ダンジョン仕草   作:埴輪庭

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第77話:ダンジョン仕草①

 ◆

 

 暗い、昏い、暗い──そしてとても寒い何処かに君はいた。

 

 足元は覚束なく、ふわりふわりと頼りない。

 

 君は目を凝らすが何も見通す事はできない。猛禽の視力よりもはるかに遠くまで見通せる君の目も、この場──暗黒領域(ダークゾーン)に似た空間では何の役にも立たないらしい。

 

 一般人ならばこんな状況に放り込まれれば困惑するだろう。困惑はやがて不安に変じ、その後は恐慌からの発狂へと転がり落ちていく。しかし君は問題ない。暗黒領域での探索など平気の平左でやってのける。ライカード冒険者のごとき、迷宮に取り憑かれたキチガイならば皆そのようなものだ。

 

 しかし。

 

 君はふと周囲を見渡す。

 

 自分はどこで何をしてこんな場所にいるのか。

 

 いや、そもそも自分は誰なのか。

 

 タフな君の心に、わずかな不安の影が差し──た、その瞬間。

 

 君は自身が大(・)い(・)な(・)る(・)モ(・)ノ(・)から視られている事を知覚した! 

 

 大いなるモノ──それらは善だの悪だの、そういった人間の矮小な尺度では測れない、まさに『世界』を司る者たちだ。

 

 例えば大地

 例えば存在という概念そのもの

 例えば運命

 例えば命

 例えば生命の進化

 そして、すべての生命にいずれ必ず訪れる──滅び! 

 

 神の如き存在ならいくらでもいる。火や水や風や土を司る者もいれば善悪の象徴として崇められる者もいる。彼らも強大な力を持つ超常の存在には違いないが、あらゆる生命や概念の土壌である『世界』を司る者たちはまた別格だ。

 

 理由は極めて明快であった。

 

 世に溢れる神々や魔神の類いは、いかに強大な力を誇ろうと整えられた舞台の上で踊る役者にすぎない。火を熾して水を降らせ、人間の祈りや生贄を啜って権能を誇示する──それらはすべて『世界』という盤面の上で生じる現象の枝葉にすぎないのだ。

 

 だが、今まさに君を取り巻く大いなるモノたちは、その舞台そのものを組み上げる側であった。

 

 無から空間を拓いて存在を承認し、運命と生命を蒔いて滅びの帳を引く。あらゆる神々や魔神も彼らの敷いた土壌の上で初めて形を成すにすぎない。人間の祈りや信仰とも無縁に世界の理としてただそこに在る。

 

 いわば、箱庭を外側から覗き込む創造主たちだ。

 

 そんな連中とまともに視線を合わせれば、精神が焼き切れるどころか存在の定義ごと消し飛ばされる。遭遇すること自体が生者にとって絶対の禁忌であった。

 

 そんな存在に、君は今視られている──!! 

 

 ◆

 

 許されざる禁忌を犯した者をどうするか──彼(・)ら(・)は迷っていた。

 

 三重の核炎。それは本来、いかなる理由があろうとも許されぬ絶対の禁忌である。

 

 吹き飛ぶのは個々の生命や物質に留まらない。『世界』そのものが根こそぎ削り取られるのだ。創り上げた舞台を粉砕する暴虐は、世界を統べる者たちへの明確な敵対行為に等しい。禁忌を犯す者が出れば、手ずから処分すべく彼らが顕現するのも当然であった。──まあ、その機(・)能(・)に対する熱心さは、彼らの中でも温度差はあるものの。

 

 ともあれ、彼らがここまで神経質になる理由は明快だ。

 

 かつてあらゆる次元に散らばる大地は、ただ一つの巨大な世界であった。大昔に禁忌を犯した者の手で原初の巨躯は無数の破片へと砕かれたからだ。彼らは世界の維持のみを至上とする一種のシステムのような存在であるため、世界の理を破壊する存在は許してはおかない。

 

 かくして大災厄以降、世界の骨組みを揺るがす愚者は誰一人として現れなかった。

 

 ──今、この瞬間までは。

 

 本来ならば弁解の余地など毛頭ない。許しを請うたところで許されるはずもなく、存在の定義ごと消し去られて当然の大罪である。

 

 だが、今回はあまりにも特殊な事情が横たわっていた。

 

 元凶は『囁く者』の存在だ。

 

 創世の主たちにとってあれは世界に巣食う最悪の寄生虫であった。神々の定めた理にも命の循環にも与せず祈りも求めず、内側から世界を腐敗させて貪り食うだけの悪虫。理の外から侵食する毒虫を、彼らとて容易には排除できずにいたのだ。

 

 力の差は歴然とはいえ、例えば人間にとって羽虫は取るに足りない存在だがしかし、森林に巣食う羽虫を一匹ずつ殺してすべて駆除しきれるものだろうか? 

 

 彼らにとって『囁く者』はまさにそういう存在で、連中のせいで世界ごと滅ぼす羽目になったことも一度や二度ではない。もしこ(・)の(・)世(・)界(・)が『囁く者』により完全に汚染されてしまったならば、彼らは容赦なく世界を焼き滅ぼしただろう。

 

 そこへ君が飛び込んできた。

 

 世界ごと寄生虫を焼き滅ぼすという、あまりにも乱暴な劇薬を引っさげて。

 

 ◆

 

 彼らは考える。

 

 君がどういう存在なのか。

 

 どのような理屈で動いているのか。

 

 そして、君の表も裏も過去も現在も未来をも考慮にいれ、下した結論は──。

 

 ・

 ・

 ・

 

 気付いた時には何やら見覚えのある風景が広がっていた。

 

 迷宮であることは間違いなく、壁の質感、床の質感、空気の味なにもかもがアヴァロン大迷宮のそれとは違う。

 

 一体何が起きたのか。

 

 あの目ざとく、随分殺しが上手くなった赤毛のキャリエルは? 

 

 聖女の癖に欲塗れのイカれた聖女、ルクレツィアは? 

 

 妹を想うふりをしてその実懸想している変態、そして剣達者のモーブは? 

 

 君はいぶかしみながらも探索をすすめていく。

 

 やがて出口が見えた。

 

 踏み固められた街道、そよぐ木々、風。

 

 道の先にある都市は──迷宮都市ライカード。

 

 




エルミナージュの創生六神ではありません
リルガミン王国の首都はリルガミン。つまり同名ですが、ライカード王国の首都がライカードである事は何の関係もありません
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