(完結)ダンジョン仕草   作:埴輪庭

73 / 84
第68話:禍つ火

 ◆◆◆

 

『禍つ風の吹き荒ぶとき、四翼の魔神は虚空より現れん。

 青銅の肌は鉄を砕き、獅子の顎は劫火を吐き、尾の毒針は死を越えた虚無をもたらす。

 

 千年の封牢なお堅固なれど、染み出でし悪意の影は深き階底を這う。

 

 汝、もし深き闇の底にてその相貌を視るならば、逃ぐるなかれ、祈るなかれ。

 

 そは滅びの反芻なれば、ただ命を購う戦いあるのみ』

 

 ──『カナン聖典外録・黙示詩篇』第七章

 

 ◆

 

 闘争に於けるドクトリンは色々とある。例えば二の太刀要らずだの後の先だの先の先だのポジション・ビフォー・サブミッションだの。しかし、洋の東西、古今を問わず、究極的にはとある一つの教理に収束する。要するに、一定の業前以上の者たちは大体みんな同じ事をすると言う事だ。

 

 それはすなわち──殺られる前に、殺れ

 

 である。

 

 ・

 ・

 ・

 

 君がそ(・)れ(・)を視認した瞬間──

 

『炎嵐』『大凍』『天雷』

 

 立て続けに放たれる三属性に於ける最上級魔法。獄炎が荒れ狂い、大氷界あらゆる分子の動きを停滞させ、神鳴る鉄槌が轟音を鳴り響かせた。本来ならば余剰エネルギーを飛ばすために『転移』も仕込むのだが、ここではその過程は省略する。そして──

 

『ハーイラー・ザンメルツ・ウォルアール・イェーラー』

(速やかな)(風・嵐)(光・解く・退ける)(解放・切り離す)

 

 ──『核炎』。

 

 静かな破壊の意志が解き放たれる。

 

 だが──。

 

 冷水を滑る青銅の巨躯──魔神シニストラもまた、獅子の口腔を凶悪に引き裂いていた。喉奥から放たれたのは、奇しくも君と爪の先ほども違わぬ三属性の渦。君とほぼ同時に放たれたそれらは互いに互いを食い合う。そう、魔神もまた同じ『核炎』を放ったのだ。

 

 二つの極大魔法は、角柱が林立する水殿の中央で真正面から噛み合った。

 

 凄まじい衝撃波も石柱を吹き飛ばす爆風も生じない。業前(わざまえ)優れたる術師が放つ『核炎』は無駄な破壊を生じさせないからだ。ただ衝突面を中心に、踝を満たしていた冷水が真円を描いて一瞬で押し退けられ、剥き出しになった石床が軋み音を立てただけ。

 

 完全なる相殺。

 

 まあ、秘術を放った結果がストックを単に一つ浪費しただけとも言える。しかし君にせよ魔神にせよ、全くの見返りがないではなかった。闘争に有用な情報を一つ得たからだ。

 

 それは、互いに互いを殺し得るという厳然たる事実である。

 

 だが同じ情報を得たはずの君と魔神は、それぞれが全く異なる行動を取った。前者──君は前に進み、後者──魔神は後ろに下がったのだ。とはいえこれは勇敢と怯懦の対比を意味しない。各々が取るべき最善の行動であった。

 

 最善とは何に対する最善なのか──これはもう言うまでもないだろう。互いに互いを殺すための最善だ。

 

 魔神が距離を取ったのは、更なる魔術を編み上げる時間を得るためである。しかし君の場合は──

 

 ・

 ・

 ・

 

 キャリエル、ルクレツィア、モーブらの三名はこの闘争の極点ともいえる場面において、足手まといに過ぎないのか。

 

 否だ。

 

 確かに個々人がそれぞれ独力にて魔神に立ち向かえば、勝機は欠片も見いだせないであろう。しかし現実はそうではなかった。三人の脳裏に流し込まれたモノがあったからだ。それは意思や技術の、もっと根源的な概念の様なもので、つまりは──

 

 ・

 ・

 ・

 

 君が冷水を蹴って前へ出たその一歩と同時に、三人の感覚は君の戦闘意識と完全に同期していた。

 

 魔神シニストラは後退しつつ、再び獅子の口腔を開く。

 

 四枚の鷲翼を逆立て、今度は手早い殲滅魔術を編み上げる構えだ。初手の『核炎』ほどの手間はかけず、即座に君たちを消し炭にする算段である。

 

 だが喉奥で術式が組み上がるより早く、二つの投射物がそれを妨害した。

 

 一つはキャリエルが放った投げナイフ。回転を殺した鋭利な鋼が、君の視線が指し示した魔力の集積点へ一直線に伸びる。

 

 もう一つは、ルクレツィアの指先から放たれた『気弾』。不可視の衝撃波が、ナイフの軌道を追うように魔神に叩きつけられる。

 

 この二つのけん制攻撃は、魔神の口腔内で結節しかけていた破壊の魔術の完成を完璧に妨害したのだ。術理の結び目が強引に解かれ、編まれかけた魔術は青銅の喉奥で湿った煙を上げて霧散する。敵の詠唱動作に物理と魔術の衝撃を重ね、術式を内側から破断させる連携──いわゆる詠唱妨害である。

 

 不発に終わった魔力の逆流を受け、魔神の顎門が跳ね上がった。

 

 生じた一瞬の空白。

 

 そこへ、既に最高速度へ達していた前衛の影が殺到する。

 

 飛沫を撒き散らしながら左右から挟撃の軌道を描いたのは、モーブと君だ。

 

 モーブの長剣が上段から振り下ろされ、肩口の鱗を容赦なく叩き据える。そうして体勢がわずかに傾いだ刹那、反対側から滑り込んだ君の刃が鱗の隙間を目掛けて横一文字に走った。

 

 一人が叩いて姿勢を奪い、もう一人が同じ呼吸で急所を裂く二重斬撃。

 

 単独の刃では弾かれるはずの青銅の装甲が、呼吸を重ねた交差刃によって強引に噛み破られた。裂けた鱗の間から濁った血飛沫が散り、魔神の喉から短く低い呻きが漏れる。

 

 




精神同調の元ネタはBUSINのアレイドアクションです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。