魔導部隊、いや、ライカードで戦いを生業とするもの全員に言えることなのだが、話すより殺すほうが性に合うのだ。

 

そういったあれこれを笑顔で説明すると、ギルドマスターも受付嬢も物凄い引いた目で君を見るのだった。

 

だが例外もいる。

 

賊の女だ。

 

ちらりと目をやると彼女は目をカッと見開いて、両の手を組み、膝を床につけギラギラする瞳でこちらをみていた。

 

「我が君、その勇壮な在り様にわたくしは感動いたしました!仰る通りでございます。おぞましき魔なれば、もはや剣を取り是を滅する以外にありますまい!ああ、我が君、我が主……!かの大悪にわたくしは敗れ、この賎しき魂と魄には魔性の呪縛が絡みつき、その解呪は如何なる儀をもってしても叶いませんでした。しかし我が君の破魔の一撃が大悪の…」

 

静かにと君が言うと女はぴたりと口を閉じた。

 

グロッケンはしばし思案に暮れ、ややあって口を開いた。

 

「ブフゥ~……つまり君としてはその、迷宮の底へと向かう意思があると?そしてその為には情報が必要だとのことですね…特に、邪悪な呪いなどについての専門的な情報が。その為に神聖国へ彼女を送り届ける任を受け、神聖国で体系的な対策を学びたいと。そういうことでしたら、まあいいでしょう、紹介状を書きましょう」

 

君はルクレツィアの話を聞いて、「やはり迷宮の最下層へ向かうべきだ」との思いを更に固くした。

 

何らかの論理あっての思いつきではなく、より過酷な道に自らが求めるものがあるということを、君は経験として知っていたからだ。

 

しかし無策で挑むのは愚かというもの、君は出来るだけの準備をしようと決める。

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