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道を歩いてくる君を見てライカードの門兵は一瞬目を見開き、さりげなく左足を前へと進めた。体勢は僅かに半身、注視しなければ気付けないほどに小さな動きだ。
君はふ、と笑みを浮かべた。
門兵は君の知り合いで、かつては冒険者だったSAMURAI・MASTERである。長年の夢であったとある名刀を手に入れてしまったことで冒険への情熱を失い、門兵へと転職をした男だった。
とはいえ、情熱は喪えども
「ふむ──
男は静かに左足を戻し、半身の構えを解いた。
「五年ぶりとはまた……生きていたとは驚きでござる」
君は足を止めずに門兵の横を通り抜ける。ポータルを抜け、五年が経っていたというのは君からしても驚きであった。君の感覚ではせいぜい一年そこそこだ。空間を隔てた異界との間で時の流れがずれていたのか、それとも──。
門を抜けると石畳の通りには見慣れた喧噪が広がっていた。アヴァロンの整然とした街並みとは異なる、雑多で煤けた迷宮都市ライカードの空気である。
通りに出てすぐ担架を担いだ二人組の死体回収係とすれ違う。荒縄で縛られた冒険者の骸からまだ乾ききらない血が滴っていた。新鮮な死体だ。死んだばかりの健康体といえる。君はまああの分なら蘇生は成功するだろうと考え、満足げに頷いた。死ねば死ぬほどよく覚え、強くなるのがライカード者というやつだ。愛すべき祖国の仲間がより強くなることは君にとっても喜ばしい。
ところで君はどこへ向かっているのか。
決まっている。まずは王城だ。
君はこうみえて公務員である。
国に仕える身なのだ。
となれば、国王に帰還の報告をせねばならない。
◆
ライカードの王城は装飾など欠片もない無骨な石の塊であった。華美なタペストリーもなければ磨き上げられた床もない。迷宮の一部をそのまま地上へ引っ張り出してきたような造りで、実際たまに崩れる。この辺は常に戦乱に巻き込まれてきたから、という理由がある。
ただ、いつまでも放置ではなく、君の記憶では崩落したまま放置されていた西翼の回廊が見事に修復されていた。五年もあれば流石のライカード工兵も重い腰を上げるらしい。
謁見の間に通されると、玉座に腰掛けるのはライカード国王アルボー三世の雄大な体躯が飛び込んできた。玉座に巨岩のごとく鎮座する姿は、獰猛な大熊か巨人のごとき威容である。
君が王の前に立つなり、王は──
「して、殺すべきは殺し、斃すべきは斃し、滅ぼすべきは滅ぼしたか?」
とだけ尋ねた。
五年の不在について、ろくすっぽ質問をしてこないのは君の知る王そのままだ。
王の問いに対して、君は無言で深く頷く。
「ならば、良し。下がれ」
報告はそれで終わった。
こういった反応は君の予想通りのものだ。ライカードでは今回に限らず、いついかなる時も王は極めて簡明に話すべきを話し命じるべきを命じる。そしてひとたび戦とあらば、国王自ら宝剣ダイアモンド・ブレイドを手に取り敵兵をばったばったとなぎ倒すのだ。
純戦士として鍛えに鍛えぬいてきたその階梯たるや!
小細工無しの一騎打ちならばライカード随一であり、君とて及ぶ所ではない。
◆
謁見の間を出て無骨な石造りの回廊を歩いていると、曲がり角からちいさい影がひょっこり現れた。
だぶだぶの法衣がチャーミングな、見た目は十歳前後の幼女──しかし中身はン百年ほど生きているエルフであり、君と同じく魔導散兵隊に所属する同僚の僧侶──サラサである。
純僧侶として歩み続けて五百余年、一芸に特化し続けたその法力はもはや神通力の領域へ踏み込んでいる。
サラサは君を見て暫時足を止め「む……生きてた……」などと宣う。
「……五年。ちょっと長めの散歩……?」
言葉足らずに尋ねてくるサラサへ、君は適当に頷いてみせる。だがサラサの大きな瞳がすっと細められた。心眼だ。相手の真名と階梯を視通すその眼で、彼女は君を無遠慮に覗き込み──。
「……弱くなった。ざぁこ」
などとほざいた。
しかし口の
「……いきるために、できることをしたのね」
君は肩を竦め、ちょっとした雑用で消費しただけだと受け流した。
「……ま、いっか。死んだら弔ってあげる……。好きなだけ冒険して来たら……?」
サラサはそれ以上追及することもなく、だぶだぶの法衣を揺らして奥の回廊へと去っていった。サラサはライカードでは一風変わった思想の持ち主で、この国の死生観に対して強く反発している。曰く、死は不可逆であり、死んでも蘇生すればよいという考えは命に対する冒涜だとのこと。
◆
まあそれから色々と昔の顔とあったりなんだかんだして──日が暮れた。
冷え込む夜の帳が迷宮都市を包み込む。
君には家がない。寝るときは大体路上か、馬小屋か酒場だ。かくして君が向かった先は冒険者たちの溜まり場である『エンキドゥの酒場』であった。
重い木扉を押し開けると安酒と煙草の煙、乾いた血の臭いが混ざり合う見慣れた喧噪が広がっていた。カウンターの奥からなじみの古株であるドワーフの重戦士──『鉄頭』のバルガスが濁った目で君を一瞥する。
「おう、見ねえ顔だと思ったら生きてたか。ロストしたかと思ってたぜ、ぐばばばば!!!」
君は
無愛想な給仕が木のジョッキを無造作に叩きつける。泡の粗い濁った琥珀色。立ち上る強烈な麦の匂い。アヴァロンの気取った薄味のエール──馬の小便と君が唾棄したあの不味い液体とは根本から異なる、正真正銘のライカード・エールだ。
ジョッキを呷るなり、ずばりと喉を掻ききられるかの様なキレよ! 胃袋へと重く落ちていく暴力的な苦みはもはや犯罪的──そんな懐かしの味を堪能しつつ、君はあの三人の事を思った。
キャリエル、ルクレツィア、モーブ──彼らは一体どこにいるのだろうか?
死んでしまったのか? ──否だ。
灰となってしまったのか? ──否である。
では
彼らと一度ならず
彼らは無事だ。
そして──
・
・
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「ねぇ、私も一杯飲んでいいかな? さっき探索が終わったばかりで疲れちゃって。連れもいるんだけど、お酒は飲まないんだってさ。でも私独りで飲むのもなんだし、よかったら一緒にどう?」
背後から、そんな声がかけられた。