機動戦士ガンダム サナリィから盗んだ「小型化技術」で、禁断のサイコフレームを再起動させる負け犬たちの逆襲 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0111年10月。
月面のフォン・ブラウン市郊外にある連邦軍テスト演習場は、最悪な気分の掃き溜めと化していた。
あたし、アイリス・オーランド(アイリス)は、モニターに映し出された無残なスコアボードを眺めながら、奥歯を噛み締めていた。指先にはまだ、つい数時間前までコンソールを叩いていた感触が残っている。
「……嘘でしょ」
誰に聞かせるでもなく、あたしは呟いた。
目の前には、あたしたちアナハイム・エレクトロニクス(AE)が持てる技術のすべてを注ぎ込んだ最新鋭機、MSA-0120(120)が佇んでいる。
120は、これまでの宇宙世紀を支配してきた18メートル級モビルスーツ(MS)の集大成と言える機体だ。AE社が誇るガンダリウム系合金の装甲、高出力の熱核反応炉、そして重装甲を維持したまま高機動を実現する大推力スラスター。どこに出しても恥ずかしくない、まさに王者の風格を備えた機体だった。
だった。
その隣で、連邦軍高官たちの拍手を浴びている、あのみすぼらしい「おもちゃ」さえ現れなければ。
サナリィ(S.N.R.I.)こと、海軍戦略研究所が提示した新型機、ガンダムF90。
それは全高わずか14.8メートルという、これまでのMSの常識を根底から覆す小型機だった。
「判定結果を発表する。次期主力MSには、サナリィ提出のF90を採択。アナハイム社のMSA-0120は、不採用とする」
地球連邦軍(連邦軍)の高官が、無機質な声で宣告した。その瞬間、あたしの頭の中で何かがプツリと切れる音がした。
「ふざけるな……」
隣で見ていた先輩設計者が、震える声で吐き捨てる。
「あんな小さな機体に、まともな拡張性があるわけがない! あんなのはただのデモンストレーション用の実験機だ。戦場を舐めるな、サナリィの素人どもが……!」
負け犬の遠吠え。
あたしの冷めた脳裏には、そんな言葉が浮かんでいた。
確かに120は高性能だ。数値上のスペックだけなら、F90に劣っているわけじゃない。だけど、演習でF90が見せた動きは、次元が違っていた。
小さな体躯に詰め込まれた最新の小型高出力ジェネレーター。それによって実現された圧倒的なレスポンス。120が「力任せに空を叩く」ような動きなら、F90は「空を切り裂く」ような軽やかさだった。
あたしたちAEは、巨大すぎたのだ。
開発ライン、パーツ供給網、メンテナンスの規格……。それらすべてが18メートル級を前提に完成されすぎていた。だから、「MSはさらに小型化できる」というサナリィの革新的な提案を、心のどこかで笑っていた。そんなことは不可能だ、できるはずがない、と。
「……驕り、だね」
あたしの言葉に、先輩が顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
「アイリス、お前! どっちの味方だ!」
「味方とか敵とかの話じゃないです。性能で負けたんです。あたしたちは、未来を見誤った。それだけです」
冷たく言い放つと、あたしは自分の荷物をまとめた。
AEは巨大企業だ。一度のコンペに負けたくらいで倒産はしない。だけど、そのプライドはズタズタだ。
ましてや、「ガンダム」を自分たちの専売特許だと思い込んできた連中にとって、サナリィという新参者にその名を冠した機体で負けたことは、死ぬより屈辱的なはずだった。
演習場の外に出ると、月面の黒い空が広がっていた。
AEの重役たちは、技術の話なんてこれっぽっちもしていない。
「サナリィの背後にいる官僚を洗い出せ」だの、「今回の責任を誰に取らせるか」だの、政治工作の相談ばかり。
バカみたい。
あたしが愛したのは、美しい図面と、それに応える鋼鉄の巨人であって、おじさんたちの椅子の取り合いじゃない。
「アイリス・オーランド君だね」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには社内の人事でよく見る、嫌に顔色の悪い男が立っていた。
「……はい、そうですけど」
「君の配属変更が決まった。明日から第2事業部(2事)へ出向してもらう」
2事。
その名前を聞いた瞬間、あたしの指先が冷たくなった。
AE内での別名は「吹き溜まり」。
終わったプロジェクトの残党や、上層部に楯突いた厄介者が集められる、実質的な更生施設――あるいは、解雇前の待合室だ。
「……コンペの責任、ですか?」
「はは、まさか。君は期待の若手じゃないか」
男は下劣な笑みを浮かべた。
「2事には、君のような優秀な設計者が必要なんだよ。サナリィの『フォーミュラ計画』を上回る、我が社独自のプロジェクトを立ち上げるためにね」
嘘だ。
サナリィの技術力にあれだけ完敗しておいて、2事みたいな場所で何ができるっていうの。
あたし、アイリス・オーランド。24歳。
どうやらあたしの設計者人生は、離陸した瞬間にエンジンが爆発したらしい。
見上げれば、遠くのハンガーでサナリィのスタッフたちが勝利のシャンパンを開けているのが見えた。
その光を背に、あたしは足元に伸びる、自分の真っ黒な影を見つめていた。