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「うーん……これってどうやって開けるんだろう」
キャリエルが率直な疑問を呈する。鍵穴があるとかないとか、閂がかかっているとかかかっていないとか、取っ手がどうこうという問題ではなく、単純に大きすぎて開きようがないのだ。
「お兄さんなら魔法でどかーんとやれるかもしれないけど」
頭の悪そうなキャリーの提案にも一理があった。開かないならぶち壊していいというのは一つの立派な案である。しかし気がかりなのはストックだ。この先に何が控えているかも分からないうちから、大きな魔術のストックを減らすというのはいただけない。とはいえ、お手上げというわけでもない。
手はあるのだ、常に。
しかし、正規の手段で開けるというのならそれにこしたことはなかった。どんなに堅牢そうな門であれ、開く事を前提に作られているに違いないのだから。
とはいえ、その正規の手段──手続きについて、君はどちらかと言えば疎い。ライカードの冒険者は何というか脳筋なのだ。謎を解く事に向いていない。ちょっとしたパズル、死にかけた犬でも分かるような単純な合言葉を推察することは出来ても、基本的には暴力的な手段を得手とする。
さてどうするかと君が悩んでいると、ルクレツィアが楚々と前に出て来ていった。
「主様、これはカナンに伝わりし封印の大門でしょう。オルセイン王国初代国王オルセイン、そしてカナン神聖国初代法皇カナリスの両名が作らせたという大悪封印の
君がルクレツィアの言に従って、大きくそびえたつ大門を見上げると──。
「彫刻の跡が見えませんか?」
言われてみれば、ボロボロではあるが何か意味のあるものが彫られているようにも見える。しかし所々崩れ落ちていて、かつて何が彫られていたのかは分からない。
「じゃあさ、開け方とかもそこに書いてあったんじゃないの?」
「さあ、どうでしょう。わたくしが教わったのはこの門の謂ればかりで、開け方までは伝わっておりませんの。それに大悪を封じるための門なのですから、わざわざ表に彫っておくとも思えませんわ」
結局のところ、正規の手段は分からずじまいだ。となれば、そうでない手でいくしかない。開錠の魔法である。もっとも、開かない扉に開錠をかけるのは、ライカードではれっきとした正規の手段だったりするのだが。
何より、これなら大きな魔術のストックを削らずに済む。低い階梯の魔法で、そちらにはまだ十分に余裕があるのだ。
君は大門の前へと進み出た。
──『ミフターフ・ファトゥーフ・イェーラー』
(鍵)(開く)(解放・切り離す)
──『開錠』。
君が表面に掌を当てて詠唱を始めると、掌から青白い光が発され、伝播し、門全体に浸透していく。
「……え、どかーんは?」
ややあって、大門がゆっくりと内側へ開きはじめた。その隙間から水飛沫を上げてまろび出てきたのは、全身に目玉を
目玉は顔といわず首といわず、襤褸同然になった衣の破れ目から覗く胸にまで、土色の肌を内から押し破って生えている。まるで誰かが面白半分に、そこらじゅうへ目玉の種を蒔いていったかのようだ。人の目らしいものもあれば獣の目らしいものもあり、どれもがてんでばらばらの方を向いて、ぎょろぎょろと絶え間なく動いている。生え際の肉はどこも赤黒く爛れて、じくじくと汁を滲ませていた。両の腕に幾筋も走る引っ掻き傷は、自分の爪で抉り出そうとした痕らしい。
老人はよろめきながら君のほうへ寄ってきた。
「あれは……神などでは、ない……」
呻くようにそれだけ言って、君の足元に倒れ伏す。
「すまぬ……すまぬ、ザビーネ……」
君はその傍らに屈みこみ、あれとは何なのか、この門の向こうに何が居るのかと問うた。
「こうなるとは、思わなんだ……儂はただ、もう一度……」
もう君の声など耳に入らないらしい。話を聞き出すのは無理だと判断し、君は立ち上がった。放っておいても長くはなさそうだが、事切れるまでの間に何に成り果てるか分からない。何より、苦しむままに放置しておくのは君の戒律に合わない。だが腰のローンモウアを抜いて振り上げたところへ、ひらひらと雪片が舞い落ちてきた。
「……ルク?」
キャリエルが呟き、掌に雪片を受け取った。雲はおろか、空すらないというのにそれは正しく雪であった。キャリエルの掌でゆっくり溶けていくそれはしかし、美しくはあるがただそれだけの様にも見える。
しかしこれは無論、ただの雪ではない。
降る雪の聖女ルクレツィアの奇跡の奇跡である。雪片の触れたものの魂に罪の自覚を問い、その応え次第でさまざまな形の死を与える。罪の重さに拉げて地の染みとなるのは、そのうちの一つにすぎない。
この哀れな老人に与えられたのは、凍てついて砕ける死であった。
「お、おおお……」
老人は天へと手を伸ばし、その手の先から見る間に凍りついて、粉々に砕け散っていく。
「頼む……ザビーネを、や、奴から──」
そう言い残して、老人は砕け散った。
「彼は最期の最後で人となり、逝った様ですわね」
キャリエルもルクレツィアもモーブもやけに神妙にしている。先ほどの光景に何やら感じ入るものがあったのだろう。しかし君はこの老人が誰か知らないし、ザビーネという女の事も知らない。まあ何かしら理由があってこんなところにいて、そして何かを為そうとしてそれが失敗したのだという事は分かる。哀れな死に様には多少は同情するが──
だがそれが一体何だと言うのだ?
君は渇いた目で老人の残骸を見下ろした。
君には
別に虫唾が走るだとかざまぁみろだとか、そんな低俗な事を思ったりはしないが、実に悪らしい最期だなと思う。むしろ本望ではないかとも思う。
己の信ずるところを、周囲を省みることなく突き進むのが悪の悪たる所以だ。それがなされなかったといって、同情してやる義理は君にはさらさらない。
しかし、と君は扉の奥の闇を見据えた。
邪は別である。
君にとって悪は必ずしも抹殺の対象ではないが、邪は別なのだ。
ライカードの冒険者たちは好むと好まざるとにかかわらず、何百年も何千年も邪と対峙してきた。ゆえにその魂に、邪への極めて強い攻撃性が刻み込まれている。
嗚呼、と君は目を瞑り、昂る心を鎮めるために大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
さあ、正義執行の時が来た。