機動戦士ガンダム サナリィから盗んだ「小型化技術」で、禁断のサイコフレームを再起動させる負け犬たちの逆襲 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「……ねえ、カール。技術者が一番やってはいけないことって、何だと思う?」
「アイリスさん、また哲学ですか。今、ジェネレーターの熱収支計算の最中なんですけど」
カール・シュトレーム(カール)が、三枚重ねになったホログラム・チャートから目を離さずに答える。あたし、アイリス・オーランド(アイリス)は、白紙の設計シートを前にペンを止めていた。
フォン・ブラウン市の外れ、アナハイム・エレクトロニクス(AE)第2事業部(2事)。宇宙世紀0112年の秋。
「禁じられた技術に、手を伸ばすことよ」
カールの指が、止まった。
「……アイリスさん」
「わかってる。でも、聞いて」
あたしは設計シートに、一本の線を引いた。それは、かつてサナリィ(S.N.R.I.)の盗品データをベースにしていたシルエットガンダムの残影ではない。ヘビーガンのフレームの呪縛も、F91の劣化コピーという汚名も、すでに捨てた。
新しい機体の、最初の一筆だ。
「RX-99。あたしが本当に作りたかったガンダムよ。AEが30年かけて積み上げた技術の集大成。コア・ブロック・システムの堅牢性、RX-78系列から続く信頼性の高い内部フレーム、そしてマクシミリアンのおやじさんたちの職人芸。……ここまでは、いい」
「ここまでは、って……」
カールが、嫌な予感を顔に貼り付けて振り返る。
「問題は、ジェネレーター出力よ。AEの既存技術で15メートル級に収めようとすると、どう計算してもF91に届かない。5%足りない。……その5%を埋める方法が、一つだけあるの」
沈黙。
あたしは机の引き出しから、厳重に封をされた一枚の光磁気ディスクを取り出した。ラベルには、何も書かれていない。
「……それ、まさか」
「サイコフレームよ」
カールの顔が、紙より白くなった。
サイコフレーム。金属粒子レベルでコンピュータチップを鋳込んだ装甲素材。パイロットの脳波(感応波)を機体の駆動系に直接反映させることで、人間の反応速度という物理的限界を突き破る、「魔法の素材」。
第二次ネオ・ジオン抗争において、シャア・アズナブルがこの技術をアナハイム社から横流しさせ、サザビーとνガンダム双方に搭載させた。その結果が、アクシズ落下阻止という「奇跡」……あるいは「事故」だ。
連邦政府はその後、サイコフレームを「戦略的危険技術」に指定し、開発・製造・搭載を全面禁止とした。
「アイリスさん、それは……AE社内の技術封鎖倉庫にある、シャアの横流し案件の残存データじゃないですか。あれに触れたら、軍法どころか宇宙世紀法の領域ですよ」
「知ってるわよ」
「なんで持ってるんですか!」
「副部長の机の裏に貼ってあったの。あのおじさん、意外と抜け目ないのよね」
あたしはディスクをドライブに差し込んだ。展開されたデータの海は、かつてのF91のデータが「合理性の塊」だったとすれば、こちらは「狂気の結晶」と呼ぶべきものだった。
装甲材そのものが演算回路として機能する。パイロットの「意志」が、電気信号を介さず直接、金属の伸縮として現れる。機体とパイロットが、文字通り「一体化」する。
「……美しい」
思わず呟いていた。
「美しくないですよ! 危険なんですよ! これを搭載した機体は、パイロットの精神状態が機体挙動に直結します。感情が乱れれば機体が暴走する。强すぎる殺意を持てば、パイロット自身の脳が焼き切れる危険がある。νガンダムの時だって、アムロ・レイがニュータイプだったから辛うじて制御できたんです。オールドタイプのパイロットが乗ったら……」
「だから、あたしが調整するのよ」
カールが絶句した。
「感応波リミッターを設計し直す。サイコフレームのポテンシャルを『全開』にするんじゃなくて、オールドタイプのパイロットが安全に扱える範囲に絞り込む。機体の反応速度を5%だけ上乗せする、ピンポイントの調整。……これはサイコフレームの『魔法』を使うんじゃない。サイコフレームの繊細な感度を、あたしの計算式で飼い慣らす話よ」
「理論上は?」
「……完璧よ」
カールが額に手を当てた。
「アイリスさん、さっきアイリスさん自身が言いましたよね。技術者が一番やってはいけないことは、禁じられた技術に手を伸ばすことだって」
「言ったわ」
「なのに……」
「なのに、やるの」
あたしは設計シートに、二本目の線を引いた。サイコフレームの格納区画。装甲と回路の一体化ゾーン。νガンダムのそれを参照しながら、しかし根本から再設計した、あたし独自の解釈による「制御された魔法」の器。
「いい、カール。あたしは今、二つの意味で禁断のことをしようとしてる。一つは、封印された技術を持ち出すこと。もう一つは……」
あたしは少し間を置いた。
「……それを、『パイロットを死なせないため』に使うこと」
カールが、目を細めた。
「サイコフレームはこれまで、常に『より強い兵器』のために使われてきた。νガンダムでさえ、最終的にはアムロが自分の命を削って機体と共鳴した。……あたしはそれが嫌なの。この技術を、パイロットの生存率を上げるための『盾』として設計したい」
窓の外では、フォン・ブラウンの重工業地帯が冷たく光っている。
「感応波リミッターは、二重構造にする。一層目は出力制限。二層目は……緊急時にパイロットの意識が機体システムに飲み込まれそうになった時、強制的にフィードバックを遮断するサーキット・ブレーカーよ。機体は止まるかもしれない。でも、パイロットの脳は守られる」
「……それ、トキオ君に話しましたか」
「まだよ。……話したら、あのひと、絶対に『面白そうだ』って言うもの。あたしが怖いのは、技術者じゃなくて、それを使う人間の側なの」
カールが長い沈黙の後、ゆっくりと椅子を回転させ、あたしの設計シートを覗き込んだ。
「……一つだけ条件があります」
「何?」
「このサーキット・ブレーカーの設計、僕にも触らせてください。アイリスさん一人で抱えたら、また三日連続の徹夜になる」
あたしは少し笑った。
「……交渉成立ね」
マクシミリアン・ベルン(マクシミリアン)への発注リストを更新し、新たな素材の組み合わせ試験を下町の工場に依頼する。サイコフレームの粒子密度を、AEの劣悪な生産ラインでも再現可能なレベルまで落としながら、それでも最低限の感応波伝達効率を確保する。
それは不可能に近い、精度の戦いだった。
「……できるの、これ」
マクシミリアンのおやじさんが、あたしが持ち込んだサンプル素材の断面を拡大鏡で睨みながら、渋い顔をした。
「金属粒子レベルの均一分散か。うちの炉じゃ、温度管理が……」
「0.3ミクロンの誤差内に収めてください。それ以上バラけると、感応波の伝達ムラが出る」
「ふん。……やってみるか。ただし、あの糞AEの検品基準は無視させてもらう」
「もちろんよ。あたしが直接受け取りに来る」
こうして、宇宙世紀0112年の秋から冬にかけて、RX-99……のちにネオガンダムと呼ばれることになる機体は、AEの最も暗い片隅で産声を上げ始めた。
サナリィの技術を盗んだ機体でも、本社の政治に翻弄される道具でもない。
あたし自身の言葉で語る、最初の設計。
「……ねえ、カール」
深夜のオフィス。冷めたコーヒーを前に、あたしは呟いた。
「禁じられた技術に手を伸ばした設計者は、その技術に責任を負うべきよね」
「……負うべきですね」
「だったら、あたしはこの機体が最後の一機になるまで、面倒を見てやる義務がある」
カールは答えなかった。ただ、キーボードを叩く音が、静かな執務室に響き続けた。
宇宙世紀0112年12月。
禁断の素材を秘めた、新しいガンダムの骨格が、フォン・ブラウンの地下深くで静かに組み上がっていく。