紛い物シェリーの現代来訪   作:三日月ノア

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IFのようなものです。城ケ崎ノアと沢渡ココで迷いました。(後先を考えてないので)続きません。基本的にはシェリーの置き換えです。


もしも橘シェリーではなかったら: 城ケ崎ノア編
その1 「のあ」でなく「ノア」


 

鍵を回した瞬間、部屋の奥で音がした。

こと、と薄い。

安物のグラスが流し台にでも当たったような、乾いた小さな音だった。

私は反射で足を止めた。

この部屋には、朝ちゃんと鍵をかけて出た。窓も閉めた。誰かがいるはずがない。それでも、耳だけが先に知っていた。

もう一度鳴る。

こと。

嫌な汗が背中を伝う。玄関灯もつけないまま、私は靴を脱ぐのも忘れて廊下を覗き込んだ。

部屋の奥、キッチンのあたりだけ薄く明るい。換気扇の手元灯だ。出る時に消したはずなのに。

喉がからからだった。

「……誰?」

返事はなかった。代わりに、やわらかい布の擦れる音がした。

私はスマホを握り直した。通報画面を開けばいい。なのに指がうまく動かない。画面の数字がやけに遠かった。画面に映る自分の顔だけが近い。部屋着のまま、今日はろくに化粧も直さなかった。その顔が、青ざめているのが分かった。

「いるなら、出てきて」

言った瞬間、キッチンの影が動いた。

背が低い。

女の子だった。

まずそう思って、それから一拍遅れて、頭が真っ白になった。

銀色の、少し癖のある長い髪。暗い青の服。華奢な肩。白い頬。細い手首。

見間違えるはずがなかった。

去年からずっと追っていたゲームの、あの子だった。

城ヶ崎ノア。

そんなはずない、と思う。思うのに、目が離せなかった。

コスプレ、と言い張ろうとした。次の瞬間、その言い訳が崩れた。コスプレは作り込んでいるのが外から見える。どんなに精巧なウィッグでも、地肌との境目がある。どんなに似せたメイクでも、骨格と造形の間にわずかなずれがある。「それっぽい」と「そのまま」の間には、必ずどこかに継ぎ目がある。

目の前のこれには、それがなかった。

骨格から、目の色から、指の細さから、全部が画面の中の城ヶ崎ノアだった。

女の子は流し台の前でこちらを振り返ると、不思議そうに小首を傾げた。

「……おかえり、なのかなぁ」

柔らかい声だった。

動画越しに何度も聞いた声に似ていて、ぞっとした。声優が演じているあの声じゃない。もっとかすれていて、もっとのんびりしていて、それでいて同じ声だった。

「は」

かすれた音しか出ない。

「な、何やってるの」

「んー……見てた」

「何を」

「お水」

そう言って、彼女は流しのグラスを見下ろした。私はようやく、そこに見慣れたグラスがあることに気づいた。朝、飲みかけのまま置いて出た水だった。ただのコップ一杯の水を、この子はずっと見ていたのか。どのくらいの時間、ここにいたのか。

「ふざけないで。勝手に入ったんでしょ。警察呼ぶから」

強く言ったつもりだった。けれど声は揺れていた。

彼女は怒りもしなかったし、怯えもしなかった。ただ、少しだけ困った顔をした。

「それは、困るかも」

「困るに決まってるでしょ!」

「ううん、そうじゃなくて」

彼女は唇に指を当てて黙った。考えているのか、ただ止まっているのか、区別がつかなかった。その仕草が嫌に自然だった。演じている人間のぎこちなさがない。「どうしよう」という狼狽もない。困った、という顔をしているのに、それほど困っていない。ただ事実として「困るかも」と言っているだけだった。

私は一歩下がった。靴底が床で鳴った。

その音で、ようやく彼女の目がこちらをちゃんと見た。深い色の瞳だった。眠そうにも、泣きそうにも見える。整った目元が、暗いキッチンでも妙にはっきりしていた。何かを待っているような目だった。私が何かを言うのを、急かしもせずに待っている。

「怖い?」

そう聞かれて、ぞくりとした。

「当たり前でしょ」

「そっか」

彼女はあっさり頷いた。それから、申し訳なさそうに笑った。笑い方が少しへたくそだった。どこか角度が合っていない、貼り付けたみたいな笑い方。でも悪意はなかった。

「ごめんね。ノア、急にここにいたから」

その言い方に、私はまた言葉をなくした。

急にここにいた。

侵入した、じゃない。来た、でもない。ただ、いた。

冗談みたいな言い回しなのに、本人だけが嘘をついていない顔をしていた。「ここにいたこと」を謝っているのか、「急に」を謝っているのか、よく分からない謝り方だった。でも嘘じゃなかった。

「名前、言って」

「名前?」

「あなたの」

少し考えてから、彼女は視線を泳がせた。

「……城ヶ崎ノア、かなぁ」

かなぁ。

そこに迷いが混じっていた。断言じゃなく、確かめるみたいな語尾。自分の名前を「たぶんそうだと思う」みたいに言う人間が、どこにいる。その一音だけで、逆に背筋が冷えた。

本当に頭がおかしいのはどっちだろう、と思った。私か。この子か。

「ありえない」

こぼれた声は、自分でも情けないくらい弱かった。

「うん。ありえないね」

「じゃあ何なの」

「どうかなぁ」

ふわ、と笑う。無邪気にも見えるのに、まるで話が通じていない笑い方だった。困っていない。怒っていない。答えを持っていないことを、恥じていない。「どうかなぁ」で済む話として、ここに立っている。その「済む」の感覚が、一番怖かった。

その時、グラスの水面がぴくりと震えた。

気のせいだと思った。

けれど次の瞬間、水面の真ん中だけがつ、と細く盛り上がった。

糸みたいに細い水の筋が、ひとすじ。

私は息を止めた。

彼女はその変化を当たり前みたいに見つめていた。

「……わ」

嬉しそうに、小さく声をあげた。驚いたのではなかった。あるはずのものをたしかめた時の声だった。見つけた。そこにある。その顔で、細い水の筋を見ていた。

水の筋はすぐに崩れて、ぱしゃ、とグラスの中へ落ちた。それだけだった。たったそれだけのことなのに、膝が笑った。

今度こそ通報しなきゃいけない。そう思ったのに、私は動けなかった。

彼女がゆっくりこちらを見た。

「びっくり、した?」

私は答えなかった。答えられなかった。

静まり返ったワンルームで、換気扇だけが回っていた。その音がひどく現実的で、余計におかしかった。

 

 




城ケ崎ノアのプロフィール説明確認していたのですが、東方projectの古明地こいしとなんとなく似てる何かをかんじます()

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