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城へ向かう道すがら、屍人とは何度も出くわした。そのたびにどこからか火の蝶が降りてきて片をつけてしまうので、ケイセルカットには身構える暇もない。膝の治療は住んでいるのでいざという時は戦えるが、彼の出番はなく、ただ後ろをついて歩いていればよかった。
途中、ヒュレイアはサンドロスに言いつけてギルドへ人を走らせた。
「受付嬢も城へ呼んでおきなさい。同じ話を三度も聞かされるのは御免ですわ」
城門は荷車と材木で塞がれ、その隙間から何本も槍が突き出ていた。ヒュレイアの顔を認めるなり槍は引っ込み、荷車が一台だけ脇へ退けられる。通されたのは玉座の間ではなく、騎士の詰所らしい天井の低い広間であった。長卓には街の地図が広げられ、壁際には手当てを受けた衛兵たちが何人も寝かされている。
長卓の奥に座っていたのが、オルセイン国王オームである。
五十をいくつか過ぎた痩せぎすの男で、着ているものは街の商人とさして変わらない。王様というのはもっとこう、王様らしいものだと思っていた。
ハノンが着いたのはそれから間もなくのことだ。
金の髪を肩の上で切りそろえたギルドの受付嬢で、ケイセルカットも報告のたびに窓口で世話になってきたが、愛想のいい顔というものを一度も見たことがない。ハノンにも椅子が勧められ、ケイセルカットは卓の端に立ったまま、はじめから話した。
二度目ともなると、自分がどこで言葉に詰まるのかも分かっている。仲間の名を口にするところと、法皇の最後の言葉のところだ。分かっていたからといって、詰まらずに済むわけでもなかったが。
オームは口を挟まずに聞いていた。
「……そうですか。姉さ──猊下が。あの方は昔から、何でもご自分ひとりで決めてしまわれる。死に際までそうでしたか」
姉の死を聞かされた男の顔には、どうも見えない。もっとも王族の顔など、今日まで間近に見たこともないのだが。
「それよりも……いや、それよりもと申すのも妙な話ですな。オルセインはどうなるのでしょう。アヴァロンはこの有様で、近衛も宮廷魔術師もジャハムめに靡いてしまった。城に残った兵など、この広間に詰め込めば収まってしまいます。仮に霧が晴れたとして、私はいったい何を治めればよいのやら」
その問いに答える者はなく、代わりに口を開いたのはハノンだった。
「マスター・グロッケンは、どうなりましたか」
「ギルドマスターは……闘技場で化け物とやり合っていました。おれが見たのはそこまでです。目が覚めたときには、もう誰も」
「……そうですか」
カウンター越しに報告を受けるときと、少しも変わらない声だった。
「では、今こそ追撃の軍を出すべきです。猊下は元凶と刺し違えられたのでしょう。ならば元凶もいまは手負いのはずで、傷が癒えるのを待ってやる道理はありません。ギルドに集めた探索者と大主教様の聖騎士の方々を合わせれば、軍と呼べるだけの数にはなります」
ハノンの後ろで、椅子が床を打つ音がした。
「ここで手をこまねいていたら、何のために皆さんが──」
「はっ! 刺し違えた、ですって? 霧が晴れてない以上、猊下はしくじったとみていいでしょう。あるいは、本来斃すべき相手ではないものを斃しただとか」
ぐうの音も出ないのはケイセルカットのほうである。
「仮に手負いだとして、それがどうしましたの。猊下が連れて降りたのは聖騎士団の精鋭と、この街で名の通った上級探索者たちでしたのよ。それがまとめて消えましたの。わたくしが連れてきたのは後詰めで、有り体に申せば二軍ですわ。そこへあなたが掻き集めた中級以下を足したところで、何も変わりはしません。本隊を平らげた相手に二軍を差し向けて、何が起きるとお思い? 迷宮の底へ餌を運んでやるのと何が違いますの」
ヒュレイアは構わずに続ける。
「それに、待っていれば次は来ますわ。この霧は入る者には素直ですもの。わたくしどもの便りが途絶えたとなれば、本国もいずれ気づきます。次にどなたが寄越されるのかは存じませんけれど、少なくとも二軍よりはましな方々でしょうよ。追撃だの何だのは、せめてそれが着いてからになさいな。それまでは城とギルドに籠もって、大人しく生き延びておくことですわね」
ハノンは言い返しかけて、そこで初めて背後に倒れている椅子に気づいたらしい。黙ってそれを起こし、腰を下ろす。
「……失礼いたしました。取り乱しました」
「分かればよろしいのよ。ところで受付嬢、あの男のこと、あなたはどのくらい知っていて? 黒いローブの魔術師。ご存じでしょう? あの人殺しみたいな目をしたイカレトンチキですわ! いつ頃この街に来て、どこから来たのか」
「登録簿を見れば、登録の日付までは申し上げられますが」
「そういうことを訊いているのではありませんわ」
「……暫く前にいらした魔術師の方で」
「それだけ?」
「まあその、少しユニークな方だとは思います」
「頭がおかしいってことね、それは知っていますわ」
「え、そこまでは……でも頼りになる方だとは思います。ですが私が存じているのはその程度で、ギルドの誰に訊いても同じ答えしか返ってこないと思います。ただ、登録の書付には、出身はライカードとございました」
「ライカード? 聞いたこともありませんわね。陛下はご存じ?」
「いや……とんと聞きませんな、そのような国は」
「……本当に、どこから湧いて出た男なのかしら」
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「ねえお兄さん、ライカードってどんなところ?」
角柱の列のあいだを歩きながら、キャリエルがそんなことを訊いてきた。
魔神を斃してからこちら、耳に入るものといえば踝で水を割る音ばかりだった。それに耐えかねたのかどうか、キャリエルが口を開けばルクレツィアがすぐに乗ってきて、二人ともいつもより少しばかり声が大きい。
君は咎めなかった。迷宮で黙り込んだ者から先に潰れていくのを、君は祖国で飽きるほど見てきている。無駄口が叩けるうちは、まあ大丈夫だ。
どんなところかと問われて、君は迷宮の多い国だと答えた。頭の中の地図に線を書き足すのは、その間も止めない。
「それは前にも聞いたよ。そうじゃなくってさ、どんな人が住んでるとか、王様がどんなお城にいるとか」
城の話なら少しはできる。ライカードの王城は飾り気のない無骨な造りをしている。なにしろたまに崩れるので、金をかけても仕方がないというのが王国上層部の見解なのだ。
「崩れる……お城が、ですの?」
しょっちゅうではないが、ない話でもない。
「じゃあさ、偉い探索者の人たちはどんな家に住んでるの? すっごい豪邸とか?」
基本的に家はなく、馬小屋か迷宮で眠ると君は答えた。
「そうなんだ……」
馬小屋で眠らない探索者など素人未満だと、あれほど説いて聞かせたはずなのだが、二人の反応はどうにも芳しくない。
「ねえ、お酒は? ライカードにもエールってある?」
ある。それもアヴァロンのものより数段旨い。正直に言ってしまえば、アヴァロンのエールなど馬の小便に毛が生えた程度でしかない。君はアヴァロンのエールがどれだけ酷い小便汁かを滔々と語った。別にアヴァロンという街を嫌っているわけではないが、事実は事実として話す──それが
「ひっど! 私あれ好きなのに。……でも、なんか話きいてると変な国だなあって思うけど……私もお兄さんの国、いってみたいな。探索者の国! ──って感じだし、私もなんだかちょっと自信ついてきたし、どこまでやれるのかなーみたいな事考えてはいるんだよね」
来るならまず寺院の場所を覚えておけ、と君は忠告した。
「寺院? お祈りするの?」
祈りもするが、どちらかといえば死んだときに担ぎ込まれる場所だ。
「……それ、死ぬのが前提になってない?」
前提である。ライカードでは一度や二度の死なら、その辺の主婦でも経験している。酒場より先に寺院の場所を覚えるのが、あの国の作法なのだ。
もっとも、キャリエルを招くより先に、君自身が帰り道を見つけねばならないのだが。迷宮から転移してこの世界に来たのだから、帰る手段も迷宮にあるだろう。そんなふわっとした根拠を頼りに潜り続けて、気づけばこんな深さにいるし、骨のありそうな悪いやつを斃そうともしている。
「キャリーが行くのでしたら、わたくしも参りますわ。異国の信仰を見聞するのも聖女の務めですもの。モーブ、あなたも当然来ますわよね?」
「いえ、私は……家族がおりますので……」
「家族? ああ、そういえば……」
「えっ、モーブさん結婚してたの?」
「いえ……妹が、ひとり」
「私がこの地を去れば、妹を守る者がいなくなりますから。あれは器量が良いもので、昔から男どもが放っておかないのです。ですから兄の私が目を光らせておかねばなりません。これまで妹に言い寄った男には、一人残らず私が話をつけてまいりました。妹もまだ嫁ぐ気はないと申しておりますし、私もそれで良いと思っております。そもそも妹に釣り合う男など、そうそうおりませんので」
無口で通っているモーブが、こうも淀みなく喋るのを君は初めて聞いた。
「……モーブさんさ、妹さんのこと好きすぎじゃない?」
「話をつけた、というのは……具体的に、どのように?」
「兄として当然のことをしたまでです」
かくしてモーブには、シスコンの嫌疑がかけられることとなった。その後いくら問い詰められても、モーブは兄として当然だと繰り返すばかりで、何をどう話をつけたのかだけは頑として明かそうとしない。
頭の中の地図の上で左右の柱の列が間を詰めてきたところで、君は片手を上げて三人を制した。おしゃべりはここまでだ。
角柱の林はほどなく尽きた。水面からまっすぐに立ち上がる二枚の扉は、見上げても上端が天井の闇に紛れて見えない。巨人族が自らの背丈に合わせてこしらえたかのような門が、君たちの目の前にそびえていた。